バンパイア
宿に戻って、今度こそしっかりと休養を取った僕は翌日。ランスウェル唯一の武器の店に行き、ウッドスタッフ、木で作られた杖。
攻撃力、魔力ともにそれほど威力はないが、僕みたいに経験の少ない冒険者にとっては十分な武器、と動物の皮をなめして作った最も基本的な防具、レザーアーマーを買った。
これからもたびたび、なんやかやと戦いに首を突っ込むことになりそうだったし、金貨を袋につめてジャラジャラさせているより、こうしたものに変えたほうが持っていて気が楽だから。
その上で、今まで一度も行っていなかったエメラルドリゾートへと行ってみることにした。温泉につかって身も心もリフレッシュといきたいところだ。
それなのに・・・。
ランスウェルの城下町を出て、道を南に歩いていくと、夜逃げしてきましたってな感じの人々すれ違った。
だからなんなんだ。と無視して通り過ぎてしまえば良かったのだが、何を思ったのか僕は理由を聞いてしまった。
そして、盗賊が悪行の限りを尽くし、手が付けられなくなったので逃げてきた。といわれては、何もせずに通り過ぎるわけには行かなかった。
血、という奴だろう。困っている人を見ると、手をさしのべずにはいられない。
損な性分だ。
自分の中の自分が僕を罵倒するのを聞きながら、詳しい場所を聞き出し、そこに向かう。
大きな道から外れた南へと続く道を進むと、彼らの村があり、さらに南下したところに数年前廃村になった村の廃虚がある。盗賊たちはそこを根城にしているという。
言われた通りに進むと、いかにもってな感じの廃虚が見えた。
ここか、盗賊たちの巣くっている廃虚は。とにかく、盗賊たちを捜そう。
「助けてくれーーー!!」
「殺されるーーー!!」
どこで待ち伏せされているか分からない、剣に手をかけ慎重に進、もうとした途端、絹を切り裂くような男の悲鳴が聞こえてきた。というより、耳に突き刺さった。
見れば、王国の兵士らしいのが二人、必死の形相でこっちに走ってくる。
「ひゃ、ひゃ、ひゃーーーー!!」
「逃げられると思ったのか!!」
その後ろから上品とは対極に位置する者たちが追いかけてきている。
言うまでもなく、盗賊だ。
「どうした、どうした!!」
「ぐあーーー!!」
「ひっ、ひぃ!! たっ、助けてくれーー!!」
いかに下っ端の兵士とは言え、多勢に無勢とは言え、こんな簡単に逃げ惑っていいものかとは思うが、放っておく訳にも行かない。 その兵士たちを庇うようにして、前に出る。
「ここは僕に任せて逃げて!」
「た、助かった!!」
「ありがとう!!」
義理でもいいから、我々も戦うっては言えないのか? 喉まで出かかったが、今回も僕の自制心は勝利した。黙って逃げていく兵たちを見送る。
「貴様等の悪事もここまでだ」
目一杯居丈高に言ってやる。この手の連中は下手に出ると増長し、上手に出ると反発するものだ。
勝てると思い込み、勢いに乗ると実力以上の力を発揮するが、反発し冷静な判断力を無くしていると攻撃は単調になり、防御が甘くなる。
「なんだぁ、てめぇは?」
「死にてぇのかよ? 坊やッ!」
まして、相手を子供と思って油断してくれていれば、これほど戦いやすい相手はない。
「殺してしまえぇーーー!」
突っ込んでくるのを静かに見つめ、右手に剣を握って振りかぶり、振り下ろしますって格好を見せておいて、左手に持っていたウッドスタッフで顳を殴りつける。
杖というと、魔法と思いがちだが、打撃用の武器として使って悪い法はないのだ。
仲間を一発で伸され、呆気に取られているもう一人は左手の杖を突きつけながら、右手の剣で脳天を直撃してやった。
単純な心理戦だが、こんな単細胞どもには十分に有効らしい。
さて、こんな子分どもを相手にしていても埒が明かない。
さっさと首領を捕まえて、温泉に浸かろう。
と、捜してはみるが、定石どおり、首領は一番奥にいるらしく、手下しかいない。
ここにも。
「おらおら!! 逃げてみろよ!!」
「ひっ、ひぃ!! 助けてくれ!!」
見るからに下っ端の盗賊が数人掛かりで兵士をいたぶっている。
盗賊としてのプライドはないのか?
