ライラ
とりあえず、ライラを『指輪亭』の女将に預けた僕は、ランスウェル城下町へやってきた。
王立病院で、前に採ってきたレンの薬草の残りを保管してもらっている。記憶喪失を治す、あの薬ならライラを救えるかも知れない。
それに、この間の話しだと今日はミュウが退院することになっていたはずだ。
病院へ行くと、まず受付のところへ行く。以前、アイスリンネルの花を採ってきてくれと言いに来た看護婦が居たのでレンの薬草が残っているか確認してもらった。
ありがたいことにレンの薬草はまだ残っていた。もともとそんなに多用される薬でもないから当然といえば当然だが、とりあえず一回分を調合してもらった。
これが効いてくれればいいのだが・・・。
自分の用事がすんだところで、二階へ行く。
と、ちょうどミュウが他の患者たちに別れの挨拶をしているところだった。
緑のシャツに黄色のカーディガンを着ていて、ずっと白いガウン姿しか見ていなかった僕には、とても新鮮だし一瞬ミュウだと気付くことができなかった。
「あ、こんにちは、タークさん」
恥ずかしい話しだが、ミュウのほうから声を掛けられて初めて気がついたのだ。
顔色も、表情も、見違えるほど明るくなっている。
なんにしても、それぐらい健康に回復したということで、喜ばしい限りだ。
「退院おめでとう、ミュウ。今、時間空いてるかい? 退院祝いに、喫茶店でお茶でも飲もう」
母親はまだ先生と何か話しをしていると言うので、誘ってみた。
ライラのことは、急いでもどうにもならないし、ミュウの健康そうな笑顔をもっと見ていたかった。
スティリスの分まで・・・。
長いこと入院していたのだ、きっと喫茶店に行くのも久しぶりだろう。
「はい、ぜひ!」
喫茶店に入ると、ミュウはメニューの多さに目を丸くしていた。前に来たときは、この半分もなかったのだと言う。
いったいいつから来ていなかったんだろう?
「私、色々と食べてみたかったんですよ。他の患者さんに、美味しいお菓子やケーキの話しだけは聞いていたので・・・ふふ、食いしん坊でしょ?」
「これからはどんどん好き嫌いなく食べて、しっかり体力付けないとね。・・・でも、甘いものばかり食べると太っちゃうけど」
「やだ、太るわけにはいきませんよ」
そうはいうが、やはりというかなんというか、病気が長かったせいでミュウは発育が遅れているようだし、まだまだやせているというよりやつれている感じが強い。少し太ったほうがいいだろう。
・・・あんまり太っても心臓に負担がかかってしまって、まずいだろうけど。
「さて、何を頼もうか・・・」
「ミルフィーユ!」
僕の問いに間髪を置かずに答えた。
かなり勢い込んで言ったことに、自分で恥ずかしがって真赤になっている。
ウェイトレスが、聞こえていたのだろう少し微笑んでミルフィーユを持ってきてくれた。
「一度食べてみたかったんです。このパイ生地、職人芸って感じですね。・・・おいしーい!」
「ははは、ミュウ、口のまわりが真っ白だよ」
初めて食べたのだから当たり前だが、たっぷりかかっている粉砂糖が口の周りに付くということに気がつかなかったのだ。
思いっきりパク付いて、口の周りだけ白粉でも付けたみたいになっている。
「や、やだ・・・」
慌てて、手の甲で擦っている。
なんというか・・・すごく可愛い。
「・・・タークさん。私、母に料理を習おうって思ってるんです。おいしいものが作れるようになったら、真っ先にタークさんにご馳走しますね」
「それは楽しみだ」
ゆっくりとアールグレイを飲み干し、僕はレシートをつかんだ。
ミュウがチラチラと値段を気にして、見ていたのだ。
「今日はとっても楽しかったです。ありがとうございました」
「ああ、またそのうち、一緒にどこかへ出かけよう」
