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17:お金の価値と奪う覚悟

「あの~、グレイズさんって今いますか~?」

「...どうも、山田さん。グレイズなら今上の部屋にいます。が、何かご用でしたら私がお伺いしますよ。」

 そう言ってフィーリアさんは、椅子から立ち上がった。


 現在俺がいるこの場所は、都から派遣されてきた兵士たちの駐屯所である。メンヒリットさんやジェルミットさん達がいるあの建物では無く、軍は軍で別の建物にいるらしい。この場所は、駆除の報告に行った際、ディシーさんから教えて貰った。報告後の給金については、その場で受け取るタイプだったのだが、分厚い十円玉っぽい硬貨を二枚渡された。事前に聞いていた未契約での給金の内訳からすると、本来の純給金はこの硬貨四枚分で、その半分が今俺の手元にある。物品では無い所を見ると、ここら一帯では貨幣への信用性が高いようだ。だが、まだ貨幣そのものの価値がよく分からないので、ディシーさんに、昨日朝食を食べた場所で一番安い食事の値段を聞いた。すると、

『パン一つで黄銅貨二枚、サラダとスープを合わせると黄銅貨五枚、そこに肉を一切れ加えると黄銅貨七枚のランチがあります。たぶん、それが一番安い食事だと思いますけど...。』

とのこと。パンは食べた感じ、個人的には評価60~80円くらいだった。だから、その最小値を取って計算すると、黄銅貨と呼ばれる硬貨は一枚当たり30円くらいだと思われる。とすると、あの食堂で一番安い食事は、約210円くらいと言うことだ。

 万所から出た俺は、教えられた駐屯所に向かう前に、件の食堂に入ることにした。食堂に入ると、中は時間帯が昼前と言うこともあってか、人は結構まばらで、席もかなり余裕を持って座れそうである。カウンターに接する席の一つに座ると、早速先ほどディシーさんが言っていた、この食堂で一番安いであろうメニューを注文し食べることにした。運ばれてきたものは、昨日も食べたパンに加え、塩と(ゴマっぽい香りがする)オイルがかけられた葉物サラダと黄金色のゴマが散らされたスープ。そして塩と...たぶん何らかの香草で炒めた豚の切り身が一枚、木の皿に載せられて俺の前に出てきた。見た目は、醤油を見慣れていた自分からするとだいぶさっぱりとしており、香りも別段強くも弱くも無い。敢えて言うならば、スープは若干灰汁が浮かんでおり、豚の匂いがキツい気がする。とは言え、肝心なのは味である。そこで、まずはサラダを口にしてみると、

「(瑞々しさはあるけど、少し苦みが残っているかな。)」

と感じた。次に、スープだが

「(旨味は多少感じるけど、灰汁が少し邪魔だなぁ。)」

と言ったところである。パンは既に昨日食べているので、最後に豚の香草炒めだが...

「(...俺、この香草の匂い嫌いだな。)」

と、最後の最後で低評価に変わった。まぁ、この食事はあくまで貨幣の仕組みを理解するためだから、味は正直二の次だった。しかしそれでも、もう少し味の方も俺自身の期待を越えて欲しかった、と感じる今日この頃。

 食事を終え会計をする。この時に、“不安そうに”とか“堂々と”とか、そんな風にあからさまな態度を取るのではなく、あくまで自然体。硬貨を取りだし置くまでの一連の動作に意味を持たせず、さもそれが定められた動きであるように見せることが大事、だと俺は考える。

「ごちそうさま。美味しかったよ、おばちゃん。」

 そう。こんな一言を添えると、なおグッドだ。そんな俺が出した硬貨を受け取ったおばちゃんは、俺へ三枚の穴の無い五円玉っぽい硬貨を渡してきて、

「アハハ、ありがとうね。...はい、銅貨一枚貰ったから黄銅貨三枚ね。」

と言ってきた。...なるほど、これが黄銅貨か。特徴は、銅貨よりも軽く青錆が少々目立つところで、まさに俺がよく知る五円玉と類似している。そして、七枚の食事に対して三枚の黄銅貨ということは、たぶんこの周辺の貨幣の仕組みは十進法を利用しているのだろう。まぁ、ディシーさんやこのおばちゃんが俺のことを騙して多く金を取っているとしたら、また一から考え直さないといけないのだが...いや、金を対して持ってなさそうな奴を相手に、こんな回りくどいやり方、するわけ無いか。

