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伝説


 メルを家まで送り届け、今度こそ休むために宿へ戻る。

 と、フェイルに出かけていた村人が悲しそうにしているのが目に入った。

 だからどうした、ってことではないのだが目が合い、手招きされたのでは無視するわけにもいかなかった。

 その男が言うには、フエイル橋上都市にある王立劇場の看板俳優が毒蛇に咬まれ、危篤状態にあるらしい。

 現在フェイルには有効な薬がなく、手の施しようがない状態にある。

 唯一の望みは、どんな毒も必ず消すと言われるリード草だが、この薬草の生える場所や薬として用いる方法は正当な魔導師のみに伝わるもので、現在のランスウェル国にはその知識を持つものがいない、と言う。

 ルシオンも魔導師ではあるが、系統が違う。彼の場合は完全な光の魔術で、治療呪文などは最高級のものを持っているに違いないが薬を併用する魔術はいわば闇に属する。

 というより、邪道と呼ばれる知識なのだ。魔法学院の学問としての魔法においては・・・。そこの生徒だったという、それも優等生だったらしいルシオンには使えないだろう。

 僕らの村にいる魔導師たちなら、目をつぶっていても作れるかも知れないが・・。村に伝わる教えがある。『それがいかに邪悪であっても、使うものと使い方に邪念がなければ、それは単なる【力】であり【技術】に過ぎない』。と、だから村の魔導師たちは系統なんて気にしない。必要だと思えたものは貪欲に吸収していた。

 「俺はな、あいつの演技にゃあ心底惚れていたんだ、それなのによー、こんなことで死んじまうなんて・・・悔しいじゃねぇか、悲しいじゃねぇかよ!」

 「・・・リード草なら、ヴァンネルの森にあるはずだよ」

 毎年、ある時期になると村の魔導師たちが魔術に使う薬草を採りに出かけるが、そのうちの一人から強力な毒消し草がある場所として教えてくれたのだ。

 「! そうか、あんたパンディオンの人間だったよな。・・・でも、あそこにゃあおっかねぇエルフがいるって噂がある。・・・採りに行けるのか?」

 行けるもなにも、行くしかない。こういう状況に遭遇したとき力となるべく、僕らは厳しい訓練や、授業を受けさせられるのだから。

 いかに、まだ教育を受けていない段階だと言っても、知っていて無視することはパンディオンの者たる資格を捨てることに等しい。

 「なんとか、やってみますよ」


 ヴァンネルの森の場所も、リード草が群生している場所も、一応聞いてあるし、こういう情報は誤解や間違いがないよう、正確に伝え、覚える訓練もしているから間違うことはありえない。

 問題は、攻撃的なエルフ、の噂だが、彼らとてリード草を守っているわけではないだろうし、四六時中いるはずもない。

 あまり気にはしていなかった。

 聞いていた通りの場所で、聞いていた通りの草を採る。あとは、これを持ち帰りすり潰して患部に塗ればいい。

 「急いで戻ろう」

 解毒治療は時間との勝負だ、ぐずぐずしてはいられなかった。

 「・・・・ん?」

 誰か、倒れている。

 褐色の肌、尖った耳。

ダークエルフ・・・?

 「・・・う・・・ん」

 近づいてみると、それはダークエルフの少女だった。

 褐色の肌に生える金色の髪、そして鮮やかな若草色の鎧。使い込まれた長弓。

 「あれ、この娘は確か・・・。ひどい傷だ! 毒蛇に咬まれたのか」短い皮製のズボンから伸びた長くしなやかな脚に、明らかな毒牙の跡、変色していく肌。 毒が回り始めている。

