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14:グズリー(シマトラ)登場

 人は、時間の長さをどう感じるのだろう。

 よく、“年を重ねていくほどに時間の流れが速く感じる”などと言うが、実際の所はそう単純な話では無いと思う。現に、楽しい時間があっという間に過ぎるとか、辛い勉強や運動をしている時間は長く感じるとか、個人の感情やその場の状況などが多大に影響していることも多々あるだろう。それは、ここ数日の俺も同様であった。まず、今から約四日前にワーグ平原に落ちてきて、それから一日後エルワナの森に入った。そしてその翌日に村で目を覚まし、そして昨日お偉いさん方や同年代の男女と親睦を深めた。言葉にすると実に簡素だが、その濃密さは“百ミリリットルの水に百五十グラムの食塩を混ぜた後の食塩水の濃度”くらい濃かったのだ。だから、時間を長く感じる状況としては、かなりそれに近い環境に俺はあったと言えるだろう。故に、今目の前で十人程度の武装した人達に前方を阻まれている生物を見た瞬間、その見た目の恐ろしさよりも、どちらかというと懐かしさの方が勝ってしまったのは、仕方の無いことだったのだ。

「(うわっ、めっちゃシマトラじゃん。何でここにいるんだよ。)えっと、あれはどういう状況で...?」

「ああ。あそこにいるのは、都から派遣されてきた国軍の兵士や村の住人で構成されている自警団の団員達だよ。先ほど、グズリーが一頭やって来たとの報告を受けて、彼らが牽制してくれているみたいだね。」

 そう言うメンヒリットさんの様子は、とても落ち着いている。その意味が何を指しているのかは断定出来ないが、少なくとも俺とあのグズリー(シマトラ)との関連性を疑っているのは、確かだろう。とすると、シマトラが村にまで来ることは珍しい、もしくは過去に例が無いことである可能性が浮上する。さて、どう出たものか...。

「っ!?おい、そっちに向かっていくぞ!気を付けろ!」

「おお、了解!」

 遠く、シマトラを囲んでいる人達の方からそんなやり取りが聞こえた。見たところ、シマトラが武装した兵士だか自警団員の誰か(おそらく男性)に向けて、駆け出したのだ。その行動に焦った声を出しつつも、彼らの様子はとても冷静で連携が取れた動きをしており、一頭程度であれば問題なく裁けると思われた。シマトラの前方にいる当の一人も、無理に応戦するわけでも無く、ジッと構えて受けの態勢を取っている。なのにシマトラは、そんな構えを取る人など見向きもせずに、その横を通り過ぎようとしていた。その一瞬、俺はシマトラが村に進入してしまうと思った。だが、そんな簡単に入れるほど彼らはまぬけ(・・・)では無かった。

 構えの体勢を取っていた一人はそのままだったが、その横にいたもう一人が直ぐさま反応して、シマトラに向けて手に持っていた剣らしきものを投げた。しかし、シマトラとの距離がやや離れていたため、その投擲はシマトラの当然の如く躱される。それを見たからなのか、ずっと守りの態勢を取っていた一人が漸くシマトラの侵攻を防ごうと動き出した。それにしても先ほどの攻撃は、確かに近寄って攻撃してはカウンターを受ける可能性はあるのだろうが、自らの武器を手放す程追い詰められていたようには思えない。何か、別の意味があるのだろうか...と、俺が考えていると、彼が投げた剣が空中で止まった。その光景だけでも驚いたが、なんとその剣は空中で切っ先をシマトラに向けると、真っ直ぐにシマトラへと飛んでいくのだ。速度はそれほど無いが、動き出した最初の一人の妨害にあっているシマトラに追いつくのは、簡単だった。そして、今まさに剣がシマトラに突き刺さろうとしたその瞬間...

「(あ、刺さった。)」

 俺の目には、胴体に剣の半分くらいの深さまで刺さったシマトラの姿が映っていた。もしかして、シマトラ側からも何かしらの防御なり回避なりがあると予測していたのだが、やはりそこは所詮野生の動物。不意の一撃を予想し、なお且つ目の前の相手から意識を逸らして行動を取るなど、出来る方がおかしいのだ。だから、シマトラがやられるのは、当然と言えば当然のことである。だから...そんな状態のシマトラが、今も尚、目の前の男性の妨害を突破しようとしているのは、何かの間違いだと思いたい。

「なっ、こいつなんで倒れねぇんだ!?おい、こいつってこんなタフだったか!?」

「いや、俺もよく知らねぇよ!だとしても、身体からあんなに出血してんのに動けてんのは、やっぱおかしいって!」

 そんな言葉が武装集団の間で飛び交っている。出来れば、俺もその会話に混ざって、今のこの気持ちを共有したい。そんなことを思っている間もシマトラは興奮状態で、目の前の男性を責めている......え、そういうこと?

