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アルティナ


 昨日のは、思いのほか僕の胸に影響を残していたらしい、どうしてもライラの死に顔が脳裏にチラついて落ち着かない。

 もう一度、元気な顔を見て気持ちを落ち着けることにしよう。

 「ライラ」

 ライラの塔に行くと、ライラは本来の姿。

 部屋の中を文字通り飛び回ってほこりを払っている。

 「ターク! 遊びに来てくれたのね」

 昨日の今日だ、当分来ないと思っていたのだろう。やけに楽しそうに飛びついてきた。もっとも、抱きつくようなことはなかったが。

 「ああ。掃除の途中だった? いいのかな」

 「構わないわよ、もう終わったところだから」

 「そうか、よかった。あれ、ライラ。そのピアスいいね。似合ってるよ」

 ライラの耳に見慣れないピアスを見つけ、つい口に出してしまった。

 このところ女性のアクセサリーに関わる機会が増えたので、目が向くようになっていたのだ。

 「え?」

 実際、そのピアスは光沢や透明感のない深緑で、華やかではないがブロンドの髪と黒に統一された服の間にあると存在感がまるで違う。

 それ一つだけを見ると地味だが周りとの調和で輝いてみえるのだ。

 あたかもその場所が、収まるべき唯一の場所だとでもいうように。

 『調和により、生まれる美しさ』何かの本で呼んだ言葉だった、あれは何の本だったろう?

 「・・・ありがとう。これ、お気に入りなのよ。タークはピアスしないの?」

 「え? いや、僕はそういうのはちょっと・・・」

 男でピアスが似合うものはそう多くはない。僕は明らかに多数派だった。自分がピアスを付けるなんて考えたこともない。

「ひょっとして、怖いの? 耳に穴開けるの」

 「そんなことないよ。僕だって、戦いの最中は怪我をしたり、刃物に刺されることだってあるし・・・」

 妙に声のトーンが上がってしまった。少し自己弁護の響きがあるのを自分にも感じられる。

 「刺されるのと、自分で刺すのは違うわ。騎士が耳にちっちゃい穴開けるのが怖いなんて、問題よ。・・・・・・」

 「ライラ、よからぬことを考えてないか?」

 嫌な予感を感じて、後退さるがなぜか身体がすくんで動けない。

 「タ・ー・ク。痛くしないから、こっちへいらっしゃい?」

 そこへ、悪魔のように楽しげな顔でライラが近づいてくる。その手には少し太めの針が握られていた。

 「・・・勘弁してくれ!! 僕はピアスなんて絶対に付けないからな!」

 呪縛が解けたかのように、僕は走り出した。冗談じゃない!ピアス穴なんか開けて村に帰ったら・・・帰ったら、それを考えるとゾッとする。いい笑い物になるに決まっているのだ。

 「大丈夫よ。怖くないってば! ターク、きっと似合うわよ」

 ライラが追いかけてくる。逃げようと走り回る僕だったが狭い部屋の中、そうそう走り続けてもいられない。

 目の前に迫った壁を避けようと進路を変えた、そのときライラは僕の行く手を遮ろうと周り込んできた。

 「うわっ!」

 「きゃっ!」

 当然のごとく僕達は正面からぶつかった。

 いや、ぶつかったというよりも。これは・・・。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 目の前にライラの目がある。

 顔ではなく驚きで見開かれた目が、ライラの息遣いが聞こえ、微かな化粧品の匂いが鼻孔をくすぐる。そして何よりも・・・。

 唇の柔らかな感触。

 要するに、口付してしまっているのだ。身長はライラの方が高いのだが、僕を捕まえようと身を屈めていたから目線が同じになっていた。それが真向からぶつかれば・・・当然こうなる。

