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買い物


 何となく沈んだ気持ちのまま、もう一人、家にいる確率は低いがクレアを訪ねてみる。

 「あら、タークくん。クレアならいま、フェイルの図書館に行ってますけど・・・、そうだ。クレアに用事なら、ついでに頼まれてはくれないかしら」

 思った通りだ、が、何を頼もうというのだろう?

 「・・・何でしょうか?」

 「実はクレアったら、いつも使っている辞書を家に忘れたままでかけてしまったのよ。多分、今頃困ってると思うの。良かったら、届けてもらえないかしら」

 辞書、か。クレアってば、見かけによらず抜けたところがあるんだな。

 「ええ、お安い御用ですよ。どうせ通り道ですから」

 クレアに会いに行く、ね。

 「それじゃ、タークくん、お願いね」

 「はい。それでは、また」

 クレアの辞書を預かり、僕はそのままフェイルを目指した。

 途中、あの気障な聖騎士がいたが、目もくれずに通り過ぎた。話しかけたところで邪魔だ、と言われるのがオチだろう。

 図書館に着くと、クレアは入ってすぐの場所で一心不乱に書物の内容を持参したノートに書き写しているところだった。

 何となく声をかけるのが悪い気がして、僕はそのままそばに立ってしばらく様子を見ることにした。

 「・・・あら、ターク君じゃない。いつからそこに?」

 「しばらく前からだよ。ずいぶんと熱心な様子だったから、なんだか声をかけづらくて、つい」

 「別に構わないのに」

 そういうが、実際のところ、こういう作業はタイミングが悪いとすごく気に触ることになるものだ。僕自身そんな経験がある。

 「君のお母さんからこの辞書を預かってきたんだ。これがなくて困っているだろうって」

 預かってきた辞書を渡す。

 「あら、この辞書。今日は使わないから置いてきたのよ。母に余計な気を遣わせてしまったわね。ターク君も、ありがとう」

 まぁ、そうだろうな。これほど書物に熱中できる人間が、それを読むのに必要なものを忘れるはずがない。

 「ありがとう、ターク君。私はまだ調べ物があるから、じゃあね」

 これ以上は邪魔になりそうだ、僕はそうそうに立ち去ることにした。せっかく辞書を持ってきたことで好感度を上げたのに、邪魔だと思われては意味がない。

 「・・・さて、どうしたものかな」

 図書館に出たところで足を止め、ふとつぶやく。別に用事があるでもなく、暇なのだ。

 このまま村に帰ろうか、それともギルドにでも行ってみようか、と考えていると何者かが背後から忍び寄ってくるのを感じた。

 かなり、気配を隠すのに長けたものの動き、手練の剣士か・・・盗賊。

 剣の柄を握り直し、勢い良く振り返る。

 「うおっと!!」

 思った通り、見るからにその筋の人間と言う服装の男が油断のない目つきで僕を見ていた。

 「へへ、さすがだね。歳に似合わぬ凄腕の剣士って噂は伊達じゃねぇや」

 背を屈め、上目で僕を品定めでもするかのように見ながら、男は言葉を続けた。

 「・・・なぁ、ちょいと金になる話があるんだが、のらねぇか」

 別に金に困ってはいないが、どうせ暇なのだし話だけは聞いてみることにした。

 無言のまま話を続けるように促す。

 「へへ、損のねぇ話だぜ」

 損をしない話、なんて物がまともな経済活動にあるはずはない。間違いなく、なんらかの裏を持った話ということだ。

 数十年前、フェイルの南東に位置する廃坑から、美しい女性の石像を持ち帰った男がいた。

 石像は、命があるかのごとき艶かしさで、人間と寸分違わぬ出来であったと言う。

 石像は転々と持ち主を変え、途中行方が分からなくなった。その後、石像の噂はランスウェル中に広まり、現在もコレクター垂涎の的である。

 先頃、フェイル南東の廃坑で、新たな石像が発見された。それを取りに行こう、と言うのが男の話だった。

 どうも怪しい話だ。

 もし、この男の言う通りなら、剣士ではなく力自慢の坑夫にでも声をかけるべきだ。それなのに、あえて僕に声をかけたあたり怪しすぎる。

 その廃坑の詳しい位置を頭に書き込みながら、僕は丁重に断った。

 何か引っかかるものがあって、放っては置けない気になったが、この男と一緒に行ってはいけない気がしたのだ。

 一度、マイフォレストの村に帰って休養をとってから行ってみることにしよう。

 廃坑の場所はすぐにわかった。

 どこから見ても、文句のつけようがない。文字通りの廃坑である。

 ただ、一つの奇妙な点は残るが・・・。

 「なんで、こんな廃坑に石像があるんだ?」

 コレクターが欲して止まないほどの石像である、よほど高価な値がつくであろうことが予想される。石像、像であるいじょう造った人間がいるはずなのに、その人はなぜ出てこないのか。

