第五章
霊峰カダルの中腹に、洞窟がある。
未だ調査のされていない場所で、中に入って戻ったものはいない。
先日も一人の冒険者が中に入り、まだ戻っていない。内部の調査とともに、この冒険者の救出を頼みたい。
ギルドに、シィズの花はすでに採られていたと報告に行った僕にもたらされた次の仕事だ。
霊峰カダルの黒岩洞。
中に入った途端、一筋縄ではいかないことがよくわかった。ペリュトンとドラゴンが連れだって出迎えてくれたのだ。
もっとも、そのどちらもが亜種だったから、純血種と比べればたいした力は持ってない。
「!!」
「ひっ、ひぃ!! 助けてくれーーーーーー!! 助けてくれ!!」
奥へとしばらく歩く、と、岩陰から傷だらけの男が這い出てきた。これが、救出依頼のあった冒険者なのだろう。
「ここは僕に任せて、早く逃げるんだ!!」
「すっ、すまない!!」
ガァーーーーーー!
「!!」
亜種とはいえ、こうも数が多いとさすがにつらい。
さすがの伝説の剣ですら、血と脂で切れ味が落ちてくる。
ここは、一度引き上げたほうがいいかも知れない。思ったより強力な魔物ばかりだし、剣の手入れもする必要がある。
「ギャーーーー!」
「・・・まだ逃げていなかったのか!!」
引き返そうと踵を返した僕の目の前に、さっきの男が転がるようにして出てきた。
「あっ、あんたか!! そんなことより、あのバケモノ。どうにかしてくれよ!!」
これだけ魔物ばかりのところで、いまさらバケモノもないだろうに。
そう思いながら視線を移した僕は精神的に一瞬凍りついた。そこには、確かにバケモノがいた。
「!!」
ドラゴンの首、オーガーの腕、その他諸々得体の知れないものが一塊になってうごめいている。
生理的嫌悪感を感じ、後退りかけるが、なんとか踏み止まる。
仕方がない・・・!!
僕は剣を構え直し、斬りかかった。
「ふぅ・・・大丈夫か!!」
「あぁ、助かったよ!!」
足下には、切り裂かれバラバラになった魔物たちの体のパーツが散乱している。
その中に白骨化した人間の体もあった。ぼろぼろのローブに、魔法の杖・・・。
おそらく、魔導師の成れの果てなのだろう。推測の域を出ないが、たぶんここは彼の魔法研究所だったのだ。
研究していたものは魔導師にとっての最大の禁忌『命』、キメラを研究していたのだ。そして、失敗し魔物に取り込まれていたのだろう。
・・・哀れなものだ。
「歩けるか?」
「あぁ、どうにか歩けそうだ」
「それなら、長居は無用、さっさと洞窟から出るとしよう」
「ああ、同感だ!」
この洞窟は、名も知れぬ魔導師と、その研究のために殺された魔物たちの墓となるのだ。
十の月十四の日。
ミュウとの約束があるクッキーデー。約束通りにミュウの家を訪ねた。
午後三時、ちょうどティー・タイムだ。
ミュウの家は、病院のある通りを西へまっすぐ行った魔法学園の隣にある。こじんまりとした、可愛らしく小綺麗な外観の家だ。
「あ、タークさん。ようこそ」
呼び鈴を慣らすと、くしゃみをする小犬をデザインしたエプロンをつけたまま、ミュウが出迎えてくれた。
「こんにちは、ミュウ。約束通り、クッキーを戴きに来たよ」
「ふふ。楽しみにしていてください」
ミュウに案内され、リビングへ。
「ナッツにココア・・・これは干し葡萄か。これにはクリームをはさんである。これだけの種類のクッキーをミュウ一人で作ったの?」
案内された席に座る、と、テーブル一杯にクッキーが並んでいた。
量が多いと言うだけではない、数えるだけでも大変そうなほど豊富な種類が取り揃えてある。
ただ、そのうちの一皿だけ、量が他のの半分くらいしかないものがあった。この皿のだけ、作る量を間違えたのか、それとも・・・。
なんにしても尋常な量じゃない。ミュウは、いったい何時に起きてクッキーを焼いていたのだろう?