 「・・・・・」

 「待ってろ、すぐに処置する。ちょうど、毒消し草がここに・・・」

 膝のあたりで血管に傷をつけ、毒を含んだ血を流れ出させる。吸い出すという手もあるが、それだと細菌の感染を引き起こしかえってやっかいだ。

 そうして、すり潰したリード草をダークエルフの少女の脚に塗り込んだ。あまりいい方法とも言えないが、今はこれくらいのことしかできない。

 幸い、咬まれてから時間もあまり経っていないようだし、本人も若い、強力な毒消し草もある。

 大事にはいたらないだろう。

 「よし。これでしばらく休めば大丈夫だ」

 「う・・・ん。あれ、私・・・?」

 さすがに生命力の強いエルフだけのことはある。処置を施してすぐに意識を取り戻した。

「毒蛇に咬まれて倒れていたんだ。発見が遅れていたら手遅れになるところだった。間に合って良かったよ」

 「あなたが助けてくれたのね。ありがとう、おかげで命拾いをしました。私、エルっていうの。エルフの里の守役よ。あなたの名前を聞いていい?」

 「僕はターク。パンディオンから来た・・・旅行者、かな」

 かな、っていうのも妙な表現だが、他に言いようもない。

 「・・・それにしても皮肉ね。人間が入れないように里を守っていたのが、その人間に助けられるなんて」

 ダークエルフは人間を忌み嫌ってるんだったな。かなり古い戦いで敵対してから。

 「人間なんかに助けられるのは嫌なんだろうけど。命が助かったんだ、それでいいってことにしないか?」

 「逆でしょう? 人間のほうがエルたちを嫌ってるんじゃなくて」

 「そうなのか? 僕は別にそんなこと、気にしたことないけど。それに、君は僕の命の恩人だし、・・・覚えてないかい? 前に僕を助けてくれたろ」

 「!? ・・・・・・・・・? あ! もしかして、あの時の人?」

 人間とはあまり接触しないはずなのに、思い出すのにずいぶん時間がかかったのは助けた、という意識が薄かったせいだろう。

 それに、あの怪我で命を取り留めたばかりかこうして元気に歩き回っているなんて、考えられないことなのだろうし。

 「改めてお礼を言わせてもらうよ。あの時はありがとう」

 「今度はエルが助けられたのね。それじゃあ、おあいこだわ。・・・いけない、ずいぶん時間が経っちゃったみたいね。仕事に戻らなくちゃ。またどこかで会えるといいね、ターク」

 「ああ・・・そうだね」

 エル、か・・・。

 エルフにしては、開放的でポジティブな考えの持ち主らしい。

 「さて、薬を届けなきゃな」

 と、思ったのだが、困ったことにもう一仕事しなくてはならないらしい。

 フェイルの南部、バローダ城跡へ続く街道沿いにある村に行くと言う商人を護衛しなくてはならなくなったのだ。

 なんでも、最近この道には盗賊が出るらしい。本来、一度に二つ以上の依頼を受けることは禁じられているのだが、今回はそうも言っていられなかった。

 なぜなら、この商人の荷物というのが、陸の孤島になっているその村の、一月分の生活必需品で、すでに予定よりも半月ほど遅れているというのだ。

 「食料品や、薬も、今頃は切れているはずです。他の人は盗賊怖さに護衛してくれません。お願いします!!」

 これでは、受けないわけに行かないではないか。

 街道に入ると、盗賊より先にあのキラー・ビィーと同種の蜂、ホーネットが襲いかかってきた。

 毒性はキラー・ビィーほどではないが、顎の力と、常に集団で飛ぶ習性は侮れない。

 それにしても、なんでこんな重要な人の護衛を王国軍はしないのだろう?

 「ここまで来ればもうすぐ村に付きます。どうも、ありがとうございました」

 「結局、盗賊は現れませんでしたね」

 「いえ、これから襲うんです」

 ・・・なにを言っているんだ?

 「あっ! 誰か来ましたよ」

 「え?」

 ドカッ!!

 「ぐはっ!」

 後ろを向いた途端、後頭部にいいものをもらって、弾き飛ばされた。

 「あ、あんた・・・まさか・・・?」

 「まあ、つまり・・・。俺が盗賊だったってわけだ。悪くおもわんでくれ。身ぐるみおいていきゃ、命まではとらねぇから」

 ・・・王国軍が動かないわけだ。

 「誰が置いてくか!!」

 見たところ、盗賊と言うのはこの男一人だけのようだ、だからこそ、こんな方法を思いついたのだろう。

 「じゃあ、死にな!!」

 ダガーを握り締め、突っ込んでくる。

 馬鹿な男だ。

そんなんで倒されるようなのが、護衛なんて事、するわけもなかろうに。

 相手の攻撃を寸前でかわし、振り向きながら、僕の身体のあったところを素通りする男の首筋に手刀を叩き込んだ。

 男は、ウッ、と呻いた直後。膝から崩れ落ちる。

 ・・・片付いた。今回は散々だったな。

 こんなことなら、まっすぐ劇場にいくんだった。俳優さん、無事だろうな?