「おまえら、恥ってものがないのか!!」
「誰だ!!」
静かに歩み寄って後ろから叩きのめしてやろうかと思ったのだが、思わず声が出てしまった。
仕方ない、とりあえず盗賊どもの囲みを抜けて兵士を助け起こしてやった。
逃げるものは追いかけるが、入ってくるものは拒まない。盗賊の性というものだろうか、僕が中にはいるのを盗賊たちは見ているだけで、止めようともしない。
「あとは僕に任せて、早く逃げて!!」
「すまん・・・」
なんとか自力で立って歩けるだけの体力は残っているようなので、逃げるように促す。
ふらつく足をなんとか動かし、兵士は盗賊の間を抜けていった。
どう見ても、走ったりのできる姿ではない。それがわかるからだろう、盗賊たちは逃げていく兵士を追いかけようとはしなかった。
「獲物が一匹増えたぜ」
「・・・そうかな?」
徐々に囲みを狭めてくる盗賊どもを余裕を持って観察する。その僕の左手で、魔法の圧力が増大する。
「殺せ・・・殺せ・・・殺せ・・・殺せー!!」
一瞬後、盗賊たちは薄い煙を上げて倒れ伏した。
剣だけが攻撃手段ではないのだ。
彼らにはいい勉強になったことだろう。
その後、三下の盗賊たちの姿はなくなり、僕は無人の廃虚を歩き回った。
と、町の中心らしい場所で、何かの声が聞こえた気がして足を止めた。
「うえぇーーーん」
!! 小さな子供の泣き声だ。この泣き声は・・・・・・一体、どこから?
辺りを見渡す、と、右側にある大きな家の屋根の上に、男の子が立ち尽くしているのが見えた。!!
「うわーーーん!! 怖いよぉーーー!!」
早く助けないと。
その大きな家に近づく。幸い壁の一部が腐蝕して壊れていたの出入り口を探す手間は省けそうだ。
ここから、入れそうだな。
「そこで、じっとしてるんだ!!」
階段を使い、天上裏を這って、屋根の上に出る。子供は恐怖と安堵のために声もでなくなっていた。
「よかった、もう大丈夫だよ」
ゆっくりと近づき、しっかりと抱きかかえる。小刻みな震えと、温かい涙の感触が服の布地越しに伝わってくる。
「クックックックックッ!!」
早く下ろして安心させてやらなきゃ、と思ったところに気味の悪い笑い声が響いた。
反射的に目を向けると黒いマントで姿を隠した初老の男が広場の中心に立って、こっちを見ている。
「さぁ、罠に獲物がかかりましたよ!! おまえたち、奴を殺してしまいなさい!!」
「獲物、獲物だ、獲物だ、獲物だ!!」
黒マントの声に応えるように、あちこちの物陰から盗賊たちが沸いて出てきた。
その数たるや軽く三十を越えている。
「!! しまった!! 囲まれた!!」
「殺す!」
いっせいに建物内に進入してくる。空を飛べない限り逃げ場はなかった。ディックみたいに魔法が使えれば。
自分の非力さに歯噛みするが、ないものを欲しても不毛なだけだ。
今ある力で対処しなくては。
剣を握り直して、構える。
ここは屋根の上、自由に動ける範囲は限られている。それは逃げ場が少ないというのと同時に、攻め方にも制限ができることを意味している。
数の差は出にくい。これを最大限に活かすことを考えよう。
幸い、盗賊どもの動きは奇妙に鈍い、無理して突っ込んだりせずに、一歩引いて冷静に対処すればなんとかなる。
ほどなく、攻めかかってきた盗賊たち全員、下に突き落すことができた。死にはしないだろうが、起き上がって戦えるほどの軽症でもないだろう。
「・・・やれやれ、私の術が不完全だったようですね。それにしても、なかなかやりますね。ここはひとまず退くとしましょうか。それでは・・・」
あいつは、いったい。それに、あの盗賊たちの動き。
まさか、盗賊たちはあいつに操られているのか?