 いろいろと疑惑が沸き上がるばかりだ。

 ともかく、調べてみないうちは始まらない。廃坑の奥へと進んでいく。

 「ん?」

 しばらく歩くと、誰かが通ったらしい跡が見えた。明らかについ最近付いた足跡である。

 どうやら、僕よりも先に入って奥へと行ったものがいるらしい。

 ゴゴ・・・ゴゴゴ・・・ガガガ

 「?」

 ボソ・・ボソボソボソ・・・

 何かを引きづる音、そして何人かの人間が小声でささやく声、誰かがいるのは間違いない。

 僕は素早く岩陰に身を潜めた。

 「よし、そっと運ぶぞ」

 「チッ、早くしろよ!」

 ゴゴゴ・・・

 どうやら、男たちが数人掛かりで石像を外に運び出そうとしているようだ。

 「オイ、あんまり大きな音を立てるなよ」

 「アレ、に見つかったら元も子もないぞ」

 あ、あいつは・・・。

 男たちの中に、フレェイルで会った男がいた。やはり、とりに来ていたのだ。

 ガタッ!

 しまった、男たちに気をとられ、身を乗り出しすぎたのだ。岩が崩れ音が狭い坑内で大きく反響する。

 「おまえたち、そこで何をしている!」

 こうなっては仕方がない、僕は颯爽と岩陰から飛び出し、居丈高に言ってやる。

 こういうときは気迫が物を言うものだ。

 「・・・あんたか。悪いが、俺は一度敵に回った奴とは二度と組まねぇことにしている。・・・殺せ!」

 あの男が言い、男の仲間たちが一斉に僕を取り囲む、狭い坑内であることが禍して、これでは魔法を使うにしろ剣を使うにしろ動きがとれない。

 「くっ!」

 今回ばかりはさすがに駄目か、と僕は死を覚悟した。その時・・・。

 シャー・・・シュルルー・・・

 何かの生物が出しているらしい声が坑内に木精して聞こえてくる。

 「ま、まさか、この声は! ・・・」

 「な、なんてこった!」

 「に、逃げろー!」

 その声に身を固くして聞き耳を立てていた男たちは、一斉に逃げ出した。よほど恐ろしいものがこの坑内にはいるらしい。

 「・・・確かめる必要があるな」

 パンディオンのものとして、どんな人間にしろ、恐れを抱くような存在を見逃すわけにはいかない。僕は正体を突き止めるために更に奥へと歩き始めた。

 奥へ奥へと入っていくと、そこら中に石像が置かれていた。どれも今にも動き出しそうなほど、真に迫った表情を浮かべている。そう、恐怖にゆがんだ顔だ。

 「・・・・・・もしかして・・・」

 ここへ来て、僕はようやく事態を理解した、と思えた。

 暗く湿った洞窟、幾多の石像、そしてあの声、これらの条件に符合する事柄と言えばアレしかない・・・少なくとも僕の知識の中にはそれしかなかった。

 すなわち、メデューサ、である。

 もちろん、本物のはずはない。

 はるか神代の時代に首を切り取られて死んでいるのだから、おそらく年を経た蛇の肉体に、いまだこの世をさまよっているというメデューサの霊魂が憑衣し、実体を得て蘇ったものだろう。

 「そうとわかっていれば手鏡を用意したんだけどな・・・」

 メデューサの一番の武器は、正面から射たものをすべて石に変える眼光である。かつてこの怪物を倒した勇者は盾の裏にその姿を写し戦ったとされる。

 「・・・戻る暇もない、か」

 「シャアーッ!」

 視界の隅を、見間違いようのない蛇の下半身に人間の女、頭には数十匹の蛇、という姿の怪物が横切る。

 逃げる余裕はなかった。

 僕は覚悟を決めた。

 すぐさま怪物に対して背を向け、剣を抜き放つ。刀身に姿を写して戦うしかない。

 間合いを図りながら、近づいてくるメデューサを見る。伝承を読み、話に聞いていた姿そのものだというのに、初めて知ったかのごとくおぞましい。

 それをなんとか降り払い、必殺の一撃をたたき込む瞬間を図る。永遠に続くかのような対峙が始まった。

 鱗に覆われた体には歯が立たない、剣を振るうべき場所はただ一点、首しかない。それも、こんしんの力を込めて素早く行なわなければならないのだ。

 焦ったら死ぬ。それだけが僕の気力を支えている。

 そして、その時は来た。

 メデューサの頭の蛇たちがしびれを切らして僕に噛みつこうとしたのだ。その勢いに引きづられ、メデューサの首が前に出る。

 「今だ!」

 僕は全ての力を出し切るつもりで剣を振りかぶり、振り下ろした。

 ザクッ!