 蛇には咬まれるは、薬は遅れるは、つくづく運のない俳優だ・・・。


 「オーブは手に入れられたようですな」

 朽ちかけた廃屋にうずくまる男を見下ろし、奇妙な生きものが楽しそうに声をかけた。

 鳥のようではあった。赤茶色の鷺がいるとしたらこんな感じだろう、大きさや翼の具合なんかは。ただ一つ鳥とは明らかに違う特徴があるとすれば、あの長い首がなかった。代わりと言っては余りにも無気味なことに、鳥の腹に人間の顔が刻まれている。

 それが真赤な口を開けて口を聞く様には、どんなに神秘主義を軽蔑しているものでも地獄からの使者だと思わせずにいられない雰囲気が漂っていた。

 うずくまっていた男が微かに身じろぎしたものの、再び動かなくなるのを見てその『奇妙な鳥』は薄く笑った。

 「伝言を伝えに来たのだ。黒竜よ。無論、それこそがワシの本職ゆえ、言うまでもないとは思うがな。『塔を探せ』との『あの方』のお申しつけである。かつての失敗を繰り返す気がなければ・・・だそうだがな」

 言い終えるより先に黒竜と呼ばれたうずくまる男の目に、生気と残忍な光が戻ったのを奇妙な鳥は満足げに見下ろし、スイッ、ッと飛び去っていった。

 うずくまったままの男が、この後どんな行動に出るか、そもそも行動を起こせるのかという些細な疑問も持つ気はないようだ。

 『奇妙な鳥』には他にも仕事があったたのだ。本職ではない仕事が・・・。

 もっとも、この奇妙な鳥は本職ではない仕事がとても好きだった。趣味ではなかったが、『とても好き』だったのだ。

 奇妙な鳥の飛び去った方向には、高い山がそびえ麓には小さな村があった。そして、あまり知られてはいないが古い、古い古城が忘れ去られたように立っていた。

 数日後。

 すでに過疎化の進んでいた村が一つ消えているのが発見された。町に出かけていたものが村に帰ったとき、そこは沈黙に支配されていた。

 普段から静かな村ではあった。が、もはやそこには風以外に動くものがなかった。そのうえ唯一動く風が運ぶのは錆びた鉄の匂いだ。

 村の人口の9割を占めていた年寄りが切り捨てられ、若い男はミイラのように干からびていた。そして若い女たちにいたっては・・・。

 一軒の廃屋の中で虚空を見つめているのが発見された。もちろん、すでに生き絶えていたのだが尋常な死体ではなかった。

 服は引き契られ、八人ほどが壁に寄りかかるように並んで座っている。胸から上は裸であることを除けば顔が恐怖に歪んでいるだけだった。

 問題は胸から下にある、腹が切り裂かれ内蔵が引き摺り出されていた。全てがではない。

 いくつかなくなっていた。女性ならばこそのものが・・・子宮と卵巣が奪われていた。

 「・・・・・・・・・・・」

 住み慣れた村の惨劇を前に、声もなく立ち尽くす村人。その背後に大きな影が立った。振り向いたとき、その村人の首は体に別れを告げていた。

 驚きで大きく見開かれた目が、赤いものを映していた。赤い髪と赤い鎧を・・・。

 「黒龍が再び動き始めたか・・・」

 古城の一番高い塔、その窓にたたずみ下界を見下ろしいた男が呟く。

 長身で青白い顔、壮年の男だった。その男の肩には、あの腹に顔のある鳥がとまり、ニタニタと笑っている。

 「ですが・・・あの様子ではもう長くは制御できそうにありませぬ。我らの望む働きが出来るかどうか・・・」

 「かまわぬ。それならそれで我々の手間が少し増えるだけのことだ。それより、気になるのは本国の動きだ。国務尚書殿が解任され、新たに宰相が任命されたらしい。それもよそ者がな」