少しづつ遠くへ、ミュウがまだ見ていないものはきっとたくさんあるだろう。
「はい。あの・・・タークさん。今月の十四の日、なにか予定がありますか? 私、クッキー焼こうと思ってるんです。よかったら・・・その、味見にいらっしゃいませんか?」
十四の日。クッキーデーだったな。
女の子が恋人にクッキーを焼いて、ご馳走する日。
元々は、北の大陸に伝わる神話で結婚を司る神ヒュメナイオスの生まれた日、ってことで二人の幸せを願って一緒に食事をする日なんだけど、何があったのか今はクッキーを焼く日になっているのだ。
「ああ、喜んで。十四日だね、わかった。楽しみにしてるよ」
「あ、はい、よろしくお願いします! ・・・待ってますから」
病院を出た僕はまっすぐライラのもとへ・・・行かなかった。
何となくだが、誰かが見張っている気がしたのだ。尾行があるようでも、魔力も感じないが、そんな気がする。
だから、かなり遠回りになってしまうが、エルフの隠れ里を経由していくことにした。
隠れ里の結界は、精霊力によるもので魔術の力も簡単には入り込めないし、もし尾行があったとしても確実にまくことができる。
隠れ里に入ると、すぐそばに見覚えのある顔があった。エルの幼なじみで、確か・・・ティーネ。
名前をすぐに思い出せなくて、しばらく顔を見つめてしまった。
「私になにか用なの!? ・・・エルなら北東の森に警備に行ってるわ」
・・・相変わらず警戒されているな。でも、嫌われてるということはなそうだ。
まがりなりにも、エルの居場所を教えてくれたのだから。
「ここか・・・ティーネが言っていた場所は。エルはどこかな?」
隠れ里を出て、北東へしばらく歩く。
雄大な山脈を誇る。ルーシャン山脈へと伸びる、山裾が見えてきた。
その少し下に、人影がある。背中に白くて大きな矢筒、間違いなくエルだ。
「エル!!」
「ターク! よくここがわかったわね」
「ティーネが教えてくれたんだ」
「そうなの。今、見回りの最中なの。タークも一緒にどう?」
「ああ。一緒に森を散歩か・・・いいね。っ!! あれは!!」
エルと並んで歩きかけた僕の視界の隅に、何か不自然なものが映り、身構える。
「・・・大変! 助けなきゃ!」
僕の突然の動きに、敏感に反応したエルが駆け出す。
よく見ると、それは人間のようだった。
男が二人、倒れている。
「しっかりしろ」
「み、水・・・」
抱き起こすと、乾いて割れた唇を懸命に動かし、うめくように言葉を吐きだした。顔色も土気色に近くなっている。脱水症状が出ているのだろう。
目の落ち込みや肌の色から考えて、ここ数日、何も口にしていないらしい。
「さ、飲んで・・・」
エルが腰に下げている、木ノ実を乾燥させて作った、水筒を差し出している。中にはおそらく、ボトルで二本分くらいの水が入っているはずだ。
エルが山を歩くときの通例を無視して、水筒の水を入れ直していなかったりすれば、話しは別だが。エルフがこの大事な通例を無視するはずはないから、ほぼ満杯のはずなのだ。
二人は、奪い合うようにして、その水を全て飲み干してしまった。
「ああ・・・助かった」
「あんたたちのおかげだよ」
二人とも、外傷もなく、軽い脱水症状ですんでいたらしい。水を飲むとだいぶ顔色も回復してきた。
「どうしてこんなとこに倒れていたんだ?」
ここにエルフの結界があることは、この国の人間なら誰でも知っていることだし、よその人間が好き好んで入る場所ではない。いったい何をしていたのか・・・。
「え? その・・・」
男は、口ごもり、辺りを見回している。
その目が一瞬大きく見開かれる、視線を追うとそこにはキノコが生えていた。ベニダケ、・・・毒キノコだ。
「そう、キノコ、キノコ採りに来て、つい迷ってしまったんだ」
キノコ? の割には、キノコ狩りの道具もキノコも持っていないようだけど?