「タークさんはどんなクッキーが好きかしらって考えてたら、いつのまにかこんな量になっちゃったんです」
「そうか・・・。これだけの量、僕達だけで食べ切れるかな」
昼食を抜いてきたのは正解だった。食事をとった後ではさすがに対応できない。
「ふふ。紅茶もたっぷり用意したので、何杯でもおかわりしてくださいね」
「それじゃあ、いただきます」
正直、僕はあまり間食をしないたちだし、クッキーなんてほとんど食べることがない。
だが、というべきか、だからというべきかミュウの作ってくれたクッキーはとてもおいしかった。
煎れてくれた紅茶との相性も良かったし、何しろ種類が多いから味に飽きが来ないのだ。
「た、タークさん!! 大丈夫ですか!!」
気がつくと、テーブルの上には空の皿ばかりが載っていた。
「だ・・・大丈夫だよ」
「まさか全部、召し上がるなんて・・・。横にならなくても平気ですか?」
僕自身もそう思う、あれだけの量を全て平らげてしまうなんて・・・我ながら呆れてしまう。
だが横になるほどのことでもないだろう。
「大丈夫だよ」
「だって・・・」
「食べ物を粗末にするように育ってないからね。それに、ミュウが焼いてくれたクッキーがおいしかったから、つい・・・」
「・・・・・・。タークさんたら・・・・」
ミュウは一瞬微笑みかけてやめ、眉を寄せて困惑の表情になった。
「すごく嬉しいんだけど、喜んでいいのかなって・・・、困ってます」
「ミュウ・・・」
「今度は普通の料理をご馳走します。待ってて下さいね」
ミュウの家を辞して、日の傾き始めた城下町を歩く。
食い意地の張った自分が疎ましい、ミュウに心配されるほど食べるべきではなかった。
「よう、可愛いな、ダークエルフのねえちゃん。俺たちと遊ぼうぜ!」
自己嫌悪に陥る僕の耳に、聞くだけで不愉快になる濁声が侵入した。関り合いたくないから、本来なら無視するのだがその言葉には聞き捨てならない単語が含まれていた。
ダークエルフ・・・?
「天国に連れてってやるよ。ひひひひ」
「やだ、はなしてよ! きゃあーっ!! やめて!! ターク、助けてえ!!」
路地へ曲がり、声のしたほうへと移動する。と、思った通り知人がいた。
上品な紳士との名称とは間違っても縁のなさそうな二人組の男がエルを抑え込もうとしている。
「その娘から手を離せ!」
腰を落とし、姿勢を低くしてにじり寄る。何とかエルを奴らから引き離さなくては・・・。
「おまえら、神聖な王国内で何をやってるんだ! この聖騎士デニスが相手になるぞ」
と、突然僕を追い抜いて飛び出してきたものがいる。白い鎧に紫のマント。
・・・そして、この気障な台詞。
「あ、デニス!」
一瞬、脱力感に襲われ、動きを止めた僕の目の前でなぜかエルは男たちの手から脱してデニスに抱きついていった。
「エル、危ないところだった。僕が来たからにはもう安心していい」 そのエルの背中を抱きしめ、耳元でささやくデニス。
何となく、どこかで見たような光景だ。
「さあ、お前ら。このデニスがお相手つかまつろう」
「・・・・・・」
ドカッ!! バキッ!!