 「・・・・も、もう、タークったら、運動神経鈍いわよ」

 「いや、あの、その・・・」

 唇が合ったことにはあえて言及せずに、ライラが避けられなかった僕を非難している。今のはなかったことにしようということだ。

 僕としては、何を言っていいやらわからず、狼狽してしまった。

 「仕方ないなあ、ピアスは諦めるわ。そうだ、ピアスがいやなら、これはどう?」

 気分を変えるように口調を変えたライラが、棚から別のものを持ってきた。

 小さな箱に入っていたのは。

 「指輪?」

 小さな指輪だった。

 ただ、やけに派手に見えた。台座が青く、しかも翼を広げた天使を象っていて、面積がやたらと広いのだ。

 その中心にライラのピアスに付いているのと同じ色の石が埋め込まれている。

 青い台座もどうやら何かの石を削って作ったものらしい。かなりの技術が注がれた逸品、というところか。

 「これについている宝石はね、あたしのピアスと同じ石。二つの宝石は魔法で繋がれてるの。これを身に付けてる二人は互いに、相手が強く念じたことを知ることが出来るの。ターク、もらってくれる?」

 「え、僕が? いいのかい? ・・・ということは、この指輪を付けていれば、ライラの心の声が僕に通じて、僕が念じたことは君に伝わるのか。じゃあ、どこにいてもいつも一緒に居るようなものだな」

 前に聞いたことがある。魔力を持った石を二つに割り、加工を施すと互いの引き合おうとする力でいろいろな奇跡を起こせる、と。

 その代表的な力が『心話』の魔力だ。互いに心で会話ができる。他にも、瞬時に相手の元へ跳ぶ『転移』の魔法というのもあるらしいが・・・。

 「ふふふ」

 「それじゃさっそく、付けさせてもらうよ」

 ライラの指輪を左手の中指にはめた。

 似合うとは思えなかったが、台座の石は僕の指に張り付くかのようにしっくりとはまった。

 やはり、この台座にも何かの魔力があるのだろう。かなり大きい指輪だというのにまったく違和感が感じられない。

 身体の一部になってしまったかのように・・・。

 「これでいつも一緒ね・・・と言いたいところだけど、実はうまくいったためしがないのよね」

 「え? 僕はまた騙されたのか?」

 「違うわ、嘘はついてないわよ。きっとタークとだったら効力が現れるって、あたし信じてるんだけど?」

 かなり語気を強めてライラが言った。今回は本気らしい、最も僕もそんなに強く疑ったりはしていないが。

 なにはともあれ、

 「少なくとも、これで耳にピアス穴を開けられる心配はなくなったわけだ」

 「安心して。ピアス穴のほうはもう諦めたわよ。大事にしてね、ターク」


 「いいからさっさと抜けよ。その剣は飾りか!」

「勘弁してくださいよ」

 ランスウェル城下町へ来た。もちろんミュウの見舞いのためにだ。

 が、街に入った瞬間に僕はトラブルの火中に顔を出すことになってしまった。

 あの元気な声は、街のどこに居たって耳に届くだろう。

 「シュナ。・・・ケンカか?」

 「あ、ターク。これから、こいつと勝負しようと思ってさ。久々にいい試合が出来そうなんだ」

 ・・・やれやれ、ケンカでも試合でも町中でやったら大して変わらないだろうに。

 「試合・・・? あれ、あんたはディックじゃないか」

 「ターク、この方とお知り合いですか」

 振り返って相手を見て驚いた。尖った耳に不似合いな大柄な体格、黒いマント、相手はディックだったのだ。

 かなり当惑した表情で僕とシュナを見比べている。

 「ああ、一応ね」

 「この方を説得していただけませんか。さきほどから剣の勝負をしようの一点張りで、離してくださらない」

 「シュナ、この人が困ってるじゃないか。強引なのにも程があるぞ」

 言ったところで、簡単に引き下がるシュナではないが・・・。

 「絶対、勝負したいんだよ。この男、ただものじゃない。一目見てピンときたんだよ」

 「・・・だからといって、ディックは嫌だと言ってるじゃないか、無理強いは良くない」

 いつもこんな調子で流れの剣士や騎士に戦いを挑んでいるのだろうか? 聖騎士隊長の苦労が伺える。

 無茶なことをするものだ・・・。

 「お嬢さんが本気なのはわかりますがね、ご容赦ください」

 「・・・分かった。ここはひこう」

 ディックがいっこうに乗ってこないので勝負をしても意味がないと悟ったのだろう、ようやくシュナは引いた。本気の相手と戦うのでなくては腕試しにも、鍛練にもなりはしない。

