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指輪


七月三日

 他にこれと言って依頼もないようだし、今後の行動方針を考えるためにも、一度マイフォレストの村に戻ったほうがいいだろう。

 マイフォレストの村へ行く道は昨日使った街道のほかにもう一本あると言うので、今度はそっちの道を使うことにした。

 同じ道を往復しても面白味がない。

 運搬手段が馬であった頃、ランスウェルに品物を運び入れたり、逆に運び出したりに便利なように作られた棒道。

 運搬手段が船になり、商業の多くがフェイル橋上都市に移ってからは行き交う人も減って、今ではやたらに広い山路と化しているという、その棒道を歩く。

 ちょうど、ランスウェル城のすぐ裏まで行って、そこから山間の谷をまっすぐに進むような道になる。

 ランスウェル城が見えてきたところで、偶然にも花を摘む王女と行き交った。滅多に人の通らなくなった道で、警備の連中も気が緩んでいたのだろう。


 「ごきげんよう、ターク様」

 淡い藍色の花を腕一杯に抱えたまま、アルティナ姫は微笑みを浮かべて声をかけてきた。

 血のせいか、それとも物心付く以前からの教育の賜物なのか、姫の一挙手一投足は洗練され、気品に満ちていて見るものを圧倒する。

 瞬間的に僕の全身を緊張が駆け抜けた。

 「は・・・・・・」

 「ターク殿は、お花はお好きですか?」

 僕の緊張に気づいたのだろう、姫の目が刹那のあいだ寂しげに曇った、が、すぐに明るさを取り戻し尋ねてくる。

 「好きですが・・・・・・」

 正確には、どちらかといえば・・・・・・が付くのだが、そんなことをあえて口にする必要もないだろう。

 「それならば一度、空中庭園もご覧になってくださいましね。あそこの花は、わたくしが丹精込めて世話いたしましたのよ」

 「・・・・・・ああ、それでしたらルシオン殿にも薦められて見せていただきました。色とりどりの花がそれは生き生きと咲き誇って、目を楽しませていただきました」

 姫がうれしそうに微笑み、なにか言いかけたが、僕の背後ににじり寄った影に気付き口をつぐんだ。

 見れば、あのうるさいメイドが目くじら立てて僕を睨んでいる。

 「・・・。では、アルティナ姫、私はこれで」

 別に悪いことをしているわけでもないのだが、どうもこの手の状況にはなじめない。

 僕は早々に退散し、姫の御前から退いた。

 姫の前を辞してしばらく歩く。木の枝のざわめき、鳥の声、木々の間から漏れてくる木漏れ日、静かな森が僕を包み込んでいる。

 気持ちのいい風が頬を撫で、心と体の傷が癒えていくような感覚を全身で味わう。

 「・・・・・・ェ・・・・・・テ・・・・・・」

 「!!」

 風に乗って声が聞こえてくる。喉の奥から搾り出すような、かすれた声。

 誰かが助けを求めてでもいるのだろうか。陽気に誘われて道を逸れ、足をとられて転倒することはよくあるものだ。その類かも知れない。

 僕は声を頼りに森の中へと分け入った。

 しばらく進むと、突然森が切れて古い教会が目に入る。建築の様式からして百年ぐらい前のもののようだ。

 ところどころ補修もしてあるようだが、どれもまともなやり方とは言えない粗雑なものだ。

 声は、その神殿の中から聞こえてくる。が、もしかすると実際には聞こえていないのかも知れない。

 ここから森を越えて、あの道まで、このかすれた声が聞こえるはずはないのだ。この世のものではないと考えるべきだろう。