食用キノコと毒キノコの違いも見分けられなそうだし。
「ともかく、もう結界の中には入らないことね。ターク、エルはこの人たちを森の出口まで送るから」
「心配だから一緒についてくよ」
どうも胡散くさい。
「ここなら大丈夫。気をつけてね」
森の出口へ向かう間。男たちはエルの姿をやけに真剣に見ていた。
エルから置いていかれるのを恐れている、というのではなく。何となくだが、僕には獲物を狙う肉食獣のような目に見えた。
「どうもありがとうございました。では、私たちは、これで・・・」
なんだか不審な奴らだったな・・・。
「よかった、あの人たちが無事で。私たちの結界のせいで、また人が死ぬところだった・・・」
「里を守るためだもの、仕方ないさ。そろそろ僕も戻るよ。エルと一緒に散歩ができて楽しかったよ」
「散歩じゃないよ、見回り!」
「君、本当になにも覚えてないの?」
「はい・・・」
エメラルド・リゾートに戻ると、見たことのあるような光景があった。
ライラが指輪亭の前に立って話している、相手は・・・デニスだ。
「信じられないなあ」
「あたし、どんな女の子だったんですか?」
どうやら、記憶を失っているライらが、記憶喪失になる前の自分がどんな人間だったかを知ろうとして、自分と関わりのあった人間たちに聞いているようだ。
気持ちはわかるが、なにも相手にデニスを選ぶこともなかろうに。
「そうだねえ・・・面と向かって言うのは気の毒だけど、本当のことだから教えておくべきだろうな。君はあまり感心できない部類の女だった」
止めに入ろうか? そう思ったが、僕はもう少し様子を見ることにした。ライラの性格だ、これがショック療法になるかも知れない。
「感心、できない・・・」
「わかりやすく言うとね。人を罠に陥れたり、苦しめたりすることに無上の喜びを感じていて、常に人を侮辱し、嘲笑していたんだ」
「ええ!!」
かなり誇張した話しだな。完全な間違いとは、僕も抗弁できないけど。
「僕も被害者の一人だからね。ひどい目に遭わされたものだ」
「あたしが本当に・・・、そんなことを?」
「君はプライドが高くて、僕のようなエリートに反感を持っていたんだ。嫉妬と呼ぶほうがいいかな。そこで、君はことあるごとに突っかかってきた」
「ごめんなさい・・・。あたし、そんなことを・・・・」
・・・・!
いくらなんでも言い過ぎだ、しかも嘘がある。これ以上は黙ってみているわけにはいかない。
僕はゆっくりとデニスの背後に、張り付くようにして接近した。
そのまま睨み付ける。
「くっくっくっ、今の君は別人のようだね。こうでなくっちゃ・・・、あ! ターク!!」
「デニス! ライラにいったいなにをしたんだ?」
「いや、昔話をね・・・。俺はもう行くよ。じゃあなライラ。そのうち思い出すだろ」
僕に睨み付けられていたことに気がついたデニスは、バツの悪そうな表情を一瞬だけ見せ、そそくさと逃げていった。
最低な奴!!
後ろから斬りかかりたくなる衝動を、僕は必死で押さえ込んだ。こんな奴を斬ったら剣が汚れる。
「ライラ、あいつが言ってたことは気にするな。いつもああやって、人をからかって楽しんでいるんだ。悪い奴じゃないんだけどね」
もちろん、悪人ではないと、善人であるは同義語では決してない。
「タークさん・・・。すみません、あたしはみんなに迷惑ばかりかけていたんですね・・・」
「そんなことはないよ。いいから気にしないことだ。もし君があいつの言った通りの女の子なら、命がけで助けようなんて人間、いるはずがないだろ? でも僕は助けにいった、だから君は今ここにいる。それが事実だよ」
「タークさん。ありがとう」
ライラに薬を渡した僕は、再びマイフォレストの村へと戻った。
本当は、薬の効き目を見極める意味も含めて、そばに付いていてあげたいのだが・・・何かが僕を一つの場所に長居させないようにしている感がある。
それがなんなのかは分からないが、抵抗する理由もないのでとりあえず素直に従っている。
マイフォレストについたとき、辺りはすっかり夜の戸張に包まれていた、が、この村に来るとどうしても、あの娘の顔が見たくなる。
もう眠っているだろう、とは思ったが、家の前まで行ってみた。予想した通り、明かりが消えて静寂に包まれている。
・・・・・・・!!
