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11:こういう人が近くにいると、たぶん楽しそう

「そうか、“カナガワ”っていうところから来たのか。それって、平原の向こう側にあるってことでいいのか?」

「それが、俺もよく覚えていないんですよ。平原から森に入ったのは覚えているんですけれど、平原には何処か高い場所から落ちてきたことしか記憶になくて...。」

「するってぇと、何か?太郎は、空から落ちてきたってことか?」

「たぶん...いや、俺も信じられないんで、正直このことを言うか迷ったんですけどね。」

 そう言う俺にボルン君は、まぁ俺もそれには同感だけど...、と申し訳なさそうに口にした。

 そんなわけで、結局彼には全ては話さないことに決めた。俺も、そこまで考え無しではなかった、ということだ。一応嘘は言っていないし、問い詰められ時に事実関係の齟齬が発生する恐れは無いと思う。加えて、彼の質問にもちゃんと固有名詞を出してまで答えているし、これで納得がいかないようであればそこまでである。少々小狡いやり方ではあるが、これも今後のための戦略としてボルン君には理解して貰おう(話すわけ無いけど)。それにしても、彼は相当お喋りが好きなようで、俺の返答に随時追加情報を漏らしてくれる。俺が降り立った平原は『ワーグ』という名で呼ばれており、この辺に人は存在は知っているものの行ったことが無い人が多いらしい。なんでも、そこには凶暴な魔物(たぶん、動物の分類の一つだろう)が何種類もいて、行ったが最後帰ってくることは難しい、とのこと。おそらくだが、あのシマトラもその一種なのだろう。続いてエルワナ(俺がアリクイ頭に襲われた森)だが、そこはブーブーを初めとしていくつもの野生動物が生息しており、時々村にやって来ては作物や村人に害をなす害獣もいるという。それもあって、『万事請け合い受注所』やボルン君のような軍から派遣される兵士達が駆除を行っているのだ。だから、村と森の行き来は結構頻繁にしているらしい。

 俺とボルン君がそんな会話を繰り広げていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。その音にボルン君が即座に反応し、扉の方へと素早く移動した。まるで、そのノックがそろそろ聞こえてくるだろうと予感していたかのように、その動きに焦りは一切感じられなかった。まぁ、先刻ジェルミットさんが“数分後に向かう”と言っていたのだから当然と言えば当然だが、そんな一連の動作に素人目ながら感心する。そして、ボルン君が扉の向こうの主に入室を了承すると、彼は扉を開きその奥にいる人物を招いた。

「やあ、どうもどうも~。いや~、まさかここまで頑張れるとは思っても見なかったよ。感心感心。」

「ただ、もうちょっと賢い行動をしても良かったかもね。うん、今後に期待ということで、今回はツッコまないであげる。」

 そう口にしたのは、ジェルミットさんの姿をした誰か《・・・・・・・》だった。俺はその場で慌てて立ち上がり、ボルン君の様子を見た。しかし、ボルン君は俺が突然立ち上がったのを見て、こちらの方を不思議そうに眺めている。

 おかしい...というか、危ない。

 そう判断した俺は即座に両手で一回打ち鳴らすと、そのまま手のひらを合わせた状態で止めた。すると、ボルン君とやっこさんの動きは止まるものの、俺の意識と身体は通常通り動かせる。どうやら、五つ目の能力『時間停止』が機能してくれたようだ。だが、外から聞こえる喧噪は僅かながら耳に届くようで、この能力にはどうにも有効範囲があるということが判明した。それでも今は、どうにか奴さんの姿を取った誰かの動きを制限出来ているので、一安心である...と思ったのも束の間、

「まったく、折角来てやったのにこんな敵意剥き出しじゃ、僕悲しい気持ちになっちゃうよ。」

と言って、奴さんはその場から動き出し、俺の方へと近づいてきた。

 俺は焦った。それはもう、後ずさりすることすら忘れるほど目の前の状況に狼狽え、ただただ頭の中が混乱していた。そんな俺の状態を知ってか知らずか、奴さんは俺のそんな様子を見て口角をつり上げ、満面の笑みでこう告げる。

