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かくれんぼ

なにかのミスで昨日投稿されていなかったので今夜は二話連続投稿です。


 一台の馬車を数十騎の騎士が護衛し、どこかへ行こうとしていた。

 馬車にも騎士の鎧にも獅子が描かれている。それは、ローバント王国の紋章だった。

 ランスウェル王国とは数百年を超える友好国であり、多くの騎士、剣士を輩出し、剣のローバント、魔法のランスウェルと呼ばれ他国からの侵略を受けたことがない。

 何度かあった局地的な小競り合いにおける圧倒的な勝利が、他国からの侵略に対する極めて有効な抑止力となっていたからだ。

 そのせいだろうか、護衛をしているはずの騎士達に緊張の色はあまり見られない。

 緊張よりも高く昇った太陽の暑さのほうが勝っているのか、一様に手拭いで汗を拭っては恨めしそうに空をにらんでいる。

 ヒュッ!

 平和そうな光景が、その失敗した口笛のような音と共に一変した。

 まず馬がいななき、必死に手綱を繰る騎士達が次々に落馬していった。

 ただ落馬しているのではない、全員が喉を真一文字に切り裂かれて絶息している。

 「敵襲だ!」

 ようやく事態に気付いた騎士が仲間に叫んだ。

 「いかにも、敵襲だ」

 返ってきたのは仲間の声ではなかった。聞き覚えのない声だったし、仲間が背後にいるはずはなかった。

 驚いて、騎士は振り返った。腰の剣に手が伸びていたのは、厳しい訓練の賜物である。しかし、すでに後ろを取られていては、間に合うはずもない。振り返った途端、胸に幅広の大剣が突き立てられた。

 「オーブはいただいていくぞ」

 それは馬車に積まれているものの名だった。彼らの任務は、そのオーブをランスウェル王家に届けることであったのだ。

 だが、それはもはや不可能なことだった。

 ありえないことに、大剣が自分の胸を貫き、柄にいたるまで我身に食い込んでいるのが見える。

 致命傷だ。

 呻き声とともに、鮮血が口から溢れ出た。騎士は生暖かい液体に気道を塞がれ、そのまま闇に落ちていった。騎士として、任務を達成できなかったことを悔やみながら・・・。


 長老からの親書を携え、僕はランスウェルへの道を歩いている。それにしても、外界との接触を嫌う長老が、なぜ親書なんて物を?

 不可解なことではあるが、僕にとっては村の外を歩き回れる自由のほうがはるかに魅力的だ。親書を国王に渡せばいいことなのだ、それ以上のことは考える必要もない。

 僕の心はすでに自由な冒険のことで一杯で、辺りに気を配ることなどすっかり忘れていた。

 だから、普段なら敏感に聞き取ったであろう剣檄の音にも、かなり近づくまで気がつかなかった。そして、気がついたときにはもう手遅れだった。

 燃えるような赤い鎧に身を包み、同じ色の髪の男が剣を振り上げ振り下ろす。

 右の肩で痛みが爆発し、血飛沫が舞う。それが僕の見た最後の光景……。

 そして、風を切る音が最後に聞く音、僕は一瞬前までの期待と興奮から、一気に死の恐怖へと突き落され、意識を失いかけた。が、目の端を閃光が走り抜け、男の腕に矢が突き刺さるのが見え、僕は全身の力を目に集めて振り向いた。

 樹の上に弓を持ち、若草色の鎧を付けた少女がいる。褐色の肌に金髪、そこまで確認したところで僕の力は尽きた。急速に視界が狭くなり、意識が闇の中に沈んでいく。


 「ん・・・。うっ・・・・・・」

 肩の辺りに激痛が走る。

 どうやら、死ななかったんだな。と思い、目を開けると心配そうな面持ちの美少女がいた。陶器のように白い肌にすみれ色の髪と瞳、桜色の唇。

 これで白い光と羽根でも見えたら、天使が迎えに来たと思うところだ。

 「あっ、まだ起き上がるのは無理よ」

 鈴を転がしたような声が、心地よく耳をくすぐる。

僕はその声に逆らうことができず、再びベッドに身を委ねた。

 「君が、助けてくれたの?」

 年上の女性を君呼ばわりしていいものかとも思うが、まさか十四、五歳の娘を大人のように呼ぶこともできない。

 「私たちは見つけただけ、助けてくれたのはルシオン様っていう王宮魔導警備隊の導師様よ」

 たち?

 「あっ、自己紹介がまだだったわね。私はリスティン、でこっちが・・・」

 「クレアよ、よろしく」

 宝石のトパーズを思わせる色の髪、同色の瞳に眼鏡、ちょっとそばかすのある、リスティンと同い年らしい娘が冷静そうな、でも決して冷たくはない声で言う。

 「それから・・・」

 「メルです。傷は痛みますか?」

 黒髪に円らな瞳の、たぶん僕と同い年だろう娘が甘えるような声を投げかけてくれた。心配そうに見つめる目がいじらしい。

 「見た目ほどではないよ。斬られたのが右腕で良かった」

 チラッと包帯の巻かれた肩を見た上で、僕は言った。彼女たちを安心させるためだけではない、確固たる理由が僕にはある。

 腕全体に広がっていた例のあざが消えている。代わりに、傷の辺りが冷たく冷えて感覚があまりない。

 僕の一部となった蛟が、宿主である僕の身を守ろうとしているのだ。もしこれが左だったら、間違いなく切断することになっていたことだろう。

 「なにか、強力な力を得ているようですね」

 四人目の声が戸口から聞こえ、蜂蜜色の髪をした若い細面の青年が入ってきた。両目を閉じているのは盲目のためらしい、魔導師の杖にしては少し長めの杖を持っている。

 「ルシオンといいます。もう一度治癒の魔法をかけるべきかと思ったのですが、必要なさそうですね。傷口はすでに塞がっているようです、痛みはしばらく続くでしょうが・・・」