 おばちゃんに再度お礼を言うと、俺は食堂を出た。そういえば、この食堂の名前をまだ知らなかったな。そう思った俺は、食堂の入り口の周辺を見回し、

『食事処:ガッデム』

という文字を見つけた。......ん、たぶん、関係は無いと思う。


 そんなこんなで、現在の場所。駐屯地にやって来たというわけである。

「えぇっと、実はグレイズさんに俺が襲われた生物についてお話ししたときに、グレイズさんが調査をすると仰っていたので、その件で来たんです。」

「襲った生物?...ああ、あなたに深手を負わせて、オーディア達に見つかると直ぐさま逃げたというあれですか。」

 納得がいった様子のフィーリアさんは、少々お待ちを、と言うと、席を立ち奥の階段を上っていった。後に残された俺は...凄く、暇になった。だから、内装に目を向けるのは、必然のことである。というわけで、

「(外から見た感じでは、木造のとても小さな部屋のように感じられたこちらの建物。しかし、中に入るとその予想は覆されたのです。椅子と机と照明という簡素な造りであるものの、その少ない調度品により人二人分が十分にくつろげるだけの空間が確保され、実に過ごし安い造りとなっているのです。さらに、奥の階段との間に仕切りを設けないことによって、奥の僅かな空間さえも巻き込み、二つの空間を一つの大きな空間にしてしまっているのです。さらに、奥開きの窓によって外との境界を可能な限りなくし、開放感を作り上げています。天井も低く、壁と壁までの距離が短いこの部屋が、これほどまでに広く開放的に映るのには、一人の匠の姿があったのでs)」

...うん、慣れないことはするもんじゃ無いな。というか、よく考えたらその手の番組、あんまり通して見たこと無いかもしれない。

 俺のそんな妄想世界が広がっている中、階段を降りてくる複数の足音が聞こえてきた。奥から現れたのはグレイズ...さんとフィーリアさんの二人だったが、グレイズさんの髪型がどう見ても寝起きのそれだった。時間としては後少しで夕方になるであろう頃であるし、本格的に寝ていたとは考えにくいが、

「いやぁ、寝起きですまんな。急ぎで無いなら、すぐにでも身支度を調えてからでも構わないか?」

「はぁ...あ、僕は大丈夫ですよ。」

 なるほど。予想的中のようだ。まぁ、村の治安や野生動物の被害対策など、仕事は昼夜を問わずにありそうな職業だし、たぶん深夜勤とかそんな理由なのだろう。昔、両親が共働きの時も、(特に)母親が深夜勤で日中寝ていた気がする。そう考えると、もう少し気を遣った方が良かったのかもしれない。とは言っても、関係性が大して無いので、知ったこっちゃ無いが。そんなグレイズさんは、悪いな、と俺に言うと、扉を開け外へと出て行った。...身支度をするのに、一度外に出る必要はあるのだろうか?

「えっと...」

「?...あぁ。グレイズなら、外で洗顔と寝癖の直しをしているのでしょう。ここでも出来ますが、たぶん濡れるのを避けたかったのだと。」

「あ、どうも。」

 困った様子の俺に気づいたフィーリアさんが、そんな風に教えてくれた。“なるほど~”とか“『洗顔が出来る』って、ここに水なんてないですけど?”とか、そんなことを考えた俺だったが、それ以上に

「(何このひと、最初の印象と比べるとただただ親切な人なんですけど。もしかして...別人?)」

と、もはや疑惑レベルに態度が違うフィーリアさんのことが気になっていた。女性と言うよりも単純に、自身の記憶と目の前の現状との間にある差が、具体的な大きさで言うと『地球と砂』レベルに開いている、そんなことに興味が向いただけだ。たぶん向こうもだが、お互いに異性とかそういう目で見ることは、第一印象からして考えられない。というか、意味が無い。そんなフィーリアさんと二人きりの時間が暫く続いたが、会話というか互いが発した言葉はそれしか無かったことが、何よりの証だと思う。

 グレイズさんが戻ってきた。寝癖は直り、身なりも先ほどまでの生地が色褪せ伸びたような服装ではなく、人に見せられるように整えられたものになっている。目元もはっきりとしており、完全に覚醒しているようだ。