何かの本に載っていたっけな。魔力で人間の意志を支配する。
確か『傀儡』の術、ってのが。
「えっと・・・なんだっけ?」
確か、対処法も載ってたはずだ。
かなり大量に魔力を消耗する上に、大勢の人間の心を支配するため術の制御が難しい。ずいぶんと効率の悪い術だな、なんて思ったくらいだから。
「・・・思い出した。術の制御のために必要な魔方陣、その魔方陣を崩せばいいんだ!」
ルビーに、僕の中に残っている魔法力の全てを込め、黒マントが立っている場所の四方にある建物めがけて撃ち放った。
轟音とともに炎の弾に打ち破られた家々が崩れる。そのガレキと砂ぼこりが黒マントの周囲にまで達する。刹那、見えざる手が僕と子供を押しつぶした。
魔方陣が崩壊したのだ。
「ぎゃーーー!」
黒マントの断末魔の声が響く。
崩れた魔方陣の魔力は、術者本人に返る。
命を失うのに十分な力だ。
「因果応報・・・・・・か」
廃虚を出ると、さっき助け出した兵士たちが待っていた。彼らに子供のことを託し、僕は砂ぼこりを浴びてさらに強く欲するようになった温泉へと向う。
ランスウェル王国内随一の観光地、というだけあってエメラルドリゾートは商人やら観光客やらで相当に賑わっていた。
楽しげに町を行き交う人々の流れに身を任せて、少しブラついてみる。
宿屋『指輪』亭とその裏に繋がっている療養所、メルもよく来ると言う温泉はここにあって、エメラルド鉱山があるせいかアクセサリーショップにエメラルド専門店、……どうでもいいものとしてデニスの別荘なんかもあった。
メルが楽しげに話してくれていた店の数々を一巡りして町の入り口に戻る。
さて、温泉へ。
そう思った僕の前に、無意味に飾り付けられた服装の男が立ち塞がった。
「おまえさん、金は欲しくないかね?」
そりゃ、欲しいに決まってる。いっぱい持っていて困った経験はないから。
「一つ仕事を頼みたいのだ」
その仕事と言うのが・・・。
西に行った場所に氷に閉ざされた洞窟があって、そこにある氷をとってきてくれ、と言うものだった。
「急にカキ氷が食いたくなってな」
冗談じゃない! なんで僕が・・・。そう言いたいところだったのだが、その金持ちを囲む周囲の人間たちのすまなそうな顔で、僕の気力は萎えてしまった。
また、温泉はお預けと言うことになってしまったわけだ。
ついてない・・・。
カーネスの北にある氷結洞と呼ばれる洞窟は、その名の通り、壁一面、氷だらけだった。
この壁の氷の中から奇麗な氷を見繕って、持ち帰り。とっとと終わらせてしまおう。
が、さすがに入り口近くでは奇麗な氷は見つかりそうにない。
もっと奥を調べるべきだろう。
かなり奥の、空間で透明な氷を見つけた。一瞬水晶かと思ったほど奇麗な氷だ。
「ん! ここの氷なんかよさそうだな。ここの氷を持って帰ろう」
急いで、出口へと戻る。
そして、もうじき出口、というところで、足下の水音に気がついた。
ポタッポタッポタッ・・・・
・・・氷が溶けてる。
氷が溶けるものであることをまったく考えていなかったのだ、街まで溶かさずに運ぶのはかなり難しいかも知れない。
「もう一度取りに行ってみるか」
無駄だろうな、とは思いつつも、僕は再び氷を取るために洞窟の奥へと急いだ。
同じような氷を、少し大きめに割とり、布の袋に入れる。さらに、それを、さっきの溶けかけた氷の入った袋に入れる。こうすれば多少は保つだろう。
氷は、確かに保った。しかし・・・。
「とてもカキ氷のできるものじゃなくなってしまったな」
自分でもそう思いながら持っていくと、あの商人はカキ氷のことなどすっかり忘れて、海に貝を食べに行っていると言う。
「・・・・・・」
さすがの僕も、これには呆れ果てて声もなかった。
商人の部下らしいのが、せめてものお礼にと100Gほどくれたが・・・。
これじゃ、子供のお駄賃みたいなものだ。
「時間を無駄にした。・・・ブラブラしてたのがいけないのかも知れないな。今度は、寄り道せずにまっすぐ温泉に行こう」
と、思った僕の目に、一人の少女が映った。少女といっても十四・五歳ぐらい、僕より七つは年上の子だ。
あの女の子、なんだか困っているような。
「あの・・・、何かお困りですか?」
よけいなお世話かとも思ったが、辺りを見回して暇そうなのは僕だけだったし、見つけてしまった以上無視もできない。
「・・・あ、はい。そうなんです、ちょっと、道が分からなくて。美容の湯って、この辺りだと聞いてきたんですけど」
サラサラなダークブラウンの髪に赤いベレー帽、ちょっと大きめの眼鏡。なかなかに可愛い子だ、数年も経てばとびきりの美人になるだろう。
「ああ、指輪亭の温泉ね。知ってるよ。肌が奇麗になるって評判の温泉だね。このすぐ近くだから、良かったら案内しようか?」
「え? そんな、ご迷惑では・・・」
「いや、全然平気さ。なにしろ、僕もこれから行くとこなんだ。美容だけでなく怪我にも効くって話だからね」
「じゃあ、お願いしてよろしいですか?」
いいも悪いもない、単に行こうとしていた場所まで一緒に行こうって誘っただけなのだから。
しかも、こんな可愛い子の道連れなら、こっちからお願いしたいぐらいだ。
「僕タークって言うんだけど、君は?」
「わたくしは・・・ティナと申します」
「ティナか。可愛い名前だね」
「ありがとうございます」
このまま話して、せめてどこに住んでるかぐらい聞き出したかったのだが、町一番の観光名所だけに、指輪亭はすぐそこにある。
名前を聞き出したときには、入り口に立っていた。
「さあ、着いた。君のお目当ての美容の湯は、この宿屋の中だよ」
「ありがとうございます。おかげで助かりました。・・・ターク様」
タ、ターク様!!