 「すまない、ディック。彼女も、普段はあそこまで強情じゃないんだが」

 「気にしてはおりませんよ。剣のこととなると、ことのほか夢中になってしまわれるようだ。では、私はこれで・・・」

 シュナも一流の剣士だ、ランスウェル国中の不穏な空気を肌で感じているのだろう、ましてその原因は黒竜にある。鋭敏にならざるをえないのかも知れない。


 「・・・あ、タークさん」

 部屋に入るとミュウはベッドに横になっていた。

 僕が入っていくと慌てて起き上がろうとしているが、どうも頭がふらついていて危なっかしい、それに顔も真っ青だ。

 「やあ、ミュウ。今日は体調が悪いのか? 随分と顔色が悪いよ」

 「いえ。・・・少し気分が優れないだけです。すぐに良くなります」

 「・・・無理してるんじゃないのか? 何だったら先生を呼んで・・・」

 無理してるんじゃないのか? 尋ねるように言ったが、実のところ無理しているのは誰の目にも明らかだ。

 来ないほうが良かったかも知れない。

 「いえ、大丈夫です。たー・・・さ・・・・・」

 「ミュウ!!」

 胸を抑え苦しそうに俯く。

 顔中から血の気が引き冷や汗がしたたっている。僕の前でこれほど苦しそうにするということはよほどひどいに違いなかった。普段は決して微笑みを絶やしたことがないのだから。

 「ミュウ!! しっかりしろ!!」

 「・・・・・・・」

 「今、先生を呼んでくるから!!」

 病院の廊下を全力で駆け、階段を駆け降りる。

 「先生! 早く来てくださいっ! ミュウが・・・苦しんでる!!」

 「なにっ!! それはいかん!」

 先生が診察室の椅子から飛び上がる間も与えず、僕は先生の手を引っ掴んで再び階段を駆け上がった。

 途中で先生がつまづいたようだったが、かまわずに力づくで引き上げた。

 「・・・っ、は・・・」

 「先生!! ミュウの具合どうなんですか?」

 「・・・ターク君、ちょっとわたしの部屋まで来てくれるか」

 もはや、僕の顔を見る余裕もなくしたミュウの胸や手首をとり診察していた先生が難しい顔で僕を呼んだ。

 先生の私室に向かう途中、先生は看護婦の一人にミュウの家族に連絡をとるようにと指示を出していた。

 僕の脳裏に最悪の事態が過る、医師が家族を呼ぶ、いい話しである確率は極めて低い。

 「先生・・・」

 「ミュウの病気だが、正直言って非常に危険な状態だ。彼女は最近、比較的良好な状態を保っていた。以前に比べれば体力もある。その点に、唯一望みをかけられるが・・・」

ああっ!! これが百年前なら、シューレルに会いに行くのだが・・・・」

 「シューレル?」

 「そうだ。彼の話を多少なりとも耳にしたことはないかな? 人を救うため医術の研究に生涯をかけた、あの治癒魔術師シューレルの話を」

 「・・・いえ、知りません」

いくら僕でも、全ての魔導師や魔法医学を知っているわけではない。

 「・・・そうか。シューレルの伝説はこのランスウェルだけに伝わるものか。・・・おそらく、この三日が峠だろう」

 三日、たったの三日・・・。


 ミュウのことを考え、途方に暮れながら川辺に佇んでいるとシールが僕を呼びに来た。 アルティナ姫が僕を呼んでいると言うのだ。正直、今日はもう誰ともあいたくはなかったが、そういうわけにも行かなかった。