 気持ち良いほどの手応えが腕に走り、メデューサは声もなく崩れ落ちた。

 が、それで終わりはしなかった。

 首はまだ落ちていなかったのだ。僕の力では三分の一ぐらいまで斬り込むのがやっとだったらしい。

 メデューサは僕の剣を首に残したまま立ち上がり、復讐に燃える目で僕を見た。

 つまり、僕はその目を見てしまったのだ。

 自分の体から感覚がなくなり、重くなっていくのを意識した。このままでは殺される。

 メデューサはたいてい、石化した人間には無関心だが、自分を傷つけたものは石化したあと砕くと言われている。今回だけが、その例外となるはずはなかった。

 もはや、自由には動きえなくなった体を、僕は必死に動かし、ウッドスタッフを握り締め、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。

 だが、その結果を僕は見ることができなかった。意識が遠のき、闇が訪れる。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 「・・・・・うっ、うぅ!」

 床から伝わってくる冷気で目が覚めた。

 どうやら、僕の最後の攻撃は効果があったらしい。メデューサの石化は、その死によって解ける。オリジナルのほうは首だけになっても力を失わなかったそうだが、ここに居たのはその怨念だからそこまでの力はない。

 まだ朦朧としている頭を降りながら立ち上がる、と、そこには黒焦げになり薄い煙を出す大蛇と、真っ二つに裂けたウッドスタッフがあった。

 そして、メデューサの血によって腐蝕し、折れた剣と、返り血を浴び石化までしてボロボロになったレザーアーマーも見える。

 「・・・・買ったばかりなのに・・・」


 村に戻ると、ギルドのお姉さんが三千Gを持ってきてくれた。メデューサによって石化させられていた人たちの家族からの礼金だと言う。

 むろん、ありがたく受け取った。無くした武具を買い直さなくてはならない。金が必要だったのだ。

 「また、ランスウェルに行かなきゃならないな」

 ランスウェルにつくと、真っ先に武器屋に向かう。

 冒険者が、武器を待たずにいるなんて、どう考えてもおかしいし、落ち着かない。

 武器屋の二階へ行くと、何となく見覚えのある女の子がいた。

 「いろいろな武器があるのね・・・。とってもきれい! ねえ。そのきれいな剣、手に取ってもよろしい?」

 「別に構わんが。お嬢ちゃんに扱える剣じゃないよ」

 扱える以前の問題だろう、持つだけでも危険だと思うが・・・。

 「平気よ。よいしょっ、と。・・・。あ、あ、あ、きゃあーーーーっ!!」

 ほら、やっぱりだ。

 剣の重さに耐え切れず、切先をこっちに向けたまま、よろよろと僕のほうへ向かってくるし、転んだりしたら、彼女自身の胸元や顔のあたりをザックリ、って事もありうる。

 「危ない!! ・・・君には、あんな重い剣を扱うのは無理だ。危ないよ」

 すんでの所で、剣の柄と上体を支え、剣を取り上げた。

 「・・・す、すみません、本当にごめんなさい! わたくし、こんなつもりは・・・。あ! ・・・あなたは・・・」

 「馬鹿やろう、だからいわんこっちゃねえ! 万が一のことがあってみろ、俺の店の看板に泥が付くんだぞ」

 彼女が僕の顔を見て、なにか言いかけたのに、店主の罵声が重なる。

 ビクッと身を震わせ、彼女が店主を見た。

 その間に僕は、剣を元の場所に戻しておいた。抜き身の剣は持ち歩くべきではない。

 「申し訳ありません!」

 「お客さん。大丈夫でしたか? ヒヤヒヤさせちまってすみません」

 「だれも怪我をしてないし、これ以上事を荒立てることはないでしょう」

 万が一、の時の被害を考えてしまい、震えが止まらなくなっている彼女を一瞥し、僕は助け船を出した。これ以上責めるのはかわいそうだ、なにしろ彼女は・・・。

 「そうですね。おい、娘さん。ここはあんたみたいのがくるとこじゃねえ。もういいから、帰んな」

 「・・・はい。・・・本当に、ごめんなさい・・・」

 こんな騒ぎの後では、落ち着いて買い物などしてはいられない。ひとまず間をおいてから、出直すとしよう。

