スティリスの葉
ラーウィンの村に来て、そろそろ二十日になる・・・。
僕はいったい誰なんだ・・・。
「やぁ、剣士さん。今日は少しだけ手伝ってもらいたいことがあるんだが、頼まれてくれるかい?」
「ああ。シューレルにはいつも世話になっているからな。僕にできることなら、なんでも言ってくれ」
「そういってもらえると助かるよ。ちょっと、こっちへ来てくれ」
「・・・これは?」
「今僕が品種改良している薬なんだ。名前は『シューレルのつぶらな瞳』と言うんだ。この薬草が完成すれば、世界中の病に苦しむ人たちが救われる。・・・必ず!」
つぶらな瞳・・・?
「実は、この薬草の肥料が、少々特殊でね。岩ゴケと言って岩に生える苔が必要なんだ」
「なるほど、それを採ってくればいいんだな」
「そうなんだ、君は理解が早いね。岩ゴケは、村の南西に行ったところにある崖の辺りに生えているよ。僕はその間に、薬草のエキスを取り出して調べてみたいんだ。頼むよ」
「わかった、すぐに採ってくる」
言われた通りの場所に行くと、崖の岩肌にびっしりと濃い緑色の苔が生えていた。
それをはぎとり持参した籠に放り込んでいく。
「シューレル。岩ゴケを採ってきたよ」
「ありがとう。あとはこれを煎じて『つぶらな瞳』に塗るだけだ」
「え? 肥料として地面に撒くんじゃないのか?」
「いや、違うんだ。岩ゴケから煮出したエキスを塗ると、『つぶらな瞳』の葉が、養分を吸収するんだよ。さて、煎じてこよう」
シューレルが作業している間は、邪魔するわけにはいかない。僕はスティリスを探した。
たぶん、家の近くにいるはずだ。
いつも日当たりのいい芝生に座って僕を待っているから。
「こほっ・・・こほっ・・・こほっ・・・」
思った通り、家の敷地内にある小さな芝生に、スティリスは座っていた。僕が行くとうれしそうに微笑んでくれたのだが・・・咳が、いつにもましてひどいようだ。
「大丈夫か? 咳がひどくなってるような気がするけど?」
「いえ。まだ大丈夫で・・・こほっ! こほっ!」
顔色も悪いんだけど・・・・。
「剣士さま。今日もお話しましょ?」
「・・・そうだな、今日は何を教えてくれるんだい?」
「今日は、この村のことを、もっとたくさん教えて差し上げますね」
この村に来て、はや半年。記憶が戻る気配はない。
毎日、シューレルの手伝いをし、スティリスの話し相手になる。
『シューレルのつぶらな瞳』は、シューレルの思い通り、品種の改良が進んでいるらしい。素人の僕が見ても、葉の色が濃く、鮮やかで深い緑になってきているし、葉の厚みも増しているのが分かる。
シューレルはこのまま、この村に残らないか? とも言ってくれるが、自分が誰なのかも分からず、世話になり続けるわけにもいかない・・・。
なぜか、この兄妹は僕を気に入ってくれたらしいし、僕も彼らが好きだ。しかし・・・・。
ただ、一つ自分の記憶以上に気がかりなことがある。
スティリスだ。気がつくと、いつも 咳をしている気がする。風邪にしては長すぎる気が・・・。
薬草師の兄がいるんだ、僕が心配する必要などないのかも知れないが・・・。
一年が経った・・・。
・・・・このまま僕の記憶は戻らないのか?
「剣士さま」
「こほっ・・・こほっ・・・。今日は川にお魚を採りに連れていってくれる約束でしょ? こほっ・・・こほっ・・・」
「スティリス。あまり無理をしないほうがいい。咳がひどいようだし・・・。今日は家でゆっくり休んでいたほうがいい」
「ダメよ剣士さま。今日の約束を楽しみにしていたんだから。こほっ・・・こほっ・・・」
「だが・・・」
「お願いです。連れていってください」
「じゃあ、スティリスの咳がこれ以上ひどくなるようだったらすぐ家に戻る。・・・それでいいかい?」
「はい」
素直にうなずくが・・・ひどくなったとしてもそうは見せない。そんな感じがする、なのに、僕はそれを無視して連れていくことにした。スティリスが余りにも楽しそうだったから・・・。
「剣士さま、ほら、そっち、今そっちに行ったわ!」
「よ~し。そ~っと、そ~っと・・・」
「あっ!」
パシャッ!
