お使い
翌日、僕は再びフェイルの図書館にいた。
むろん、昨日の作業の続きをするためだ。
本と言うのは読むのならほんの数十分だが、書き写すとなると結構手間がかかる。やっと三割ぐらい書き写したところで、僕の作業は中断させられた。
はじめて僕の前で困惑と焦りの表情を浮かべたクレアが現れて、訴えてきたのだ。
エメラルドリゾートから霊峰カダルに向かう山路に、通行税と偽って金を巻き上げる盗賊が現れたと。
それが次第にエスカレートし、今では旅人から身ぐるみ剥ぎ取るほど凶暴化しているらしいと言う。
「困るのよ。ある遺跡で発掘された品物が、その道を通って交易所に持ち込まれることになってるんだけど。それが盗賊なんかに奪われたら、考古学の発展を著しく阻害する由々しき事態になるわ」
つまり、宮廷付魔導師に騎士とまで言われた僕を見込んで、なんとかならないか? といいたいわけだ。
僕には少し荷が重い気もするが、女の子。それも美人とは言えないが十分に魅力的な娘に頼まれて否やはない。僕は早速剣をとって、その山路へと向かった。
霊峰カダルは言わずと知れた難所である。記録によれば、この山路で行き倒れたものの数は軽く村一つ分に及ぶ。
楽をしたがる盗賊どもが、そんな奥にまで入っているとは考えにくい。きっと山路に入ってすぐに接触することになるだろう。
周囲の茂み、風の音、全神経を張りつめて僕は山路へと歩を進めた。と、向こうから足音がする。
誰か近づいてくるのだ。
・・・・・・盗賊か?
「ここはな、俺たちの道だ。この街道を通るなら通行料を払っていきな! いやだってんなら、山を通り越して天国へ行くことになるぜ」
現れた男が、独創性の欠片もないセリフを吐き、ダガーの刃先を突きつけてくる。……やはり、盗賊だ。
戦わずに勝つことこそ兵法の理想的な勝利、僕は剣には手を触れず懐から金貨の入った袋を出した。
「おまえたち、僕の金をやるから、これからは更正して真っ当な道を歩むんだ」
100GOIDを渡し、説得を試みる。
もっとも、僕みたいな子供の説得で更正するぐらいなら盗賊などやってはいないだろうが。
「何が更正だ! おまけに、たったこれっぽっちの端金で。ふざけるな!」
だよな、あきらめより納得の気分のほうが大きい。僕は溜め息をひとつ吐くと中剣を鞘から抜き放ち、構えた。
「おぅ! おまえたち! こいつを徹底的に痛めつけてやれ!」
おまえたち? 今目の前には一人しかいないけど・・・・・・。
「へいっ!」
・・・・・・さすが盗賊。
目の前の男の声に答えて、下っ端の盗賊らしいのが僕の左右後方の木の陰から姿を現した。逃げ出す旅人を捕まえるために隠れていたのだ、この辺の周到さはさすがというべきだろう。
誉める気にはなれないが。
「口で言ってもわかってもらえないなら、仕方がない」
いいしな、僕は目前の男に全速で躍りかかり、殴りつけた。
中剣は一般的に両刃で、峰打ち、なんて物はできないことになっているが。僕のは特殊な状況に身を置く機会の多いパンディオンの剣士のためのものなので、片方は斬るための刃がなく、打撃専用になっている。
それでも、鍛え抜かれた鉄で殴られて平気な者などそうはいない、もんどり打って倒れた男は気を失って起き上がれない。
瞬間的にそう確認し、僕は振り向きざまに剣を振るった。
手応えがあり、右後方から僕に近づいていた男が弾き飛ばされ、左側から来ていた男にぶつかる。
態勢を崩した最後の男の鼻っ面を蹴りつけ、棍到させる。縛るためのロープを準備し損なっていたのだが、彼らが持っていた。それで彼らを木に縛り付け、奥へ進む。
蛇を捕まえるには、頭を押さえるのが一番だ。
首領を捕えれば、盗賊どももおとなしくなるだろう。
しばらく進むと、二十人近い男が固まって僕を睨み付けてくる。どうやら、見張りかなにかを置いていて、事前に僕の動きを察知していたらしい。
「貴様が、我々を討伐に来た剣士か」
「!!」
その塊が左右に割れ、眼光鋭い男が進み出てくる。
「なんだ? 子供じゃないか」
あれが、盗賊団の首領か。なるほど、ほかの盗賊とは風格が違う。腕も立ちそうだ。