 それでも、いや、ならばこそ、僕は教会内に入らねばならない。パンディオンで生まれたものの義務として。


 錆びた丁番をきしませながら、木の扉を開けて中へ身を滑り込ませる。と、中には明らかにこの世のものではない魔獣たちがフラフラ、フワフワと徘徊していた。

ありがたいことに、そのどれもが実体を持っていて、なんとか剣で対処できる。動きも早くないし、倒すのは楽だ。

 「・・・オ・・・ォネガイ・・・。カ・・・・・・ェシ・・・・・・テェ・・・」

 そのうちの一体、白く光る唯一の死霊が悲しげに訴えかけてくる。

 だが、やはりかすれて途切れ途切れの声では、何を訴えているのか判然としない。

 耳を澄ましてなんとか聞こうとするが、その霊は掻き消すように消えてしまう。

 かろうじてわかったことは、この霊がなにかを返してほしがっている、ということぐらいのものだ。

 それがなんなのか確かめなくては。僕は教会の奥へと進む。

 古い錆ついた鎧や、青く光りながら浮遊し時折放電するウィスプらを切り捨てながら教会内を歩き回る。

 と、白い閃光が辺りを包み、再びあの死霊が姿を見せた。

 「カエシテェェェ・・・指輪ヲー・・・。アノ人トノ思イ出ヲォォォ・・・。カエシテェェェ・・・・・・」

 ・・・・・・指輪?

 何を? の疑問は解けた。

 この霊は指輪を返してほしがっているのだ。しかし、それはまた別の疑問を呼ぶ。指輪はどこに行ったのだ?

 教会内を捜し回り、二階へ行く階段を見つけ、上ってみる。

 上りながら、僕は気がついた。この階段には明らかに人間が上った跡がある。

 薄く積もった埃の上に人間の足跡がシッカリと付いているのだ。おそらく付いてから一月と経ってはいないだろう。

 ・・・・・・誰か隠れているのか?

 「うわっ! くっ、来るなー!! おれなんか喰ってもうまくねーぞ!!」

 階段を昇り切った途端。男の悲鳴が僕を迎えてくれた。

 「・・・・・・・・・・・・」

 二十代の男が異様に慌てて僕から逃げようとしている。

あまりにも激しい拒否反応に、僕はしばし唖然として見つめてしまった。

 「・・・・・・あ、あんた人間か? よかったー!!」

 魔獣と思っていたらしく、僕が生きた人間であることに気づくと心底ホッとしたように息を付いた。

 「こんな所で、いったい何をしてたんだ?」

 当然の疑問が口を吐いて出る。

 「いや、その、じつは・・・・・・」

 言いにくそうにしている男に詰め寄ると、そいつは渋々訳を話し始めた。

 十年くらい昔の戦争の時、何十人かの村人がこの神殿に立てこもった。結局、村人は全滅したのだが・・・・・・なにかいいものでも落ちてないかと、この神殿の中をあちこち見回っていたというのだ。

ようするに死人から物品を剥ぎとろうとしていたということだ。

 「で、ふと噴水の回りを調べていたら古びた指輪を見つけて、とりあえず、それを拾ったんだ。すると・・・・・・」

 あの白い霊が現れて、追いかけ回された。

 「その後あちこち逃げ回って・・・・・・」

 ここに隠れていた・・・・・・というわけか。

 そうしているうちに魔獣がウジャウジャ出てきて逃げられなくなった。

馬鹿な男だ。

 「・・・・・・」

 「頼む! 入り口までつれていってくれ。こんな所早く出たいけど、一人じゃ恐くて」

 馬鹿な上に臆病な情けない奴だ。

よくこんなんでこの神殿に入り込もうなんて思ったものだ。

 仕方ない、僕は彼を送ってやることにした。

 「やったーー!! やっと出られる!!」

 入り口が見えた途端、歓声を上げて喜ぶ。

歳はいくつだ?