 僕は一度、武器屋を出て町をぶらついてこようと、歩き出した。

 「ハア・・ハア・・・。間に合いました。先ほどはお世話になりました。おかげで、大きな事故をおこさずにすみましたし・・・。本当に、ありがとうございます」

 「もう気にしなくていいよ。君があの剣を持とうとしたとき、きちんと注意しなかった店主も悪い。でもね、ティナ。本当に、気をつけなよ。いろんなことに興味もつのはいいけど、怪我なんかしたらつまらないから」

 「・・・はい。あの、覚えてらしたんですね。とても、うれしいです・・・」

 忘れるはずがない、正直、もう二度と会うことはないと思っていたのだが・・・。

 「タークさま、それではまた」

 と、別れてから半日、一通り町を回った僕が、そろそろ武器屋に行こうとすると、宿屋の前にあの帽子が見えた。

 「あ、ティナ・・・」

 声をかけようとした途端、ティナはさっと身を翻して物陰に身を隠す。

 ・・・と、いうことは。

 「ルシオン様。やっぱりいないよー。もう、帰ってるんじゃないですか?」

 「そう、ですね・・・。そうだといいんですが」

 もしかしたら、とは思ったが予想通りの二人がやってきた。・・・ご苦労なことだ。

 「ルシオン殿!」

 「あ、ターク、なにしてんの?」

 シールが相変わらず素っ頓狂な声を上げる。

 「ターク殿ですか、よくお会いしますね」

 「そうですね。ひょっとして、この間の人捜しとやらの続きですか?」

 「ええ、まぁ・・・」

 言葉を濁してはいるが、そうだということは分かり切っている。

 「関係ないでしょ! あんたには。よそさまのことに首突っ込むんじゃないわ」

 「・・・ターク殿。申し訳ありません、先を急いでますので、重ねての失礼をお許しください。シール、戻るよ」

 「はい、ルシオン様。じゃあね、バイバイ。いなかものターク!」

 「こら、シール・・・。ターク殿、ご容赦を。では」

 あれじゃ、ルシオン殿は気苦労の絶える間がないだろうな。

 「・・・・・・・」

 「はあ・・・」

 ルシオンたちが居なくなると、物陰からティナが出てきて大きな溜め息を吐き出した。

 「ティナ。いったいどうしたんだい?」

 「ターク様! こんにちは」

 いま気づいたような口調だが、顔がバツの悪そうに歪むのは誤魔化し切れなかった。

 根が素直なのだろう。

 「どうやら、君はルシオン殿から逃げているようだけど」

 「・・・何のことでしょう? ルシオンなんて人、存じません。それにわたくし、誰からも逃げたりしてません」

 ほら、これもだ。

 ランスウェル城のお膝元に居て、王宮魔導師の名を知らないはずはないのに・・・。

 「・・・それならいいけど。もし、困っているのだったら、いつでも相談にのるよ」

 「心配してくださって、ありがとうございます。ターク様ってお優しいのね」

優しいっていうより、これはズルイんじゃないかな。そう思うが、そ知らぬふうを決め込み、気になっていたことを訂正してもらうことにした。

 「様はつけなくていいよ」

 「わたくし、お会いできてうれしいです。ターク様・・・」

 つけなくていい、と言っているのに直す気のなさそうなティナに別れを告げ、僕は武器屋に向かった。

 まず二階へ直接上がり、前のより上質の剣と杖を買う。

 ロングソード。全長一メートル弱の剣で、鋭い切先は突くことに、両刃の刃先は斬ることに適している。

 バトルスタッフ。先端にアメジストの宝石をはめ込み、使い手の魔法攻撃力を大きく増幅する杖。

 そして、中の階段で一階へ下りて防具を買う。

 チェインメイル。金属性のリングを鎖状に繋ぎ会わせた鎧。動きやすく運動性が良い。

 レザーローブ。動物の皮をなめして作ったローブ。丈夫で動きやすい。


 「失礼。ちょっと尋ねたいことがあるんだが・・・。見たところ、パンディオン所縁の方とお見受けした。僕はシュナ、剣士だ」

 精算を済ませた僕に背後から声をかけてきたものが居る。

 「僕はターク。ターク・クラプト」

 振り返り、名乗りながら相手を観察する。 赤いショートカットの髪、淡い紫の瞳、肩と胸、腰のあたりを白い鎧で防備していながら、へその辺りは丸出しで背に大きなバスターソード。