 見えないくせに、と思わないでもないが村の中にも魔法の集中力を養うため、あえて目を塞ぎ物が発するオーラを見る魔導師がいる。生まれつき盲目なのだとしたら、この魔導師の魔力は計り知れない力を持っていることだろう。

 「ルシオンさまぁ、王様に報告しなくていいの?」

 室内には四つの人影しかないと言うのに、五人目の声がした。女の子のようだが、なにか妙に甲高い。

 「この方の証言も聞きませんとね。なにか見てるかも知れませんし・・・・・・」

 ルシオンが微かに首を傾け、自分の肩に言い聞かせるようにして囁く。

 その肩に蝶がとまっていた。

いや、正確には蝶ではない。

蝶のような羽根を持つ妖精がいたのだ。

大陸の森の中に隠れ住んでいると言われる種族のはずなのに。

 「こんな子供がなにか知ってるはずないよ」

 「シール。言葉を慎みなさい。申し訳ありません、無作法で」

 この妖精、シールという名前らしい。

それにしても妖精の割に口が悪いな、この娘は。

 「いえ、実際、僕が見たものといえば赤い鎧と髪の大男だけですからね。大して役には立たないと思いますよ」

 「赤い・・・そうですか。やはり黒龍が・・・・・・」

 そう呟いたきり、ルシオンは黙り込み、周囲に鉛のような沈黙が広がった。

それを打破する、というわけでもないが、僕はふと心づいて枕元に立っていたリスティンを見た。

 「リスティン、悪いけど。僕の剣をとってくれないか」

 こんな身体で何を? というような顔を見せたリスティンだったが、僕の求めに応じて剣をとってくれた。

 鞘に入れたまま、柄を右に回してもらう。

刀身から柄が外れ、中から紙包みが表れる。

 長老の親書だ。

万一の用心に隠しておいたのだが、まさかこんなことになろうとは。

 「ルシオン殿」

 声と口調を改め、僕は宮廷魔導師を呼んだ。

 「これは我が村、パンディオンの長老からランスウェルの国王陛下に当てられた親書です。本来ならば、私自ら手渡さねばならぬところではありますが、この有り様。代わりにお渡しいただきたい」

 パンディオン、その名が出たときの魔導師の表情の変化は見物だった。

 一瞬にして穏やかな微笑みを浮かべていたルシオンの顔が真剣な表情に変わり、いかなる動きをも止めて、僕を見つめる。

見つめるといっても肉眼ではなく、魔力や精神力の目によるものだったが。

 「あなたはパンディオンの方だったのですか?」

 「ターク・クラプトといいます。国王陛下にはよしなにお伝えいただきたい。しばらくは領内におりますので、この件でなにか見聞きする機会もありましょうから」

 「・・・・・・願ってもないこと、城のほうには話しておきます。いつでも、おいでください。騎士として歓迎いたします」

 そういってルシオンは自分のローブに付いていた階級証を剥ぎ取り、渡してくれた。通行証の代わりに使えということらしい。

 「傷が癒えましたら、国王陛下へのお詫びもかね、伺わせていただきます」

 そこまで言うのがやっとだった、いい終えた途端目の前が暗くなり、僕は目を閉じた。


 あれから数日、僕はリスティンやメルの手厚い看護によって傷を癒すことができた。普通に歩き回る分には苦痛を感じないほどに回復している。

 今日は朝の早いうちから、リスティンとクレアが様子を見に来てくれた。

 「おはようございます、もう具合は大分いいようですね」

 日に日に元気を取り戻す僕を見、安心したようで、リスティンが声をかけ、

 「ターク・・・君。で、いいわよね。年もそんなに違わないようだし、怪我のほうはどう?」

 クレアは一応、僕自身の口から体調を聞きたいようで、そう問いかけてきた。

 もちろん、僕はもう大丈夫、と言っておいたが、実を言うとまだ無理の利く体じゃない。

 もうしばらく、ここで休養をとったほうがいいかも知れない。心のほうは早く自由に旅したくてうずうずしているのだが・・・。

 ここはランスウェルでも一番大きなマイフォレストという村で、メルのお父さんが村長をしている。

 リスティンとクレアもここに住んでいると言うがリスティンは両親を早く亡くして一人暮し、クレアは母親と一緒に住んでいるが、世界中飛び回っている考古学者の父親の影響で、各地の遺跡巡りをしていて、ほとんど家にはいないらしい。