 「今回は助けたけど、もう二度とこんなことはするなよ。いつもいつもこうはいかないからな」

 思わず、まるで自分が年上のような感覚で説教をたれてしまった。

 「ああ、ありがとう!! この指輪、俺はいらないから……」

 よほど恐かったのだろう、この男は僕の尊大とも取れる態度にも気ずかず、僕の手に古びた指輪を握らせて去っていった。

 たぶん金だろう指輪に小さな爪が付いている。きっともともとはここになにか宝石が埋め込まれていたのに違いない。誰かが外したか、それとも長い年月で外れてしまったか。

 この指輪が原因で、あの幽霊が出てきたのだろう。

指輪をもとの場所に戻してあげよう。

 教会の奥の奥へと進む、と男が言っていた広間に出た。

苔むした噴水がある。

 「ウオォ。カ・エ・セー・・・・・・」

 広間全体が白い光に満ちて、床に倒れていた数体の死体や、光の玉ウィスプが現れた。 「ちょっと待て! 僕が盗ったわけじゃない。僕はこの指輪を返しにきただけで」

 「カァァァエェェェェセーーーーー」

 怒りに我を忘れた死霊には、もはや言葉も通じない。僕はやむなく剣を振るった。

 普通、死霊に剣は通じないが、僕の剣は言うまでもなくパンディオン製だ。聖水で清められているから、ある程度の破邪の効果が付与されている。

 「アァ・・・・・・」

 手応えのないまま、死霊を切り裂く。

死霊は微かに吐息を吐くような声を残して、消えた。

 「指輪。君に返すよ」

 噴水の縁、少しくびれた部分に指輪を入れる。周囲が腐蝕し変色しているところを見ると、もともとここに指輪はおかれていたのだろう。

 「あ・り・が・と・う」

 ほんの一瞬、十七・八歳の少女が微笑みを浮かべて僕に頭を下げた。

きっと、あの指輪は彼からのプレゼントだったのだ。

その思い出を胸に静かに瞑っていたのを起こされ、死霊となったのだろう。

 「・・・・・・やすらかな瞑りを・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・なんだかなぁ・・・・・・。

