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アストラル・レコード  作者: 藍沢義也
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プロローグ

これはひとりごとだ。


物語ですらない。物語ならば語る相手を必要とする。


だからこれは独り言と言うしかない。……今のところは。


伝わるあてはないのだから。





窓からは田園風景が見下ろせる。


うんざりするくらい青々としている。


植物たちは、夏の太陽と雨をむさぼるように吸い込んでいる。その生命力とやらが鼻につく。


僕はまどぎわに椅子を置き、腰を下ろした。


南国の風とまではいかないが、そこそこに爽やかな風が入ってくる。気持ちがいい。


ビールがあればいいな、と思う。


ビールか……。


思えばビールが始まりだった。


そこから話を始めようか。





僕はこよなくビールを愛する男だ。


なぜかと言えば、それ以外に愛すべき対象がないからであった。


仕事を終えれば、間に合わせのドラマのセットのような何の面白味もない部屋に帰り、玄関のドアの鍵を閉めて、まっすぐに冷蔵庫に向かい、寸分の狂いもなく缶ビールのプルトップを開ける。


ビールを飲みながら、パスタを茹でたりうどんを茹でたり、そうめんを茹でたり、そばを茹でたりして、録画しておいたテレビ番組やレンタルショップで借りてきたDVDを観ながら飲み続ける。


持ち帰る仕事もなければ、待つ人もいない。


時間の無駄としか思えないゲームもやらないし、絵を描いたりだとか壺を作るだとか、ジグソーパズルを組むような趣味もないし、怪しげな祈りを捧げる宗教的な習慣もない。


要するに、何もやることがないのだ。


そりゃ男だったら、海賊船に乗り込んでルフィ船長のもと、秘宝をめぐる冒険に出かけたり、神の手を持って人を癒したり、ブラックジャックなみに難解な手術を成功させたりするべきなのかもしれない。


かもしれないが、僕には何の才能もない。


これは何かの呪いなのではないかと思うほどに才能がない。


例えば、人の心を揺さぶるような音楽的才能だとか、カリスマ美容師だとか、天才シェフであるとか、そういった人目を引きやすい飛び抜けたものでなくても、人には何かしらの才能があるはずだ。


計算が得意であるとか、服のセンスがいいとか、家族の世話を焼くのが得意とか、場の雰囲気を盛り上げるとか、どんなに叱られても馬耳東風であるとか。何かしらあるはずだ。


それなのに、僕ときたらどれだけ探っても何も出てこない。


ここまで何もないと、逆に一種の才能ではないかと思えるほどである。


でもそれは才能とは言わない。ただの無意な特性である。


だから僕は自分を平凡な人間とは思えない。


こんなにも人に秀でるものがない者も珍しいと思うから。


まぁ、それはいい。ないものはないのだから仕方ない。


問題は、それにもかかわらず「何かしなくてはならない」という強迫観念である。


何の才もない僕に何をやれというのだろう。


放っておいてほしい。


僕は何も成し遂げられない。それが分かっているのに、人生のやつらときたら執拗に僕を追いたてる。もはや妖怪だ。


お前のやるべきことはなんだ?


うっとうしくて仕方ない。


だから、僕はビールを飲む。


そして、誰かがこしらえてくれた映像作品を眠くなるまで観る。


それは、ただ時を埋める作業だ。





そんな僕に転機が訪れた。


もちろん、それは後になって思うことだ。


その時は転機なんて大げさなものではなくて、ただの「ふと」である。


どういうわけか、自分でビールを作りたくなったのだ。


理由はない。これといって何かの影響を受けた覚えもない。


ただなんとなく、いつも飲んでいるビールを作りたくなった。


金太郎飴みたいに変化のない生活に、少しでも刺激を与えたかったのかもしれない。


何にせよ、思いついてしまったものは仕方ない。


この他愛ない思い付きが、僕をとんでもなく特殊な体験へと導いていくことになるのだが、もちろんそんな事は想像すらしていない。

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