「貴様がここまで辿り着いたと言うことは、俺の子分どもは皆やられてしまったか、まったく不甲斐ない。だが、粋がるなよ小僧! 俺が直に相手してやる」
首領一人でもきついのに、ほかの子分までいるとなると多勢に無勢で不利だ。ここはいったん引きつつ形勢を整え、各個撃破するか。
だが、その前に。
手に手にダガーを持った子分たちが僕を取り囲むようににじり寄ってくるのを人事のように見つめながら、僕は左手を高く上げて精神を集中させた。
自分の中の力が、収斂され、左手の一点に集まったことを感じ、振り下ろす。
空気を切り裂くだけのはずの左手に、信じられないほどの圧力を感じ、刹那、それは弾けた。
周囲に炎の弾が飛び散り、盗賊たちを襲う。
先日手に入れたばかりのルビーに秘められていたファイヤーの魔法だ。今の僕の力では大した攻撃力は期待できないが、盗賊相手なら十分に通じるはずだった。
二度、三度、僕の魔法力ではそれが限度だったが、盗賊は首領と、その側近一人の二人以外は全員地面に倒れ伏し、動かない。
残った二人も、まさかこんな小僧が魔法を使うとは思っていなかったせいか、呆然としてしまっている。僕はその隙を逃すわけにはいかなかった。
剣を握り直すと一気に間合いをつめ、首領を打ち倒した。側近はそれを見て逃げ出したが、僕には追いかける余裕がなかった。
首領を押さえるので精一杯だったし、下手に追いかけて必死の抵抗をされたら勝てる自信もなかった。
僕は、盗賊たちを近くの村人に預け、王国の警備隊に引き渡すよう頼んで山を下りた。
二十人からなる盗賊全員を、縛り上げているとはいえ、僕が一人で連行できるはずがないのだ。
フェイルに戻ろうと道を下っていると、左のほうにマイフォレストの果実酒精製所の大きな風車が見え、細い道がその方向に続いていた。
今から戻ってもどうせ夜になり図書館は閉まっているだろう。僕はマイフォレストの村に帰ることにした。村の宿屋なら、納屋を改造した東屋にただで泊めてもらえる。
金に困っているわけでもないが、有り余っているわけでもない僕としては極力無駄な出費は押さえたい。
村に戻ると、なにはともあれ、フラワーガーデンへ。
が、あのすみれ色の髪は見当たらず、代わりに黒髪の少女がいた。
「やあ、メル」
「あ、タークさま、今メルに話しかけないで! 目を離したら虫に触りそうで、怖いんですぅ!」
きれいな花の葉っぱに付いている、一匹の青虫にじっと視線を注ぎながら、ゆっくりとあとずさって・・・。
なんか奇妙な光景だ。だが、メルは真剣そのもののようなので、僕はその場を立ち去り、管理人の所にリスティンのことを聞きに行ってみた。
管理人の小父さんの話だと、今日は珍しく配達がないらしく村のどこかにいるはずだと教えてくれた。
探してみる、と。
メルの家の前にある大きな木の下でなにかをしきりに見上げている。
「やあ」
「あら、ターク!」
声をかけると、眉を寄せて悩んでますって顔で振り返った。
少しは僕に気を許してくれるようになったのか、たぶん本人は気づいていないだろうけど、僕の名前に『さん』を付けなかった。
「なにしてるんだい?」
「これを見て。この卵、あそこから落ちてきたみたいなの。どうにかして戻せないかと思って」
そう言って差し出した右手には、鶏の卵より二周りほど小さな浅黒い卵がのっている。
指さす先はと見れば、キタキの巣が頭上はるか上の枝に見えた。
「僕が卵を持ってあそこまで登ろうか?」
・・・・・・だが、あの枝の細さだと、僕の体重でも折れてしまいそうだ。無理かな。
「でも、このままじゃ、死んでしまうわ。親鳥も心配してるでしょうし」
とは言え、卵を持って登って落ちたりすれば、僕も卵も無事ではすまないだろう。
どうしたものかな。
「おや、タークじゃありませんか」
どうにも解決法の出そうにない難問に、頭を悩ませていると穏やかな声が風に乗って流れてきた。
「あ、ディックじゃないか。また果実酒の精製所見学かい?」
「そんなところです」
言葉を濁し、曖昧に返事を返したディックだったが、ここにはメル、クレア、リスティンの家のほかは精製所しかない。
ほかにどんな用があると言うんだろう。
長老になにか話でもあったのかな?