「残念、逃げられたか」
「あーあ、残念ですね」
「こほっ・・・こほっ・・・」
「スティリス、大丈夫か?」
「・・・はい、大丈夫です」
そう言うスティリスの表情は本当に楽しそうで、幸せそうで、苦しんでいるふうに見えない。僕は、またしても言いくるめられてしまった。
「剣士さま。今度は、必ず捕まえてくださいね」
「よ~し、今度こそは・・・」
「あっ! そっちに行きましたわ」
パシャ!
「今度は、そっち!」
「待て!」
パシャ!
「あ、左に行きましたわ」
「よ~し」
「よし、捕まえたぞ!」
パシャ、パシャ。
「きゃっ! 冷たい!」
そんなこんなで時間は過ぎ去り、辺りが夕焼けに赤く染まり始めた。
「今日はとても楽しかったです」
「そうか・・・。そんなに喜んでもらえると、僕も嬉しいよ」
「それに、剣士さまがお魚を追いかけてる恰好、おかしくって」
「スティリスだって、はしゃいでたじゃないか」
「だって、剣士さまが捕まえたお魚が、私の前で跳ねるんですもの」
「さあ、そろそろ帰ろうか」
「剣士さま・・・。ありがとうございます」
チュッ!
「!!」
「これは今日のお礼です」
「スティリス・・・」
「剣士さま・・・」
「くしゅん!」
「・・・そろそろ戻ろう」
「いやです。もう少し、お話しましょ?」
「でも・・・」
「大丈夫です。お願い、もう少しだけ・・・。こほっ・・・こほっ・・・こほっ・・・」
「今日はもう家に戻ろう。咳がさっきよりひどくなっているようだ」
「こほっ・・・こほっ・・・。このまま、永遠に時が・・・。とまってしまえばいいのに・・・」
「え?」
「こほっ・・・こほっ・・・。いえ・・・。なんでもありません」
「こほっ・・・こほっ・・・」
「大丈夫か?」
「こほっ・・・こほっ・・・。はい・・・大丈夫です・・・。こほっ・・・こほっ・・・」
スティリスの咳が段々ひどくなってきている。早く家に連れて帰らないと・・・。
「スティリス、もうすぐだよ」
「こほっ・・・こほっ・・・」
「剣士さま・・・」
「ん?」
「今日は・・・こほっ・・・こほっ・・・。とても楽しかった・・・」
「!!」
「スティリス! 大丈夫か!!」
「・・・・・・」
「シューレル、来てくれ!スティリスが!」
「どうした?」
「!!」
「スティリス!!」
「スティリスが急に!」
「スティリス!! しっかりしろ!!」
「・・・・」
「とにかく中へ!」
あれから、スティリスはずっと寝たままだ。あの時、僕がスティリスを連れ出したばっかりに・・・。
「シューレル・・・すまない。あの日、僕が連れ出したばかりに、スティリスは・・・」
「・・・違うんだ・・・」
「え?」
「実は、スティリスは・・・。生まれたときから胸の病気にかかっていたんだ」
「!!」
「君がこの村に来た頃から、スティリスの病気は治りかけていたように見えたけど・・・。・・・・どうやら、そうではなかったらしい」
「剣士さん、見てくれ、この葉を・・・。深い緑色をしているだろ? この『つぶらな瞳』と言う草は、スティリスの胸の病気を治すために作っていたんだ。世界中の苦しんでいる人を救うために、なんて、かっこいいことを言っていたけど、違ったんだ。僕は・・・。僕は本当は、自分の妹を救うためだけに・・・。笑えるだろ?」
「・・・・・」
「君には何度も手伝ってもらって、すまないと思っている」
「スティリスの病気を治すためだろ? なにも恥じることはないさ、僕でよければいくらでも手伝うよ」
「・・・スティリスが惚れるわけだ。・・・僕はスティリスを助けたい。普通に恋をし、結婚して・・・。そんな、普通の幸せな生活を送らせたいんだ。今のままじゃ、かわいそうで・・・。あの子には、幸せになってもらいたい・・・」
「シューレル、僕が手伝うから、君も頑張って『つぶらな瞳』を完成させるんだ」
「ああ、一生懸命やってみるよ」
「よし、僕はまた岩ゴケを採ってこよう」
一年半が経過した・・・。
スティリスはあれからずっと病の床に伏したままだ。僕はシューレルの手伝いをしながら、スティリスの看病を続けているが・・・。
スティリスは僕が看病している間、笑みを絶やさない。きっと、僕に心配をかけたくないのだろうが・・・。無理をしているのは誰の目にも明らかだ。