小さな溜め息を残し、立ち去ろうとした僕の耳に、微かにうめき声が聞こえた。かなり苦しくつらそうな・・・。
僕の脳裏にミュウの苦痛に満ちた顔が浮かぶ。
一瞬の間を置いて、僕は扉を開けてリスティンの部屋へと駆け込んでいた。リスティンは入り口に鍵を掛けていないのだ。掛けてあったら、壊していただろうけど。
「リスティン!! うわ!!」
ベッドの脇まで走りより、リスティンに声を掛けた直後に、リスティンの胸のペンダントが目映い光を発した。そう。以前ディックが何かの呪文を唱えたときとまったく同じ光だ。
その光に包まれたとき、僕は不思議な空間にいた。
目の前には白い龍、すみれ色の髪の女性に、白い鎧に長い槍の騎士、大きな剣を背負った剣士に、大柄な体型に不似合いな尖った耳の男がいる。
どれもあったことがあるような、ないような不思議な既視感を与えてくる。
そして、その空間に謎の声が響く。
「ローバント・・・」
「我々がこうして集められたと言うことは、時が来たと見てよろしいか? エミリア殿」
白い龍がエミリア、剣士がローバント、であるようだ。
「・・・無駄に時を費やしてしまいました。これ以上黒竜を放っては置けません・・・」
「ただ決心した以上は、感傷は振り捨てて戦いに挑まねば・・・。我々に敗北は許されないのだから」
「そうね・・・。悲しいけれど、ライナスの言う通り。確か、封印の魔法を用いるのでしょう?」
騎士がライナス、女性がシフォリー。
「ローバント、剣士の君は攻撃の要になる。気を引き締めてかかってくれよ」
「ローバントなら大丈夫よ」
「ふふ、シフォリーはローバントに甘い」
そして最後の男が・・・ディック。
「ライナス、シフォリー、ディック、ローバント・・・。どうかみんな、よろしくお願いします」
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
「!! ・・・今のは、何だったんだ!!」
エミリアの言葉とともに、不思議な空間は消えていた。
「リスティン・・・?」
「すう・・・すう・・・」
目の前には、安らかな寝顔のリスティンがいる。
「・・・今のは夢だったのか? どうして僕まで、あんな夢を・・・?」
夢というには、余りにもはっきりしていた。第一、僕は寝てなんかいない。
「・・・ん・・・きゃっ! ターク、どうしたの?」
「あ・・・いや・・・、なんだかひどくうなされてたみたいだったから」
女の子の部屋に勝手に入って、寝顔を見ていたんだ。
一発で変態扱いされても文句の言えないところだ。僕は少し焦ってしまったのだが、リスティンにはそんな考えはないらしい。
「そうなの? ・・・また、夢を見ていたせいかしら・・・」
そう言って、夢のことを考えているのだろう。リスティンは俯いて目を閉じた。
「リスティン、よかったら詳しく聞かせてくれないか」
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「じゃあ、リスティン。あまり深刻に悩まないほうがいいよ」
「うん。ありがとう、ターク」
やはり、同じ夢だった・・・。
今までバラバラだったパズルのピースが、少しづつ集まって一つの形になろうとしている・・・。
完成したとき、いったいどんな絵ができあがるのか。
「あ、ターク君、大変よ、聞いた? ライラの塔が占拠されたんだって」
考え事をしながら歩き始めると、慌てた様子で飛び出してくるクレアと遭遇した。
「知ってるよ」
少し意外に感じながら答える。クレアがライラの塔に関心を持つとは思わなかった。確かにかなり古そうな塔だが、遺跡と言うほどではない。
「そう。じゃ、占拠主が黒竜を名乗ってるのも知ってるわね。ねえ、ターク君。ライラの塔はもしかしてアラストールの塔じゃないかしら」
「まさか・・・!!」
『塔』、そう言えば、黒竜が以前魔物を使って何かを探させていたのもあの辺りだった気がする。
「行ってみればわかることよ。もし、ライラの塔がアラストールの塔なら、魂と肉体を融合させる魔法装置があるはず。とにかく私、行くわ!」
「待てよ、クレア。危険すぎる!」
「クレア、こんなところに一人で乗り込むなんて・・・とにかく無事でいてくれよ」