 花の栽培が盛んで、村の外れのフラワーガーデンからは王国内の都市や街に美しい花々が届けられる。

 その花の配達を、リスティンは仕事にしていてあまり村にはいないようだ。

だから、必然的に僕の看護はほとんどメルがしてくれて、三人の中では一番親しい間柄になっている。年が近いせいもあるだろうけど。

 今日はリハビリもかねて広場に来ないかと誘われている。

僕としても、せっかくの自由な時間を宿屋の天井を見て過ごしたくはない。まだ少しだるさの残る身体を引き摺り、外に出た。

 広場はこの村の中を流れる川の中州にあって、右側にフラワーガーデン、左側に村という形になっている。

 昼を過ぎ、傾き始めた太陽が、長い影を作っている中、自分の影を左前に見ながら歩く。 広場に行くと、メルが白い鎧と紫のマントに身を包んだ男と親しげに話しているのが目に入る。

 鎧の機能的かつ美しいデザインに似合わぬ釣り目、長い髪で顔の左半分を隠している感じが、同姓の僕にはキザで嫌味な野郎、という印象を与える。

 印象だけで人を判断する愚かさとは無縁なつもりの僕だが、今回だけはあたっている気がする。

 もっとも、あの白い鎧はランスウェルの聖騎士隊だけが着るものだし、それなりの腕と信用がなければ聖騎士の叙勲は行なわれないものだから、見た目ほどひどくはないのかも知れない。

 なんにせよ、僕が用のあるのはメルちゃんで、この男ではない。

 「・・・・・・でね、そこを僕がやっつけたってわけさ」

 聖騎士という肩書きの似合わない雰囲気の男が、なにやら得々としゃべっている。

 「でもでも、デニスさまったらメルのことを後回しにして、他の女の人を先に助けてたじゃないですかっ!」

 デニス? あぁ、そういえばリスティンが話していたっけ、聖騎士の叙勲を得た男が村の警備隊の隊長として時々巡視に来るって。

 「いや、それは違う。メルを一番先に助けたけど、君は気絶してわからなかったけさ」

 「うそ! うそです! デニスさまも、メルなんかよりもっと大人の女の人が好みなんでしょ?」

 「いや、だから僕はメルみたいな娘がいいって言ってるじゃないか」

 やっぱり、聖騎士とは思えない。こんな年端のいかない少女にこんなセリフを吐くなんて。

 「あ! タークさま!」

 「やぁ、メル。お邪魔だったかな?」

 何となく話しかけるタイミングをつかみかね、立ち尽くしている僕に気がつきメルの円らな瞳が僕を見た。ルシオンが僕を騎士として歓迎すると言ったのを聞いて以来、メルは僕を様づけで呼ぶ。

 「ううん、そんなことないです。タークさまも一緒にお話しましょうよ」

 隣のデニスという聖騎士は露骨に邪魔そうな顔をしたが、メルは気づいていないのか無視しているのか僕の左手を取り、引き寄せた。

 「デニスさまったら強いんですよ。五人がかりの盗賊団を一人でやっつけちゃったんですよ」

 「まぁね」

 聖騎士としてはごく当然だと思うのだが、この男は自慢げに胸を反らしている。功を他人に誇るなんて、やっぱり・・・・・・。

 「それはすごいな」

 聖騎士らしくない、とは思ったが五人の盗賊を一人でやっつけた腕は賞賛してもいいだろう。

 「・・・・・・」

 だが、デニスは男に誉められてもうれしくはないらしい。それは僕もそうなのだが、こいつのは少し違うようだ。徹底して男を嫌うタイプなのだろう。

 「前から、お聞きしたいことがあったんです。デニスさまとタークさまはどちらが強いんですか?」

 突然の質問、だが、これは考えるまでもない。

 「そ、それは・・・・・・。比べるのが失礼ってものだよ。デニス殿はすでに騎士の叙勲を得ているんだし、僕は修業中の身だからね」

 「えーーーっ! そうなんですかぁ?」

 「ま、そうだろうな。僕にかなう奴なんかそうはいないさ」

 こいつは・・・。

 「でもでも・・・タークさまも強そうなんだけどなあ」

 「こんな道端に倒れていたような奴が、僕より強いはずはないさ」

 僕みたいな子供と本気で張り合う気なのか? 嫌悪感が胸に迫って吐き気がしてきた。

 「でもタークさまもお強いですよ。私から見たらデニスさまもタークさまもすごいです」

 「はは・・・ありがとう」

 デニスにとっては屈辱以外のなにものでもないだろうが、僕は素直に礼を言った。デニスは自業自得だ、張り合おうなんてするから、対等に見られるのだ。初めから大人の態度をしていれば、僕とは比べるべくもない強い騎士様でいられたものを。

 「・・・・・・」

 憮然として声もでないデニスと、そのデニスにまだなにか言い足りずにいるらしいメルを後に残し、僕はリスティンが誇らしげに話していたフラワーガーデンへ行ってみることにした。

 フラワーガーデンは村の中央を流れる川の反対側にある。反対側の村と同じぐらいの広さの所に見渡す限りの花が咲いていた。赤、白、黄、青、紫、色を数えるだけでも一苦労なほどの種類の花が咲き誇っている。

 リスティンはいなかったが、ここの管理者だと言う小父さんが聞きもしないのにリスティンの普段の行動を教えてくれた。

 この国では、もちろん僕の村もそうだが月の女神でもあるアルテミスの神話に基づき一カ月を二十日、四週に分け一週間は五日、その五日は紫、緑、黄、赤、白と色で分けられるアルテナ歴を採用している。