 第一、僕は姫に対して閉じるべき扉を持ってはいない。

 本当は閉じるべきなのだろうが・・・。

 「ターク、どうぞ。姫が、どうしても話をされたいそうです」

 いつもの私室ではなく、書庫の向かい側にあるバルコニーへと案内された。

 「姫様、失礼いたします」

 「どうぞ、お入りください」

 声を確認して扉を開ける、そして足を踏み入れたとき。僕はまったく予想していなかったものを見た。

 「タークさま・・・」

 「アルティナ姫、いや、ティナ・・・。どうしてそんな姿を・・・」

 そこには王女の服ではない、いつも街に遊びに行っていたあの服のティナが居たのだ。赤いベレー帽も眼鏡もあのままの。

 「わたくし、決心いたしました。今の身分はもう捨てます。これからはティナとして生きていくつもりです」

 「なんですって!」

 「それならば・・・以前のように、タークさまと会ってよろしいでしょう?」

 「アルティナ姫、あなたは王女なのです。国民の上に立つ人が、一時の気の迷いで、そんなことを軽々しくおっしゃってはいけない」

 「タークさま、わたくしは本気です! タークさま。わたくしはタークさまに会えない生活など、つらいだけです・・・」

 「・・・どうかアルティナ姫の姿にお戻りください。お忍びの外出で、外の世界を見ることも大切でしょうが姫様には他になすべきことがいくらでもありましょう」

 「お城しか知らないわたくしが、タークさまのおかげで、いろんな世界を見ることが出来ました。でも、それが楽しかったのは、タークさまと一緒だったからですわ。・・・タークさまにもう会えないなんて、わたくし・・・、耐えられません」

 「・・・姫、あくまでも私は一介の騎士に過ぎません。そして、あなたはランスウェル王国の王女なのです」

 「わたくしに対する態度も、話し方も、すべて変わってしまわれたのですね・・・」

 寂しさと憂いを込めた瞳が僕の心を射貫く、涙は女の子の最大の武器、という言葉がいやというほど痛切に感じられた。

 このまま駆け寄り、抱きしめられたら・・・。

 だが、それは決してしてはいけないことだった。騎士としてだけでなく人間として、考えてみれば僕はいったいなんと節操のないことをしていたのだろう?

 いったい、何人の女の子に気を持たせたか・・・我ながら罪なことをしているものだ。

 この国に来たばかりの頃、デニスに嫌悪感を感じておきながら結果として似たようなことをしていることに気づく。

 僕は、最低だ!!

 「・・・・・・」

拳を握り締め、沈黙するしかなかった。

 「・・・わたくしを王女としてではなく、一人の女の子としてみてくださったのは、タークさま、あなた一人だけでした。だから、タークさまに魅かれるほど・・・。正体が明らかになってしまうのが怖かった。もしわたくしの本当の姿を知れば、タークさまは今までのように会ってはくれない。そう覚悟はしていました。でも・・・。タークさまに会えなくなるくらいなら、いっそ、わたくしは王女の地位を捨てます」

 「アルティナ姫、どうかご理解ください。何より、あなたには危険が・・・・!」

切羽詰った僕が、思わず黒竜のことを言いかけたとき、僕の肩に手がおかれた。何気ない動作だったが、掌から伝わる一種の波動めいたものが、僕の心の動揺を制した。

 「姫の気持ちを分かってあげてください。ターク。姫にはすでに話してあります。あなたがすでに何人かの女性といい関係になっていることを、それでも姫はあきらめない。たとえ末席でもいい、あなたの傍に居たい、と」

 「見てらんないよ。ターク、男なら、はっきりしろ! 王女にここまで言わせて逃げたら男じゃないよ!!」

 「しかし、ルシオン・・・?」

 「私も国王に忠誠を誓った身ゆえ、国王陛下に背くことは出来ません。しかし、見て見ぬ振りは出来る。赤ん坊の頃から知っている姫が、苦しむ姿を見ているのは、私にもつらいことなのです。それに・・・パンディオンと違い、この国はアルテミス神を国教とし、その教義によって一夫多妻制がとられています。一人の女性にとらわれる必要はないのですよ」