塔の中はライラを助け出したとき同様、魔物がひしめいていた。
とてもじゃないが考古学に興味のある女の子、が入れるような場所じゃない。・・・剣の腕を鍛えたい女戦士には格好の経験稼ぎの場だろうけど、それだって一つ間違えれば命を落としかねない。
「ん? クレア、こんな場所に来ていたのか」
転移の魔法円をいくつか通り抜け、はっきりとは言えないがおそらく塔の中心だろうという場所に出た。窓があるわけでもないので確認はできないが、何となくそんな気がする。
「え? あ、ターク君。・・・これが魔法装置なのかしら・・・」
「多分」
短く答えた僕だが、目の前にあるものを見て魔法装置以外の名を与えることは不可能に思えた。
確かに機械のようなのだが、いたるところに文様のようなものが刻まれている。明らかに魔術的な意味を持った文字だ。
「さっき、このアラストールの書『第四章』を見つけたの。ひょっとすると最後の一冊もここにあるのかも知れないわ」
「それより、ここは危険だから早く引き上げよう」
「うん・・・、でも・・・」まだまだ観察と研究を続けたい様子のクレアを、半ば無理矢理引き摺って、僕は塔を出ることにした。
「いいから早く!」辺りには、続々と集まってくる魔物の気配が迫っている。僕一人でも囲みを突破できるかどうかという数だ。クレアをかばいながらじゃ支えきれないかも知れない。
急いで逃げ出す必要があった。
塔を脱出した僕は、不満たらたらのクレアをとりあえず『第四章』の解読をしてみたほうがいいと説得し、マイフォレストの村へと帰ってきた。
クレアはすぐさま、『第四章』の解読にかかる。そして今、辞書を片手に解読作業に没頭していたクレアが顔を上げた。
中にはいったい何が書かれていたのだろうか?
「『第四章』の内容は・・・黒竜対白竜。そして騎士たちの最後の戦いについてよ。ローバントが剣で止めを刺し、ライナスがオーブに封印して戦いは終結したかに見えた。ところが、黒竜の最後のあがきと言うか・・・。封印される直前、黒竜は精神を白竜の騎士の一人に乗り移らせたらしいの。それが前に名前の出てこなかった、もう一人の騎士のことみたい。名前が伏せられていたのは、このことがあったからね。この騎士は、自らの身体をオーブがわりに、黒竜の浄化を試みると言い残して、ある洞窟の奥深くで眠りについたそうよ。その後についてはなにも触れられていないわ。戦いが終わり、白竜は傷ついた身体を捨てて一つのダイヤモンドになり、騎士たちも自らに任務を課して別れ別れになったそうよ。ライナスとローバントは世の乱れを平定するために、それぞれの祖国を巡り、シフォリーはとどまって白竜のダイヤモンドの守護をつとめたの。あ、それから、黒竜の肉体のみを封じ込めたオーブは、封印をほどこしたライナスが管理を任されたんですって。残るはあと一冊、か。どんなことが書いてあるのかしら。その前に、この本の細かい部分の解読を行なわなきゃならないけど」
・・・ルシオンの話し、リスティンの夢と、ほぼ同じ内容だ。
どうやら、クレアが言うようにライラの塔か『塔』であるらしい。・・・ということは、黒竜はついに『珠』と『塔』の二つを手にし、残るは『鍵』アルティナだけになってしまったということだ。
「ターク君、黒竜と名乗る男がライラの塔を占拠したのには、必ずわけがあるはずよ。なんだか嫌な予感がするわ」
嫌な予感・・・それどころか現実に差し迫った危機と言うべきだろう。
僕は確かに伝説の剣を手に入れている。だが、使いこなせているとは言いがたい。いま黒竜と正面きって戦ったら、正直、勝てない。
「ライラ。食事はもう済んだ?」
翌日、薬の効果があったことを祈りながら『指輪亭』を訪れた。
「いえ・・・」
「じゃ、一緒に食べよう」
「あの・・・すみません。あたし、今から温泉に入ってこようかと思って。すぐ上がりますから、それまで待っててもらえますか?」
「ああ、わかった。ゆっくり浸かってくるといいよ」
まだ記憶は戻らないか・・・。
そうじゃないかとは思っていた。
外的な要因によらない、恐らくは魔術による記憶喪失に薬草は通じなかったのだ。
・・・・・・・・。
・・・一時間たった。
遅いな。
まさか、なにかあったのか?