 リスティンは紫の日の朝にここフラワーガーデンで花を選び、ランスウェルの城下町にある『いざない』亭に泊まり、次の日の午前に王立病院、午後はフェイル橋上都市のデニス邸、そのままフェイルの『やどりぎ』亭に泊まり、交易所に花を届ける。

 赤の日にエメラルドリゾートの療養所に寄って、家に帰ってくる。白の日は一日家にいることが多い。

 むろん、これは基本的には、ということで毎日毎日花の配達があるわけではないから、必ずしもこの通りの行動とは言えないそうだ。

 詳しく知りたければ、仲良しのクレアちゃんに聞くといい。と言って、小父さんはクレアの家とリスティンの家を教えてくれた。

 クレアの家は広場から橋を渡って村に入った最初の家、リスティンの家はその隣で、メルの家はというとクレアの家の横を北にまっすぐ行ったところにあるということだった。

 僕は早速、クレアの家に行ってみることにした。

 途中、ハーフエルフらしい耳の尖った男と行き合い、この村の果実酒づくりの技術はすばらしいという話を聞いたりしていたものだから、着いたときには日はほとんど落ち、暗くなりかけていた。

 家々からは夕げのおいしそうな匂いが漂い、他人の家にお邪魔するには気が引ける時間になっていることを告げていたが、せっかく来たのだから、と僕はノッカーを叩いた。

 「あら、ターク君じゃない。どうしたの?」

 「こんばんは、タークさん」

 扉を開けたクレア、その肩越しにリスティンも見える。なぜかクレアはいつもの服でリスティンがエプロンを着けている。

 「やぁ、リスティン。二人揃って、どうしたんだい?」

 「一緒に食事する約束してたのよ。ね、リスティン」

 「クレア、タークさんも来たことだし、三人でお食事ってのは、どう?」

 ノーカーを叩くとき、脳裏にちょっとだけ浮かんだ期待、それが現実になりそうな雰囲気に鼓動が激しさを増す。

 「そうね、私は別に構わないけど」

 「今日はクレアのお母さんが居ないの。それで二人で食事しましょうって言ってたんだけど、人数が多いほうが楽しいから」

 クレアと母親との食事に呼ばれる可能性を考えてはいても、まさか母親が居なくてリスティンが居るなんて、都合の良過ぎる展開があろうとは。

 「別に、お腹が空いてないなら断ってくれて構わないのよ。もっとも、そうなったら必ず後悔するけどね、リスティンの料理はすっごく美味しいんだから」

 「クレアったら・・・でも、本当に遠慮しないでね」

 断ってくれても構わない、この言葉には幾つか違った意味のニュアンスがあるものだが、少なくとも僕を拒絶するような感じはない。

 「それが・・・、久々に動き回ったものだからお腹が空いてね、ご馳走になってもいいかな?」

 僕は丁寧に、実はずうずうしく、食卓に付いた。

 「リスティン、一人暮しは色々と大変だろう?」

 なにか話さなきゃ場が持たない、そう思った僕はとりあえず二人のことで知りえている事象の中から、一番無難なのを選んで話題に上らせる。

 花や遺跡のことでもいいのだが、それではどちらか一方としか盛り上がれない。二人が共通に話せることというとこのぐらいしか思いつかなかった。

 「ううん、そんなに不便は感じないわよ。私、昔からお料理得意だったし、クレアのお母さんにもよく食事に呼んでもらえるから」

 「そうそう、最近はうちの母より、リスティンの方が料理が上手いかなって思うときもあるし」

 母より、リスティンの方が・・・クレア自身は料理、苦手なのかも知れないな。

 「そ、そんなことないでしょ。ほ、ほら、タークさん食べてくださいよ。せっかく作ったんだから」

 「ああ、そうだ。じゃ、さっそくいただくよ」

 「おいしいでしょ? それ私がつくったのよ」

 「嘘ばっかり、それクレアのお母さんが作ったんじゃない。クレアは温めただけでしょ」 「えへへへ」

 「そ。味もいい上に、レパートリーも広いわ。テーブルに何度も同じ料理が顔を出すってことないもの。本当、これだけは我が親ながら尊敬するわ」

 「私も小さい頃から、クレアのお母さんにお世話になっているから、今度お礼をしなくちゃいけないわね」

 なかなかに手の込んだ料理たちに混じって、どう見てもゆでて殻を剥いただけのゆで卵がある。

 食べてみると、やっぱりただのゆで卵だ。 「それ、どう?」

 「ん? 『どう?』って・・・、普通のゆで卵だけど」

 「普通の、じゃなくて、何か感じない? ほら、知性がにじみ出ているとか、湯で加減に対する細かい配慮とか」

 そんなこと言われても・・・。

 「ん? そうか、このゆで卵、クレアが作ったのか」

 作った、というほどの料理ではない気もするが・・・。

 「クレアも、もっと色々な料理に挑戦するべきよ」

 「失礼ね、ちゃんとレパートリーは取り揃えてあるわよ。目玉焼きでしょ、炒り玉子でしょ、ココットでしょ。それと、じゃが芋のオムレツ・・・」

