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21歳からの将棋  作者: mello
3/9

将棋喫茶 銀将

「将棋喫茶?」


俺は馬鹿みたいにオウム返しで聞き返した


「そうですよ。将棋しない方がいらしても全然構わないんですが、皆さん将棋を指す前提で来店頂いてますよ?」


ウエイトレスは心配そうに聞いて来た

将棋を指さない人にとっては居心地が悪いだろうという気遣いなのだろう


「そうなんだ…将棋ねぇ。」


将棋の事なんて最後に意識したのはいつだろうか…

小学校の時に何かの授業で、一度だけお遊びでやったことがあるくらいかな


「興味あります?」


俺が物思いに耽っているとウエイトレスがまた気を遣って聞いてきてくれた


「ん~、まぁ…やってみようかな。」


普段なら遠慮している所だが、ブラック企業を退職することを決め

次にやる事も未定な今

暇つぶし程度にと思って軽く返事した


「お客さんは棋力は何級くらいですか?」


するとウエイトレスが将棋盤と駒箱を持って席の向かい側に着席した


「えっ…君が相手してくれるの?」


「ええ、今他にお客さんも居ませんし、私以外お相手できる人がいないので」


ウエイトレスはテキパキと対局の準備をしながら当たり前のように答えた


「そうなんだ…で、『きりょく』ってなに?」


先程の質問の分からない所をあらためて聞き直す


「棋力です。将棋の棋にちからで棋力と言います。意味としては将棋の強さを級や段の数字で表すのですが…それも分かりませんか?」


「ごめん、全然分からない。一応駒の動き方とかルールとかは薄っすら覚えていたりするんだけど…」


「なるほど。では場所により色々違うのですが、この将棋喫茶では最低級は20級という事で、実力に関係なくルールを知っていたら20級という事になっていますので、お客さんは今の棋力は20級。ということになります」


受け答えをしている内に、ウエイトレスの側は将棋の駒が綺麗に並べられていた


「では、まず私の駒を見ながらで結構ですので鏡移しみたいにご自身の方の駒も並べて見て下さい」


中央に未だ山となった駒達を一つずつ並べていき

2分後並べ終えた

駒は昔小学校で見た鉛筆ロケットの様な形状ではなく真四角だった

しかし、中央の文字から矢印が伸びていて、しかも駒一つ一つが違う方向を向いていた


「この駒は初心者の方が使う用の駒ですので、その駒が行けるマスが表示されています」


ウエイトレスは自分の『王』と書かれた駒を持ちこちらに見せるように解説した

そこからは全方向に1マスだけ矢印が出ていた


「これは分かりやすいね。駒の動きはこの駒を見ながらなら分かるし、相手の王を取れば勝ちって言うのも覚えてる…あと相手側の3マスに入ったら裏返してパワーアップするんだよね?」


「はい。将棋ではそれを『成る』と言います。駒の裏側にも成った後の駒の動きが記載されていますので安心してください」


なんだか営業トークみたいになってきた

そんな、若干訝しがっているのを知ってか知らずかウエイトレスは自分の駒の『王』と『歩』以外を箱に戻した

そして笑顔でこう言った


「じゃあ、対局しましょうか」


「えっ…?」


ウエイトレスの突然の行動に驚きを隠せずにいると


「あ、対局っていうのは将棋や囲碁の対戦の事を言います」


将棋用語が分からないと勘違いしたウエイトレスは解説してくれたが、驚いたのはそこではない


「あ、いや、君の駒が…ずいぶんと少ないね」


教わる身として少し言葉を選んだ


「はい。私とお客さんでは棋力が違うので、棋力が高い方がこうやって何枚かの駒を落として対局するんです。これを『駒落ち戦』といいます。ちなみにこれは駒落ち戦の中でも『10枚落ち』といいます」


ようするにハンデ戦ということなのだろう

しかし…


「でも…そんなに無くして大丈夫なの?スカスカだけど…」


「大丈夫です。初心者の方はこれで中々勝てないものなんですよ」


ウエイトレスは愛らしい顔でニッコリ笑った

そんな気は無いのだろうが侮られたような気がした

勝ってやろうじゃないか!



15分後…


「……あれ?これもう行ける所がない…でしょ?」


「ええ、この状態を『詰み』と言ってお客さんの負けです」


これまた愛らしい笑顔で言ってきた

悔しさというより、驚きで感情が止まっていた

もちろんゲームだ

熟練者がこんなハンデ戦で勝つことなんて往々にしてあるのだろうが

駒達の動きが華麗で、まさに為す術が無いを体現する現象を目の当たりにしたようだった


「興味が出ましたら、こちらの本をお読みください」


ウエイトレスは店内に設置されていた本を数冊テーブルに置いた

どれもタイトルに『初心者の…』と付いていた


「お客さんも増えてきましたので私はこれで失礼します」


それだけ言い残すとウエイトレスは新規の客への接客を開始した

知らぬ間に店内には5組の客が居てその殆どが連れ立って入店し、将棋を指していた

俺は、時間も有るし興味も多少持ったのでウエイトレスが置いていった本を読むことにした



さすがにタイトルに『初心者の…』と付く本なので今の俺でも理解できる内容だった

初心者の戦い方

初心者の駒組み

初心者の棒銀

初心者の矢倉

初心者の振り飛車

初心者の詰め将棋3冊

を読み終え、大体は理解できたかなと思えた

ウエイトレスが将棋盤と駒を置いていってくれたので

本の中で分からない事は実際に盤と駒を使って実演できたので分かりやすかった


もうそろそろ、流石に長居しすぎた事に罪悪感を覚え始めた

サンドイッチとアイスコーヒーだけで4時間半も居たら

将棋喫茶とはいえ、経営的にあまりいい顔はしないだろうと思ったので席を立ち

注文票を手に持ちレジに向かう

すると先程のウエイトレスがレジに来てくれた


「どうですか?将棋に興味は出ましたか?」


レジを打ちながら受け答えしてくれるので何の気なしに会話できた


「うん。ちょっと面白いと思ったかな。もうちょっと勉強してからまた来るよ」


するとレジ精算が終わったウエイトレスが別用紙を取り出した


「もし良かった会員登録しませんか?今お客さんは20級ですが、私やマスターと対局して、棋力が上がってきたら昇級札も作成しますよ?」


「うーん。まぁ…じゃあ」


流されやすい性格ではなかったはずだが、ウエイトレスの押しに負け

会員登録することにした


「頑張ってウエイトレスさんに駒落ち無しで勝てるように勉強するよ」


会員登録申請用紙に記帳し紙を渡し際に恰好を付けたセリフを付いた直後に


「ちなみにウエイトレスさんの名前と棋力はどのくらいなの?」


ウエイトレスはまたも愛くるしい笑顔で答えてくれた


「私は本田美緒といいます。棋力は女流初段の、このお店では7段です。では、また来てくださいね」



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