勝負は一瞬にしてついた。デニスが男たちに向かって拳を出すと、おもしろいようにあたり、男たちはすぐに逃げに入ったから。
「ちくしょう! おぼえてろよ!!」
定番中の定番な捨て台詞を残し、男たちは消えた。
定番・・・・か。
「ふっ。だらしのない奴らだ。エル、危ないところだったね」
「ありがとう、デニス・・・」
「気にしなくていい。じゃあ、エル。残念だが僕は任務に戻らなくては、僕はいつでもエルを見守っているよ」
「うれしいわ、デニス」
軽く手を上げ、かっこよく背を向けるとデニスもまた立ち去っていった。
それにしても、さっきの男たち・・・なんか匂うな。
「どうしたの、ターク」
「・・・エル。僕、ちょっと確かめることがあるから、悪いけどここで・・・」
男たちの逃げていった方向へと歩き出す、僕の推測が正しいなら、あいつらはどこか人目の着かない場所にまだいるはずだ。
「あ、ちょっと待ってよ。エルも行くっ!」
後ろからエルがついてくる、本当なら帰すべきなのだろうが真実を知らせたほうがいいかもしれない。
それをどう判断するかはエルしだい。
・・・できるなら、僕の推測が外れていてほしいものだが・・・。
「・・・ねえ、ターク。どこに行くの?」
街の西側、倉庫などの立ち並ぶ殺風景な場所へと出た。
奴らがいるとすればこのあたりだろう、すねに傷持つものたちが大勢たむろっていて最近では半ば無法地帯と化しているという話だ。
「ご苦労だった。これからも、なにかあったら頼む。これは約束の金だ」
「へへへ。すいませんね。でもよ、一時はどうなるかと思いましたよ」 そんなところには場違いなはずの背中が見えた。薄汚れた街の中でやたらと目を引く白い鎧。
それが懐から金貨を出し、さっきのチンピラに渡している。
明らかになんらかの取り引きが行なわれていた様子だ。
「デニスっ! これはいったいどういうこと?」
「うわっ! エ、エル・・・、タークも。どうしてここに!!」
「アンタ達グルだったのね。どうしてそんなことするのよ!!」
どうやら、僕の推測は完全にあたってしまったようだ。やはり、エルは先に帰しておくべきだったな。
「い、いや、これは・・・。その・・・」
この状況ではさすがのデニスにも、うまい言い訳は造り出せないらしい。しどろもどろに弁解を試みるが、まともな言葉にはなっていなかった。
「やべえ。おい、行こうぜ・・・」
チンピラどもがそそくさと逃げに入ったが、僕は追う気にもならなかった。あんな奴ら、もうどうでもいい。
「デニスって、最低!!」
ピシッ!!
エルの右手が、見事なほどの音を立ててデニスの頬を張った。
「・・・・・・・・」
デニスは呆然とエルを見ている。
今まで築いてきた信頼も友情も崩れ去ったのだ。
馬鹿な奴・・・。
「・・・・・」
しかしこれは、デニスが嫌われた、で済む話ではない。僕は自分の浅はかさを呪った。
無理矢理にでもエルを帰すか、奴らの後など追わずにおくべきだったのだ。
「・・・どうして、こんなこと・・・」
エルが涙ぐんでいる。
信頼していたものから裏切られたのだ。
その衝撃は、僕にも計り知れない。
「もう、人間なんて嫌いっ。信じてたエルが馬鹿だった!! 村のみんなが言ってた通りよ!! 人間はエル達を騙すばかり」
「エル・・・!!」
最悪の結末、僕は必死にエルを追った。が・・・。
「ターク。悪いけど一人にしておいて・・・」
暗い顔でそう言ったっきり、エルは俯いて何も話そうとはしなかった。もちろん、微笑みもしない。
僕は自分の無力を呪い、時間の神にエルの傷心を癒してくれるよう祈りを捧げた。
他にどうすることができるだろう?