 ポンポンと料理の名前が出てくる。出てくるが・・・。

 「・・・卵料理から離れる気ない?」

 だよな、全部卵料理だ。

 「いいの。私は別に、料理技術の向上は望んでないもん」

 多少、強がりっぽい響きを感じさせる声だが、満更嘘でもなさそうだ。

 「クレアったら、その卵を転がして遊んでたのよ。食事の支度を手伝うって言ったのはクレアの方なのに」

 「あれはだから・・・。球面における摩擦係数と接地面に対する関係をね」

 「そんな研究は台所以外のとこでやんなさい」

 「・・・リスティンとクレアって仲がいいんだね」

 他に言いようもなかったので、そう言い。僕は一番大きな皿に乗っていて目に付いた肉団子にフォークを突き刺し、口に運んだ。

 パクッ

 「・・・それ、どうですか?」

 「うん、おいしいよ」

 肉ではなく、川魚のミートボールで、口に入れた瞬間、思っていたより淡白な味に驚いたが、決して味がないわけではない。淡泊な団子とこってりしたソースの絶妙な取り合わせが味蕾に心地よい感動を与えてくれた。

 「良かった。それ私が作ったんですよ」

 「いいお嫁さんになるタイプの典型よね、リスティンは。掃除、洗濯、料理、裁縫。なんでもこいだもん。おかげで言い寄ってくる男も多い多い」

 最初の一言は羨ましそうに、最後のほうはからかうような口調で、クレアが言う。我が道を行くタイプのクレアだけど、女の子な生き方にも憧れはあるのだろう。

 「そ、そんなことないわよ」

 「ロッドにアルフでしょ、ウェインも確実にそう。エディとトマスもあやしいかしら。心当たりだけでこれだけいるもんね。いまいち点の足りないのばっかだけど」

 早口に男たちの名を上げるクレア、その声に単純色ではない響きを感じるのは、僕の気の回しすぎだろうか。

 恋愛問題に首を突っ込むのは、僕には早すぎる。深く考えるのはやめておいたほうがいいだろう。

 「リスティンってもてるんだ」

 わざと軽く、気楽に言ってみる。

 「ち、違います! そんなんじゃありませんってば」

 「もてる女はつらいやね」

 僕の軽い口調に、少し重くなりかけていた空気が再び軽くなった。クレアもさらりと冗談にして笑っている。

 食事も粗方終わったし、ここらへんでおいとまするのがいいだろう。僕はタイミングを計って席を立った。

 「それじゃ、どうもごちそうさま」

 「うん。ターク君、また今度ね」

 戸口まで送ってくれたクレアの声を聞きながら、僕は明日からどう過ごそうかと考え始めていた。

 考え始めたのだが、考えるより先にするべきことを思い出して僕はランスウェル城へ向かった。身体のほうはほとんど全快に近いし、国王陛下に謁見しても失礼になるような失態は演じずにすむだろう。

 城門に行くと、子供が来たことに訝しげな顔をしながらも門兵はなにも言わずに通してくれた。すぐに二つ目の門も見えてくる。外敵に供え二重になっているのだ。が、そこもノーチェックで通される。

 城に来るまで聞いた噂、ランスウェル王は寛大で一般人の謁見も許しているというのが本当だと分かる。

 こんな簡単に人を城に入れてもいいものかとは思うが、この門の固さが国と民の垣根になることを思えば善政をしいていると言える。

 ランスウェル王は寛大で懐広く、善政をしいた国王として記録に残ることだろう、平時のまま終われば。

 城のなかはそれほど広くもない。

 内門と外門の間に兵たちの詰め所があり、内門の内側には広間、機能としては通路なのかも知れないがそのぐらい広い、があって左は端には教会、右端に厨房、その横に二階へ上る階段。真中に謁見の間へ続く扉があり、内門とその扉の間、両脇に兵士が三人ずつ六人立っていた。

 僕は迷わず謁見の間へと立ち入り、王の御前で立ち止まる。これが普通の騎士や市民であれば膝を付いて拝跪するのだろうが、パンディオンの出身者は権力に対して屈する膝を持っていないのだ。

 「そなたがターク殿か、話はルシオンより聞いておる。こたびのことは災難であったな」

 思慮深い落ち着いた声が謁見の間の隅々まで伝わっていく。

 「無力非才の身にて、賊を打ち漏らしたこと、また長老よりの親書を宮廷魔導師たるルシオン殿とはいえ、他の者を介してお届けせしこと、お詫びの申しようもございません」

 一晩掛かりで考えた言葉をなんとかとちらずに吐き出し、僕は深く頭を垂れた。

 後者はともかく、前者は詫びる理由などないのだがパンディオンの名を肩に乗せている身としては、言及しないわけにもいかなかった。

 「気に病むことはない。お主の命が助かっただけで重畳というもの。あの賊は黒竜と呼ばれる、我国とは所縁の多い男でな。なんにせよ、これは我国で雪がねばならぬ恥辱。ターク殿には気遣い無用のこと、ゆるりと我が領内を旅されるが良かろう」

