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21歳からの将棋  作者: mello
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女子高生の憂い

「ぐぬぬ…」


12分後、盤上はもうどうしようもない場面になっていた


「……負けました」


悔しい思いを滲ませ、対局前と同じ様に軽くお辞儀をして自らの負けを宣言した

将棋というゲームの特異性がここにも表れる

例えば将棋と似たテーブルゲームであるチェス

これは、将棋でいう『詰み』の状態の時に、勝者が『チェックメイト』と言い、ゲームを終了する

しかし、将棋は自らの負けを何度も確認し、さらに宣言しなくてはならない

これが負けず嫌いには堪えるのだ


「ありがとうございました」


美緒は間髪を入れず返礼してきた

しかし、対局中のキリッとした表情でポーカーフェイスを保っていた美緒であったが返礼後はすぐさま破顔し、ニッコリ笑顔に戻った


「正直、かなり驚きました。向井さんほんのつい先週まで初心者だったのにもうこんなに指せるなんて」


悪い気はしない

しかし、彼女が油断しきっている今回がチャンスと踏んでいたのでかなり落胆した


「ああ、実はあれからちょっとだけネット将棋をするようになってね。今日もホントは勝つ気だったんだけど、全然ダメだ」


すると美緒は手を顔の前で大袈裟に振って


「いやいやいやいや、将棋初めて一週間でここまで指せたらすごいですよ。何度かヒヤリとしましたもん」


驚いているようだ

頑張った甲斐があるってもんだ


今回採用した戦法は左美濃棒銀であった

ネット将棋で一番勝率が高かったのと美緒が初心者が棒銀と囲いを覚えただけ、と油断するかもという甘い期待を込めていた


「でもそうですか…左美濃の組み方もほぼ定石通りでしたし…」


美緒は一人でぼそぼそつぶやいていたが質問をしてみた


「美緒ちゃんってさ、この間の帰り際に『女流初段』って言ってたよね?ってことは…その…プロの人なの?」


「えっ?ええ、そうですよ」


美緒は考え事の途中だったのか、驚きながら返事した


「なんでこの喫茶店でバイトみたいな事をしているの?将棋のプロって対局でお金を稼ぐんじゃないの?」


かなり突っ込んだ質問だった

失礼な客扱いされそうだが気になったので聞いてみた


「私、普通の手合いはちょっと勝率悪いんです。なぜか女流の大会なんかで結果が出たので初段に昇段しましたが。」


悲しげな表情だった


「それに女流棋士ってお給料が凄く安いんです。まぁ私の場合は勝率が悪い事も原因なんですが…」


ここで、最初からかなり疑問に思っていた事を聞いてみた


「美緒ちゃんって、学生…?だよね?まだ給料の多可を気にする年齢じゃないと思うけど…」


「ええ、高校2年生です。でも、もう17歳ですよ?来年には進学するか就活して就職するか、将棋に専念するか考えなきゃいけないし…将棋に専念するのならお給料の少ないってやっぱり気になるじゃないですか」


そうなのか、年齢は若くともプロ

好きであろうがそこで食べていけるかどうかの不安は常に感じずにはいられないか…


「ごめん、何か失礼な事聞いちゃったね」


これ以上踏み込むのはさすがに失礼過ぎると思い

ここで謝罪する


「いえ、こちらこそなんか愚痴みたいになってしまって、…でも、向井さんが将棋の世界に興味を持ってもらえたようで嬉しいです」


悲しげな影を消し再び笑顔になった美緒の表情を見て

少し罪悪感を覚える


「まさか将棋のプロの事まで調べてられるとは驚きでしたが」


クスクスと笑う美緒

やはり、こんな美少女に暗い表情は似合わない

その後、美緒は席を立ち棋力札が置かれている棚から新たな札を取り出し戻って来た


「かなり急な昇級ですが…今の向井さんの棋力は5級としておきますね」


一週間勉強して来た俺がどの程度棋力が上がっているかを確かめる意味を含んだ互先だったのか、それに中盤ややぬるい様な手を指していたのも同様の意味なのだろう

まぁそれでも完敗だったが


テーブル上で白紙の棋力札に『向井隼人 5級』と新たに書かれた棋力札が出来上がった

そしてそれを持ち俺の横に立ち


「棋力札の交換をしますね」


俺の首から下がっていた棋力札の紐を引き、一度自分の手元へ持ってくる

そして札を交換し、また俺の首にかけてくれる


「昇級おめでとうございます」


パチパチパチと、拍手で祝福してくれる美緒

しかしここで疑問が沸いた


「昇段・昇級の判断は美緒ちゃんがしてくれるの?」


頼りないといえば言葉が悪いが、『将棋喫茶』と銘打っているこの喫茶店で、そのメインの将棋の棋力に関して、いちウエイトレスが勝手に決めて良いのだろうか


「さっきも言いましたが私、プロですから」


えっへんと誇らしげな顔の美緒

言われてみればそれはそうだろう

プロの人間の棋力判定以上の重みのある棋力判定なんてあるわけない


「そっか、そうだよね。ごめんごめん」


美緒はまた向かいの席に戻り


「では、対局の反省会をしますか」


美緒は盤上の駒を迷いなく、淀みなく

すすすと、局面を序盤まで戻す

戻した場所は序盤も序盤

駒がぶつかる一手前という場面であった


「ここで向井さんが歩を付き越したわけですが、棒銀は単純で強力な戦法ではありますが、上級者の方はだいだい棒銀を受け慣れています。今は上級者であっても、始めはみな初心者ですから周りの人が棒銀を使う可能性が高いから棒銀を受ける事も多いからです」


なるほど

初心者向けの戦法として多くの人に知れ渡っている棒銀を使う人が多い以上

棒銀を受けるのに慣れてる人も数多くいる、という訳か


「もちろん、戦法として残っているぐらいですからきちんと臨機応変に対応すれば有力な戦法です。プロ棋士の中でも棒銀を得意戦法とし、多くの棋戦で採用しておられる方もいらっしゃる以上、必ず受けられるというわけではありません。例えば」


俺にとっては真剣勝負のつもりだったが、彼女にとっては指導対局だったのだろう

俺の指した手を、その局面での最善手を示す事で、俺の棋力向上の手助けをしてくれている


「この様に左美濃の金を一つ応援に送る事で、当たり駒に数が足りなくて棒銀は成功です。少々、攻め足が遅く感じたり囲いを自ら崩す事に抵抗があるかもしれませんが、本譜よりは上手く行っていると思います」


指導内容も実戦の棋譜を使う事により、今後の似た様な状況の時の参考になる


「なるほど。」


なにより、自身の将来の事を憂い

暗い表情より今の指導の時の笑顔の方が17歳の女の子には似付かわしい


と指導を受けながら考えていた向井であった


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