こんなときは、仕事して汗を掻くに限る。・・・酒をあおるってのもあるけど、黒竜のこともある。いざって時に二日酔いなんて醜態はさらしたくはなかった。
で、冒険者としてでも剣士としてでもなく、一人の労働者としての仕事を請け負うことになった。
遺跡の調査をしている調査隊への食料の配達だ。
それ以外に、仕事の依頼がなかったのだ。
馬車で遺跡の近くまで運んだ食料や医薬品を、人力で遺跡の奥に入り込んで研究を続けている学者たちに届ける。
地味で体力のいる仕事だ。
「やあ、ミュウ。・・・散歩かい?」
汗と一緒に、多少は憂鬱な気分も流れ出てくれたらしい。僕はいくぶん気分を切り替え、街に戻ってきた。
多少、報酬も貰えたので、まだ手に入れてなかった宝石を買いに向かった。と、魔宝石店のとなりの広場に見知った顔があり、声を掛けた。
「ええ。ここ、私のお気に入りの場所だから、ついぼんやりしてました」
そう言って微笑むミュウ、その顔が、肌が少し日に焼けていることに気付く。
ずうっと、病室にいて外に出ることの少なかったミュウ、その記憶が、過去が少しづつ消えていくようだ。
本当に病気は治り、健康に、元気に生きようとしているのが実感できて僕のほうが元気づけられていくようだ。
「今度は本を持ってくるといい。それなら別段、恥ずかしくはないだろう?」
そうですね、と微笑むミュウに手を降り、魔宝石店へと入る。
アメジスト。誠実と平和の象徴、また、悪酔いをさますとも言われている宝石。デスの魔法が封じ込められている。
言わば、死そのものを呼び出し敵の生命力を削り落とす魔法だ。僕の趣味ではないし、あまり使うことはないだろうが、戦う手立ては多いほど有利だ。手に入るものなら、手に入れておいてしくはない。
店を出ると、ミュウはもういなくて何かを探しているらしい女の子がいた。
赤いベレー帽に大きな眼鏡・・・。
「ティナ。城を出ちゃ駄目じゃないか」
「ごめんなさい。でもタークさまにお会いしたくて」
「まさか、なにかあったのかい?」
刹那、背筋が寒くなる。・・・が、もし黒竜がらみならティナが、ではなくルシオンが現れるだろう、と、気持ちを落ち着かせ平静を取り戻す。
「あの・・・。前にわたくしに危険があるとか、おっしゃってましたよね。前から気になっていたのですが、ルシオンやお父様がわたくしをお城から出さないのには、なにか、特別な理由があったのではないでしょうか」
「・・・・・・」
「というのも・・・。最近、誰かの視線を感じるのです。まるで、わたくしを見張るかのような・・・」
視線! やはり・・・黒竜はティナの身辺で隙をうかがっている!!
「心配しなくていいよ。僕とこうして会ったりしているから、他人の目が気になっているだけさ」
「・・・そうですね。きっとわたくしの気のせいですわね」
・・・気のせいか、僕の悪い予感も杞憂で済んでくれればいい。だが、これは現実・・・・・・何か手を打たなくては・・・何か・・・。
「お話して、少し気が晴れましたわ。またお城にいらしてね。いつもタークさまのことを想っていますから」
そろそろ本当のことを知らせるべきなんだろうか。いや、無断でそうするわけにも・・・。
「どうかなさいましたの? タークさま」
明るく微笑むアルティナが、とてもいとおしい。ああ、僕のポケットにしまっておけたらいいのに・・・!
そうすれば、いつでも守ってあげられる。どこで何をするときにも、もしかしたら今この瞬間に黒竜が・・・と怯えることもなくなるのに・・・。
今の僕には、剣の腕を鍛え、いずれ来たるべきだろう黒竜との戦いに備える以外になす術がない。
僕はがむしゃらにギルドの仕事を引き受け、戦いの場に身を置き続けることにした。
エメラルドリゾートの北東にある小さな村では、毎年の祭りでヴァンネルの森の光神樹の枝を奉っている。
しかし今年は、光神樹の付近に魔物がうろつき、枝を取りに行くのが困難なため、村では、村人の代わりに光神樹の枝をとってきてくれる人を求めている。
「奇麗な場所だな」
教えられた丘へ上る。
確かに魔獣やら魔物やらが徘徊してはいるが、今の僕には雑魚でしかなかった。
・・・目的の光神樹はどれだろう?