「剣士さん、ちょっと来てくれ! 見てくれ。いつもの薬より深い色だろう? 薬のせんじかたを変えてみたんだ。この新しいエキスには、強い治癒能力があることも分かった」
「そうか、それなら!」
「ああ。このエキスをもっと作って、スティリスに飲ませよう。僕はこっちの葉を摘むから、君はその辺りの葉を摘んでくれ」
「ああ、わかった! 『つぶらな瞳』もついに完成したか!」
「ああ、長かった・・・・。でもこれで、スティリスだけじゃなく。世界中の病に苦しむ人も救える」
「シューレル。前から言おうと思っていたんだが・・・。その『つぶらな瞳』という名前だけは、変えたほうがいいと思う」
「なぜ?」
「ネーミングのセンスが・・・」
「そうか? 僕はいい名前だと思うが。そうだな、名前を変えるとして、どんな名前ならいいと思う?」
「スティリスの葉!」
「スティリスの葉・・・か。・・・いい名前だな。うん、いい名前だ。よし。今日から、この薬はスティリスの葉だ!」
「シューレル。こっちはほとんど摘み終えたよ」
「こっちもだ。これだけあれば足りるだろう」
「これを飲ませればきっと良くなる」
「ああ」
「スティリス。飲んでごらん」
「はい」
「これで、スティリスの病気が治るといいんだが・・・」
「きっと治るさ!」
あれから毎日、シューレルはスティリスに薬を飲ませている。
・・・だが、まだ病気が治る気配はない。
スティリスは随分と痩せてしまった・・・。
それでも、彼女は、僕の近くでは笑みを絶やさない。
シューレルは、かなり落ち込んでいる様子だ。
「シューレル・・・」
「剣士さん・・・」
「あれから何度も、スティリスに薬を飲ませているが、スティリスはいっこうに良くなる様子がない・・・。それどころか、病気は悪化する一方だ。スティリスの葉は失敗だったのか?」
「そんなことはない。スティリスは必ず良くなるさ」
「そうだな。僕がここで落ち込んでいても仕方がない」
「そうさ」
「もっと薬をたくさん摘んで、スティリスに飲ませよう」
「剣士さん。僕はこの薬を煎じてくるから、スティリスの相手をしてやってくれ」
「ああ、わかった」
「スティリス、起きているかい?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
「スティリス!!」
「うぅぅ・・・。はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
「シューレル! スティリスの容態が!」
「スティリス!!」
「はぁ・・・はぁ・・・」
「お兄ちゃんと剣士さんだよ。スティリス、判るか?」
「お兄さま・・・剣士さま・・・。わたし・・・もう・・・ダメみたい・・・」
「スティリス! そんな弱気なことを言わないでくれ!」
「気を確かに持つんだ!」
「お兄さま・・・ありがとう・・・。わたし・・・お兄さまの妹で良かった・・・。とっても・・・幸せだった」
「何を言ってるんだ、スティリス!」
「お兄さまの・・・世界中の病気の人を救う夢・・・。きっと・・・かなうよね」
「・・・・・・・」
「剣士さま・・・」
「スティリス。僕はここにいるよ」
「剣士さまがこの村に来てから・・・。毎日が楽しかった・・・。二人で・・・川に遊びに行ったときの・・・こと・覚えていますか・・・?」
「ああ、覚えている、覚えているとも!」
「あのまま・・・時が止まれば良かったのに・・・」
「また二人で川に行こう! だから、弱音を吐かずに、元気を出してくれ!」
「でも、剣士さま・・・。その約束は・・・かなえられそうにないみたい・・・。ああ、外に迎えが・・・」
「!!」
窓の外に、もやのような黒い塊がいる。
まったく生気のない表情、死人のような目。
「死神・・・!!」
「おにいさま・・・。わたし、わたし・・・行きたく・・・・ない・・・っ!」
「シューレル! スティリスを守っていてくれ!」
たまらず、僕は飛び出した。剣を抜き放ち斬りかかる。
「・・・・・」
「スティリスは、ここから連れていかせないぞ!」
もやは微動だにせず、窓越しにスティリスを見ている。
「うおぉぉぉぉっ!」
確かに斬った。はずだった、かわせるような間合いではない。事実、剣はもやを確かに斬った!