 よそ者と言う言葉を苦々しげに吐き捨て、唾を吐きたそうな仕種を見せたが、男は思い止まった。

 気分を変えるように、窓の外に上り始めた月を見やる。妙に赤い月だった。

 「我ら軍人は陛下の命を完うするのみ。余のことは考えぬのが、得策。・・・頼むぞ、すべてはお主の肩にかかっておるのだからな」

 鳥の腹に張り付いた顔が、少し歪な笑みを浮かべ、鳥は再び飛び去った。

 「時代の節目、新たな世紀の誕生に犠牲は付き物なのだ。願わくは、それが出来うる限り、少ないものでありますように・・・」

 不吉な色を浮かべた月に、男は深々と頭を垂れた。

 それが本心であるのか、自己満足に過ぎないのか、男自身にも判断をつけえずにいた。

 それでも、世界は動き続けている。


 フェイルの街へと戻り、王立劇場へ薬を届けるとともに治療を施した。あとは本人の体力しだいだが、舞台で鍛えられた肉体だ。大丈夫だろう。

 王立劇場を出ると、あたりはすでに暗くなっていた。

 宿でゆっくり休むとしよう。

 ・・・そう言えば、今日はリスティンもこの街で宿をとっているはずだ。

確か、やどりぎ亭。

 そこへ行く。

 と、やはりリスティンはチェック・インしていた。少し迷ったが、部屋を訪ねてみる。

 「今晩は、リスティン。・・・なんだか疲れているようだね。また出直してくるよ」

 実際、いつもの闊達さが影を潜め、肌も荒れているようだ。

 「やだ、大丈夫よ。ちょっとね、今日は配達が多かったものだから・・・」

 「いや、僕は帰るから、よく眠って、疲れをとらないと」

 あのきれいな笑顔が見れなくなる。

 我ながら、純粋な心配とは決していえないのだが、リスティンの身を案じていることに嘘偽りはない。

 「ありがとう、ターク。じゃ、お言葉に甘えて休むわね。おやすみなさい」

 「ああ、おやすみ」


 これといってやることもないので、僕は再びランスウェルの街のギルドへ出かけてみた。 あいにく冒険者ギルドの方には仕事がなく。労働者ギルドのほうへいってみる。

 すると銀狼の捕獲、というものがあった。

 カーネスの森近くに住む狩人が、森の東部で、幻の銀狼を目撃したのだと言う。

 銀狼の毛皮は非常に高値で売れる上、身に付けると治癒の魔法の効果があると言われる、大変価値のあるものだ。

 僕も話だけなら村にいるときによく聞いたし、本にも出てくる。

 冒険者の卵としては、見逃すわけにはいかない話だ。

 僕は早速、その仕事を受けて森へと出かけた。

 この森には狼がたくさんいるらしい、他の狼を避けながら銀狼を探すのはかなり骨が折れる作業になりそうだ。

 半日歩き回ったが、なかなかそれらしい狼が見つからないな・・・ん、いまなにかか草の中に隠れたぞ。

 その方向に目を向けると、確かに銀色の毛をした狼がいる。体格も眼光も普通の狼とは比較にならない。

 にしては・・・。

 「ウゥゥゥ・・・・・」

 なんだか様子が変だ。僕を見ても逃げるわけでもなく、襲いかかってくる気配もない。ただ僕を見て低く唸っているだけ。

 「まさか? ・・・」

 やはり、後ろ足を怪我しているようだ。力が入らないのだろう、ほうり出している、といった感じになっている。

 どこからか落ちて骨折したのかも知れない。

 「ちょっと脚を見せてくれないか・・・」

 こんな手負いの狼を捕獲していくのは僕の剣士としてのプライドが許さない。

 治療してやろうと手をさしのべる。

 「危害は加えないから」

 「ウゥゥゥ・・・・・」

 ・・・言葉が通じるわけないか。サー・ディディモスじゃあるまいし。

 「・・・・・・」

 だが、銀狼は唸るのをやめ、僕をじっと見つめていたがおもむろに横たわり、傷ついた足を僕のほうに向けてきた。

 「おまえ、・・・信じてくれたのか? ・・・とりあえず、今のうちに治療を」

 「・・・・・・」

 傷ついた脚をとり傷薬を塗り、近くに落ちていた木の枝を添え木にして布を巻き付ける。その間、銀狼はピクリとも動かずされるままになっていた。

 「よし」

 傷口に巻いた布が少々不恰好になってしまったが、傷の治りには問題ない。これで大丈夫だろう。

 「・・・・・・・」

 治療がすむと、銀狼はおもむろに立ち上がり、茂みの奥に姿を消した。

 ねぐらにでも帰ったのかな?