伝説によれば、あの命の樹『世界樹』の枝を神が刺し木して生まれ、原始の森を作り上げた『黄金樹』。その実によって生まれたのが光神樹だと言われている。
原始の地上により多くの森を誕生させるため、緑色の小さな小人として生まれて旅の果てに不毛の土地に根を降ろし、森を育む。
ゆえに『降森樹』と呼ぶのが本来は正しい。
「・・・・あれか?」
一本だけ、あざやかなスミレ色の葉を茂らせている樹がある。
「・・・水を・・・・」
「ん?・・・」
どこからか声がする。が、鼓膜を震わせるような声ではない。魂へと直接語りかける声だ。
「・・・水を・・・・・」
もしかして、光神樹が話しかけているのか?
「・・そうです・・・私は光神樹の精霊です。あなたは精霊使い・・・違いますね、でも精霊を身に従えている。きっと精霊たちとも交流を持てる優しき人なのでしょうね」
そうか、僕の身に宿る精霊獣の卵の影響で、精霊との意志疏通が楽にできるようになっているのだ。
精霊使いとしての資質はないようだが、資格は手に入れている。というわけだ。
「儀式用の枝をとらせてくれないか?」
僕の目的は村人のために枝を持ち帰ることで、精霊と親交を深めるためではない。
目的を告げ、枝を採らせてくれるよう頼んでみる。
村人の話によれば、毎年、この時期には儀式に最適な枝が根元に落ちている。ということなのだが、見たところそんな枝は落ちていなかった。
「・・・申し訳ありませんが・・・それは無理なのです・・・実はモンスターが増えだし・・・。その影響によって泉が枯れ始め、私の身体に、充分な栄養が、・・・廻らなく・・なっているのです」
「!! 大丈夫か? まさか、このまま枯れてしまうんじゃ・・・」
途中から声に雑音が入り、途切れがちになる。相当生命力を喪失しているに違いない。
「・・・いえ、それはまだ大丈夫です・・。・・まだ泉が一つ残っていますので、最低限の栄養は確保できます。・・ただ、もう少しの水があれば貴方に・・。・・枝を差し上げることができると思います」
「そういうことなら、急いで水を汲んでくるよ」
「・・・お願いします・・・」
確か、北側に泉があったはずだ・・・。
村人から聞いていたこの辺りの地形を思い出し、歩き出す。
泉はすぐに見つかった。植物が元気に瑞々しい緑の葉を茂らせていたから。
奇麗な水が流れているな。少し汲んでいこう。
「水を汲んできたけど、どうすればいいんだ?」
「・・・それを目の前に出ている芽に注いでください・・・・」
「この芽だね?」
ちょうど僕の目の高さに、今まさに芽吹こうと膨らみ始めている芽があった。
シャー・・・
水を掛ける、と見る見る新しい枝が伸び、手頃な大きさになったところで止まる。
そして、自ら折れて落ちた。
「それでは、この枝を差し上げましょう。・・・私はまた、眠りに付きます・・・・それではお気をつけて・・・・」
「・・・ありがとう」
エメラルドリゾートの北の鉱山で、二年前に落盤事故があり、工夫数名が生き埋めになった。
事故以来、鉱山内部に魔物が徘徊するようになったため、いくつかの遺品が、いまだに放置されたままとなっている。遺族の代わりに、遺品を取りに行ってほしい。
「この廃鉱、内部はかなり広そうだ。ここから遺品を探し出すのはかなり骨が折れそうだな」
前方に一つ、左側に二つ、通路がある。
奥へ行けば行くほど枝分かれしていることだろう。全部を見て歩くのはかなり手間がかかりそうだ。
ヒュー
頬を空気の流れが撫で、通り過ぎていった。 左側にある通路から風が・・・・。こんなところで風が吹くなんて・・・。この先の通路はどこにつながっているんだ?