「ライラ!」
脱衣所のほうから声を掛けてみる。
「・・・ライラ!」
いくら呼びかけても返事がない。まさか湯当たりでも起こして倒れて・・・?
・・・仕方がない。
「ライラ!」
扉を開け、浴場のほうを覗く。
と、ライラが腰にタオルを巻いただけの姿で、そこにいた。頭を抱え、膝を付いている。
「ライラ! 大丈夫か!! どうした?」
「・・・頭が・・・、痛い・・・!」
「ライラ!」
「痛・・・、あ・・・・っ。・・・・」
声を掛けても、反応できないほどの頭痛に襲われているようだ。たぶん、記憶を失わせた魔術の反動なのだろう。
今、ライラの頭の中では、魔術の力とライラの人格が戦っているのに違いない。
僕はどうすればいいんだ。・・・なにもライラにしてやることはないのか!!
「そうだ! ライラの指輪!」
うまく行かないかも知れないが、駄目で元々だ。試してみよう。目を閉じて、指輪に心を集中させて・・・。
ライラの心に、魂に呼びかける。
なにも見えない。真暗だ・・・。
ライラの心の中のイメージは完全なる闇だった。決して光の差さない暗黒の世界。
「誰か・・・、助けて・・・」
「ライラの声! ライラ! ・・・聞こえるか?」
「その声は、ターク・・・? ここは暗くて、なにも見えないの・・・。助けて、ターク・・・」
「ライラ、こっちだ。こっちに来るんだ!」
「分からない。もっと強く呼んで・・・。ターク・・・」
「僕はここだ!」
「ターク! そこ?」
「そうだ! もっとこっちへ! ライラ!!」
次の瞬間、闇は消え、満面笑顔のライラがいた。
「ライラ!」
「ターク!」
「ターク。ああ、ターク・・・」
僕を見つめ、両手で僕に強く抱きつくライラ。僕が、そして自分が確かに今この場所にいることを五感全てで実感しようとしているようだ。
「ライラ・・・。元に戻ってよかった」
「ここはどこ? ターク・・・」
「指輪亭だよ。その前は、君は塔の地下牢に閉じ込められていたんだ。なにがあったんだ?」
「・・・あの日あたし、塔の入り口で、赤い鎧を来たハーフエルフにあったの・・・。それで、声をかけて・・・。そのエルフが邪悪な力を持っているのを感じたわ。だから、塔から退けるために闘いを挑んだの。でも、そいつがなにか唱えると、あたしは気を失って・・・。闇に閉じ込められて、それきり・・・。・・・闇の中でタークの声が聞こえたの。だから、タークの名前を必死に呼んでたら・・・。闇の中に光が満ちて、気がついたらタークの顔が見えた・・・」
「僕が君を牢から救い出したとき、君は記憶を失っていた。その時の塔は魔物が多数徘徊していて、あまりにも危険だった。だから、とりあえずここに避難させたんだ」
「そうだったの」
「記憶は戻らないまま、ここで二人過ごしていたんだが、さっき、君が風呂で倒れていて・・・。あとは知っての通りだ」
「え? ということは、ターク! あたしの裸、見たの!!」
そこで始めて、ここが指輪亭の浴場で、自分が裸なことに気がついたらしい。慌てて脱衣所に戻り服を着始めた。
「なにしろ急な事態だったから、仕方がなかったんだよ! 慌てていたからろくに眺めてもいない!!」
浴場のほうから、姿の見えなくなったライラに弁解の言葉を掛ける。
「・・・ろくにって、少しは見たのね!・・・いいわ。今日は許してあげる。命の恩人なんだしね」
「・・・どうやらすっかり元の君に戻ったようで安心したよ」
「・・・ありがとう、ターク。タークがいなかったら、あたし、いつまでも闇の中に閉じ込められたままだったわ」
「君にもらったこの指輪のおかげだ」
魔術によって封印された人格を呼び覚ますには、やはり魔術のアイテムが必要だったのだ。この指輪がなかったら・・・。
「え?」
「以前君が言っていただろう? どんなに離れていても、いつでも一緒だって」
「ターク・・・」
微笑みを浮かべたまま、涙を溢れさせるライラ。僕はその涙をそっと拭ってやった。
「・・・ターク、ありがとう」
また一つ、気にかかっていた問題が消えたところで、僕は最も解決困難であろう問題の渦中へと向かった。
「タークさま。お会いしたかった。あの、ご相談したいことが」
アルティナの私室を訪ねると、いきなり真剣な顔でそう切り出された。
「何事だい?」
「実は・・・。お父様が、わたくしとタークさまのことを感づいているみたいなのです」
「!!」
・・・来たか!