「紹介するよ。この娘はリスティン。この村に住んでるんだ」
「初めまして、ディックです」
「リスティン、彼はディック。お互いちょっとした知り合いでね」
「こんにちは、ディックさん」
「よろしく。で、こんなところで、どうしたんです?」
「この木の上の巣から卵が落ちていたんだ。どうやって巣に戻そうかと思って」
「巣の位置が高すぎて、困ってるんです」
「ディック、君ならなんとかできないか? ハーフエルフは木登りが得意だと、以前どこかで聞いた気がするんだけど」
いい終わるより先に僕はちょっと後悔した。僕でさえ登れるかどうか危ういというのに、この大柄なディックに登れるはずがない。
「ハーフエルフにもいろいろあります。私は高いところが苦手でして。ですが、木に登らなくても、卵を戻すことはできますよ。高い所は苦手でも、代わりにこういう手を使える。・・・・・・!」
両手を胸の前で組み、なにか低く抑揚のある言葉を紡ぎ出す。
「きゃっ!」
と、リスティンの身体がフワッ、と宙に浮いて高く登っていく。
とっさに僕は目を逸らし、リスティンは卵を持っていない左手で、スカートの裾を押さえた。
「そのまま巣まで登りますよ」
デリカシーの欠片も感じさせない態度と口調で、ディックは術の効力を広げたようだ。
リスティンの身体がさらに上昇していく。
「えーっ、きゃー! わぁーっ! こんな高いとこ、恐い!」
そりゃそうだろう、自分の力で浮いているならともかく、今リスティンはなにもかもディック任せになっている。
他人に自分の運命を握られて不安を感じないものなどいない、怖くて当たり前だ。
「もう少しですよ、ほら」
「これでいいわ。お願い、ディックさん、もう下ろしてー!」
巣の所まで上ったリスティンが慎重に卵を巣に戻して叫んだ。卵の無事を確認したことで怖さをより強く、感じるようになってしまったのだろう。
「はいはい」
静かに笑いながら、ディックはゆっくりと高度をさげるように術を制御する。
エルフといえば精霊魔法だとばかり思っていたが、これは明らかに精霊力を使った魔法ではない。
ディックは、こんな魔法も使うことができるのだ。
「ふう。ああ、怖かった」
ほんのちょっとのあいだ離れていただけなのに、足が地につく感触に心底ホッとしたように、リスティンは胸をなで下ろしている。
「とにかく卵は無事戻せたね」
「ええ、ディックさんのおかげよ。ありがとうございます」
「どういたしまして。お役に立てて、なによりです。では、私はこれで。失礼します。リスティンさん」
現れたとき同様。そよ風のような自然さと静かさでディックは踵を返し、去っていった。
「ほら、親鳥も喜んでる。良かったわね、ターク」
頭上でキタキの夫婦が、巣の上を旋回しながら鳴くのを見てリスティンがはしゃぐような声を上げた。
鳥が喜んでることよりも、リスティンの飾らない、素直な笑顔を見れたことのほうが、僕にはうれしかったが。
翌日、僕は再びフェイル橋上都市に向かう。本の写しがまだ終わっていなかったし、クレアが気を揉んでるかも知れない。
すぐさま図書館へと入ったが、クレアはいなかった。ならば、と交易所のほうへ回ってみる。
「おじさん、もう少しまけてったら」
扉を明けた途端、クレアの声が聞こえた。何か妙に甘えた口調の。
「クレアちゃん、これだけの代物だ。そこいらのものと一緒に扱うわけにはいかねぇよ」
「困ったわね」
「私でしたら、言い値の金額を即お渡しできます。6000GOIDでいいんでしょう」
そっと中に入ると、交易所の店主を真中に、クレアとルシオンがいる。
「ちょっと待ってよ。だから、家に取りに行けば私だって、その金額を用意できるってば」
どうやら、何かの値段の交渉をしているようだ。
「その間、ずっと待ってろっての? 虫のいいこといってんじゃないわよ」
やはり、というか当然というか、あのシールもいた。いつものように甲高い声で辛辣なセリフを吐く。
「シール、口が過ぎますよ。元々、この方が先に見付けていたのを、私たちが後から割り込んだのですから。もっとも、あまり時間を割けないのは事実ですが」