「!!」
・・・手応えがない。もやは剣では斬れないのだ。
「スティリス!」
そのことに気付いたとき、もやは消えていた。慌ててスティリスの元に戻る。
「シューレル! ・・・・・・スティリス・・・は?」
「・・・・。妹は・・・たった今息を引き取ったよ・・・」
「・・・そ、そんな・・・」
「妹は最後まで君を呼んでいた・・・」
「・・・・・」
「スティリスの・・・妹の手が次第に冷たくなっていくんだ・・・。剣士さん。スティリスの手が冷たくならないように、握ってやってくれ・・・」
「スティリス!!」
スティリスが天に召されてから、もう一月が経った・・・。
シューレルは、あれ以来、取り付かれたかのように、寝食を忘れて研究に励んでいる。
その姿は、研究に没頭してスティリスの死を忘れようとしているというより、スティリスの復讐に全てを賭けているかのようだ。
シューレルの、もちろん僕の心にも、あの日見た死神とスティリスの死に顔が焼き付き、消えそうにない。スティリスの葉が完成しない限り、僕達の気が晴れることはないだろう。
ラーウィンの村に来て、もう三年になろうとしている。
スティリスの葉は順調に改良が進んでいる。
僕は毎日岩ゴケを採りに出かけ、シューレルを手伝い続けている。
スティリスの葉を完成させるために・・・。
「ありがとう。君には感謝しているんだ、本当に。・・・・こほっ・・・こほっ・・・」
「大丈夫か?」
「どうやら、風邪を引いてしまったようだ」
僕の胸に、微かな不快感が沸き上がった。不安とかいう曖昧なものではない。もっと現実的な予感・・・が。
五年・・・長いような。短いような月日が流れ去った。
最近のシューレルは働きすぎだ。いつも咳き込んでいる。
・・・あの、不快感の理由に、僕は気づいたが、確かめる気にはなれない、僕の予感が正しかったら・・・いや、そんなはずはない! そんなはずは・・・。
「シューレル」
「剣士さん。見てくれ、このスティリスの葉を」
「奇麗な色だな」
「研究がまた一歩進んだよ」
「だが・・・まだだ、まだ、スティリスの体を蝕んだ、あの病気は治っていない! こほっ! こほっ・・・こほっ・・・」
「シューレル、大丈夫か? ・・・働きすぎなんだ、少し休んだほうが・・・」
僕の不快感は毛、現実の恐怖に変わりつつあった。どうやら、もう疑惑の挟み込む余地はなさそうだ。
「・・・違うんだ。・・・剣士さん、あんたも気づいてるはずだ。僕も、スティリスと同じ病気にかかっている。気がついたのは二年前だ。この病気はどうやら、僕の家系に伝わるものらしい。ごほっ・・・ごほっ・・・」
「シューレル!」
シューレルの病気はあれから日増しに重くなり、昼となく夜となく、苦しそうな咳を繰り返すようになった。
僕はシューレルに教わったとおり、岩ゴケのエキスを毎日葉に塗っている。
シューレルに何度も薬を飲ませたが、病気を治すどころか、進行を抑えることもままならない。
スティリスの葉が美しい緑色に染まっている。
僕はシューレルに、この薬を煎じて飲ませることしか出来ないのか?