「とりあえず、それ、解除していいよ。もう僕の方で人払いは済んでいるからさ。」

 俺は理解するまでもなく、素直にその言葉に従った。すると、先ほどまで聞こえていた外の喧噪は聞こえなくなり、扉付近に立っていたボルン君は、なぜか部屋から退出していったのだ。同時に俺は直感で、この人物に対し下手に抵抗することは愚行である、と気づいた。奴さんは手近にあった椅子へ座り、俺にも着席するよう促した。その指示に俺は再び従い、恐る恐るといった感じで、座っていた椅子へ戻る。素直に従ってはいるものの、本音は今すぐここから逃げ出したかった。だが、この得体の知れない存在にそんな行動を起こした場合、どんな目に遭うのかを予想することすら恐ろしく、今はただ彼の言う通りに動くしかないと諦めたのだ。

「まず始めに、簡単に自己紹介をさせて貰おうかな。僕の名前はギネア。君が想像出来るように言うと、グーって呼ばれている神は、僕の両手のことだね。」

「???」

「アハハハ!やっぱりそうなるよね!大丈夫、大丈夫。ただ、僕は人々から信仰されている神様よりも立場が上の存在、って認識してくれれば良いから。」

「は、はぁ...。」

 なんだろう。感じや印象はボルン君に似ているものの、彼から滲み出ている近寄り難い空気感が、それと比較して途轍もない違和感を放っているのだ。姿がジェルミットさんだということもあるのだろうが、どうにも彼...ギネアさんの喋り方と雰囲気の差が激しくて、情報が頭に入ってこない。

「う~ん...やっぱり、この人間の姿だと違和感があるのかな?」

「いえ!そういうわけでは...ないですけど...。」

「ああ、いいよいいよ気を使わなくて。どのみち、君に近づくための仮の器なだけだったからね。それじゃあ、改めて本来の姿でご対面といこうか。」

 ギネアさんがそう言うと、ジェルミットさんの身体から何かが離れたように見えた。それはまるで空気のように無色で、注視してもギリギリ見えるか見えないか微妙なところであった。しかし、俺が感じた何かは徐々に色と形をつけていき、次第に人型のようなものへと変わっていく。そして現れたのが、白いフード付きのコートを着て、七分丈ズボンと...まさかの一本刃の下駄を履いた青髪の男性であった。顔は端正なのに、裾から見える脛にはそこそこ濃いすね毛が見えており、それがまた滲み出ている雰囲気とのミスマッチさに拍車をかけている。そこに怒濤の一本刃の下駄である。もう、笑うしかなかった。

「~~~っ!!」

「お?どしたん、何か面白いことでも思い出したんけ?」

「くはっ!な、なまりっ...アハハハハハ!!あ~、お腹痛いって!」

「おぉ...何がそんなにウケたのかは知らないけれど、どうやら漸くちゃんと話せそうだね。」

 俺の反応に困った様子のギネアさんだが、何やら納得したご様子。しかし、俺は未だに笑いの壺から抜け出せないでいる。多分だが、ここ最近笑っていられるような状態が皆無だったため、俺の中にあった“笑い”の欲求が、ギネアさんの不自然な姿を見た瞬間爆発したのだと思う。そうなったら、もう坂道を転がるボールの如く、笑いの波が引くまで笑い続けるか別の感情を今すぐ抱かせるかのどちらかをしないと、一向に治まる気がしない。というか、ここまで来るとこんな状況で笑っている自分にも笑えてきて、とんでもない悪循環に突入しいるような...えぇいっ!

「っだぁ!!」

「おぉ、突然自分で自分の顔を殴ったりなんかして、一体どうしたの?」

「い、え。お気に、なさらず、に。」

「...あ~、まだ笑い足りないんだねぇ。いいよ、君が自分で落ち着いたと思ったら、そっちから声をかけて。」

 そんなギネアさんの厚意に甘え、俺は思うがままに笑い転げた。それはもう、ここ数日で溜まりに溜まった“笑いたい欲”が全て膿の如く排出され、後に残ったのは俺のことを穏やかな表情で見つめるギネアさんと、

(一体、何がそんなに面白かったのだろう...。)

と、まるで賢者のように冷静な思考状態に戻った俺の二人だった。ちなみに、ジェルミットさんはどういうわけか周囲には見当たらない。その点をギネアさんに問いかけると、俺が笑い転げている間に別の空間を作ってそこに移動した、とのことらしい......。