 思っていた通りの展開に内心躍り上がりながらも、僕は平静を装い。城内にあると言われる書庫へ出入りする許可を求めた。

 この城の歴史は割と古く、各種の魔導書の類が多く収蔵されていると聞く、きっと面白い本が山ほど眠っていることだろう。

 国王は鷹揚にうなずき、許可してくれた。

 「書庫の管理はルシオンの管轄となっておる。用があるならあの者に申すがよい。また、黒竜に付いて何か情報を得たときには、このものたちを頼るがよい」

 そういい、国王は側近の二人を紹介してくれた。

 一人はラングリッサー伯、金属性の仮面を付けているが、その眼光はただものではない。

 おそらく、戦傷を受けた顔を隠すための仮面なのだろう。歴戦の勇者、まさにそんな感じの迫力がある。

 「ラングリッサーだ。普段は仮面の騎士で通っている。今後、よしなにな」

落ち着いた物静かな声、だがやはり、そこには戦場を駆け抜けたもの特有の響きが感じられた。村の元老たちと同種のものだ。

 そして、もう一人。

 聖騎士隊長ウェンヘイム。

 一見して、騎士とわかる重厚さ。あの聖騎士の鎧が、まるで体の一部でもあるかのようによく似合っている。

 デニスとはえらい違いだ。

 「我らの力不足のために迷惑をかけた。黒竜はいずれ我ら聖騎士隊が必ず討ち取る。情報を得ることがあれば、ぜひとも教えていただきたい。城に来ることができぬようなら、部下のデニスに伝えてもらってもかまわぬ。あの男はマイフォレストの村に出入りすることが多い、会う機会も多いであろう。すでに会ったという話も聞いておるしな」

 話しぶりも、デニスの上司とは思えないほど見事なものだ。

 なぜ、この人がデニスなんかを部下にしているのだろう?

 「私などでお役に立つものであれば喜んで協力させていただきます」無難に言葉を返したところで謁見は終わった。国王も何かと忙しいらしい、謁見の間を出ると僕は早速階段を上り二階へと行く。

 二階に着くと手前に扉が二つあり、階段、そしてまた扉がある。

 手前の二つは兵士と騎士の控室みたいなものだった。階段は三階、王族の私室があるとのことで兵士が立っている。一番奥が書庫になっていた。

 中に入ると、ルシオンが執務していてシールがなにやら忙しく飛び回っている。目が見えないルシオンに書類を読んでやったり、サインを書き入れる場所を指示したりしているようだ。

 「これは、ターク殿。お体のほうはだいぶ良いようですね」

 おかげさまで、と型通りに礼を言った僕の心はすでに目の前の本たちに向けられていた。間違いなく国宝級の本も数冊目に入っている。

 「ルシオン様は執務中なの! 邪魔しないでよ!! 上に行って空中庭園でも見てたらいいでしょ!!」

 「シール! 申し訳ありません・・・ですが、シールの言う空中庭園はここランスウェル城の自慢でもあります。一度ご覧になられるといいですよ」

 そうさせてもらいます。シールの剣幕にいささか押されてしまった僕は、とりあえず書庫を出て言われた通りに三階に上がった。

 階段を昇ると左は壁で、通路は右に伸びている。それを突っ切った突き当たりの右側に、その空中庭園はあるという。

 だが、空中庭園とやらに出る前に、そのちょうど向かい側にある扉の前に立っていたメイドが目を釣り上げて僕を睨み付けてきた。

 「ここは王女アルティナ様のお部屋。姫はお勉強中です。どうかお引き取り・・・・・・」

 バキッ!

 すさまじい音とともに扉が開き・・・・・・逆か、扉が勢い良く開けられ、すさまじい音とともにそのメイドは床に倒れた。

 「だっ、大丈夫!!」

 部屋から出てきた女の子が、慌てて声をかけている。

 この部屋から出てきたということは、もしかしてこの娘が・・・・・・。

 「あ! アルティナ姫!」

 やはり姫だった。シールが蝶の羽根で可能な以上のスピードで飛んできて、姫の目の高さの空中で止まった。

 「!」

 「アルティナ姫。どちらへ行かれるのですか? 今は礼法の時間のはずでは?」

 シールに少し遅れてルシオンもやってきて姫の前に立つ。

 「い、いえ。ちょっと気分転換にチェスのお相手をしてくださるかたでも探そうかと。ところで、こちらの方は?」

 自分から話を逸らさせようという態度が見え見えの仕種で僕を指して、姫が尋ねている。自分から名乗るわけにもいかないので、僕は立ち尽くしたままルシオンを見やった。

 「パンディオンからいらしたターク殿です。ターク殿、こちらはアルティナ姫。ランスウェル国のお世継にあらせられます」

 「アルティナです。ようこそおいでくださいました。勇者ターク」

 ルシオンの紹介を得て、姫が優雅にスカートの裾を摘み、軽く会釈する。

それにしても、パンディオンと聞くと誰も彼もが僕を騎士だの勇者だのというのはどうにかならないものだろうか。

 面はゆいったらない。

 「お会いでき光栄に存じますアルティナ姫」

 だけど、それあるからこそこうして王族の私室にまで入ることが許されるのだから、彼らの過度の評価を崩す必要もないだろう。僕は出来るだけ慇懃に、それでいながら不快を誘わない程度に挨拶を返した。