「ん? スティリスの葉の中に変な形の葉が! 他のはと違って、一つの茎から四、五枚の葉が出てる!」
・・・シューレルに報告しよう!
「シューレル。具合はどうだい?」
「ああ、今日は比較的気分がいいんだ。・・・でも、自分でも判るんだ。この体が少しづつ病に侵されていくのが」
「何を弱気になっているんだ! スティリスの仇をうたないうちに、死んでどうする。君の作った薬で、君の病気を治す! そうでなきゃ、スティリスに会わせる顔なんかないだろ!!」
「・・・そうだな、スティリスリスに顔向けができないな」
「そうだ、さっきスティリスの葉に変な形の葉を見つけたよ」
「え?」
「他のはと違って、一つの茎から4~5枚の葉が生えていた。色も他の葉より深かったし・・・」
「・・・どんな葉なのか見てみたい。僕を連れていってくれないか?」
「僕の肩を貸そう。さあ、つかまって」
「すまない」
「この葉なんだ」
「・・・!! 今までに見たこともない葉だ・・・」
「こんなスティリスの葉がつくなんて。さっそく調べて・・・。ごほっ! ごほっ!」
あれからシューレルは、変形したスティリスの葉の研究に没頭している。今では、昔の面影すら残らないほどに痩せてしまった。
僕は、新しいスティリスの葉のために、毎日岩ゴケを葉に塗る作業を続けている。
「シューレル、ダメじゃないか! おとなしく寝ていないと」
「ああ、だが、この新しい葉が気になって・・・・。ごほっ・・・ごほっ・・・ごほっ・・・。ゆっくり寝ていられないんだ」
「ダメだ、おとなしく寝ていないと。良くなる病気も悪くなるぞ」
「さあ、横になって・・・」
「すまない・・・。ごほっ・・・ごほっ・・・」
「とにかく、君はしっかり寝ているんだ。僕がこの岩ゴケをスティリスの葉に塗ってくるから」
岩ゴケを塗った。今日はこれでいい。シューレルはおとなしく寝ているだろうか?
「シューレル。きちんとおとなしく寝ているか?」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「シューレル! 大丈夫か! どうして起きているんだ!!」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。剣士さん・・・スティリスの葉が完成しそうなんだよ・・・」
「え?」
「剣士さん・・・。どうか、もうしばらくの間だけ、頼む。あと一回、岩ゴケのエキスを塗り込めば、スティリスの葉の成分と融合して・・・スティリスの葉は、完成する。うっ・・・!」
「シューレル、しっかりしろ!」
「・・・剣士さん・・・。僕も薬草師のはしくれ・・・。・・・死ぬときぐらい判るよ・・・」
「何を言ってるんだ! スティリスの葉は、もうすぐ完成するんだろ!! 約束したじゃないか! 一緒に完成したスティリスの葉を見るって、世界中の病に苦しむ人を助けるんだって!!」
「そうだな・・・。一緒に・・・完成した・・・・スティリスの葉を・・・」
「シューレル、しっかりしろ! スティリスとの約束を果たせないまま逝くつもりか!!」
「・・・スティ・・リス・・・。うぅっ!」
「シューレル!」
「・・・・・・」
「シューレル?」
「・・・・・・・」
「シューレル!!」
・・・ここは・・・?
僕は、あの大木の下で横になっていた。
魔物たちと戦った後となんら変わらぬ姿勢で。
・・・夢?
いや、違う!!
傷がまったくない。
いや、あるにはあるが完治している。
歳は元に戻っているようだが・・・。
ひょっとして・・・。
村の中を突っ切って走る。もう何年も住んでいた村だ、目をつぶっていたって歩ける。
まっすぐシューレルの家へ向かう、そこには古くなり朽ちかけてはいるが間違いなくシューレルとスティリスが住んでいた家があった。
そして、裏には・・・。
棚が、そしてそしてあの葉がある。
スティリスの葉・・・間違いない! 枯れてはいるがスティリスの葉だ・・・シューレルは、あと少し、岩ゴケのエキスを塗り込めば完成すると言っていた。
身体がいつもの道を駆け、岩ゴケを採る。そして再びスティリスリスの葉と向き合う。
『・・・剣士さん。・・・・エキスを抽出して塗らなきゃダメだよ・・・』
「!!」
今、シューレルの声が・・・?