「どうしたものかしら」
先に見つけていた、もしかするとカダルの山路から入る予定の品物って言っていたものが届いたのかも知れない。
だとしたら、あの入れ込みようだ。そう簡単には譲れないだろう。
「まあ、クレアちゃんの気持ちもわからんでもないが、こっちも商売でね。6000GOID出せないんだったら、こっちの魔法使いに売っちまうよ」
「いや、お願い。もうちょっと待って!」
「あんた、しつこいわよ」
「あんたはうるさいの。ええと。あ、ターク君じゃない! いいところに!」
どうも、こういう言い合いは苦手な僕としては、ほとんど呆然と成り行きを見ているしかなかったのだが、突然クレアが僕に気づいて身を乗り出してきた。
「え!! や、やあクレア。僕、ちょっと急いでるから。また・・・・・・」
なにか、嫌な予感が走って、僕は思わず背を向けた。
「待ってよ、ターク君。お願いがあるの。この前、私がこの店で買った短剣、家から取ってきてくれない」
「え? 僕がかい?」
「お願い!」
正直、今マイフォレストから来たばかりで、また戻るなんて面倒だなとは思ったが、元来フェミニストの僕に女の子の『お願い』を拒絶することはできなかった。
「わかったよ。クレアのお母さんに聞けば置き場所はわかるかい?」
「うん。さ、善は急げよ、すぐ取りに行って。待ってるから」
「ほんっと、待たせないでよね」
シールの声を背に、僕はマイフォレストへの道を引き返した。すでに夕日が沈みかけている。戻るのは明日の朝になるだろう。
村に戻り、クレアの家に行くとクレアのお母さんは夕飯の支度をしているところだった。
「あら。ターク君。今日はどうしたの?」
僕は簡単に事情を話した。
「あらあら、それは大変。ごめんなさいね、クレアの我儘に付き合わせちゃって。すぐ持ってきますから、少し待っててくださいな」
「はい。お願いします」
階段を急いで昇り、また下りてくる足音が聞こえる。
「これのことだと思うけど、どう?」
持ってきたのは、全体に青錆の浮いた銅剣だった。だが、文様やなんかを見るとかなりの年代物で、貴重なものらしい雰囲気がある。
「あ、たぶんそうだと思います」
「それじゃ大変だけど、お願いね」
錆びた短剣を預かった。
そしてまた、フェイルに行かなくてはならない。これといってやることがないとは言え、一日かけて往復するとになるとは。
「あ、ターク君。取ってきてくれた?」
交易所に戻ると、クレアが待ちくたびれたってな顔で僕を迎え入れ、開口一番そう言った。
・・・・・・いいんだけど、おつかれ様の一言ぐらい言ってほしかった。
「ああ。これだろう?」
錆びた短剣を渡す。
「そう。これよ、これ。おじさんが、これを買い取ってくれれば丁度足りるわよね」
もはや、僕のことなど目に入っていない様子で、さっさと交易所の店主の所へ短剣を持っていくクレア。
それでも、怒る気にも不快にもなれない、ならさせないところがクレアの人徳と言うか、魅力なのだろう。
「なんだ、この前の短剣じゃないか。返品ってことかい?」
「そうよ。それなら差し引きゼロでしょ?」
「まあ、そりゃかまわねぇが。クレアちゃん、いくらで買ったか覚えてるかい? これは入荷即売だったから、帳簿に記録してねえんだ」
「嘘、私もよく覚えてないわよ!!」
買った値段を忘れているとは……ひょっとするとクレアには衝動買いの癖でもあるのだろうか、三桁の金額ならともかく四桁の買い物を覚えていないと言うのだから。
「・・・・・・」
「もー、まだなの? 早くしてよ」
呆れているのは僕だけではないようで、ルシオンは声にも顔にも出さず黙っているが空気で機嫌が悪くなっているのがわかるし、シールはストレートに文句を言っている。
いつもならたしなめるルシオンも今回ばかりは、同感なのかクレアに詰め寄っているのを見ても止めようとしない。
「いくらだったかな・・・・・・。確か、1000GOLDじゃなかったかい?」
「ちょっと冗談でしょ。4000GOLDだったわよね?」