ランプの明かりを頼りに、足下に注意しながら歩く。
どんな小さなものも見逃すわけにはいかない。坑夫が指輪など装身具をつけているはずはないが、小さなお守りぐらいは持っていたかも知れないのだ。
しばらく歩くと、坑道にあるはずのないものがあった。
石柱、もしくはそれに類するものだ。
岩石が三つ並んでいて、中央には窪みのある石柱がある。
風化していてよく分からないが、何かの呪いがかかっていたような形跡がある。腐蝕の様子から見て、何百年も前から地中に埋められていたもののようだ。
「・・・・・・」
いったい何のためのものだろうかと、しばし考えてみるが結論は出そうになかった。
あきらめて、ともかく遺品の探索に集中しよう。と、考え始めた僕の前に、求めていた敵が現れた。
ハンババ、ポイズンフラワー。どちらも強い毒性を持ち、自ら動き回る植物の魔物だ。
動きは遅いし、攻撃力も大したことはない、が、神経性の毒にだけは気をつけなくては・・・。
逆に言えば、毒さえ受けなければそれほど驚異ではないということだ。
ほどなく片付け、一息入れる。と、またしても空気が動いた。どうやら通路の奥のほうから風が吹いてきているようだ。
おそらく、向こう側にも空洞があるのだろう。
落盤で通路が埋まったのかも知れない。
岩をどかす方法か、回り道を探さないと奥へは行けそうにない。
いったん戻り、同じように左へと向かう二本目の通路を進むことにする。
ほぼ直線の坑道が続く。
いい加減、飽きてきたところで行き止まりになった。
さすがに多少失望したが、神だか悪魔だかが哀れんでくれたらしい。何もないというわけではなかった。筒状のものが何本か落ちている。
真中から細いひもが出ている。
ダイナマイトだ。
「このダイナマイトはまだ使えそうだ」
このダイナマイトでさっきの場所の壁を崩せるかも知れない。
急いでもと来た道を戻り、さきほどの通路の奥の壁にダイナマイトをセットした。
うまくいってくれよ!
心から念じ、導火線に火を付ける。
成功した。やはり、空洞があり奥へと続く通路が現れた。
もし、回収されていない遺品があるとしたら、この通路だろう。
僕は身を屈め、しゃがむようにして歩いた。
・・・数牧の紙が落ちている。遺書かも知れない、調べてみよう。
拾い上げ、明かりを近づけると、それは間違いなく遺書だった。
『こんな形で死ぬとは想わなかった。突然地震が起こり、どこからともなく魔物が現れた。一緒に働いていた者は突然のことでパニックになる。ある者は崩れてきた土砂の下敷きになり、ある者は怪物どもの餌食になる。私も慌ててここへ逃げ込んだが崩れてきた土砂で通路が塞がれてしまった。どうすることもできない、ただ死を待つだけだ。何故こんなことになったのだろう? 多分あの石を彫り当てたからだろう。私にはその石がとても値打ちのある物に見えた。これを売ればいくらかの金になる、そう思って私は石を懐に入れた。その時から異変が起きた。つまらない欲を出した、罰があたったのかも知れない。この石を元に戻さなければ異変は収まらないだろう。あぁ、私が死んだら残された家族はどうなるだろう。いやだ、嫌だ、まだ死にたくはない』
・・・手紙はここで終わっている。
「?」
手紙の近くになにか落ちている。
何かの結晶を幾何学的に削ったもののようだ。なんとも形容しようのない形をしている。これが手紙に書かれていた『奇妙な石』か?