 事態は収拾を見た。と、思ったのだが騒ぎはまだ終わっていなかった。

 教会を出た瞬間から嫌な気配を感じ、いやいやながらその気配を探ると、教会の裏にある墓地から魔獣どもが這い出してきていた。

 彼女の怒りの波動に影響を受け、瞑りから覚めた死体や霊たちが生あるものを襲っている。すでに、辺りには野の獣たちの死体が何体となく転がっていた。

 当然、彼らは僕にも襲いかかってきた。

 墓地に瞑る死者たちの怒りを鎮めないことには、彼らもまた救われない。

 ゾンビやミイラ、ウィスプやその上位の魔物であるランカンまでを僕は敵として戦う羽目になったわけだ。

 ゾンビやミイラはいい。

 彼らはもともと死体だから二回や三回斬ったぐらいでは倒れないが、動きが遅い。囲まれないよう注意しながら背後から斬りつければ案外簡単に倒すことができる。

 問題はウィスプとランカンだ。

 奴らの放電や空気を爆発させる能力はちょっと侮れない。

 「やられないうちに、やる!」

 それしかない。僕は一気に駆け寄り、こんしんの力で斬り伏せる。

 間をはかっては墓石に霊鎮めの法をかけ、魂を鎮め、霊を再び瞑りにつかせた。

 行く先々で、非業の死を遂げた者たちを供養する。これもパンディオン出身のものの務めなのだ。

 物心付いたときには体に染み込むように教え込まれた、技術である。

 その甲斐あって、辺りから除々に張りつめた雰囲気が消え、本来あるべき静寂が戻ってくる。

 「・・・・・・ん?」

 魔獣たちも粗方かたづき、辺りから殺気が薄らいでいくのを肌で感じていた僕の目に、赤く燃えるような輝きが飛び込んでくる。

 目を凝らすと、墓石の一つが崩れ、小さな石が落ちていた。

 赤く丸い透明感のある石。

かつては戦場に散った戦士たちの血が、結晶化したものとも言われた石、ルビーだ。

 深き愛情、熱情、威厳、燃えたぎる人間の情念を内に秘め、魔力を付与することで炎を操れるようになると言う。

 この石にも多大な魔力が封じ込められているようだ。おそらく、何者かの死に際して副葬品としてともに埋められ、墓地に瞑る霊たちの思いを吸い込んだのだろう。

 深く、暖かな輝きを放っている。

 「・・・・・・!!」

 そのルビーがある地面から、一人の青年が浮かび上がる。

 むろん、実体の無い霊体だ。

その横に、満面の笑みを浮かべて寄り添う白い影。

 あの娘だ。

 「・・・・・・そっか、彼にようやく逢えたんだね」

 あのルビーが指輪にはめ込まれていた宝石なのだ。

きっと、彼が戦場に行くとき、いつか再び巡り会えるようにと願いをかけて、石を外して持たせたのに違いない。

 そして、彼は帰らぬ人となり、この地に石とともに葬られた。

自分の恋人が、すぐそこの教会に瞑っていることも知らずに。

 二人は幸せそうに手を取り合い、微笑んでいる。

 不意に、二人は顔を上げ、僕にルビーを指し示した。

今の二人を象徴するかのように石と台座がしっかりと組み合わさって、ちゃんと指輪になっている。

 まるで今造られたばかりのように美しく、神々しいまでに輝いていた。

 「持っていけって言うのか? 僕にくれるって?」

 二人は頷きで応え、再び微笑む。もう必要ないから、二人の表情はそう語っていた。

 最会のきっかけをつくった僕への礼のつもりらしい。

僕はありがたく受け取った。これからの冒険に役立つだろうし、彼らの思いを無にしたくもなかったから。

 左手の中指にはめ、僕はマイフォレストの村へ続く道へと戻った。


 村に戻った僕だったが、戻ったところでなにか当てがあるわけでもなかった。

白の日で村人たちは休日を謳歌し、ギルドにも依頼は届いていない。

 来たばかりで知人も少ない僕としては、あの三人の女の子に会いに行く以外に楽しみはなかった。

 それなのに、リスティンは花の世話で忙しいからとまともに相手もしてくれないし、メルとクレアは出かけていると言う。

 メルはエメラルドの鉱山があることと温泉があることで有名なエメラルドリゾートという町の療養所で温泉に入っていて、クレアはフェイルの図書館に調べ物に行っているという話を聞く。

 さすがに女の子を温泉まで追いかけるのは問題があるし、図書館は一度行ってみようと思っていた場所でもある。

僕はクレアを追いかけてみることにした。

 図書館は町の中央の橋のマイフォレスト村の側にある。その右後ろに宿屋、真後ろに教会、この辺にしては珍しくアルテミス神ではなくアレス神の、があって左側にクレアもよく来ると言う交易所がある。