 しばらくそのままでいると、銀狼がなにかを銜えてきた。

 それを僕の前に置き、僕を見つめる。

 僕になにかくれるつもりらしい。

 「僕はおまえを捕まえにきたんだぞ」

 「・・・・・・」

 ・・・さすが、というべきなのだろうか。銀狼にもプライドがあるらしい、治療を受けてなにも恩返しをしないのは気がすまないようだ。

 「・・・分かった。 ありがたく使わせてもらうよ」

 銀狼が銜えてきたものを手に取り、僕は街へと引き返すことにした。

 ギルドには銀狼ではなく、毛色の白い狼だったと言っておけばいい。もともと、銀狼は『幻』なのだから。

 街につき、僕は銀狼から受け取ったものを調べてみた。

 それは泥で汚れていたが、間違いようのない輝きを持った宝石、エメラルドの原石だった。

 僕はそれを持ってエメラルドリゾートへ行き、きちんとした形に加工してもらう。そうしてできたものは、僕の予想よりはるかに貴重な品物だった。

 ただの宝石ではない。魔宝石だったのだ。

 幸運や幸福が訪れると言われている宝石エメラルドを基調とする魔宝石には、治癒の魔力が込められている。

 今後の冒険には欠かせないものとなることだろう。

 冒険・・・。

 僕はふと、クレアのことが心配になった。

 「早まったことをしてなきゃいいが・・・」

 村へと戻り、クレアの家へ・・・の前にフラワーガーデンへ。

 リスティンが、せっせと植物たちの世話をしている。

 「リスティン。その、花にかけてる液はなんだい?」

 「これはね、香草を煮出した液。これを吹きつけてあげれば、害虫が寄りつかなくなるのよ。他に牛乳なんかも効果があるの」

 「どうして、そこの土は白いんだい?」

 「このあたりの土はね、植物を育てるには酸がちょっと強いの。だから、石灰で中和しているのよ。他にもやせた土には腐葉土を混ぜたり、水捌けをよくするために細かな軽石のようなものを混ぜたり、土づくりには気を配るわ。だって、植物のお布団みたいなものですもの」

 植物の世話の話なんて、興味ないはずだった僕だが、リスティンがこんなに表情を輝かせてする話なんてほかにない。

 ついつい聞いてしまう、それになにか僕までが植物に対して愛情を感じるようになってきた。

 これ以上はリスティンの邪魔になってしまう、僕はさりげなくその場を後にし、メルの家を経由してクレアの家へと急ぐ。

 「・・・大丈夫だったら。そうなったらデニスさまが助けてくれるもの」

 「・・・いや、そうは言ってもなぁ」

 なにか深刻そうな話をしている。

 「今度は、何の話です?」

 毎度毎度、人様の会話に介入するのは失礼とも思うが、どうもこの親子は端から見ていると危なっかしくてしょうがない。

 「おお、ターク君が。実はまた盗賊団の動きが活発になってね。メルが狙われやせんかと心配なんだ。今日も、人相の悪い男が屋敷をじっと見ていたらしいんだ」

 なるほど、穏やかじゃないな。

 「大丈夫よ。今度はタークさまもいるし、デニスさまもタークさまも強いんだから」

 「たしかにターク君もデニス君も腕は立つだろう。だが、おまえが危なくなったとき、すぐ駆けつけてくれるとはかぎらんのだぞ、この前は、たまたまデニス君が近くにいたからよかったようなものの」

 「この前、とは?」

 「ああ、君がここへ来る少し前のことだが、私たちの乗った馬車が襲われたことがあってね。その時はデニス君が助けてくれたんだ」 「そうなの。デニスさまったら強いんだ。五人の盗賊を、一人でやっつけちゃったんですよ」

 ああ、そういえば、いつだったかメルとデニスがそんな話をしていたな。

 「あの時、おまえは気絶して何も覚えてなかったんじゃなかったのか?」

 「違うもん。あとでちゃんとデニスさまから聞いたんだもん」

 なんとなく、話が出来過ぎてて、実体験というよりも芝居の段取り臭かったけど・・・。

 「でも、確かに用心しないといけないな。村長のおっしゃる通り、僕もデニスもその場に居合わせなきゃ、メルを助けられない。ずっと一緒にいられるわけじゃないからね」

 「ほら、ターク君もこういっているじゃないか。おまえも少しは気をつけないといけないぞ」

 「うーん・・・。タークさまがそういうなら・・・そうしようかな」

まだ不満はありそうだったが、取りも直さず、メルも納得してくれたのを確認して、クレアの家へと急ぐ。

 「ターク君、お願いがあるのよ。アロスの城下町跡と呼ばれる場所に、行ってみてくれない? 父があの本を発掘した場所がそこなのよ。ひとまず、無難な場所から調べていくって方向で考えがまとまったの」

