ゾンビは有効に再生利用される
「助けて!」
彼女は精一杯叫んだ。ヘリコプターの轟音をも掻き消す、恐るべき絶叫だった。
ヘリコプターの隊員は発砲を続ける。迷彩色の機体にしがみついていたモノは、ボロボロ地上に落下していった。
「助けて!」
そう叫べるのは遂に彼女だけであり、木や草は枯れ果て、砂利の剥きだしの地上に蠢くのは、もう彼女の仲間ではない。
両腕を激しく振り回し、時折ギャーと奇声を発し、上空を旋回するヘリコプターに届かぬ手を伸ばす。
天の声が響いた。
「皆さんを乗せることはできません。これ以上、被害を拡大させないためです。どうか、今しばらくお待ちください」
スピーカーから流れた声は、いたって冷静。彼女はアッアッと身をのけぞってから、一喝。
「アタシは人間だ!」
ヘリコプターは向きを変えた。海に向かおうと、この島から離れようとしているのだ。
彼女は汚らしい罵声を辺りにまき散らしながら、車に飛び乗った。アクセルを踏みつけた。
「逃がさない!逃がさない!逃がさない!逃がさない!逃がさない!」
全壊したフロントガラス。風が彼女の髪をバラバラ乱れ飛ばす。空を睨んで叫び続ける。
車の後部に衝撃。残ったサイドミラーで後ろを見れば、朽ちた肉体が張り付いている。目をひんむいた、おどろおどろしい形相で、前へ前へと這ってくる。
彼女はハンドルをきる。滅茶苦茶に蛇行を繰り返す車。
それは彼女の仲間に違いなかった。引き裂かれた着衣に裸体に近い体は、男女の性別さえ判別できなかったが。
彼女は逃げた。追われ、逃げ続けたのだ。
ガンッ!
岩の上に乗り上げた衝撃で、張り付いていたモノは、空に放り出される。
一方、車はハンドルをとられて横転した。
彼女は車から這い出た。向こうに落ちたモノは動かない。彼女は車を起こそうと、車体にかけた両腕に力を込めた。
ドサリと青と緑に変色した両腕が根本から外れた。
ヘリコプターの回転音が遠のいていく。
彼女は天を仰いだ。
「助けて!」
「いやあ、本当に良く出来た画でしたね」
試写会の会場から出てきたスーツ姿の若い男は、笑いながら連れに言った。
「ゾンビになった人間の視点から観る世界は、やっぱ臨場感が違いますねえ」
男は配布されたチラシに目をやる。
『最新鋭の映像テクニックを導入』との、うたい文句が踊っている。
「これ、被験者から回収した脳の画像を、映像化しているんでしょう」