 「やあ、クレア」

 図書館に入ると一番初めの部屋で、古く重そうな本を立ったまま熟読しているクレアがいた。

 ああいう本を立ったまま読めるというのは、そうとう本が好きか、その本の内容にのめり込んでいるか、たぶん彼女の場合はその両方だろう。

 「・・・・・・んっ、ああ、タークくん」

 声をかけると本から目を離し、かなり深く本の世界に没入していたのだろう。瞬間的に僕が誰なのか思い出せなかったらしく数回瞬きをしてから、やっと僕に向き直った。

 「・・・・・・なにか調べ物かい?」

 「古代文字の研究よ。勉強を始めてからずいぶん長いけど、これが奥が深いというか」

 「大変なわけだ」

 「とても、ね。でも、いつか古代文字をそらで読めるようになったら最高の気分だと思うの」

 とても、なんて言っている割りには楽しそうだ。

僕も本をよく読むから、彼女の気持ちは何となくわかる。

読み進めていく内にどんどん視野が広がり、新しい発見をする。

 その時の快感ってのはちょっと筆舌に尽くせないものがあるから。

 「ほう、古代文字の研究をされておいでですか」

 「えっ?」

 黒いローブを身にまとい、耳の尖っているところはエルフのようなのに、エルフとは思えないがっしりとした体格。以前、果実酒の製法がどうこういう話をしたことのある男だ。

 「あなたとは以前お会いしましたね。確か名前は、ディック・ロードン?」

 男の名前を覚えるのは苦手なので、ちょっとドキドキしながら言ってみる。

間違っていたら大変だ。

 「そうです。お久しぶりですね。騎士ターク。こちらのお嬢さんはあなたのお知り合いですか。と。失礼いたしました、お嬢さん。私、ディック・ロードンといいます」

 「はじめまして、クレアです」

 「古代文字の研究は、相当骨が折れるでしょう。ご自身で思い立たれたのですか?」

 クレアが手にしていた本を横からとり、ページを繰りながら話しかけている。その様子からすると、彼自身は多少なりと古代文字が読めるのかも知れない。

 「いえ父が考古学を専門にしている学者だけど、学んでおくに越したことはないと言って。だから・・・」

 「確かにね、いずれかならず役に立つと思いますよ。ああ、いけない。お二人でいらっしゃるところを邪魔してしまいましたね。私はあちらに用がありますので、・・・失礼」

 ハーフエルフってのはたいがい、他人の生活にはあまり干渉したがらないものだが、こいつは違うのだろうか。

 人の会話に急に入り込んできて話すだけ話して出ていってしまった。

 「・・・・・・丁寧な物腰だけど、なんだか迫力のある人ね

 圧倒されたように目を丸くしているクレアに僕は同意した後、まだ調べ物があると言うクレアの邪魔にならないように図書館の中を見て回ることにした。

 興味をそそる本はあるだろうか?

 本はあった。

 はるか昔に存在した町『ペンタゥア』に伝えられていた魔法の奥義書を見ることのできた、冒険者が記した冒険の記録だ。

 ペンタゥアは僕らの村パンディオンのいわば本家だ。元々は天界で神のそばに仕えていた一族。地上に移り住んでからは神々の助けと、魔法の知識によって邪悪なものたちと戦ったとされている。

 だが、長い戦いの歴史の中で、多くの仲間を失い。他の人間と交わったが為に、その力は減散し、いつしか魔法の奥義は失われた。

 それでも、悪しき物と戦う使命だけは確実に伝えられ、今のパンディオンがある。

 はやる気持ちを押さえ、深呼吸を一つしてから読み始めた。


 『旅も終わりに近づいた。

 腰まで届く亜麻色の髪を持つエルフ、アイリーナ。油断なく辺りを見回していた無口なドワーフ、ゴルカス。そして知的な顔にうっすらと汗した若きウイザード、ザハランさえもが感嘆の色をそれぞれの目に浮かべていた。

 砂漠の遠くにかすむ町。冒険を夢見るもの全てが胸ときめかせる町。誰もが言葉なく、ただただ見つめていた。

 砂塵混じりの風に髪をとかれながら、俺は母のことを思い出していた。

 「デュエル、おまえはすぐに危ないことばかりしたがる。母さんは心配で堪らないわ」

 リスの巣を見ようとして木から落ちたとき、滝の中にある洞窟に行こうと脚を滑らせ川で溺れかけたとき、いじめっ子の友達がけしかけた大きな犬と取っ組み合いのけんかをし耳を噛み切られそうになったとき・・・・・・、か細い手で俺を抱きしめてくれた母も今はいない。

 村を襲ったのは「疫病」という名の魔物だった。悪夢のような日々が過ぎ去り奇跡的に残った人々の虚ろな目から逃れるかのように、十五歳の俺は旅立つことにしたのだ。

 まだ子供と言ってもいい歳の、頼る人も金もない旅。決して楽な旅ではなかった。しかし、悲しみにくれる涙が、やがてしたたり落ちる汗に変わり、いつしかたくましい青年へと成長を遂げていた。

 ひとり寒さに震えながら野宿する俺の心に点った希望、それは冒険という果てしない夢だったのだ。

 小さい頃から寝物語に聞いてきた魔導師たちの町、ペンタゥア。そこには強大な魔法が存在すると言う。星と、その守護者たる神の力が重なり合うとき、満天にちりばめられた星の数ほど限りない不思議な力が生まれ、冒険者の望みを叶えてくれると言う。