「おいおい、それはいくらなんでも行き過ぎだろ。おいそこの兄さん。この短剣、いくらに見えるかい?」
「えーと・・・・・・」
僕の出番はもうないと高を括って安心していたと言うのに、突然話を振られても困る。第一、僕は考古学なんて門外漢で値段なんてわかるはずがない。
とは言え、答えないで済ませられる雰囲気じゃない。僕は少し考えていってみる。
「2500GOLDくらいじゃないかな?」
「そうだな、そのくらいだった。それじゃクレアちゃん、短剣は2500で返品するとして、後どのくらいなら出せるんだい?」
「今の全財産で出せるのは3500GOLDまでね」
「するとクレアちゃんは6000GOLDってことだな」
6000? ってことは・・・・・・。
「もー、さんざん待たせておいてルシオン様と同額なわけ?」
そういうことになる。
「うるさいわね」
「しかし、どちらも6000GOLDとなると困ったな。ご両人。どうだい、この銀貨で決めるってのは?」
「悪くないわね。そっちは?」
先に見つけたんだから私のもの、と言い張るかと思いきやクレアは素直に店主の提案に賛同した。
我儘なように見えて、結構人の気持ちおもんばかることもできる娘なのだ。だからこそ、どんなに振り回されても憎めないのだろう。
「結構です。では、私は表を」
「じゃあ、私は裏ね」
ピィン!
チャリン!
落ちた銀貨は僕の足下に転がってきて、馬の絵を上にして止まった。
「・・・・・・表だ」
「ってわけで、今回はこちらの魔法使いに軍配あり、と。クレアちゃん、いいかい?」
「残念だけど、仕方ないわ」
サバサバした口調で言い。クレアは肩をすくめてみせた。
「かたじけない。しかし正直、助かります。さあシール、帰りましょう」
求めていたものを手に入れ、ホッとしたのだろうルシオンから出ていた重い空気が払拭されている。
「最初から素直に渡せば良かったのよ」
「シール」
言いすぎなシールの言葉をたしなめ、一礼するとルシオンは去っていった。
「あーあ、がっかりね」
ルシオンたちがいなくなり、店主も仕事に戻るとクレアは嘆息した。
「そんなに重要なアイテムだったのかい?」
「あれは『いにしえの手鏡』と言って、古代の魔力に反応する品なのよ。あれがあれば、遺跡の発掘なんかが楽になったんだけど。あーあ、もうちょっとだったのに。残念だな」
なかなか諦め切れないようで、ブツブツ言いながらクレアも去っていく。
これでは一日無駄にした僕が馬鹿みたいだ。
「・・・まぁ、いいか」
今日一日だけで、クレアのいろいろな表情を見ることができたし、無駄に過ごしたと言うほどのことではない。
・・・ちょっと、弁解っぽいけど。
「ターク殿・・・ですか?」
交易所を出て、図書館も閉まっているし夕食まで、どう時間を潰そうかと思っていると、見るからに下っ端の兵士ってな感じの男が声をかけてきた。
鎧や兜が砂ぼこりで白くなり、どう見ても単なる巡視の兵ではなさそうだ。
「そうだけど」
「良かった、いや捜しましたよ。盗賊退治の礼金500GOLDをお持ちしました」
「なにも、わざわざ持ってきていただかなくても」
取りに行ったのに、といいかけて僕は裏が読めた。
さっきまで戦場にいましたって感じのする姿、それなのにわざわざ運んでくれた礼金、この二つが意味するものは。
「何をさせたいんですか? 僕に」
「! 気づかれましたか、・・・実は・・・」
ランスウェルの城下町北東のカルディナ大草原地帯に、巨大蜂が異常発生している。王国警備隊も対処に全力を尽くしているが、数が多い上に強力な毒を盛っているため、退治に手間取っている。
この巨大蜂の大軍がランスウェルの城下町まで来た場合、甚大な被害が予測されるため、王国警備隊と協力し、早急に退治してもらいたい。
ほんらい王国警備隊がなすべき盗賊退治が遅れていた理由が、これで、代わりに盗賊を退治してのけた僕に蜂退治も協力してほしい。一人でも、半人分でもいいから人手がほしい、というのが本音のようだ。
「わかりました、行きましょう」
七の月九の日、朝。