「いやぁ、先ほどは恥ずかしいところを見せてしまって、すまなかった。それで、俺に用事ってのは...もしかして、外のあれか?」

「あ~、そうですそうです。実は先ほどブーブーの駆除のため森に入っていたのですが...。」

 そう言って俺は椅子から立ち上がり、グレイズさんと連れ立って外へと出た。フィーリアさんは、付いてこず、屋内にそのまま残ったようで、外に出たのは俺とグレイズさんの二人だけだ。外に出ると、この建物の位置がよく分かる。場所で言うと、俺の今の住居のように村の外れに位置しているのだが、ここはエルワナの森に近い方の村の門付近にあった。というか、建物自体が門と一体となっており、おそらくだが村の門の管理は駐屯している兵士達が受け持っているのだろう。そんな門から伸びるのは、以前シマトラがやって来たときにも見た、数メートルの木の柵である。ちなみに、俺はこの建物とは反対方向にある、柵を挟んで畑や家畜小屋がある村の外れに住居を用意して貰った。

 さて、そんな外に出た俺達の視線の先には、シマトラが立っている。だが、そのシマトラには、村から出発したときと明確に違う点が一つあった。それは、シマトラの背中に載せられている、熊のような、アリクイのような、足がカンガルーの生物の存在である。

「えっと...これは、死んでいるんだよな。」

「はい。シマトラが仕留めたので、確実に死んでいるかと。」

 二人でシマトラに近づいた後、グレイズさんはその生物の死体に触れながら、瞳孔や脈動などを確認している。腹が膨れているシマトラにとっては、俺に対して危害を及ぼさない獲物など興味は無く、それが死体であるならばそれは只の廃棄物でしか無かった。そんなわけで、シマトラは実に大人しいものである。載せられている生物をグレイズさんが降ろそうとし、俺もそれを手伝った。シマトラに載せたときは、大体四十~五十キロくらいの重さに感じ、米俵を持つよりも大変だった記憶がある。しかし、生前の俺よりも身体の筋力量が増加している可能性を加味すると、もう少し重いのかもしれない。事実、グレイズさんの今の表情は、かなり険しかったりする。

 死体を降ろし終えたグレイズさんが、俺に問いかける。

「先日の件もあるし、お前自身は外傷とかは無かったのか?」

「ええ。いやぁ、この子がいてくれて本当に良かったですよ。いなかったら、本当にまた同じ事の繰り返しでしたでしょうから。」

 そう戯けてみせる俺にグレイズさんは、笑い事じゃ無いんだが...、と少し苦い顔をしている。まぁ、この生物に遭遇したのは単なる偶然だったのだが、確かにグレイズさんらが調査し、生物の特定が出来てから森に入るでも遅くなかったかもしれない。だがそうは言っても、生活に必要な物資を揃えるのに、金稼ぎはどうしても最優先事項であった。

 そういえば、俺を襲った生物がいるのに、どうして万所は駆除の依頼をそのまま通したのだろうか?

「というか、グレイズさん。俺、万事請け合い受注所から受けた駆除の依頼で森に入ったんですが、この生物の話はそこに通したんですか?」

「?いや、通していないぞ。」

「え、それって...もしこの生物が危険な存在で、しかもまだ何体も森にいるとしたらオーディアの人達が危ないじゃないですか!」

 俺はそんなことを、無意識に声を荒げて話していた。生前の俺の地元では、熊が人里の降りてきたときなど、学校を中心として地域全体に警告がされていた。その理由は(話すまでも無いと思うが)、熊による傷害や最悪の場合死亡などの危険から、住民を守るためのものである。そこから考えると、俺という歴とした被害者が出ているのだから、エルワナの森に入ることを禁止あるいは制限させるべきはずだ。だが、俺の話を聞いたグレイズさんの様子は、まるで“それの何が問題なの?”と言外に言っているような、そんな簡素なものであった。だから俺は、より一層口調を強めて言葉を伝える。

「もし死人が出たらどうするんですか!?」

「???お前、何言ってんだ?」

 俺の言葉に、今度は怪訝な表情を浮かべるグレイズさん。俺は、その表情の変化と、彼が続けて口にした言葉を聞いて、自分の考えの甘さに気づかされた。




「殺しを仕事にしている奴らが、殺されることを想定しないわけねぇだろ。」

最後の言葉、他の目的で森に入る人には適応されない気が...(←次回、補足予定)

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