旅の途中で知り合った三人の若き冒険者たちも、それぞれの夢をこの町にかけていた。

 美しい容姿からは想像もできないほど勝ち気なエルフの娘、アイリーナは冒険で得る報奨金で友達と村を再建するため。

 ゴルカスは妹の病を治す薬を見つけに行く途中、どんな病をも直す薬を調合する魔法使いがペンタゥアにいると聞いた。

 魔導師としては、まだまだ一人前ではないザハランは究極の魔法を捜し、自分のものにしようという野心を持っていた。

 ついにたどり着いたのだ。

 やはり魔法の町は存在したのだ。

 青き野心を抱いた四人は無言のまま、また歩きだした。』


 そう書き出された書物、その後にはいくつかの魔法の組み合わせが書き記されていた。

 しかし・・・・・・。

 「・・・・・・使えない、か」

 魔法を生み出すための法則は理解できる。だが、その法則にしたがって『何を』すればいいのかが記されていないのだ。

 薬の作り方は書いてあるのに、材料となる薬草が書いてない。ということになる、これでは意味がない。

 「この本が書かれたときには、誰もが知っていたことなんだろうけど」

 呟きながらも、僕は本の内容を持参した白紙の本に書き写す作業を始めた。いつか、どこかで『何を』のヒントを見付けたときのために。

 とは言え、本一冊書き写すのはかなりの時間がかかる、昼過ぎから始めたのでは今日中になど終わるはずもない。

 僕は一度、マイフォレストに帰り、明日にでも改めて作業の続きをすることにした。

 が、図書館を出ようとした僕はクレアに呼び止められた。

 「交易所によっていきたいんだけど・・・」

 今から寄ると帰りが遅くなるし、夜の街道は物騒だから、付いてきてくれると心強い、ということだった。

 むろん、僕は二つ返事で了承した。

 「ターク君、この短剣、いくらだと思う?」

 交易所の中で、何やら品定めしていたクレアが振り向き、古びた短剣を指さして聞いてきた。

 普通に武器として使う剣なら、多少の目利きもできるが骨董品としての短剣の値打ちなんて僕にわかるはずはない。

 だが、分からない、なんて答えをするわけにもいかない。

 300では安すぎるし・・・5000は言い過ぎだろう。

 「2000ぐらいかな?」

 頭に浮かんだ数字の中で、一番妥当そうなのを言ってみた。

 「まあ、一応合格点、ってところね」

「おいおい、冗談はやめてくれ! 4000は譲れないよ」

 妙に嬉しげに微笑んだクレアの横から、交易所の主らしいのが声をかけてきた。

 すると、二人は値段交渉を始めてしまった。

 品物を値切るという発想がない僕が呆気にとられているうちに、主が4000といっていた短剣をクレアは2500で買った。

 「・・・ずいぶん値切ったね」

 「そう? お互い、安く買ったり高く売ったり、もちつもたれつなのよ」

 そんなものかな、などと思いつつ交易所を出る。奥のほうにルシオンの姿もあったから、ここは珍品ばかりでなく、相当の値打ちものも入ってくるのだろう。僕も時々覗いてみるとしようか。