 なんともバランスの悪い、それでいて隙のない・・・女剣士だ。

 「この前、パンディオンの者が黒竜に襲われたと聞いたが、それは君なのか?」

 黒竜の話は極秘のはずだが・・・。

 「なぜ、そんなことを知りたがる?」

 こういう場合、僕の口調は自然と対等な騎士や剣士としてのものに変わる。

 パンディオン所縁のものと知って接してくるものにとって、僕らは騎士や戦士なので年相応な態度でいることは許されない。

 「僕は黒竜を追っている。黒竜について知っていることがあれば、教えてほしい。・・・どうした? ジロジロ見て」

 「いや・・・。正直な話、情報は僕のほうが教えてほしいくらいだ。それで、女性が黒竜にいったい何の用なんだ?」

 追う。この言葉にはいろいろな意味合いが含まれる。女性の場合は特に・・・。

 「女だと思って僕を馬鹿にするのか! この剣は伊達じゃないぞ、ここで勝負するか?」

 ・・・この反応だと、僕にとっての最悪な理由ではないと考えていいだろう。どちらかというとその逆の理由らしい。

 「いや、すまない。失言だった。いきさつ上、僕も黒竜には関心がある。だからできれば君とは、これからも会いたいと思う。・・・どうだろうか?」

 「・・・・・・・・・縁があれば、また会うこともあるだろう。その時はよろしくな、ターク」

とりあえず好印象を与えることには成功したらしい、また一つ、この国を旅する楽しみが増えたというものだ。・・・危険と隣り合わせの、ではあるが。

 村へ戻った僕はまっすぐメルの家に向かった。考えてみるとここ三日ぐらい会っていない。他の二人を姉と慕っていることからもわかるように、彼女はかなりの寂しがり屋だ。

 僕がずっと会いに行かなかったことで気を揉んでいるかも知れない。

 村長でもある親父さんに尋ねると、珍しいことにメルは部屋に閉じ込もっていると言う。僕はあわてて、メルの部屋を訪ねた。

 「あの、ちょっとお聞きしたいんですけど、黒竜伝説ってどんなお話なんですか? クレアお姉ちゃんがすごく馬鹿にした口調で言うんです、あんた、そんなことも知らないの?って」

 何かと思えば・・・そんなことで閉じ込もっていたのか・・・我ながら自意識過剰な心配をしていたらしい。僕と三日間程度会えなかったぐらいで落ち込むはずないよな。

 「確かに、知らないほうが珍しいと言えるけど・・・世界を司る三柱神の名前は、知ってるかい?」

 伝説の類なら、僕にとっては十八番中の十八番。伊達に本ばかりを友としてはいない。すぐに伝説の内容が頭に浮かんだ。それを掻い摘み、基本から説明を始める。

 「うん、アルテミスと、アレスと・・・。あと、アラストール」

 「そう、そのアラストールが、己の力に慢心して信仰を忘れた人間を罰するために黒い竜神を人間界に遣わした。そして、その竜神は破壊と殺戮を繰り返したんだ」

 そのあまりの凄惨さに、主神・アルテミスは竜神の行ないを止めるようアラストールに命じたが、アラストールは応じない。

 ついにアラストールはアレスに倒されるところとなるのだが、その結果、主を失った黒竜が暴走を始めた。アルテミスは即刻自らの眷属である白の竜神を遣わし、人間界を救おうとした。

 これが黒と白の竜神の戦いの始まり、長い長い戦いの末、戦いに勝利したのは白の竜神のほうだった。黒の竜神を地の奥深くに封印して、ただ・・・。

 白の竜神も傷を負い、主の御元へ戻るのはもはや無理だった。アルテミスは深く嘆きながらも、そのまま人の地に留まり、封印と人の世の平和の監視者たれと命じる。

 そこで竜神は傷ついた肉体を捨て、一つの宝石となり、今でもどこかでこの世界を見守っていると言う。

 「白の竜神、かわいそう・・・ターク様。その、竜神が姿を変えた宝石と言うのは、なんなんですか?」

 「さあ、ただ、白い宝石としか伝わっていないから」

 「そうなんですかぁ・・・ターク様、ありがとうございますっ! これでもうクレアお姉ちゃんにも馬鹿にされませんっ」

 この件についてはそうかも知れないが・・・この分だと他にもいろいろと種はありそうだ。

 「ターク様って物知りなんですね。また今度おもしろいお話聞かせてくださいねっ」物知りってほどの話ではない、パンディオンに限らず、この伝説は広く伝わっていて子供の頃に寝物語で一度や二度は聞いているはずの話だ。

 いったい、メルは子供の頃にどんな育てられ方をしたのだろう?

