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21歳からの将棋  作者: mello
6/9

目標の前の目標

前回、美緒ちゃんの将来への憂いを聞いた後、俺はというと2か月間『銀将』に通い詰めていた

通い詰めたとは言うが

当然、1か月は仕事があるので退社後に銀将に来て多少指して行く、という程度だったが

仕事を辞めてからは毎日ここに来ている

今では注文せずとも『サンドイッチとアイスコーヒー』が運ばれていた

居酒屋の『お通し』みたいなものだ


「向井さんちょっとスランプですねー」


ニコニコ笑顔で声をかけてくるウエイトレス

彼女、本田美緒は将棋喫茶銀将で働くウエイトレスでありながら女流棋士でもある


将棋喫茶銀将では、ウエイトレスを3人雇っている

店主、ウエイトレス3人が全員『プロ』であった

店主こと、言峰 聡8段

ウエイトレスは

本田 美緒 女流初段

早川 皐月 女流1級

石上 静香 女流2級


これだけ将棋のプロが働いている店は他にはないだろう

言峰さんは、プロとして仕事の無い若手棋士にこうして仕事を斡旋するのが好きなようだ

『将棋に食わせて貰っている以上将棋へ恩返するのが道理だ』

という信念のもと、若手棋士の育成及び将棋の普及に力を入れている

将棋喫茶銀将はその一つで、他にも地方の町内会等の将棋倶楽部への指導の仕事等を取って来ている

自身の開く将棋教室の教員として採用していたり

言峰さんに育てて貰っているといっても過言でない若手棋士が多くいるのだ


言峰さん自身の戦績はというと、タイトル保持数2期と十二分に輝かしい

振り飛車党で、四間飛車・三間飛車・向飛車を指しこなす40歳

ちなみに俺は10枚落ちでも言峰さんに負けた


今日、銀将で働いているウエイトレスは二人だった


「おじさん2級までは早かったけど、それからは成長しないね」


今、盤を挟んで向かい側に座っているのは石上 静香 女流2級 店内段位は4段だった

幼く見える容姿で小学生といっても通用するだろう中学2年生

ふわふわした薄茶色の髪が肩に掛かり、服装は決まって白のワンピース

言峰さんに聞くと、『中学生を働かせるのは違法だから俺があの服を5着買ってやってそれを制服って事にしてる。給料も小遣い扱いにしている』らしい。おい40歳


しかし、おっとりとした見た目とは裏腹に将棋は『攻め将棋』で片美濃囲いか早囲いをササッと組んで、角交換の後、向い飛車からの金銀を両方使った逆棒銀の急戦が得意戦法のようだ

目標としては美緒ちゃんに『互先』で勝つことであるがその前に

この静香ちゃんに勝たなければ

しかし現実は厳しい

俺は今、静香ちゃんに飛車香落ちで対局している。

そして


「負けました」


負けた


「ありがとうございました」


ぐぬぬ…

勝てない


「じゃ、降級シール貼りますねー」


俺の棋力札に泣いている男の子のシールが貼られた

将棋喫茶銀将の店内ルールは

店主及びウエイトレスと対局し

勝てば昇級

負ければ降級シールが一枚、降級シールが3枚溜まれば降級

一度の来店か

~3000円の注文すると店主かウエイトレスと一局対局できる

銀将に来ている他のお客さんと対局するのは自由で、棋力札にも影響はない

しっかりビジネスしてやがる


俺は2級と3級を行ったり来たりしている

静香ちゃんは店内段位が4段

2級相手は飛車香落ち

3級相手は2枚落ち

2枚落ちなら勝てるが飛車香落ちでは勝てない

という状況を2か月近く続けている訳だ


「静香ちゃん…角があると凄い攻め将棋になるんだもん」


俺は様子を見にきた美緒ちゃんに多少いじけ気味に言い訳した


「二十歳こえたおじさんが『だもん』ってキモいからやめた方がいいよ」


「コラ、静香ちゃんお客さんにそんな言い方しちゃいけません」


美緒ちゃんの天使のような優しさとは裏腹に静香ちゃんは毒舌だ

というか生意気な中学生だ


「で、検討する?」


「いいよ、自分でする。静香ちゃんも忙しいだろう?」


「そうだね。こんな成長のないおじさんの相手は疲れるからもう行くね」


サッサと向かいの席を立ち、別の席の方へ向かった

途中でまた美緒ちゃんにまた言葉使いを注意されていた

俺はまだプロ棋士の様に、今おこなった対局を寸分違わず再現できないので対局をビデオに撮っている

もちろん相手の了承を得てだ

今回の対局の最初から並べ直し、自分自身で検討を開始する


「ん~~~、やっぱりプロの人相手に最初に角交換を許してしまうとその後が難しいか…」


駒落ち戦は当然だが対局を始める前からハンデが存在する

すなわち、最初のリードを守り切り、押し切れば勝てるはず

なのだが相手は格上の人であるからそれを許してはもらえない

だったら最初からある程度の駒清算をして決戦に持ち込めば最初のリードが生きて

こちらの攻めが相手に届くかもしれない

という戦法を取ってみたが、今回は失敗した


「どんな調子だい?」


検討中に後ろから声をかけられた

振り返ると言峰さんが居た


「また2個目の降級シールが着きました」


俺は自分の棋力札を持ち上げ言峰さんに見せる


「これはこれは…可哀そうに、どれ…俺が相手してやろう」


言峰さんは殊更大袈裟に同情する振りをして対局相手を申し出る


「いやいや、勘弁してください。今言峰さんと対局したら3級が確定しちゃうじゃないですか」


俺はビデオを見ながらの検討に戻った


「それは残念」


言峰さんは一言言うとそのまま黙ってしまった

俺は気にせず検討を続ける

その間3分程

俺がビデオの同じ所をぐるぐる見回し、なにか上手い手はないかと考えていると

肩越しに手が伸びて来た


俺の駒台に置かれた角換わりで手に入れた『角行』をつかみ、綺麗な手付きで打った

俺は突然検討中に口どころか手を出されて驚くでもなく

ただ、長年『プロ棋士』として、将棋を指して生きてきた人物の駒の持ち方、指し方に見惚れていた

そして、その指から生み出された一手に驚嘆した


その手を指し、言峰さんは何も告げずサッサと店の奥に消えてしまった

その手をしばし検討したが、相手(この場合は石上静香ちゃん)がこの手を咎める事ができない一手であった


そうか、今の俺にとっての石上静香ちゃんは雲の上の実力者であるが

その石上静香ちゃんにとっての言峰さんは雲の上の実力者なんだ

そんな人相手に角換わりの様な互いに切れ味するどい武器を互いに持ち合う将棋は無謀かもしれないな


検討の後、そう締めくくった向井であった


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