この石を元の場所に戻せばいいんだな・・・・。
多分さっきの石柱にあった窪みだろう。
石柱のところまで戻り、石の形と大きさ、そして石柱に刻まれた文字をできうる限り魔法書に書き込んだ。いつか何かの役に立つかも知れない。
そして、石を窪みへとはめ込む。
その瞬間、強力な魔力が辺りに溢れ、瞬時に消えた。廃坑内に漂っていた魔気や瘴気が浄化され、正常な空気になっている。
これで異変は収まるだろう。
「あれ、ミュウ! ・・・まさか、また入院?」
立て続けに仕事をして街に戻る。
さすがに無傷というわけにもいかなかったから、傷薬を買いに王立病院へと来たのだが、受付にミュウの姿を見つけて焦って声を掛けた。
「あ、タークさん。いえ、違うんです、お薬をとりに来たんですよ」
・・・ふぅ。
思わず安堵の溜め息が出た、万一再発したなんてことになってももう『スティリスの葉』はないのだ。
「そうか・・・よかった。・・・家まで送るよ。いいかい?」
「ええ!」
「最近はどう過ごしてる?」
病院のベッドから離れて約一月、少しは普通の女の子な暮らしになれたのだろうか?
「うーん。・・・自由に外に出られるようになっても、やっぱり子供の頃からの生活リズムが抜けなくて。一日家にいたら、少なくとも一冊は読み切っちゃうんですよ」
まだか、何年も病室に閉じ込もっていたんだからな、いまになって急に外で遊べったって無理な話だ。
とはいえ、僕が連れ出すにしても黒竜のことが片づかないうちは危険だし・・・。
「そうかぁ・・・。もし欲しい本が手に入らないようなら、僕が探してきてあげるから、遠慮なく言って」
「はい。ありがとうございます」
連れ出してあげるのが一番いいんだろうけど・・・。
「あ、ターク君。本を読み返していて、気になる部分を見つけたの」
マイフォレストの村に戻り、クレアのところに顔を出す。
リスティンは仕事中で村にはいないし、メルも出かけているようだったから、それに何となく予感があったのだ。何か新しい手がかりが見つかっているのではないか・・・と。
「例の黒竜の意識を持つ白竜の騎士のことなんだけど、『彼はルーベルン山脈がすきだった』って書いてあるの。後にも先にも、彼のことはこの一文しか出ていないわ」
ルーベルン山脈・・・。確か前人未踏の未開拓地だったな。隠れるには最適の場所だ。
「でもルーベルン山脈と言っても広すぎるよ。いったいどこを調べればいいのか・・・」
だが意外にもクレアには一つ心当たりがあるという。ルーベルン山脈中にある洞窟で、まだ人が入っていないところ。場所までは分かってるが、誰も行けなかったところがあるらしい。
クレアはどうしてそんなところを知っているんだ?
「ランスウェルに住む冒険者とかなら誰でも知ってるわよ。その洞窟はルーベルン山脈の北東部にあるの。もし行くのなら一筋縄じゃいかないわよ」
「わかってる」
場所がわかっていながら誰も行けていない。
相当の難所と見ていいだろう。
・・・誰も来れなかったわけだ。
骨の髄まで納得の気持ちでいっぱいになった。山登りで嫌でも体力を浪費する上に、地中からはゾンビやらミイラやらが湧き出し、空からは翼龍やその眷族が襲いかかり、地上にはゴブリンどもがうろついている。
休む間も、気を抜く余裕もなかった。
明確な目的があってきているのでなければ、すぐにでも踵を返して町に戻り二度と来ようとは思わなかっただろう。
「ここが最後の白竜の騎士が気に入っていたと言う、ルザン洞窟か」
なんとかたどり着き、一休みした後に洞窟内へと侵入を開始した。魔物どもの巣になっていたりしなければいいが・・・。
それと、なにか手がかりが見つかるといいのだが・・・。
期待と不安を胸に足を踏み入れた洞窟。だが、その探索は意外な理由ですぐに決着が着いた。
分れ道のない洞窟で、ほんの数回折れたかと思うと目の前に壁が立ち塞がったのだ。
ようするに行き止まりだ・・・。
「?」
行き止まりの壁の左側の壁が平らに削られ、何かの文字が掘り込まれている。
この壁の文字、なんと書かれているんだ?