「い、いや、当然のことをしただけさ。それじゃあ」
女性と一緒に宿屋に入り、温泉に行くってのにはさすがに抵抗を感じて、どこかで一度時間を潰そうと立ち去りかける僕。その視界の隅に、目を見開いて慌てたような表情を浮かべたティナが見えた。
「あっ」
声を上げて街路樹の陰に身を隠すティナ。
「どうしたんだい?」
「タークー!」
いぶかしく思い、ティナに問いかけようとした僕に、忘れようもない声が文字通り飛び込んできた。
「シールじゃないか。それにルシオン。こんな町中で逢うなんて珍しいね。いったい何事だい?」
「人捜しといったところです」
「あんたには関係な・い・の。ルシオン様。もう、一通り回ったことになりますけど。全然見当たりませんでしたよ。この町にはいらっしゃらないんじゃないですか?」
自分から人に話しかけといて、関係ないの、ってのはあんまりじゃないかとちょっとムッとしてしまったが、この妖精に抗議は無意味だろう。
「そうだね。困ったものだ。シール、面倒をかけてすまないが、他も探すよ」
「お任せあれ」
「ターク。ちょっと今は忙しいので失礼します。今度お会いするときは、ゆっくり話でもしたいですね。では」
いつもの落ち着いた声ではあるが、心なしか早口だった気がする。一体誰を探しているんだろう。
「じゃあねー、いなかものターク!」
シールの去りぎわの挨拶を聞き流して考えてみる。
ひょっとして黒龍とやらを捜しているのか?
・・・いや、それにしては軽装だし。
他に思い当たる人間といえば・・・。
「・・・ティナ。そんな所に隠れて、どうしたんだい?」
「いえ、何でもないんです。ターク様、本当にありがとうございました。またお会いできるといいですわね」
「そうだね」
考えるまでもなかったかな。ま、シールも言っていたように僕には関係のないことだ。変に詮索するのはやめておこう。
七の月十二の日、朝。
ティナと別れた僕は、エメラルド鉱山のある文字通りの下町へと下りた。観光客目当ての華やいだ上の町並とは対照的に、地味だが機能的な家並みが続く。
その中に、ギルドがあった。ここのは労働者ギルドが冒険者ギルドも兼ねているようだったが、あいにく仕事の依頼は一つも入っていなかった。
夜になるのを待って宿屋に戻り、温泉を堪能する。夜は療養所も閉まるので人気がなく、ゆっくりと入っていられるのだ。
ゆっくりと湯に浸かり、危うくのぼせそうになって部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込むようにして横たわり、目を閉じた。
翌朝、チェックアウトしに宿屋のカウンターに行くと、女将が八月の十五日の前後に飛び切りの美人が温泉に来ると話してくれた。
別に僕を女好きの変態と思ったわけではなく。夏の暑いときには温泉よりも海水に浸かりたいってことで客が半減するから、なんとか客を呼びたいという打算が働いているのだ。
本当に来てくれるかどうかは別にして、興味だけでも引いておこうというのだろう。
実際、僕自身も興味を持ってしまったのだから、女将の思惑は成功と言える。よほど重要なことが起きない限り、僕はきっとここに来てしまうだろう。
「若い男の性、だよな」
男の性、といえば聞き捨てならない噂を小耳にはさんだ。
近頃フェイル橋上都市で、若い娘が相次いで行方をくらます事件が起こっている。行方不明になった娘たちは、夜遊びに出かけたきりそのまま帰ってこなくなったらしい。
最後にいなくなった娘が、町の北東にある陥落墓地の近くで、ふらふらと歩いているのを目撃した人がいる、という。
家出するような理由もなく特定の彼氏がいるでもない娘たちばかりのため、事件に巻き込まれたのでは、との憶測も呼んでいるが家族の大部分が男と一緒なのではと疑い、正式にギルドへ依頼するのを躊躇っているようだ。
男と一緒、というのであれば僕なんかの出る幕はないが、もし本当に何かの事件に巻き込まれているのなら取り返しのつかないことになる前に助けなくてはならない。
とりあえず、僕は噂の陥落墓地とやらに行ってみることにした。
この墓地は、もともと刑務所と処刑場を兼ねていたそうで、中には今だ鉄格子で囲われた牢がある。
「そこの方! どうかお助けください!」
見るからに生きた人間の入る場所ではない地下深くへと入っていくと、意外なほどあっけなく。牢の鉄格子越しに助けを求める女の子が見つかった。