 と、冗談はこれくらいにしておいて...さぁて、そろそろ余裕ぶっこいてらんなくなってきたなぁ、これは。隣を見ると、メンヒリットさんも驚愕の表情を隠せないでいる。それもそうだ。だって、目の前で剣を腹に刺し、その先から血を絶え間なく出している猛獣が刺さる前と変わらない状態で暴れているのだ。そりゃあ、驚くのも無理は無い。俺だって、あんな光景初めて見た。今は遠くだからどうにか持ち堪えているが、もし近くであの光景を見ていたら、絶対に身体が震えだして吐いていただろう。そんな俺達二人に対して、シマトラの異変に気づいた他の武装した人達は、一斉にシマトラに向かっていく。それを見て俺は、あぁ、今度こそあいつ死ぬな、と思った。だが、そんな俺の考えをぶち破り、シマトラは動いた。

 シマトラの周囲に光の粒が見えたと同時に、シマトラの後ろ足に力が集中していることが分かった。瞬間、シマトラは目の前の男性を吹き飛ばして突進すると、その後数メートルはありそうな村の柵を飛び越え、俺の下に着地したのだ。俺はそれを、黙って目で追いかけており、シマトラがすぐ目の前まで来たのに逃げ出せないでいた。

“身体が硬直して動かない。”

 たぶん、こういう時に使う表現なのだろう。恐ろしいものに遭遇したとき、身体の筋肉が極度の緊張状態で固まることで、自分の意思とは裏腹に身体を操作出来ないのだ。実際に体験すると、身に染みて分かる。もう、目の前で腹から血をドクドクと出して近づいてくる猛獣の、なんと恐ろしくて怖いことか。先ほど予想していた嘔吐や身体の震え等は無いが、その代わりなのか呼吸が荒くなり、シマトラから目が全く離せないでいた。隣にいるメンヒリットさんの“早く逃げなさい!”という言葉すらも、今の俺には聞こえるだけ、何の効果も無い。そんな俺に向けてシマトラはなぜか、一歩...また一歩と、ゆっくりとした動作で近づいてくる。訳が分からないものの、今の俺は蛇に睨まれた蛙の如く、ただジッと目の前の猛獣に采配を委ねていた。そして、シマトラが俺と一メートルもない程の距離へと近づいたその時。その頭を、俺へ深々と下げてきた。

 そのたった一つの行動で、俺は全てを理解した。

「(さぁ、俺。よ~く考えてから、発言しろよ~。次の俺の第一声で、この村での立ち位置が完全に決まるからな~。)」

 そう俺は、心の中で自身に念押しをしていた。無理も無かった。この状況で仮に俺が、”知らない・分からない”で押し通そうとしたところで、おそらくだが既に手遅れだろう。次に、正直にシマトラとの関連性を吐くという案だが、これは一番悪手だ。能力がバレる以上に、バレた後の村との関係性が悪化の一途を辿ることになり、それは今後の(俺の)生活に非常に都合が悪い。だから、俺は苦肉の策として、こうするしか無かった。

「いやぁ~、シマトラお前無事だったのか!良かった~。あの後、俺が何処かに行ったから、ここまで探しに来てくれたのか?」

 そう言って俺は、頭を垂らすシマトラの背中を優しく撫で、その後その虎のような頭に自身の頭をソッと擦りつけた。するとシマトラも、その頭を俺の方に僅かに擦りつけ、時々喉を鳴らしている。まぁ、その音は近くで聞くと、まるで雷鳴のような腹の底に響くものであったが。そんな俺達の様子をすぐ近くにいたメンヒリットさんは、またまた驚いた表情で見つめている。それは、遠くで見ていた武装した人達やその他の村人達も同様だったと思われる。



「...つまり、あのグズリーは君の住んでいたところだと、単なる騎乗生物でしかないと?」

「ええ、仰る通りです。あの俺への懐きよう...俺のシマトラに違いありません。」

 そう俺は、強く言い切った。

 現在の場所は、毎度お馴染み三階建ての某建物である。そして、何度も登場している一階の大広間に俺は連れてこられ、ソファーにメンヒリットさんと対面する形で座らされていた。ここだけ聞くと、昨日の日中に行われた複数人での談笑(による尋問)と似ているように感じるが、違いは俺達二人の周囲を取り囲んでいる人々の密度である。今は直接目での確認が取れないが、メンヒリットさんを見ている視界の端には所狭しと人がおり、それぞれが立っていたり椅子やソファーに腰掛けていたりしているのだ。視界に映っているだけでも、ザッと十人は超えていると思う。しかもそれが、正面の、さらに言うと視界の端に映っているだけの人数でしか無く、横や後ろ。広間にいるであろう人数を予想するならば、三十人以上はいそうな、そんな人の密度が濃厚な空間へとここは化している。付け加えるならば、この場にいる殆どの人達が絶賛俺のことを怪しんでおり、中には俺へ危ない発想を抱いている人がいるかもしれない。そう考えると、この肌に感じる人の重みが、まるで鉛か何かを身体に巻き付けられているかのように感じられ...正直、胃が苦しい。痛いとかそんな具体的なものでは無く、ただただ苦しい。もしかして、これは詰問では無く、尋問かあるいは拷問の一種なのでは無いか。そんな考えが、頭の中で何度も巡り巡っている。