仮にも王女が一介の騎士と恋仲だ。なんてこと、王としても父親としても、あまり歓迎できることではないだろう。まして、アルティナは僕の妻の末席でいいとまで言ってしまっている。
最悪、処刑! なんてこともありえなくはない。
「それは確かかい?」
我知らず、声がかすれた。
「たぶん・・・。わたくしはお父様のお顔を見れば、大抵のことは察することができますから」
「僕達のことを知っているのはルシオンとシールだけの筈。ルシオンが国王の耳に入れたのか、それともあのお喋りなフェアリーが・・・」
だが、シールがわざわざ王様の前に出ていってぺらぺらしゃべるとは考えにくい。僕の知る限り、あのフェアリーはルシオンのそばからそう遠くはなれることはないようだから。
と、音もなく扉が開いた。相変わらず、目が見えないとは思えない動きでルシオンが入ってくる。
「・・・ルシオン。タークさまとわたくしのことをお父様にお話したのは、あなた?」
「そうですよ。でも、ご心配なく。国王陛下はあなた方の関係を悪く思っていらっしゃるわけではありません」
「本当? お父様は絶対、お許しにならないと思っておりましたけど・・・」
「エルシアナ姫の件の後。国王陛下はアルティナ姫に対して、過保護すぎました。しかし、城の外に出さなかったのは万が一のことを警戒していたからです。でも姫は十八になられた。もう大人です」
・・・僕には、何となく王様の気持ちが理解できた気がした。
エルシアナ姫は、最も多感な時期に魔力の媒体として使われ、恋も知らずに生ける人形となってしまった。そのことが不憫でいたたまれない気持ちだったに違いない。
だから、王女という肩書きに捕われない、一人の娘としての幸せも見守ってやりたいと考えているのだ。
王としてではない、父親としての判断だ。
「姫だって幸せになる権利はあるのよ。王様もわかってるから、大丈夫」
「あのお父様が・・・どうしたんでしょうか」
「国王陛下も、ティナを自立した大人の女だと認めたんだよ」
そう、きっと・・・。
「だとしたら、わたくし、とても嬉しいですわ。タークさまとお城でお食事をしたり、踊ったりできますもの」
「こんにちは、タークさん。いいお天気ですね」
ランスウェル城下町へと寄ってみる。
ミュウが暖かな日差しをまぶしそうにしながら、広場のベンチでまどろんでいた。
「やあ、ミュウ。ひなたぼっこかい?」
「ええ。陽の光があたたかいので・・・。気持ち良くてつい、眠っちゃいそうです。ふふ」
「実際に眠ってみたらどうだい? 気持ちいいよ」
「え!! や、恥ずかしくてできないです! こんな人通りが多いのに!」
冗談のつもりだったんだけど・・・。
かなり本気で否定されてしまった。
「すまない。どうせ寝転がるなら、草原のほうが気持ち良いだろうね。いつか行こうよ、天気のいい日にでも」
「はい、ぜひ・・・」
今日は、このところの陽気に合せたかのように穏やかな、事件のない日のようだ。
国中がとても平和に見える。ギルドにも仕事はなかったし、・・・どこかで黒竜の復活なんてことが進められている、なんて話がくだらない冗談に思えてくる。
「やあリスティン、なにしてるの?」
「プレゼント用の花束のご注文があったから、いいのを選んでるのよ」
マイフォレストの村に行きフラワーガーデンに行くと、リスティンが色とりどりの花を腕に抱えているところだった。
一種類摘む度に、何かを確認するように小さく何事かつぶやいている。
「そうだ、ターク。もし女の子にお花を贈ってあげたいときは、慎重に選ばないと駄目よ。間違った花言葉の花を贈ったりしたら、ひんしゅく買うんだから」
花一つ一つに与えられている言葉。花言葉を確認していたのだ。 同じ花でも色によって意味が違ったりもするから、気をつけないと。
『愛する』という言葉を持つ花の黄色いのを持ってプロポーズに行った男の話、というのを聞いたことがある。