「君はもしかして、行方不明になったって噂のフェイルの町の?」
それ以外の何者が、こんな場所にいるというのか、とは思うが一応確認してみる。
「そうです、この地下墓地に住む、バーンスタインと名乗るバンパイアに拉致されて、ここに監禁されているんです。どうかここから私を助け出してください!」
扉を開けようにも、鍵がかかっている。錠は若干錆ついているものの、叩き壊せそうにはない。
「どこかで鍵を見つけてくる。それまでの辛抱だ」
「あのバンパイアに気づかれないうちに早く!」
バンパイア、か。
若い娘をさらう魔物の定番と言ってもいい相手だ。よほど強力な神聖魔法の使い手でない限り、完全に滅することはできないとまで言われる。不死系最強の魔物。
そうとわかっていれば、装備も考えたのに、今からでは遅い。あの娘の言うように、バンパイアに気づかれないうちに娘たちを助け出し、後の処置はアルテミス教会の人間に任せるのが賢明だろう。
骨で作られたゴーレム、ボーンゴーレムやらミイラやらがうろつく中を歩き回り、二人目、三人目の娘を捜し出す。
鉄格子ばかりで、壁と呼べるのは一番外側のものだけだから探すのはさほど難しくもない。最初の一人を見つけた場所とは反対側で二人目、さらに奥まったフロアで三人目を見つけた。
情報によれば行方不明になったのは三人、これで最後のはずだ。
「牢の鍵なら、たぶんこの近くにある筈です! わたし、あのバンパイアがここに鍵を掛けた後、この近くの部屋で鍵を置いたと思うんです。そんな感じの音を聞いたから」
三人目の娘が自信ありげに断言する。
信じるだけの説得力はないが、考えてみればこの場合鍵を厳重に保管する必要があるとは思えない。
極端な話し、捕えた娘たちの手が届かない場所ならどこでもいいのだ。こんな場所に好き好んで入ってくる人間などいはしないのだから。
僕みたいな暇人を除いて。
「わかった。待っていてくれ」
とりあえず、足下に注意しながら辺りを歩き回ってみる。と、一つだけ土壁で仕切られた部屋があって木製の、朽ちかけた机の下に赤茶けた鉄の鍵がある。これで牢の錠を外すことができるかも知れない。
糠喜びになる可能性もあるが、使ってみればわかることだ。
ガチャッ!
外れた!
「助けてくれて、ありがとう!」
「とにかく、早く外に」
解放された喜びに躍り上がって、首に抱きついてくるのをかわすにかわせず受けとめながら、逃げるように促す。
バンパイアに気づかれる前に逃げ出さなくては。
「はい!」
見つけたのとは逆の順番で女の子たちを解放し、辺りに気を配りながら僕も……と入り口まで戻る。が、それを待っていたように黒い影が入り口に立ち塞がっていた。
「あれは! バンパイア!!」
趣味の悪い裏地の赤い黒いマント。時代後れの靴、見るからに病的な蒼い顔。それなのに紅でも引いたように、そこだけ赤い唇。
絵に描いたようなバンパイアだ。
「おまえがバーンスタインだな! 僕がさっき牢から救い出したはずの女の子たちに何をしたっ!」
「あの娘たちには別の場所で眠ってもらっている。処女の生き血は我が糧、我のその崇高なる食事を邪魔する者には死を! だが、ここは闘うには狭すぎる。場所を変えるぞ」
女の子たちになにをした、ってのは完全なカマ掛けだったのだが、やはり、僕が助け出したあとすぐに捕え直していたようだ。
まぁ、自分のテリトリーに入られて気付かない魔物はいないから、当然といえば当然だ。
それより、問題なのは・・・。
「せますぎる、ねぇ」
勝手に決めて先をいくバンパイアを無視して、僕はしばらくその場に立っていた。
広いとは言い難いが、一対一で闘うには十分なだけの広さはある。
いとは思えない。
「・・・…ふっ、馬鹿な奴だ」
あとを追いかけると、バンパイアが用意した闘いの場は元の処刑場だった。確かに広いし、どっちかが死ぬ闘いをするのに適した場所と言えるだろう。
「バーンスタインとか言ったな、おまえの悪行もここまでだ。思い残さず灰となるがいい」
「威勢がいいな、小僧。だがすぐに、その顔を苦悶と絶望の色に染めてくれるわ」
最後まで言わせなかった。
奴が言葉を終えるより先に僕は魔力のありったけを使って炎を呼び出した。異様に魔法防御の高いバンパイアに利くとも思えなかったが、狙いは別にある。
連続して出された炎の影響で周囲が舞い上がった砂ぼこりと、煙で白くなる。
そろそろかな。
「死ねッ!」
来た!