そうだ、エキスを抽出するんだった。道具は家の中にあるはずだ。使い方も覚えている。
「さあ、あとは塗り込むだけだ」
枯れた葉に塗っても意味があるものなのだろうか? ふと疑問も出るが、僕はためらいもしなかった。
・・・・!! 枯れていた葉が・・・次第に緑色に染まっていく!
「シューレル・・・ついに完成だ・・・」
そうつぶやくと、スティリスの葉以外の全てが枯れ、棚も朽ち落ちてしまった。
今まで朽ち果てずにいたことが奇跡なのだ。普通ならとっくに土に返っているのが自然なのだから・・・。
・・・シューレル、ありがとう。
村を出るとき、背後であの兄妹が、僕を見送ってくれた。
見えたわけではない。でも・・・そう感じた。
「・・・・。さようなら、スティリス、シューレル」
この三日が峠だと言っていた、今日はすでに二日目、時間がない。
僕は死に物狂いで走った。そしてまっすぐ病院へ行く。
「先生!! この葉を見てください!!」
「ターク君、それは!! まさか・・・スティリスの葉!! 実在したと言うのか!!」
「シューレルが、作り方を教えてくれたんです。それを元に僕が作りました」
「・・・・・・?」
何を言っているのかと訝しむように先生は僕を見ている。無理もない、だが詳しい話しなどしている暇はない。何がどうであろうと今はミュウの治療が最優先だ。
「話はあとです! とにかく今はこれを一刻も早くミュウに!」
「あ、ああ、わかった。では早速・・・」
先生が慌てて薬の調合の準備をしているが、このスティリスの葉の効果を最大限に引き出す術は僕しか知らない。無礼かとも思ったが、僕は先生の用意した器具を使い、勝手にエキスの抽出にかかった。
「やることはすべてやった。あとは天に祈るしかない」
できあがった薬を先生に託し、僕は病院を後にした。ミュウの病室には母親が付きっ切りで居るらしい。僕が入っていっては気を散らすことになるだろう。
ランスウェル城下町に居ると、どうしても足が病院に向いてしまうのでフェイルの街へとやってきた。観光地に行く気にはならなかったしマイフォレストは遠すぎる。
「シュナ・・・」
と、あの巨大な橋の上でシュナにあった。欄干にもたれ、川面を見下ろしている。
「やあ、ターク・・・」
「黒竜とのことで、落ち込んでいるのか?」
当然だろうな、ああもあっさり剣を折られて平気な戦士はいない。まして親の仇に。
「・・・負けた。僕の剣は、黒竜には通用しなかった。バスターソードを折られてしまうなんて・・・。きっと、奴の剣には強い魔法がかけられてるんだ」
「剣を上からたたき折るなんて、常識では考えられないからな」
「だから・・・黒竜を倒すためには、もっと強い剣が必要だってことだ」
「魔法の剣を弾き返す強さを持った剣か・・・」
そんなもの、あるはずが・・・。
「なんだ、ターク。なにか心当たりがあるのか?」
「あ、いや・・・。ライナスの剣のことを思い出していたんだ」
「おとぎ話の? ターク、怒るぞ」
シュナはそういうが、シュナがまだ知らないことがある。
黒竜はそのおとぎ話の黒竜を復活させようとしている相手なのだ、現実に黒竜が居るのであれば、それを倒すのに用いたと言われる武器もあって不思議はない。
「・・・・・。魔法関係の文献を調べれば、なにか有効な情報が見つかるかも知れない」
思いついたことを直接的に言うわけにはいかないので、少し話を逸らした。
いくら聖騎士隊長の養女とはいえ、国家機密を安々と、それも僕の一存で話してしまう訳にはいかないのだ。
「なんだか頼りないな。でも、相手の正体からしてさっぱり判らないんだ。なんでもやってみる価値はあるかな」
「ああ。とにかく今のままでは黒竜を倒すことは出来ない。それだけは確実に言える」
「やあ、デニス」
夜も更けたのでマイフォレストの宿に戻る。と、嫌でも目に付く鎧とマントがあった。
やはり、僕は精神的にかなり参っているらしい。いつもなら一瞥も与えず無視するであろう男に声を掛けてしまった。
もっとも、その理由の大部分は、鎧の向こうに見えた金髪にあったのだが・・・。
「タークか。相変わらず、暇そうな顔をしてるな」
! ・・・・。
王国の危機に、こんなところでのんびりしている聖騎士には言われたくない。
一瞬殺意を感じてしまったが、僕の自制心はこんなときにも立派に働いてくれた。
「ターク! ねえ、一緒に飲もうよ~」
「エル、酔ってるのか?」
あまり、呂律の回っていない声だ。エルフが酔うとこなんて、滅多に見れるものではない。
「酔ってないよ~」
「やれやれ。酔っている者は大抵そういうんだ」
まったく、本当にエルには驚かされる。僕らの持っているエルフに対する見解を根底から突き崩してくれるのだから。
「ね、飲もうよぉ。いいから座る! ねっ」
「仕事もせずに女の子のご相伴か。羨ましいね。ま、座れよ」
おまえはいったい何の仕事をしていると言うんだ?