「『黒き竜を、ここに封印す』と書いてあるのですよ、タークさん」
「!!・・・ディック!!」
すぐ後ろから発せられた声に驚き、振り返るとなじみの顔があった。ただし、前の時のような切迫した様子がない。落ち着いたというわけでもなさそうだが、穏和な表情をしている。それだけに・・・やたらとギラついた眼光がとても目立つ。
「これは、ここに隠れ住んでいた最後の白竜の騎士が残した言葉です。彼は内に黒竜を封じ込めたまま、ここに一人眠りについた。長い、長い時間だった・・・。何故そんなことを知っている。といいたげな顔ですね。私もあなたと同じく、本を読みまして、これを見つけたわけです」
「この扉の奥に、最後の白竜の騎士が眠っていたのか・・・」
あえて、僕が・・・クレアがこの場所に目をつけるにいたった本は一冊しかなく。クレアが僕以外の人間に内容を知らせていないのが確かだという事実を無視して、つぶやいてみる。
平らな壁の真中に立て線があり、これが扉であることを教えてくれた。この扉にはある程度の魔力が込められていたが、正規に張られた結界というわけではなかったから、僕にも開けることができた。
「彼は結局、黒竜を抑えられなかったのでしょう・・・。意識を浸食され、眠りを破られ、とうとうこの洞窟から足を踏み出すことを許してしまった」
予測していたことではあるが、扉の中には淀んだ空気と大量の埃しか存在していなかった。
その中にあって、ディックは埃の下から何かを掘り出し、手と息で埃を払っている。
どうやら、本のようだ。
「ん? その本は・・・」
まるで、始めからそこに本があることを知っていたような行動だったが、そのことにはあえて触れずに尋ねる。
「よろしければ、読んで差し上げましょう。・・・これはアラストールの書の『第五章』ですね。黒竜が封印された後の世界が書かれています。次第に平和になっていった世界の様子が・・・」
「『第五章』!! 何故、こんなところに?」
なにかおかしい、漠然とした不安が脳裏を駆け回っている間。ディックは内容を説明してくれた。が、そこに新たな発見はなかった。
僕でさえも知っている歴史や伝記をうらずけるだけの話だったから。
「末尾に走り書きがある。『もはや、黒竜を抑えておくことはできない。かくなる上は、もう一度封印を施すか、奴を倒すか、いずれかを選択する必要がある。だが、ライナスの子孫の力は諸刃の剣。ゆえに・・・。願わくば、我が友ローバントの血縁のものに後事を託したい。邪悪なるものの復活をはばまんことを・・・』だそうです」
「・・・・・・」
だから、伝説の剣だけが残されていたんだな。
確かに、ライナスの子孫・・・アルティナの力は封印もできるか復活の鍵にもなるもの、危険すぎる。第一封印したところで、いつ封印が解けるか分からないという恐怖を残すことになる。
ならば、できうることならば、封印ではなく完全に滅ぼしたいと思うのは止む終えないことだろう。
本を手に、僕はマイフォレストに戻った。クレアがやきもきして待っていることだろう。
ディックは僕に本を手渡すと、まるで用は済んだとばかりに背を向けて何処かへと立ち去っていった。
「あ、ターク君。ルザン洞はどうだった?」
思った通り、待ちくたびれた様子のクレアが出迎えてくれた。
「白竜の騎士の消息が掴めたが、そこで途切れてしまった。その場所で黒竜に身体を奪われたらしいんだ。洞窟の中にこの本が残ってた。『アラストールの書』の第五章だよ」
「・・・! じゃ、早速読んでみるわね。また、待っててくれる?」
僕は首を横に振り、洞窟でディックに会って、全部読んでもらったことを話した。その内容も・・・。」
「ディックさんが? どうしてそんなところにいたのかしら?」
「あいつもこの本のことを調べてたらしいんだ。他にも、僕達の知らないことを知っているようだった」
「ふぅん・・・。・・・なんか怪しいわね」
まったくだ。・・・やはり、僕の推測はあたっていそうだ。
悪い予感ばかりがよくあたる・・・。