これを待っていたのだ、魔法で倒そうとしていると思わせ、視界を塞がれた僕に奇襲をかける好機を見せつける。
バーンスタインは僕に策があるとすら疑っていないようだったが、僕には確かな勝算があった。
さっき入り口の上の所から引き剥がしてきたものを、後ろ手に隠し持っていたものを右手で構え、突っ込んでくるバンパイアの心臓めがけて投げつけた。
古くなりささくれ立った木製の十字架が、狙い違わずバンパイアの左胸を貫く。
昔から言い伝えられているバンパイアの退治法、銀の十字架、聖水、聖職者の血で浄めた聖剣、そして木の杭で心臓を貫く、その中で最もポピュラーかつ、簡単に手に入るアイテムという点で、これに勝るものはない。
日の光に当てる、というのもあるが地下墓地では望むべくもない。
「ば、バカな! この我が・・・人間ごとき、にぃ・・・」
魔力をのせた攻撃に移ろうとしていたバンパイアに、このダメージに耐える力は残っていなかった。左胸に開いた穴から血ではなく魔力を噴き出させ、バーンスタインは見る間に灰となっていく。
だが、それで終わりというわけにはいかない。即座に、崩れ落ちていく灰に目を凝らす。
バンパイアは、確かに前出の退治法で倒すことができる。しかし、灰と化したバンパイアは自分の墓に戻り、その土地の地霊を吸い上げて満月とともに復活する。
この灰をなんとかしない限り、本当の意味での勝利はない。
やがて、灰は僕の見守るなか一塊になって動きだした。
僕はそれを追う。
灰とはいえ、その速度は尋常なものではない。必死に走って見失わないようにするのが精一杯だ。それでも、なんとか振り切られることなく終着点まで着いていくことができた。
その墓は、もう何百年も前のもので墓石に刻まれた文字も薄くなり、かろうじて名前を確認できる程度でしかない。
ノンフェレス・バースタイン。
ここが、彼の墓だ。
僕は急いで剣を抜き、まだ浮遊している灰を遠ざける。小なりとはいえ浄化の力を宿す剣が近づくと、灰は恐れたように後退り近づこうとしない。
そうやって灰を牽制しながら、僕は墓石の前、棺があるであろう場所に剣を突き立てた。あの灰が自分の棺に戻らないうちはバンパイアの復活はありえない。
剣の魔力によって戻るに戻れない灰はいずれ魔力を消耗し、ただの灰となる。その時こそバンパイアが真に滅びるときだ。
「・・・終わった」
もはや、灰には一瞥もくれずに、僕は女の子たちを捜しに向かった。
バンパイアの魔力が途切れた今、彼女たちは本来あるべき状態に戻っていることだろう。
「どうもありがとう!」
思った通り、彼女たちは自力で地下墓地の出口まで逃げて、僕を待っていた。
「さぁ、早く君たちの両親に、無事な姿を」
「・・・はい!」
憔悴し切った顔に安堵と喜びの色を加えつつ、彼女たちは町へと戻っていった。
彼女達の後を追う、というつもりもないがバンパイアとの闘いで少なからず疲労した僕は一番近くの町、フェイルへと向かった。
宿屋に入り、そのままベッドに横たわる。
翌日、僕はとりあえず無くしてしまった剣の代わりを手に入れるためにランスウェルの城下町へいく。
そこでショートソード、扱いやすいが威力は並みな小型の刀剣を一本と、レザーアーマー、動物の皮をなめして作った最も基本的な防具を一つ買い、装備する。
ギルドに行けば王国警備隊からの礼金が五千GOLDほどもらえるから、もっといい武具も買えるのだが、無理して高いものを買い、使いこなせなかったら恥以外のなにものでもない、ここは手頃なものから手になじませていくのが一番だ。
で、お決まりのギルドへといってみたのだが、僕のレベルでどうにかできるのは逃げ回るちょぼの捕獲、などというものばかりだったので一旦マイフォレストの村へと帰ることにする。
真っ先に向かうのはフラワーガーデン、が、リスティンは忙しそうなので他の二人を探してみる。
クレアはいつものように遺跡にでも行っているのか留守だった。で、最後の一人を探す。いろいろ探し回るが結局見つからず、村長に聞きに行くと果実酒精製所の手伝いで精製所か、果実園か、酒場にいるとのことだった。
他には紫の日の朝に教会、緑の日の朝にフラワーガーデンにいて、夜はよほどのことがない限り家にいる、とのことだ。