 母親がはやくに亡くなっていた、というのもあるんだろうな。村長も何かと忙しかったろうし・・・。


 そのあと村の林道に出没し、木こりや狩人を襲うというゴブリンを退治したりしていた僕がクレアの家の前を通りかかると、クレアのお母さんが、クレアはルードル遺跡に行っていると教えてくれた。

「すごく重要な研究だから絶対に追いかけてこないでね、って言っていたわ。きっとクレア、ターク君に構ってほしいのよ。良かったら探してあげてくださいね」

 そう言われては探さないわけにもいかない。ルードル遺跡というのがどこにあるのかを聞き出した僕は、早速そこへ向かった。

 遺跡、と言うからにはほとんど廃虚かと思っていたが、わりとしっかりしている。地下にあるせいか風化があまり進んでいないようだ。黴臭さはどうしようもないが。

 十代の女性が好き好んでくるような場所ではない。

よほど学術的な興味を持つものでない限り。何にせよ、クレアを見つけないことにはどうにもならない。僕は奥へと歩を進めた。全てのフロアを捜し尽くし、結局一番奥のフロアでクレアを見つけた。

 「・・・・・・」

 「やあ、クレア、ここに居たのか」

 古い石像を前に、なにか考え込んでいるクレアに遠慮がちに声をかけてみる。

 「あ、ターク君。どうしたの、こんなところで」

 「クレアがこの遺跡に居ると聞いてきたんだ」

 デニスの様な気障な口調にならないよう注意していってみる。が、その言葉を言い終えるより早く、僕は全身に寒気を感じ振り返った。

 「どうしたの、ターク君」

 剣の柄を握り締め、すぐに抜けるよう身構えた僕の様子を見て、怪訝そうに尋ねてくるクレアを無視し、僕は寒気の原因を探った。そして、その理由を知って思わず声が出た。

 「この石像の表面を覆っている光は・・・封印の魔法の名残りだ」

 「え? つまりそれって・・・。この石像が、封印されたモンスターたちの姿っていうこと? ねえそれ、いつ頃のことか分かる?」

 なぜか勢い込んでクレアは僕に聞いてくるが、僕はまだ魔導師としての教育を受けていない。

 感じることはできるが、分析するまでにはいたっていない。分かるはずがなかった。

 「え? それは、いくらなんでもそこまでは・・・」

 「そうなんだ、残念。今の話を聞いて、ピーンときたものがあったんだけどな。古い伝承で、勇者が各地のモンスターを封印して回った話っていうのがあるじゃない。この石像たちが、もしそれと関連があるなら、これはすごいことよ」

 「・・・と言うと?」

 「このモンスターたちが彼らに封印されたものだとしたら、伝承は事実のものということが言えるでしょ。となると、伝承を伝える文献にある記述全てが、当時の生活文化を知るための貴重な資料となりうるのよ」

 「でも、いつ頃のことか分からないなら、確認と言うか特定というか、不可能なんじゃない?」

 「・・・そのとおりよ。事実関係の確認はできないし、年代の特定だって不可能だし。いいの、ただの思いつきだから。・・・・・・・あ」

 ただの思いつきと自分に言い聞かせ、あきらめるつもりだったらしいクレアがなにかを思い出したように声を上げる。

 「昔、父が発掘した古い本の内容が、魔法帝国について詳しく書いてあったのよね。これもおとぎ話の一つだけど。モンスターっていうのは昔、その帝国で生み出されたというの。あの本なら、書かれた年代が限定できる。そうすれば、モンスターがいつ頃から存在していたかが多少は限定でき・・・? うーん・・・」