 村に戻り、寝るにはまだ早いだろうと、女の子たちの家を訪ねてみる。が、やはり、会って間もない異性の、夜の訪問はあまり歓迎されるものではないらしい。

 七の月五の日、夜。

 リスティンには、そっけなくかわされてしまった。それでもめげずに、もう一人の女の子、メルを訪ねてみる。

 「ここでもないし、あそこでもないし・・・。おかしいなぁ、どこに隠れちゃったのかなぁ・・・」

 「メル、どうしたんだい? 何か探し物?」

 部屋一杯に、服やら小物やらを広げて、ここでもない、あそこでもない、というのはたいてい探し物をしているときと相場が決まっている。

 一体何を探しているのやら。

 「タークさま、ここ見て! ほら、いつものブローチがついてないでしょ?」

 胸元に手を当て、真剣に訴えてくるメル。そう言えば、どんな服を着ていてもかならず右胸につけていたブローチが付いていない。

 「ああ、あの白い花の奴だね。無くしたのはあのブローチか」

 メルにとても似合う、淡いクリーム色の水仙か百合のような花の形をした、ブローチが目に浮かぶ。

 「あれって、そんなに大事なものだったんだ。もしかして・・・お父さんからのプレゼントかな?」

 メルのものにしては、少し高価そうだな、とは思っていたのだ。

 「違います! パパからもらったものだったら、そこまで大切にしないもん!」

 「そこまで言ったら、君のお父さんがかわいそうじゃないか。メルはお父さんのこと嫌いなのかい?」

 そんなはずないことは、見ていれはよくわかるけど。からかい半分に聞いてみる。

 「ううん、好きだよ。家にいるときはだらしなくて、ケンカばかりしてるけど、本当は優しいパパだし」

 「だとすると、なくなったお母さんの形見、かな?」

 「うん、そう。あれっ? メル、このこと以前話しましたか?」

 「いや、勘だよ。ところで、メルのお母さんってどんな方だったの?」幼い頃に亡くなったらしいから、聞かないほうがいいかとも思うが、ここまで聞いておいて急に知らん顔するのも、妙なものだ。出来るだけ、口調を整えて聞いてみる。

 「うん。メルがまだ小さいときに病気でなくなったの。顔もよく思い出せない。でも、ブローチをもらったときのことだけなぜか覚えているんです」

 「そっか、じゃ、大切にしなきゃね。僕も探すの手伝うよ」

 「あ、うん。・・・そうだね、さがさなくっちゃ」

 とはいえ・・・、女の子の部屋で僕が見ていい場所って・・・・。

 「あーっ、そこ開けないでタークさま!」

 「あーっ、そんなっ、とこにはないですっ!!」

 「だめだめ、そこは見ちゃダメです!」

 やっぱり・・・。

 と、なるとどこを探せばいいのやら。

 「あ、ははは・・・。もう大体の場所は探しましたから、多分、あとはタンスの裏ぐらいしかないと思うんです」

 「わかった、僕がタンスを持ち上げてみるから、メルは横から覗いてみて」

 「うん」

 メルの部屋にあるタンスが、どれも腰ぐらいの高さしかないもので良かった。でかい衣装ダンスとかじゃ、いくらなんでも持ち上げようがない。

 「・・・見つかった?」

 「あ、こんなところに転がり込んでたのね! 見つかりました! ありがとうタークさま」

 瞳を潤ませ、頬を上気させて喜んでいるメルの表情に、僕までがうれしくなる。

 「見つかってよかったね」

 「・・・うん! ありがとう!」

 もう懲りただろうとは思うけど、今一度、釘を刺しておいたほうがいいかな?

 同い年であるにもかかわらず、僕はつい老婆心と言われるものを発揮して思わず、説教を垂れていた。

 「もう無くしたりしないようにね」

 「はーい。気をつけます」

 素直にうなずくメルを見ていて、僕はなぜか必要もないのに、ふと頭に過ったことを口走ってしまっていた。

 「実は、デニスからのプレゼントかな? なんてことも考えたんだよ。そのブローチ」

 「ううん、それはないですよ」

 完全否定がメルの口から出る、今まで彼女の口からは出なかった、出るとも思わなかった低音でさばさばした声だ。

 「デニス様からのプレゼントだったら、引き出しに仕舞い込んで二度と出さないかも知れないもん。だって、デニス様って何でもポンポンくれるんですよ『今度新しく出たルクシズなんだ、僕が付けてあげるよ』って」

 ・・・プレゼントも、多すぎると感動が薄くなるらしい。やはり、プレゼントは記念日に、いいものを、がいいらしい。心に留めておこう。今後のために・・・。

 それはそうと。

 「ルクシズ?」

 「あれー、タークさま知らないんですか? ルクシズって言うのは、エメラルドアクセサリーのブランドなんですよ。値段もそんなに高くないし、どれもデザインがおしゃれなんですよ」

ふーん、ルクシズ、ね・・・。




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