それならば、と精製所に行ってみることにした。
「あ、ターク様!」
「やあ、メル。こんなところでなにしてるんだい
まさか、試飲に来たなんてことは言わないだろうな。
「今日はこの工場に遊びに来てるんです。ワインを作るのって手間と時間がかかるんですね」
働きに、ではないわけだ・・・。
「そうらしいね。僕達はただ飲むだけだから楽なものだけど」
もっとも、僕らの場合は酒で不覚をとらないための訓練の一貫だから、楽しんで飲んだことはないし、楽とは言えないが・・・。
「ターク様もワインとか飲むんですか? うちのパパと一緒ですねっ。でも、うちのパパったら酒癖が悪いから、メル、パパが飲み始めたら絶対そばに近寄りたくないもん」
「そんなにひどいのか。・・・そうだ、メルはワインを飲んだことあるかい」
「うん、何度かあるけど・・・。メル、ワインよりグレープジュースのほうが好きだな」 だろうな・・・。
「そんなことより、ターク様。こわーいお話があるんですよ」
「恐い話?」
メルの話によるとランスウェル城下町の南東に、寂れた古い神殿があって、近頃そこから頻繁に叫び声が聞こえてくるという。
情報を入手したアルテミス教会によると、過去、この神殿を中心に血生臭い抗争があったらしい。
戦いの中で命を落とした戦士たちの亡霊が、神殿の地下をさまよっているものと思われる。
魂を浄化させるには、聖水で清めた剣で、もう一度斬るしかない。
が、教会の僧侶や神官では剣の扱いが不得手なために剣士を募集している、と、そこまでいったメルの目が異様なまでに輝いた。これは・・・・・。
「・・・行ってみるよ」
かわいい女の子に、あんな期待のこもった瞳で見つめられては応えないわけにもいかない。
僕は早速アルテミス教会に向かった。
聖水をもらってこなくてはならないのだ。
前の剣なら、清めるまでもないのだが今の市販の剣では亡霊を斬るなど不可能なことだ。
翌朝。
夜明けを待って神殿にいく。
中にはいると、確かにかなりの霊気を感じた。相当たくさんの死者が出ていたのだろう。
だが、死者の全てが亡霊となって現れているはずもなく。所詮は神殿の中ということもあり、割とあっさり方が着いた。
首なし騎士のデュラハンは手強い相手だったが壁に押しつけるようにして動きを封じれば問題はないし、まさに亡霊と呼ぶにふさわしい姿のスペクターは魔法にさえ気をつけていればいい。
それに、ここはもともと神聖な力を宿す神殿だ。よほど強力な魔力の後ろ楯でもない限り、そうそう凶悪な化物は出てこれないしある程度霊を鎮めれば、自浄作用が働くことになる。
「・・・名も知らぬ戦士たちよ、せめて、安らかに眠れ」
神殿を出た僕は一旦ランスウェルに戻り、礼金を受け取ると宿屋で一晩休み、翌日マイフォレストの町へ戻った。
「やあ、リスティン。なにしてるんだい」
とりあえずフラワーガーデンのほうを覗くとリスティンがいた。
「あ、ターク! 今、お花に水をあげているところよ。ほら、お水をあげると、とっても元気になるでしょう。うれしいって言ってるみたいに見えない?」
聞かずともがなな事を聞いてしまった気がする。この場所で水の入ったバケツを持ち、水やり以外のなにをするというのか。
「ふぁ~・・・」
我ながら自分の会話のセンスの無さに失望し、言葉を失った僕の前でリスティンが小さなあくびをする。
「寝不足かい?」
この年頃の女の子のあくびなんて、そう滅多に見れるものではない。というより見せないようにするものなのに・・・。
これはリスティンが、裏表のない素直な女の子のせいなのか、それとも単に僕が異性としてみられていないせいなのか・・・多分、両方だろう。
「そう、眠いの。昨日変な夢を見たものだから、あまり眠った気がしなくて・・・・」
「変な夢?」
「うん。よく見るのよ、私。いつも同じ人たちが出てくるの。夢の中で私はシフォリーという名前の女の人になっていて、・・・恋人がいるの。他にもルークスっていう男の人と、エミリアっていう女の人も出てくるわ。二人は恋人で、二組のカップルはいつも一緒なの」
「・・・・・・・・・」
「・・・実はね、夢の中の私、シフォリーの恋人の名前は、ディオンっていうのよ。それが、顔も雰囲気もタークにそっくりなの」