 クレアの部屋に行くと、開口一番。クレアがそう切り出してきた。

 「それは、安心したよ。あの勢いのままランスウェル城に忍び込もうとか考えていたら、どうしようかと思ってた」

 「それも相当魅力的なんだけど」

 ・・・オイオイ。

 「頼むから、犯罪は起こさないように。アロスの城下町跡でいいんだね? とりあえず行ってみるから」

 「ありがとう、ターク君。お願いね」

 調べる、と言ったところで遺跡とは違い文様や絵文字を探すわけじゃない。クレアのお父さんが見つけたという本に近い書物かなにかを探すというのが一番妥当なところだ。

 だとすれば、普通の民家を探し回っても意味はないだろう。

 あるとすれば、魔法ギルドの跡か・・・図書館。

 図書館と言えば大きな建物だ、僕は他のものにはめもくれずに大きな建物で図書館らしいものを探して中を調べる。

 そうして、崩れた棚の奥から埃にまみれた皮製の書物を発見した。

 古代語で書かれてあって、僕には読めないが相当古い本なのは確かだ。

 他にもないかと思い、調べたが一度は調査の手が入った場所でもある。その一冊以外はなにも発見できなかった。

 「これが、多少は手がかりになってくれるのを期待するしかないな」

 クレアの元へ戻る道すがら、僕は書物の神に祈りを捧げ続けた。

 「ターク君、どうだった? なにか収穫はあった?」

 「一冊の古文書を見つけたよ」

 「それはすごいわ。ちょっと見せてみて。ちょっと待ってね・・・。タイトルは『アラストールの書第三章』・・・よく調べてみないと分からないけど、私の父が見つけた本の続刊にあたるみたい。なんでも、白竜についての記録のようよ」そう言いながらページをめくるクレアだが、その表情には明らかに失望がにじんでいた。

 「・・・・・」

 嫌な予感が・・・。

 「・・・駄目。この本には魔法帝国については書かれていないみたい。やっぱり父の発掘した本を手に入れないと」

 やっぱりか・・・。

 「・・・しょうがない、乗りかかった船だ」

 「城の門番のほうは、私がなんとかしておくから。ターク君は、安心して忍び込んできてね。その間に私はこの本を翻訳しておくわ」

 軽く言ってくれる。一国の城に忍び込むってことがどれほど重大な犯罪か分かっているのだろうか。

 ま、実行しようとしている人間が言っても説得力はないだろうが。

 何にしても、忍び込むにはまだ日が高すぎる。僕は一旦ランスウェルの城下町へよって時間を潰すことにした。

 「ん? あれは・・・」

 街の広場に、あの鮮やかな赤いベレー帽が見えた。

 「ごきげんよう、ターク様!」

 僕に気付いて丁寧な挨拶の言葉をかけてきたティナだが、いつもののんびりとした口調から比較するとかなりの早口だった。

 「やあ、ティナ。そんなに慌てて、いったいどうしたの?」

 「今から家に帰るところなんですけど、ついうっかり帰る時間を過ぎてしまったんです」

 門限、そんなものあるはずもないが、きっとみんな気を揉んでいるに違いない。

 あいつなんかは其処いら中飛び回り、悪口を並べたてていることだろう。

 「それは大変だ! 急がないと!」

 「また今度ゆっくりお話しましょう、ターク様。それでは!」

 そう言ってティナは走り去っていった。

 「転んだりしないように、気をつけてね」

 元気なのはいいが、周りの人間は気がきじゃないだろうな。あれじゃ・・・。

 「さて・・・そろそろ暗くなるな」

 ランスウェル城の前に立つ、どんな手を使ったのかは知らないが門番たちがいない。

 忍び込む者としてはありがたいことだが、一国の城の警備がこれでいいのだろうか?

 とにかく、目的を済ませてしまおう。

 本は王国図書館にあるはずだ。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・!!

 が、図書館の入り口に手を伸ばしかけた僕の横顔に、光が差した。

 「あ、ターク!」

 「あ、シールとルシオン殿」

 城内の見回り、ということだろう。手に魔法の明かりを持ったルシオンと、その肩にシールがいる。

 「ここに何の用ですか? 時間が時間だけに只事ではなさそうですね・・・まさかとは思いますが・・・お目当てはこの本ですか?」

 予知能力でもあるのかと疑うが、ルシオンが懐から出したのは『アラストールの書第一章』だった。

 間違って別の本を持って帰ったりするといけないので、クレアから古代語の解読に関して手解きを受けてきたから、タイトルぐらいなら読めるようになったのだ。

 「そう、その本!」

 「やはりそうですか。すると、クレアさんもからんでいらっしゃるのかな? それにしても、どうしてこのような真似をなさったのです? 言ってくだされば、お見せしましたのに」