 「アルティナ姫、お部屋にお戻りください。次は魔法の授業のはず。よろしいですね」

 「・・・・・・はい」

 一瞬不服そうな表情になりながらも、姫は溜め息を一つ吐いて踵を返した。

 「あなた、さっきは痛かったでしょう? ごめんなさいね」

 さっき扉で思いっきり張り倒したメイドに言葉をかけ、姫は部屋の中に姿を消した。

 「あーあ。アルティナ姫ってば、どうせまた隙をついて・・・・・・」

 「シール!」

 呆れたようにブツブツ言い始めたシールをルシオンの声が制した。怒声というほどのものではないが、普段温厚なだけに、ちょっと声のトーンが上がっただけで迫力を感じる。

 「むー・・・・・・」

 不服どころか、不満一杯の顔で膨れてみせるシール。

 「? いったい何事です?」

 「いえ。なんでもありません。失礼します。行くよシール」

 僕の問いをやんわりと拒絶し、ルシオンは執務に戻っていった。

 「じゃあねー、ターク!」

 気が抜けるほどの明るいシールの声に、僕は完全に書庫への執着を無くしてしまい。城を出ることにした。城下町にでも行って、面白いことでも探すとしよう。


 面白いことを探す、といっても町中で見ず知らずの人に手当り次第に話を聞く・・・なんてことはできない。結局行き着く場所はギルドになる。

 情報を集めるというだけでなく、二~三日分の宿泊費ぐらいしか持合せのない身としては、ギルドで仕事を探し稼がなくては旅どころではなくなってしまう。

 ランスウェルの城下町には冒険者ギルドと労働者ギルドの二つが隣り合わせにあった。とりあえず冒険者ギルドに行ってみる。

 と、ちょうど依頼が入ったところで掲示板に依頼届けが張り出されていた。

 『行方不明になった子供たちの捜索。ランスウェルの町の南東に、ラドン草原がある。先日、草原で遊んでいた近隣の村の子供四人が行方不明になった。

 近くを通りかかった旅人が、カーネスの森に入る子供を目撃し手いることから、おそらく森の中で迷っているものと思われる。

 そこで、この子供たちを捜しだし、保護してほしい。

 報酬:500g0ld』

 森の中で迷っている子供を捜すだけなら僕にでもできる。僕は依頼届けを剥ぎ取り、ギルドに登録した。

最初ギルドの受付は僕を見てうさんくさそうな顔をしたが出身地の欄にパンディオンの名を入れた途端、納得したようにうなずき手続きを済ませてくれた。

 こういうときにはパンディオンの名は実に都合がいい。

 僕は早速カーネスの森へと向かった。

 カーネスの森はそれほど深くもなく、捜すのに面倒はあまりなさそうだった。地道に歩き回れば割と簡単に見つかりそうな感じだ。


 「うわ~んおに~ちゃん。恐かったよ~」

 と、思ってるそばから子供の一人が泣きながら木陰から出てきた。

 五、六歳の男の子だ。

 「もう大丈夫だよ。他のみんなはどこへいったんだい?」

 知っていたら、一人でいるはずがないな。と思いつつも万が一ということもある。

 一応、聞いてみた。

 「ぐすん・・・・・・ぐすん・・・・・・。他のみんなは、僕を置き去りにして、どこかに行っちゃったよ~」

 そうだろうな・・・・・・。

 予想通りの答えなので、落胆はしなかった。とにもかくにも一人見つかったのだ。他の子も近くにいるだろう。

 「そうか。よし、僕がこの辺りを捜してみるから、君はここで待っていてくれ」

 せっかく見つけたのに、動き回られたのではたまったものではない、きつく言い聞かせ、僕は他の子の捜索に向かう。

 「おに~ちゃん。早くみんなを見つけてきてね」

 安心した、というよりなにか解放されたっていう感じの表情をした子供の陽気な声を背に、さらに奥へと進む。

 木立ちを抜け、野原に出ようというところで、木の幹の影に隠れ、野原のほうをチラチラと盗み見ている女の子を見つけた。

 ゆっくりと近づき、肩に手を乗せる。

 「あ・・・・・・」

 見ず知らずの僕に、肩を捕まれて不審そうな目を向けてきた。

 「僕は、君たちを捜しにきたんだ」

 「ふ~ん。そっ・・・・・・」

 迷子とは思えない、そっけない態度。心細すぎて感情が麻痺してでもいるのだろうか。

 「他のみんながどこにいるか知ってるかい?」

 「知らないわ」

 最初の子と同じ応え、この子たちはバラバラに行動していたのだろうか。普通、みんなで森に入ったなら、全員一緒か二手に分かれているか、ぐらいのもののはずだが・・・・・・。

 「とにかく、ここでじっとしていてくれ」

 「わかったわ」

 あまりにも熱の入らない返事に、一抹の不安を感じつつも、僕は残る二人の捜索を開始した。

 野原を突っ切り、再び森の木々に視界を遮られそうになったとき、前方に木の標識を見つけた。

 表に、真新しい傷があって、よく見るとなにやら文字が刻みつけられている。

 『西・・・・・・カーネスの西の森

  東・・・・・・カーネスの東の森

  日数 ***

  時  ***********』


 「う~ん。私が、ここの標識の裏に隠れて、早、三の日と十一の時が経とうとしているのか・・・・・・ここの標識に時を刻むことも空しくなったな。私の分析では、ここに隠れていれば32767分の1の確率で見つけることができると思っていたのだが。あまりにも確率が低いために、誰も見つけることができなかった。と、言うわけだな。空しい勝利か」