 「よく分からないけど・・・。資料になる本が家にあるのなら、それを調べれば・・・」 

「ないわ。その本は発掘されてすぐ、王のもとに献上されたの。どうやら城からの盗品だったらしいのよ、その本」

 「・・・・・・・そう。でも、君のお父さんに聞けば内容は覚えてるんじゃないのかな」 

仮にも考古学者として、ある程度著名にもなっている人なら、内容を確認したり、ある程度のメモは取っていて当たり前のはずだ。

 「今、父は西の国へ遺跡調査に出かけているの。連絡を取るのは難しい・・・。悪いくせね、こうなるとますます見たくなってきたわ」

 もどかしそうにそう言って、クレアは天を仰いだがどうなるものでもない。

 見るからに無理矢理気を取り直し、今日予定していた調査を黙々とかたずけていく。僕もそばで見ていたり、手伝ったりして最後までつきあった。

 そうして、調査が終わったところで村まで送り届けた。

 村につくとクレアは別れの挨拶もそこそこに帰っていった。多分、調査結果を早くまとめてしまいたいのだろう。

 今夜は徹夜になるに違いない。


 翌朝、僕はランスウェル城下町へと出かけた。これと言って理由はないのだが、風がそっちに吹いていたから・・・。

 「ティナ!」

 「あ。タークさま」

 虫の知らせ、というのはこういうことだろうか。出会う確率が非常に低いはずの娘に出会えるなんて。

 期待していなかっただけにすごくうれしい。

 「なにしてるの?」

 「わたくし、このあたりにおいしいケーキを出すお店があると伺って、来たのはいいのですけど、道が分からなくて・・・」

 「あの喫茶店のことかな?」

 そう言えばこの間、町を歩いていたとき若い女性が店の前ですごく楽しげに話していたような気がする。

 いつも紅茶のいい匂いがしてて・・・。

 「よかったら案内しようか」

 確か、通り一本向こうのはずだ。確かに、知らないとわかりにくいかも知れない。

 「ここだよ」

 「ありがとうございます。タークさま」

 「じゃあ、僕はこれで」

 帰る、ということにはならないと思うが・・・・。

 「あの・・・もしよろしかったら、お礼に、なにかご馳走させていただけませんか」

 よしっ!

