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アストラル・レコード  作者: 藍沢義也
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幽体離脱

僕はネットで、地ビールならぬ自ビールの作り方を調べた。


すると、意外と簡単に作れることが分かった。


もちろん本格的にやれば大変なのだろうけど、手作りビールキットなるお手軽なものが売っているのである。


麦汁にホップ、そしてビール酵母もついている。

お湯で伸ばして、砂糖を加え、自然発酵させるだけでいい。


早速取り寄せて作ってみることにした。


22リットル入るプラスチックの容器を用意して、説明書通りに仕込む。特に難しいこともなかった。大量のお湯を使うので、火傷だけは注意が必要だが。


数日でぷくぷくと気泡が出始め、「おー、生きてるな」と感心しながら成長を見守る。段々とかわいく思えてくる。


発酵を終えると、「若ビール」と呼ばれる状態になる。


まだシュワシュワとした泡はない。


試しに飲んでみると、炭酸の抜けたようなビールの味だけれど、若ビールと言われるだけあって、スポーツに汗するティーンエイジャーのようになんとも爽やかだ。


これでも十分いけるが、これにさらに砂糖を加え、ビン詰めをして、一週間ほどで完成だ。


後は、飲む前に冷蔵庫に入れておけばいい。


瓶に日付を書いた紙を貼り、満を持して七日後にキャップをひねる。


ぷしゅっというあのお馴染みの音がして、仕込みから三週間ほどかかった後に、初めてのビール作りの成功を実感したのである。


では、なぜ手作りのビールが僕の人生の転機になったのか。


別にビール職人への道を歩み始めたわけではない。


ここからは、少しばかり長い話になる。





この日は少しワクワクしていた。


僕にしたら珍しいことだ。


いやっほーいと小躍りするほどではないにしろ、帰宅の足取りはいくらか軽かったと思う。


自ビールの完成初日だったから。


いつものようにただ漫然とビールを喉に流し込むのではなく、どっかりと腰を下ろし、グラスに瓶詰めしたビールを注いだ。


色も、そして泡立つ感じも既成のビールと同じである。


「いいね」


僕は一人で頷いて、その最初の一口を含んだ。


べらぼうに旨いという訳ではなかったけど、悪くない。ちゃんとビールの味がした。


「ひとまず、成功だな」


僕は満足して、立て続けに二杯飲んだ。


変化はすぐに起こった。


ぐらり、と頭が揺れて僕はそのまま後ろにゆっくりと倒れてしまった。


あれ?


酔ったわけではない。


度数だってそんなに高くないはずだ。(砂糖の量で調節できる)


なぜだか分からないが、体中から力が抜けていた。


じーんと体が痺れるような感覚があり、まるで体の重さがなくなったように感じた。


これは何だろうと思っていると、体が揺れ始めた。


ぐるんぐるんと体が横に揺れている。


でも正確には体は動いていない。


体の中身だけ揺れている。


どう表現したらいいだろう。まるで、体の中心だけでんでん太鼓みたいに左右に交互に寝返りをうっているみたいな感じ。


今度は横ではなく、縦に揺れ始めた。


同様に体は動いていない。体の中身だけ縦に揺れているのだ。


まるで、目に見えない巨大な怪物、例えばキングコングとかに揺さぶられているかのようだった。


こんな感覚は初めてだった。


何が起こっているのかは分からなかったけれど、この時点では特に怖いとは感じなかった。


体は、これまで味わった事がないくらいリラックスしていたから。


縦揺れは次第に大きくなり、その揺れに身を任せていたら、ついにはその反動で体が起き上がった。


この描写は正確ではない。起き上がったのは体であって、体ではなかったから。


この時の驚きを分かってもらえるだろうか?


後にはこれがかの有名な幽体離脱なのだと分かるのだけれど、この時の僕は軽くパニックだった。


僕は上半身だけ起き上がっていて、振り返ると、床に寝そべったままの上半身がある。


つまり、腰を中心に二つの体があるのだ。


驚いて、うわっと反射的に体を捻ると、ずるりっという感覚と共に僕は体から抜け出していた。


「なんだ、これ……」


僕の横には僕の体があり、僕はそれを見ている。


そして、見ている僕にも体がある。手も足も胴体もある。


起き上がろうとしたけれど、できない。


腕が床を押せないのだ。


ただ僕は、隣にある僕の体を見ていた。


これってまさか…。


「死んじゃった?もしかして」


しかし、よく見ると横にある僕の体はちゃんと息をしている。胸が上下に動いている。


ただ眠っているように見える。


「生きてる、よな。うん」


どうしよう。


なんとか戻らなくちゃ、と思った。


恐怖心が沸き起こったかと思うと、ぐいっと強い力で僕は肉体に引き戻された。


それで終わりだった。


目を開ける。


いつもの体に戻っていた。なんともない。


夢だったのかとも思ったけれど、そのあまりにリアルな感覚は夢ではないと分かっていた。


時間こそ短かったが、これが記念すべき僕の初めての体外離脱体験だった。




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