 「見せては貰えるだろうけど、貸しては貰えないと思って・・・申し訳ない」

 「まあ、不問としておきます。せっかくいらしたのですから、本はお持ちください」

 「いいのですか?」

 「ええ、内容は覚えましたから。ただ、内密に願います」

 もちろんだ。僕は厚く礼を言い、他の兵士に見つからないうちに城を後にした。

 そして再び、マイフォレストの村へと舞い戻る。

 「おはよう、ターク。いいお天気ね!」

 村に入ると花の束を抱えたリスティンと行き合った。

 「おはようリスティン。今から仕事かい?」

 「そうよ。今日は予約が多いから張り切ってるの」

 楽しそうに話すリスティン、僕らはそのまま談笑の花を咲かせた。

 「いけない、そろそろ行かなきゃ。じゃあね、ターク!」

 ・・・僕も行かないとな。

 「ターク君、どうだった?」

 開口一番、待ちくたびれていたらしいクレアが勢い込んでやってきた。

 「手に入れてきたよ。これだろ」

 「急いで、簡単に訳してみるわ。少し待っててくれる?」

 むろん僕は待った、ここまで来たんだ途中で降りる気はない。

 しばらく待った後、クレアが本の内容を説明し始める。

 要点はこうだった。

 『第一章』

 大陸は魔法文明の発達した帝国によって支配されていた。帝国ではあらゆる生物を合成し、モンスターを造り出す技術を持っていた。

 強い生物を生み出し、思い通りに操ることのできる戦力とする。その繰り返しの末、人々は最強のモンスターを生み出そうとした。人間の知識と意志を併せ持つドラゴンを。

 ドラゴンの肉体と人間の魂の融合・・・。それさえ可能とする技術が帝国にはあった。でも実験は失敗したうえ、黒竜という凶悪なドラゴンを生み出すにいたった・・・。

 黒竜の狂気に感応し、モンスターたちもまた、暴走を始めた。これが、帝国の崩壊の始まりとなった。

 『第三章』

 黒竜と対立する白竜についての記述。

 白竜は四人の騎士とともに、黒竜に戦いを挑んだ。白竜は騎士を任命するとき、彼らに神樹の枝から作った武器をそれぞれ渡したという。

 それらを称して『カーネスの神聖武器』。騎士の名前はライナスにローバントにシフォリー。カーネスの森も現実に存在している。

 「騎士の名前が一人分、足りないんじゃないか?」

 僕の脳裏に、いつか聞いたリスティンの夢の話が浮かび上がる。

 リスティンの夢に出てきた二人の人物がいなくて、一人増えてる。だが、魔術の実験、失敗・・・無関係と言うには余りにも符合しすぎる。

 「それが、書かれてないのよ。この三人の騎士は黒竜との決戦までの間、各地のモンスターを退治して回ったそうよ。この部分の記述は、今、数多く残っているおとぎ話の裏づけともなるの。なんだかわくわくしてきたわ」