「ちょちょちょっと、お待ちを...え?別の空間とは、一体全体どういう事でございます??」

「言葉通り、君がさっきまでいた部屋とは造りが似ているだけで、全然違う空間っていう意味だよ?まぁ、僕にしか出来ない芸当だし、気にしなくて全然問題なし!」

 問題大有りというか...始まってもいない展開について行けていないというか...まぁ、そんな感じなのだが、ギネアさんが問題ないというのならば俺は黙ってそれに従おうじゃないか。それが、弱者の運命、というものなのだから。俺が納得したことを確認すると、ギネアさんは崩していた姿勢を直し、俺の方へと身体を向け話し始めた。

「それじゃあ、そろそろお話の方を始めようと思うんだけど...その前に、一つだけ君にお伝えしたいことがあります。心して聞くように!」

「?はぁ...。」

「チッチッチ。ここは、ノリ良く、ちゃんと答えて!...はい、と言うわけでテイク・ツー...スタートッ!」

「えぇ(まぁ、ここはノっておいた方が楽しそうだし...よしっ)...はいっ、了解です先生!」

「よろしい!それでは早速...」

 俺の反応に満足した様子のギネアさんだったが、そこから彼の雰囲気に少しだけ影が差したかのように張り詰め、続く言葉を重々しく口にした。

「君ねぇ...相手の力量が分からないうちに、下手に能力なんて使うもんじゃ無いよ?生死が関わるとき以外は、なるべく口先だけで情報を引き出さないと。まず自分のことを優先して、他人はそれから。さっきまで多少はやれていたんだから、君ならやれば出来るって!」

「...。」

 だが、最後の方で完全に崩れた。ギネアさんにとって、“真面目にやる”ということは一種の鎖のようなものなのかもしれない。だが彼に話してくれたことは、言葉としては少ないものの、ちゃんと意味を持った助言であった。要するに、“力だけで解決することが全てじゃ無い”ということなのだろう。...うん、だと思いたい。確かに、先ほどの状況で能力を使うことは別に間違ってはいないのだが、それはほぼ全ての状況に当てはまる平均値で有り、別に最大値では無い。対応には状況に応じた最適な方法が存在し、焦って安全策を真っ先に選択するのではなく、その場に適した方法を優先する。その場合、自身の利益をまず考え、それを最大限満たせる選択肢をとるのがベストなのだ...と、俺は思った。ギネアさんの考えは確かめようが無いが(彼にどう聞けば良いかよく分からんから)、たぶんこんなニュアンスに近いことは言っていると思う。事実、俺はボルン君の反応を一度確認してしまっており、それも含めてギネアさんにはバレていたのだろう。

「まぁ、すぐには無理だろうから、徐々に頑張ってねぇ。君は僕の管轄なんだから、今後の活動にも期待しているんだよ?」

「ん?いやあの、管轄とか今後の活動とか意味が分からないんですけど、それってどういう意味ですか?」

「ノン、ノン、ノン。君ぃ、教えて貰うだけが人生じゃ無いんだ。失敗も経験も辛酸舐めることも、とっても大事なことなんだぞ?」

 そう言うギネアさんは、それ以上自分の言葉について話す気はなさそうで、すぐにでも次の話題に進みたい様子だ。確かに彼の言う通り、生前も社会に出てからは自分の経験だけを頼りに生きていて、それが返って人に聞くよりも自分の知識として蓄積されていくのが分かった。だからというのもあるが、俺はギネアさんの言葉に反論する気が全く湧かなかった。ただ、俺の今後に(彼の言葉のチョイスのせいもあるが)辛いことが多く待ち受けていることは、非常に良く伝わった。

「それじゃあ前置きはこれくらいにして、そろそろ本題に入ろうか。というわけで、何か僕に質問はあるかい?」

「え?質問ですか?何でも?」

「勿の論よ。さぁ、この僕に何でも話してごらん、かわいいかわいい子山羊君や。」

「え~っと、じゃあ早速...」

 そう口にするものの、俺の頭の中ではこの質問が優先順位ナンバーワンだった。質問という疑問というか...愚痴というか。

「非常に申し上げにくいんですけれど...」

「うんうん!何かな何かな?」

「え~っと、まず言わせて頂くと










お前、ホント誰だよ!!」

「?いや、だから神様より上の存在だって。」

 わっかんねぇよ!

ホント、誰なんでしょう...。

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