フェイルを出て南西にしばらく歩く。道から逸れた場所に警備隊のキャンプがあった。
そこで一夜を過ごし、翌日、カルディナ草原へと向かう。
ブンブンブンブン・・・・・・・・・・・・
大群、大群と言うがどの程度のものかと思っていたが、これは確かに大群だ。まだ草原の外だと言うのに、耳の中に蜂がいるような錯覚を起こすほどの。
すごい音だ。
これが、巨大蜂の大群が起こしている羽音なのか。
とにかく、この巨大蜂の大群をランスウェルの城下町に近づけるわけにはいかない。
「我々も協力します! がんばって一刻も早く巨大蜂を退治しましょう」
おいおい、それでは立場が逆だろう、君たちが主で僕が協力しているんだぞ。
喉まで出かかった言葉をあえて呑み込み、僕は頷き返すにとどめた。いくらパンディオン出身とは言え、子供だぞ。という愚痴を言うのももう飽きた。
「それでは、我々は散開します!」
警備隊の隊長らしいのがそう言って、兵士たちは雲の子を散らしたようにバラけた。
僕も、さっそく剣を抜き草原地帯へと進入する。これだけ羽音が激しいと、音で居場所を捜すことはできない。目と気配だけが頼りだった。
それに、いちいち剣を振るのは体力の消耗が激しくなりすぎる。僕はある程度蜂の注意を引き、出来るだけ数を集めてから魔法でかたずける戦法を基本戦術に決めた。
二度、三度。前回使ったときよりも多少魔力が上がったのか、もう一回ぐらい打てそうな余裕を残して、蜂の姿を捜す。
しばらく歩いていると、一匹だけ一定のリズムで一定のコースを飛んでいる蜂を見つけた。今まで見かけた蜂とちょっと感じが違う感じがする。
静かに歩み寄り、コース上で待ち構える。と、予想通りのタイミングでその蜂は飛んできて、僕は一刀のもとに斬り伏せた。
それにしても、ここにはいったい何匹の蜂がいるのだろう?
ブンブンブンブン・・・・・・・・・・・・。
どうやらまだ羽音が止む様子はない。
警備隊の人たちも上手くやっているのだろうか。
ブブブブブブブブ・・・・・・・・・・・・
気のせいか、羽音がだんだんと大きくなってきたような。
と、数匹の蜂が僕めがけて飛んでくる。
なんだかさきほどまでと比べて明らかに凶暴化しているような。ここはいったん、態勢を整えたほうが良さそうだ。
目茶苦茶に剣を振り回し、蜂を牽制しておいて僕は一目散に逃げ出した。
ふと気がつくと、警備隊の兵士たちも僕同様に蜂に追われて、逃げ出してきていた。
僕らが逃げながら合流すると、当然、蜂たちも合流する。振り返ってみると蜂は数十匹にまで増えていた。
これでは逃げ切れない。僕はとっさに最後の魔法力を蜂たちにぶつけた。
結果を見る余裕もなく走り続ける。
「はぁ、はぁ・・・どうにか逃げ切れたようだ。皆さん、大丈夫ですか?」
「はぁ、はぁ・・・えぇ、おかげさまで。ぜぇぜぇ・・・」
草原の入り口辺りまで来て一息入れる。とりあえず、全員無事なようだ。
それにしても、蜂たちのさっきの行動は一体?
ひょっとしてさっき倒した蜂は首領蜂、いや女王蜂だったのかも、それで蜂たちが急に凶暴になったということも考えられる。
「とにかく、凶暴化した蜂たちをこのまま放っておくわけにはいかない。さぁ、気を取り直して、行きましょう!」
「はい!」
後は単純作業だった。女王を失って統制の取れなくなった蜂たちは各個に襲いかかってくるだけ、それもほとんど直線的な攻撃なので、数が増えないうちに一匹ずつを相手にする分には、さほど怖くない。
日が暮れる頃には、あれほど激しかった羽音も聞こえなくなっていた。
「タークさん、どうもありがとうございました。あなたの協力のおかげで助かりました。我々は取り急ぎこのことを報告しなければならないので、一足先に失礼します。では!」
「今回の件にも礼金は出ます。ギルドのほうで受け取ってください」
盗賊退治の礼金を持ってきて、僕をここにつれてきた兵士の言葉に思わず冷笑を返しながら、僕は疲れた身体を引き摺ってマイフォレストの村へと向かった。
ゆっくり休むなら、やはりあの村がいい。