その花の、黄色の花言葉は『嫉妬』あるいは『迷う心』で、相手の女の子の機嫌を損ねてしまい。婚約が二年も遅れたと言う。
「・・・そうだね。肝に銘じておくよ」
とは言っても、今時花言葉を知ってる女の子なんて、きっとそう多くはない。リスティンなら間違いなく全ての花の花言葉を知っているのだろうが・・メルやクレアはもちろん、ライラなんかが知っているとは思えない。
知っている可能性があるのは、リスティン同様花好きのアルティナと、本が好きというか本しか楽しみのなかったミュウぐらいのものだ。
五年に一度しか咲かないと言われるシィズの花を、コレクターが欲しがっている。
依頼主によると、現在マイフォレストの北東にある沼地の付近で、美しい花を咲かせているそうだ。
沼付近には魔物が多数徘徊しており、注意が必要だと言うが、僕は嬉々としてその仕事を引き受けた。
早く伝説の剣を使いこなせるようになりたかったのだ。そのためには実戦を数多くこなさなくてはならない。
「この沼地のどこかに、シィズの花がひっそりと咲いていると言うことだが・・・」
・・・こんな沼地に本当に咲いているのか?
オーガーだの、ゴブリンだのと邪悪な魔物が多数徘徊している沼地、とてもじゃないが花が好んで咲く環境とは思えない。
それでも、一応足下に注意しながら歩き回ってみる。と、遠くに小さな花が一輪だけ咲いているのが見えた。
中心が黄色くて、四枚ある花弁の端が茶色・・・。間違いない、あれがシィズの花だ。
「あの、あなたは・・・?」
「うわっ!」
・・・驚いた。まさかしゃべる花だなんて・・・。
「あなたは・・・?」
小さくて、梢が揺れるようなか細い声。声というのは妙かも知れない、花に声帯はないのだから。
「僕はターク。・・・君がシィズの花なのか?」
「あなた方ニンゲンは、私のことをそう呼ぶようですね」
「・・・そうか。実は僕は、とある収集家の依頼で、君を摘むためにきたんだが・・・」
「えぇっ! そ、そんな! お願いです! 私の命を摘まないで」
花全体が、細かく震え、小さく縮んでいく。
逃げることのできない花としてはこれが最大限の、防御反応だろう。
「別に君を引き千切るわけじゃないさ。ちゃんと、周りの土ごと持って帰るから」
「駄目なんです! 私はこの場所でないと・・・。植えられる場所が変わっただけでも私は枯れてしまう・・・。お願い! 見逃してください・・・」
「困ったな・・・どうしたものだろう・・」
・・・僕に、この花は摘めないな。依頼主には、『すでに摘んだ奴がいるらしくて、なかった』と伝えよう。
「待ってください!」
帰ろうとした僕に、シィズの花は、慌てたように声を掛けてきた。
「ん? ・・・大丈夫だよ。僕の後に誰かここに来ても君が見つかりにくいように、この辺りのものを動かして、隠しておくから」
「いえ、そうじゃなくて。・・・でも、ありがとう。あ、そうだ、あなたのその心に敬意を表して、いいこと教えてあげるわ。先日、そこの巨大な骨の中でなにか光るものを見かけたの。ひょっとしたら、なにかいいものかも知れないわ。まだそのままの場所にあるはずだから、見つけて持って帰ったら?」
「ありがとう」
「さようなら、心優しき人。これからもその心、大切にして・・・」
辺りに散らばる、化石化した骨や倒木を動かしシィズの花が見つかりにくいようにした。もちろん、太陽や風は遮らないように気をつけて。
そうして、シィズの花が言っていた場所を覗いてみる。
確かに、何か光るものが半分泥に埋もれるようにして落ちていた。
「これか、シィズの花が話していたのは・・・。!! 宝石だ・・・それも魔法石のオパール」
オパール。安楽、悲哀を克服して幸福を得ると言われている宝石。シールドの魔法が封じ込められている。
ギルドで貰える報酬以上の価値がある。
僕は気分よく、街へ戻った。