 標識を覗き込んでいた僕の耳に、妙に理屈っぽい淡々とした呟きが入ってきた。

 裏側に回り込むと、標識にもたれて座り込み、ブツブツと呟いている男の子がいた。

 「・・・・・・」

「ん、誰かね? 君は」

 声をかけにくい雰囲気があって、しばし見下ろしていた僕にようやく気がつき、その男の子は付いてもいない砂ほこりを払いながら立ち上がり、僕と相対した。

 「僕は、迷子になった君たちを捜しに来たんだ」

 「そうか、今度は君の番なんだな」

 番? 他にも捜しに来る奴でもいるのか?

 「残りのみんなは見つけたのかね?」

 「いや。他の二人は見つけたが・・・。もう一人がどこにいるのか、知っているのかい?」

 大人でもしないような表現、口調の言葉をこんな年下の奴に使われると、どうにも調子が狂う。

 「おいおい。冗談はよしてくれよ。仲間の居場所を教えることは、鬼に魂を売ることに等しいな」

 やはり、なにかがおかしい。

 初めの子はともかく二人目の女の子やこいつには迷子としての自覚があるように見えない。

 「・・・・・・とにかく、ここでじっとしていてくれ、他の所を捜してくるから」

 「私は、子供ではないのだから、じっとしているよ」

 「・・・・・・」

 どこか、腑に落ちないものを感じつつ、僕は最後の一人を捜すべく森の中を歩き回った。

 しかし・・・・・・。

 どこにもいない。どこかでじっとしていてくれているならとっくに見つかっているはずなのだが、向こうも動き回っているのだろうか?

 そう考えたところであることに気がついた。

 もしかして・・・・・・もしそうなら、普通に捜し回ったところで見つかりっこない。

 まさか、と思いながらも僕は捜し方を変えてみた。気づかれないようにそっと、木の陰や草の茂み、頭上の木の枝を覗き見る。

 ガサゴソ・・・・・・ガサゴソ・・・・・・

 ちょっとした高台に枝ぶりのいい巨木を見つけ、木の下から仰ぎ見ると枝の上で何かの影が動いた。

 「!! 誰かいるのか?」

 「ちっ!! 見つかってしまった。だけど、俺を捕まえない限り、鬼はずっとおまえだ!! 捕まえられるものなら、捕まえてみろ!!」

 影はやはり子供だった。僕の見ている前でスルスルと木をおり、逃げ出す。

 まさかが事実だったことに少なからぬ衝撃を感じながら、僕は反射的に追いかけていた。

 ほどなく、野バラの蔓に行く手を塞がれたその子供を捕まえる。

 「ちぇっ! つかまっちまったかぁ」

 悔しそうに呟くのを無視して、僕は捕まえた手を離さずに他の子供たちを迎えに行くことにした。

 他の子供たちは見つけたときの場所でおとなしく待っていた。全員と合流し森の入り口まで行く。

 「わ~い。おに~ちゃん、ありがとう。みんなを見つけてきてくれて」

 最初にであった子供がうれしそうに礼を言ってきたが、僕はそれに応える気を失っていた。

 「よ~し、次の鬼は誰の番?」

 「君たち・・・・・・もしかして、このカーネスの森でかくれんぼして遊んでいたのか?」

 十中十までがそうとしか思えないのだが、一応聞いてみる。

 「そう! 町の中だともう隠れ尽くしちゃってて、どこに隠れてもすぐ見つかっちゃうんだ」

 「でもね、この森は逆に広すぎちゃって、いつまで経っても見つけることができなかったの」

 当たり前だ! 喉元まで迫り上がった怒声を必死に押さえ、僕は冷静にたしなめなくてはならなかった。

 「かくれんぼなら町の中でやればいいだろう? ここは魔物が徘徊していて危ないんだ」

 「ランスウェル動物愛護協会の調査では、ここに生息する灰色狼と遭遇する確率は32767分の1であって・・・・・・」

 いったい、その32767分の1ってのはどんな計算で導きだしたと言うんだ? 聞いてみようかと意地の悪い考えも浮かんだが、聞いたところで空しいだけだ。

 「・・・・・・とにかく、君たちのお父さんやお母さんが心配しているから、早く、町に戻るんだ。いいね?」

 「おに~ちゃん。みんなを見つけてくれてありがとう。これで町に戻って鬼を初めから決めることができるよ」

 「じゃ・・・・・・」

 「君とは32767分の1の確率で出会うことになると思うが・・・・・・。その時には、私に声をかけないでくれたまえ」

 「ちぇっ。仕方がない。町に戻ってやるか」

 口々に礼やらなにやらを言い、子供たちは町に帰っていった。

 「・・・・・・」

 とても疲れた。

・・・・・・なんにしても、みんな無事で良かった。

・・・・・・そうでも思わないと、空しすぎる。


 城下町に戻った僕はギルドに行き、報酬をもらった。500G、かくれんぼをしている子供を迎えに行く代金と考えれば、ずいぶん破格の値だったことに気づく。

 その分達成感や喜びは酷薄になってしまったが。


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