「......わかった。とりあえず、その言葉を信じることにしよう。」

「あ、どうもありがとうございます。(っしゃぉらしゃぃっ!!)」

「?随分嬉しそうだが、何か不安でもあったのかな?」

「ああ。実は、シマトラがかなり傷ついていたので、これで早く手当が出来るのだと思ったら嬉しくなって...大変失礼しました。」

 そう言って頭を下げる俺に、メンヒリットさんは若干戸惑ったようにそれを制した。そして俺に、早くあの生物の所へ行くよう言うと、どこにシマトラがいるかを教えてくれた。...さぁて、これは困ったぞ~。手当と言ったはいいが、俺には医療の、と言うか動物の治療の知識など皆無である。かといって、ここで下手にシマトラの治療を行いそれが少しでも不自然だった場合、黒寄りの白だった状態からオセロの如く、疑惑と疑惑のサンドウィッチで確定黒となってしまう。どうしたものか...あっ。

「そういえば、メンヒリットさん。回復魔法って、確かお使いでしたよね?ほら、一昨日の日中に僕へしてくれた奴だと思うんですが。」

「ああ、確かに使えるけれど...それがどうかしたのかい?」

「大変申し訳ないんですけれど、今手当に必要な道具が何も無い状態でして。加えて僕、回復魔法が使えないんです...。ですので、シマトラの治療をどうかして頂けないでしょうか?」

 俺のそんな懇願に、メンヒリットさんは眉間に皺を寄せ、俺の方を眺めている。周囲にいた人々も、ざわざわと響めき立ち、少しばかり騒がしい状態になっていた。その光景を見て、俺はやってしまったと感じた。だがしかし、現状これ以外に有効な選択肢が、生憎俺の頭の中に浮かばなかったのだ。もしこれが、時間をおいて考えられたのならば違ってきたのだろうが、すぐに言葉にしなければいけない内容であったため、致し方なかった。それでも、この懇願にはそれなりに根拠や理由がはっきりしている。

「太郎君、君ね?たしか、家出のために国を飛び出しきたのに、乗ってきた動物へのケアの道具を何も持っていないって、それはちょっとおかしくないかな。」

「それは...たぶん、シマトラが俺のことを探してくれている間に、何処かに落としてしまったんだと思います。ケア用品や薬などは重たいので、シマトラの身体に乗せていたものでして...。」

「いや...だが...。」

 悩むメンヒリットさん。ちなみに、ケア用品だの薬だののくだりは、真っ赤な嘘である。流石に、その点を突かれたときに話せるような真実は用意しておらず、ゼロから創り出した嘘を口にするしか無かった。何気に、この村に来てから初めて口にした純粋な嘘かもしれない。それ以外は嘘では無く、あくまで誇張した事実であり、嘘とは根本において違ってくる。当然、持論だ。ちなみに、現在の俺の所持品だが、発見された時既に血みどろ真っ赤っかだった人間が、運良く身の回りの品々を確保出来るとは到底思えない。まぁ、元々持っていなかったので、そんな話は俺には適用されないのだが。

 悩むメンヒリットさんの下に、一人の男性が近づいてきた。その姿を見ると、俺が一度目にしたことのある人物で、確か名前がグレイズさんだったかな。

「村長、一先ずあのグズリーの回復をしても良いのでは?どうやら村の者を襲う様子は見られませんし、それに...。」

「ああ、分かっているさ。ただなぁ...。」

 そう重々しく口にするメンヒリットさんは、またしても俺の方を見てくる。だが今度のそれは、怪しむとか疑うとかでは無くただ俺の反応を窺っているようで、先ほどまでの居心地の悪い感じはあまりない。そこで俺は、ここでもう一押ししてみることにした。

「あのっ!もしよろしければ、何かお手伝い出来ることがあればさせて頂きますので、どうかあの子を助けてください!お願いしますっ!」

 ソファーから立ち上がり、上体を直角に下げ若干の鼻声を交えた、そんな懇願を再度行った。現在の大広間は、約三十人もの村人が密集しており、そんな中で一人の男が頭を下げている。...さぁ、どう出てくる?

「...分かった。あのグズリーの怪我は、私が責任を持って直すことを約束する。」

「っ!本当ですか!?」

「ああ。それに、こちらも自己防衛とは言え、知らなかったでは済まない傷を負わせてしまったからね。...申し訳なかった。」

 そう今度は頭を下げてきたメンヒリットさんに、俺は慌ててそれを止めた。メンヒリットさんの言い分も確かだが、俺の管理の甘さが招いた騒ぎであり、俺に非が殆どある。それなのに、シマトラの傷を治してくれるどころか、頭まで下げられては俺の立場が無い。だから俺は、彼(ら)からの頼みがあれば、出来る範囲でも良いから何か恩返しをしようと心に決めた。俺達二人のそんなやり取りに、周囲にいた村人達は若干湧いていた。一瞬、メンヒリットさん=村長に頭を下げさせた俺へのブーイングかと思われたが、どうやらそうではないらしい。...こんなにも心が温かい村に巡り会えて、俺は本当に幸せ者だ。





...演技は、本当に、疲れるなぁ。

この程度で演技が上手いのなら、誰でも名役者になれそう。

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