 僕もだ。

 全身を高揚感が包み込んでいる。

 「それは置いとくとしても、本は全部で五冊あるらしいわ。どうせなら全部読みたいわね。残りの本について、ルシオンは情報を持ってないかしら」

 情報か・・・。本のことはともかく、聞いておかなきゃならないことは多そうだ。

 もう一度、王城へ行くしかない。

 クレアには曖昧に返事を返し、僕はランスウェル城下町へと向かった。

 王城へ行く、その前になにか食おう。

 考えてみたら、夕べからなにも食っていない。もうじき昼だというのに。

 宿屋へでも寄るとしよう。

 「・・・寄った甲斐があるなぁ」

 中に入ってみると、あのすみれ色の長い髪と、赤いベレー帽が目に入った。

 「こんにちは、ターク」

 「やあ、今日も仕事かい?」

 そういえば前に管理人の小父さんが言っていたな、仕事の初めがここの配達だって。

 「そう。配達に来たの。ここもずいぶん長いお得意様なのよ」

 リスティンは本当に仕事が好きらしい。

 なれた手つきで店の中の花を新しいのと取り替え、古い花で元気のいいのは店のお客に配っている。

 元気のないのは、近くの花壇に持っていき土に帰すのだろう。僕に軽く会釈して店を出ていった。

 「やあティナ。・・・また会えたね」

 「あ! ターク様!」

 声をかけると夢中でメニューを見ていたティナが驚きの声を上げた。

 「一人で食事かい?」

 「ええ。ターク様も一緒にいかが?」

 「うん。ご一緒させてもらうよ」

 実は内心、それを期待していたのだ。

 「ねえ、ターク様はパンディオンにお戻りにならなくてよろしいの?」

 「土砂崩れがあってね、道が開通するまでは帰りたくても帰れないな。・・・帰りたくもないしね、まだ」

 「そうですか。でもそれなら、また会えますね」

 うれしそうに言うティナを見ているとちょっと意地悪してみたくなった。

 「ん? ティナ、どうして君は僕がパンディオンから来たことを知っているの?」

 何気なさそうに聞いてみる。

 「え? ・・・・・その、ま、前にお聞きしましたわ。ターク様ったら、もうお忘れなの?」

 「・・・そうだったかな?」

 「そうですわ。ほら、最初にお会いしたときに、そうおっしゃったじゃないの!」

 僕が疑問符をつけたことに力を得て、ティナは断言してみせた。語尾の強さは不安の裏返しだろう。

 「・・・まあいいか、それより食べよう。ここは僕がおごるよ」

 あまり追いつめるのもかわいそうだ。僕は話題を変えた。

 「え? でも・・・・・」

 「男に恥じかかせないでほしいな。女の子と食事して、払ってもらったんじゃ僕の面目が立たない」

 「・・・それではお言葉に甘えますわ」

 「ああ。さあ、どんどん食べて」

 誰かが言ってたよな、見た目の割に良く食べるって・・・。

 「マスター、お勘定を」

 腹も胸もいっぱいになったところで、僕は財布を取り出し店主を呼んだ。

 「はい。お姉ちゃん、よく食ったねえ。こういう健康的な女の子は大歓迎だよ。ええと・・・全部で八百Gだね」

 なるほど、痩せの大食いとはよく言ったものだ。

 僕と同じかそれ以上食べてくれた。はっきり言って体重を気にして、あまり食べない娘よりも、こうして目一杯食べてくれる娘のほうが見ていて気持ちがいい。

 「本当にすみません。なにか、おごってもらってばかりいますわね。私・・・」

 「どういたしまして。女の子はそれでいいんだよ」

 こんなにおごり甲斐のある食事は珍しい。僕は心からそう言った。

 「ターク様。今日は楽しかったです。またお会いできる日を、楽しみにしております」

 まったくだ、これだけあう度に新しい発見のある娘は珍しいだろう。いつ会えるかは分からないが、楽しみなことだ。

 ティナと別れた僕は腹ごなしにと、広場に出てみることにした。

 そしてまた、知り合いにであった。

 褐色の肌にブロンドの髪、若草色の鎧は遠目にも目立つ、・・・その隣の白い鎧に紫のマントも。

 エルと、気障野郎・・・もとい、デニスだ。

 「やあ、エル・・・デニス、殿」

 「なんだ、誰かと思えばタークか・・・。君はいいな。僕ぐらいのエリート聖騎士ともなると任務に忙しくて、一時も心の休まる暇がないよ。そうだ、紹介しよう。こちらの可愛いお嬢さんは、エル。こう見えても弓矢の名人なんだぜ。エル、この男は・・・」

 こいつの口から聖騎士って単語が出ると無性に腹が立ってくる。

 ランスウェル王は何でこんな奴に聖騎士の称号を与えたりなんかしたのだろう? 僕に言わせりゃ、こいつに聖騎士名乗らせるぐらいなら近所の悪ガキにでもやらせたほうがましだ。

 「知ってるわ。エルの命の恩人なの。ね、ターク?」

 「そう。エルも僕の命の恩人なんだ」

 「え? どういうことだ?」

 おかしいぐらいに動揺した声、騎士としての威厳はないのか?

 「お互い、ちょっとした縁で知り合ったんだ」

 「ふふっ」

 「・・・あ、そう。じゃ、エル、悪いけど僕は仕事に戻るよ。タークと違って、重要な任務が山積しているからね」

 ・・・逃げたな。

 下手に張り合ってかえって立場をなくしたメルとの時のことが教訓になっているのだ。

 「そう。じゃあ、またね」

 「エルにちょっかい出すなよ、ターク」

 物怖じすることのないエルの明朗な声とは裏腹に、陰にこもった低いささやき。どうしても僕と対等に張り合いたいらしい。

 馬鹿な男だ。

 「デニスとターク、知り合いだったのね。今度三人で遊びましょうよ」

 僕はまだ我慢できるが、デニスの方は絶対に嫌がるだろうな。

 「デニスとは親しいの?」

 エルとデニス、この二人に接点なんてあるのだろうか。

 「気になるの?」

 「え? いや、そういう意味じゃなくて・・・」

 「そんなに親しくはないかな。この前、友達に紹介されたの。それで」

 友達ね・・・。

 恋人捜しで一番手軽で、一番うまくいかない方法だ。・・・と、前に誰かが言っていた。

 「そうか・・・。それにしても、エルはよく街に来るの?」

 「そうね。割と良く来るわ。エル、みんなの中ではちょっと変わり者なの」

 そうだろうな・・・。

 エルフといえば、あまり外界との接触を好まないことで知られている。ダークエルフは特に。


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