 危うく、行動に出しそうになったが、心の中だけでガッツポーズをとった。

 女の子、それもこの娘と喫茶店でお茶ができるなんて、とてつもない幸運だ。

 「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 「嬉しい!」

 僕も、嬉しい。

 「うわあ! どれから食べていいのか、迷ってしまいます!」

 カウンターの所に並べられている、多種多様のケーキを見つめ、瞳をキラキラさせながらティナが呟く。

 「そんなに迷ってるなら、いっそ、全部注文してみるとか。・・・なんて、それはいくらなんでも無理か」

 「・・・なんて素敵なアイデア! さすがタークさまですわ」

 「え!! まさか、本気!!」

 冗談のつもりが、冗談ではなくなってしまった。

 女の子にとって、甘いものは別腹だと聞いてはいたが・・・。うーん、女の子ってのは、奥が深い。

 「どれもおいしい・・・。わたくし、幸せです。ここは以前から、覗いてみたかったお店なのです。今日来れて、とても嬉しいですわ」

 本当に幸せそうに微笑むティナ、だけど、この幸せは・・・。

 「そういえばティナはどこに住んでるの?」

 「え? あ、その・・・。あ、このケーキも甘くておいしいですわ!!」

 「・・・」

 ・・・ごまかすの、下手だなぁ。

 ま、こんな授業はないだろうけど・・・。

 「ごちそうさま。やはり、ここは僕が払う」

 「え? いいんですか?」

 女の子と喫茶店に入って、女の子に財布を出させるなんて、男としては恥じ以外のなにものでもない。

 もちろん、女の子にだささせて平気なのもいるけど、僕は嫌だ。

 「ではお言葉に甘えて・・・。わたくしがご馳走するはずだったのに、申し訳ございません」

 「気にすることないよ。僕もティナが喜んでくれたから、それで満足だし」

 これは、間違いなく本音だ。

 「マスター、お勘定を」

 「はい。苺の特大ショートに紅茶のシフォンケーキ、バナナプティング、クリーム・ド・カカオ・・・・・」

 「・・・・」

 「・・・以上。しめて500Gになります」

 おもいっきり食べてくれたものだ、楽しそう、嬉しそう、幸せそうな顔が見れて僕としても、幸福な時間だったし、いい買い物だ。

 「タークさま。どうもご馳走様でした」

 「あはははは・・・・。どういたしまして」

 「今日はつきあってくださって、本当にありがとうございました。またお会いできると嬉しいですわ」


 午後は風も変わったらしく、僕はリスティンを訪ねた。

 いないのでは、という僕の予想に反してリスティンは家にいた。しかし、どうもいつもの元気がない。

 病気・・・というわけでもなさそうだ。

 「やあ、リスティン。どうしたんだい。悩み事?」

 「あ、ターク・・・。・・・そう、困ってるの。そろそろユージアの花を仕入れなきゃいけないんだけど・・・」

 「ユージアの花?」

 花がらみ、か。僕の出る幕ではなさそうだ。

 「うん。カルディナ草原に咲いている花よ。最近カルディナ草原は魔物が多くて摘みに行けないの。でも、時期を逃すと花が枯れてしまうし、どうしようかと思って・・・」

 魔物! それなら僕の出番だ。ギルどの仕事なんかより、ずっとやりがいもある。

 僕がやるべきだ。

 「そういうことなら僕が採ってこようか。魔物相手なら僕の分野だし、ね」

 「本当? お願いしていい?」

 「ああ、構わないよ」

 この役は僕にこそふさわしい、絶対に逃したり、誰かに譲ったりなんてできない。

 「ありがとう! ターク!」

 まだ少し、不安そうな陰があるが、ようやく笑顔を見せてくれた。

 「カルディナ草原、だね。それで、ユージアの花ってどんな花なんだい? 詳しい特徴を教えてくれないか」

 「花弁が五枚の水色の花だから、すぐ分かると思うわ」

 花弁が五枚、確かにあまり見ないような花だ。水色というのも探しやすい色と言える。 「わかった。じゃあ、行ってくるよ」

 「ちょっと待って。カルディナ草原までの道を教えるわ」

 カルディナ草原はランスウェルの街の南東に位置していた。

 マイフォレストの村からすると結構遠い。街道もあまり整備されていないし、あまり人の来るところではないようだ。

 「・・・・」

 来るところなわけがなかった。その草原にはぱっと見ただけでもかなりの数、それもかなりレベルの高い魔物たちが我が物顔でのし歩いている。

 これは、相当骨が折れそうだ。


 「リスティン、採ってきたよ、ユージアの花」

 骨が折れるなんてものではない、正直、ギルドで受ける仕事の三つ分は優にあるハードさだった。

 魔法はびしばし喰らうわ、強烈な一撃をもらうわ、花を摘みに行って危うく命を摘まれるところだった。

 「ありがとう! 私のために、危険なところへ・・・」

 涙まで浮かべてリスティンが言う。

 「・・・ユージアの花。タークが私のためにとってきてくれたお花・・・」

 僕が摘んできた花をそっと抱きしめ、リスティンがつぶやいている。

 でも、僕が欲しかったのはそんな言葉じゃあない。

 「ありがとう、ターク・・・」

 そう、これだ。

 涙を浮かべたまま、リスティンはけぶるような、最高の微笑みをくれた。僕にとって何にも変えがたい、極上のご褒美だった。

 「また、なにか困ったことがあったらいつでも言ってね」

 満足のうちにリスティンと別れ、宿に戻る。と、珍しくメルがいた。

 「あ、タークさま、こんにちは」

 「やあ、メル。今帰りかい?」

 「うん、そうだよ。さっきまでリスティンお姉ちゃんとフェイルまで遊びに行ってたの。いろんな服を見ていたらクタクタになっちゃった」

 そう言えば、リスティンもどこか疲れた表情をしていたな。

 「僕も、ちょうど食事にしようと思っていたところなんだが、一緒に食べない?」

 「わーい! 食べる食べるー!」

 いや・・・・そこまで喜ぶことじゃないと思うが・・・。

 まあ、誘ったほうとしては嬉しい限りだけど。

 「ところで、メルはいつもは食事、どうしてるんだい?」

 「うーん、家の人が作ってくれたり、メルが自分で作ったり、パパが作ってくれたり、外で食べたり・・・色々」

 自分で・・・?

 「自分でも作れるの? 以前、炊事は嫌いだとか言ってなかった?」

 「メルだって一応食事くらい作れるもん。・・・ただ嫌いなだけ。・・・だって、メルが自分で作るより、誰かに作ってもらう方がおいしいんだもん。だから嫌い」

 うーん。気持ちはわかるが、それではいつまでたっても進歩がないわけだ。

 「誰だって最初からそんなにおいしくは作れないさ。途中で投げ出さずに、もっとがんばってみたら?」

 「だって・・・」

 そう言ったきり、メルは俯いて、なにか考え込んでしまったようだ・・・。村長に頼まれたこともあるし、たまには考える時間を持たせるのもいいだろう。

・・・僕、年いくつだっけ?

 我ながら、かわいくない子供だな・・・。


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