僕が見るときは六割が女の子と話していて、四割は村の中で格好付けて歩き回っている。そんなものが聖騎士の仕事なのだろうか?
そんなはずはないだろうが!
「じゃ、お言葉に甘えて」
喉まで出かかった言葉を、さらりと飲み込む。
僕もここ数ヶ月でかなり人間ができたものだ。
「エルはいい娘だろ?」
「ああ、同感だね」
この男に唯一好感を持つ点があるとすれば、これだ。女の子を見る目だけは確かなのだ。好みも僕とほとんど同じだろう、まあ、それが腹立たしくなる要因でもあるわけだけど。
「葡萄酒、美味しい~。ここのお酒って、最高~!」
期せずして僕とデニスの目がエルを見る。エルはボトルとグラスを両手で抱えてうれしそうに飲んでいる。
にしても、少しペースが早すぎる気がする。
「話は変わるが、デニスは剣の腕が立つらしいな」
「え? ああ、もちろんだ。何と言っても、天下の聖騎士隊員だからな」
「今度、君のその華麗な剣捌きを見せてほしいものだな。僕もデニスの様な騎士を目指して、もっともっと剣の腕を鍛えなくてはいけないし」
黒竜と対決するときまでに、少しでも実戦経験を積み、鍛練しなくては。
「はははは、顔に似合わず素直な奴だ。だが、剣は見世物じゃない。真の剣士は不要に剣を抜かないものだ」
「そうか・・・、残念だな」
ついこの前、ライラを相手に人前で剣を抜きかけていたくせに。
「いやしかし、ターク。なかなか見所があるな。いい話を聞かせてやろう。僕がランスウェルの北の外れの草原を歩いているときだ、突然魔物が現れた。奴と目が合ったその時俺は気合いを込め、一瞬の早業で・・・」
・・・たったこれだけの話しで眉唾ものと感じるような話しができるというのも、一種の才能かも知れないな。
僕は感心して聞いた。少しでも戦いの経験のあるものなら、こんな話し聞く気にはならないだろう。こいつ、本当は実戦なんて経験していないのではないだろうか。
「エル、もうお家に帰る~」
「え? もう?」
いいタイミングだ。
「途中まで送っていくよ、エル。デニス、名残惜しいが、話の続きはまた今度聞かせてくれ」
「それはないだろう。これからがいいところだぞ」
「じゃあねえ、ターク、デニス」
酒場を出たところで元気よくエルが手を降った。
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫よ。エル、全然酔ってないもん」
「そんな筈は・・・あれ? 本当だ。もう醒めてる」
言葉の呂律もはっきりしてるし、顔も赤くない。
さっきまでとぐろを巻いていたというのに。
「じゃあね~」
「待てって! 俺の話を・・・」
「心配しなくてもだいじょうぶよ。本当に酔ってないから」
エルフはやはり酒なんかでは酔わないのだろうか? それともエルに担がれたか?
どちらにせよ、後ろ姿のエルに歩調の乱れはない。心配することはなさそうだ。