「え? 僕? リスティンの夢の中に出るなんて光栄だな」
「あ。やだ、違うってば。タークのそっくりさんよ。それにその夢は、タークに会うずっと前から見てるのよ。最初にタークを見たとき、びっくりしたの。夢の中の私の恋人にそっくりなんですもの」
「・・・・・・・・・」
夢、か。
反復する夢には何かしらのメッセージが含まれている。まして、人の名前や容姿についてまで記憶していられるほどのはっきりした夢ならば、なおのこと意味があると思える。
のだが、残念なことに僕は夢見占いの知識の持合せがない。村に戻ればいくらでも調べてあげられるのだが・・・。
「ね、不思議な夢でしょう?」
そういってクスッと笑った後、リスティンは再び花たちの世話に戻ったので僕は他の二人を探すことにする。この村に来て彼女達の顔を見ないと何か物足りない。
「メル、そんなに我ままばかり言うんじゃない」
「もう! わがままじゃないもん!」
メルの家の門をくぐった途端、中から言い争う声が聞こえてきた。
「・・・何事ですか?」
「おや、君は確かターク君だったね。ちょうどいい、君からも言ってやってくれないか」
「何をです?」
「メルに、遊んでばかりいないで、そろそろ働くのを手伝ったらどうかと言っているんだが」
「それだったら、この前ぶどうの収穫を手伝ったじゃない。もう!」
「最初、メルはパパとの約束を忘れて遊んでいたじゃないか。たまたまパパが街で見かけたから良かったようなものの・・・。あのままメルが手伝いに行かなかったら、パパは嘘つきになっていたところだ」
・・・ああ、あの時のことか。なぜか僕まで手伝わされたんだよな。
だけど、村長の言い方にも問題があるな。『パパは嘘つきになっていたところだ』これを言っては、いくらメルのためでも、メルの方は自分の対面ばかり気にしてっ! と、思うに決まってるのに。
「だから、そのことはさっきからメル謝ってるじゃない!」
「だからよく聞きなさい。パパはおまえのことを思って、わざわざ収穫を手伝うことをお願いしてきたんだよ・・・」
! また!! それを言っちゃぁ・・・。
「あー! もう! パパなんて嫌いっ!」
「あ、こら、待ちなさい、メル!」
そりゃ、反発するよ。
・・・母親がいないってのは、こういうときに差が出るんだなあ。
「・・・まったく、あの娘ときたら・・・」
いや、最近、村長としての仕事よりも娘の扱いのほうが難しくてね」
「そうですか・・・」
だんだんと、年頃になっていく。この時の感情の揺れは異性の親にはどうすることもできないものなのかも知れないな。
僕には、親の気持ちなんてメル同様、まだまだわかんないけど、メルの気持ちと、親の立場のギャップは何となく感じ取れる。
「そうだ、君からも少し言ってやってくれないか。このままだと嫁の貰い手もなくなるかも知れない」
「・・・わかりました」
あまり気は進まないが・・・。
僕が間に入ることで、少しは親子関係のねじれを悪化させずにすむかも知れない。
「あ、タークさま。ごめんなさい、せっかくタークさまが来てくださったのに、パパったら、色々うるさく言うんだからっ!」
「いや、それは別に気にしないけど・・・。それより、君のお父さんが心配していたよ。『遊んでばかりいると、お嫁にいけないぞ』って」
「あーっ! タークさままでパパの肩を持つんですね。どうせあとで家事とかいやと言うほどやる羽目になるんだから、今こそ遊ばないといけないんです! メルは今遊べるときに遊ぶんですっ!」
「・・・そんな、無茶苦茶な」
気持ちはわからんでもないけど・・・、無茶な理屈だよなぁ。
どうしてもやらなきゃなんなくなったとき、まったくやったことないのと、多少やってたのとじゃ、雲泥の差が出てしまうのに。
「メル、お説教なら聞きたくありません」 やれやれ、これじゃ、しばらくは取り付く島もないな。
僕はそれ以上メルと言い争う必要を感じず、そっと部屋を出た。
下に降りると、今の会話が聞こえていたらしく、村長が僕のほうを見て『困った娘だ』と呟き、首を横に振った。
なんと応えていいものかわからず、僕は軽く会釈をしてその場を辞した。