 そんなことは僕も知っている。だが考えないようにしていた。何人もの女性と関係を持つなど、まともなこととは思えなかったから。

 「もっとも、王女がその末席に付くうのは前代未聞でしょうがね」

 「姫は起きているときは、タークのことを想って、眠ればタークの夢を見ている。何を聞いても上の空だもんねー」

 「もう、シールったら・・・」

 シールが姫にからかうように声を掛けている。

 それを見計らい、ルシオンは僕に小声で囁いた。

 「アルティナ姫はいつ襲われてもおかしくない。放っておいたら、城の外を歩き回るかも知れないのだから、それならいっそ、あなたと一緒に行動させたほうが安心です」

 「・・・・」

 「ターク。姫を頼みます」

 「本当に頼んだよ、ターク」

 「・・・タークさま・・・」

 望外なルシオンの援護に感極まったのだろう、涙に震える声をアルティナは搾り出した。

 「アルティナ姫、いや、ティナ・・・じゃなくってアルティナ。僕みたいな一介の騎士でもいいのかい?」

 まして、まだ子供なのだ。

 この国でやってきたことはともかく、歳は十にも届いていない。

 「ええ。 あなただからこそ・・・、あなたでなくては駄目・・・・。あなたと一緒なら、王女の身分なんて要らない・・・!」

 「アルティナ・・・」

 「タークさまと離れるなんて、耐えられません・・・」

 「アルティナ・・・、愛してる」

 口にするとき、どうしてもテレが出たが、言ってしまった途端に腹が据わった。僕はアルティナを王女としてではなく一人の女性として愛している。それを非難することは誰にもさせない。

 「わたくしもです、タークさま・・・」

 「アルティナ、僕が君を守ってみせる!!」

 剣に賭けて、命に賭けて誓おう。何があっても僕がアルティナを守ってみせる。

 「タークさま・・・」

 「アルティナ、まだその恰好でいるのかい。場所が場所だ、着替えたほうがいいよ」

 涙を流れるに任せているアルティナを見やって、涙を拭いてやろうと手を伸ばし僕は苦笑した。

 ティナの姿のままだったのだ。

 「そうですわね。わたくしったら、すっかり忘れていましたわ。着替えてきます。それではまたお会いしましょうね、タークさま」

 本当に、これでいいのだろうか?

 幸せそうな微笑みを残して駆け去っていくアルティナの後ろ姿を見つめ、僕は自問自答してみた。答えなど見つからないだろうが・・・。


 翌日、再びアルティナに逢いにランスウェル城へときたのだが、城門をくぐった途端に血相を変えて走ってくる聖騎士隊長と鉢合わせになった。

 天下の聖騎士隊長ともあろうものが、単独で走るなんて尋常なことではないだろう。

 「ターク君! シュナに会わなかったか?」

 「いえ。・・・シュナがどうかしたんですか?」

 「つい先刻、黒竜らしき男がタトゥラ遺跡に現れたと報告が入った」

 黒竜!!

 全身の毛が逆立つのを感じる、黒竜のことはもう人事ではない。身内に降りかかる忌まわしい災厄だ。

 「間の悪いことに、部下が私に報告する際、その場にシュナがいたんだ」

 「!! まさか、シュナは・・・?」

 「そうだ。シュナは制止も聞かず飛び出していってしまった」

 早まったことを・・・!

 「わかりました! 至急、彼女を追ってタトゥラ遺跡に行ってみます!」

 「すまん、ターク君。娘を頼む」


 タトゥラ遺跡、一度来た場所だ。構造は大体頭の中に入っている。

 「シュナを早く見つけないと・・・。頼むから間に合ってくれ!」

 おそらく、黒竜はクレアがいたあの部屋にいるはずだ。

 「ん? あれは!」

 最短ルートを全速で走り抜け、最深部の部屋へとたどり着く。

 そこには、対侍する二つの影があった。

 シュナだ! それに黒竜!

 「シュナ!」

 「タークか、こいつは僕の敵だ、絶対に手を出すなっ! 手を出したら、絶交だからなっ!」

 「やめろ、シュナ!」

 叫んではみるが、止めに入ることはできなかった。距離があったし、止めに入ったところで事態は変りようが無い。かえって、二人とも動きが取れなくなり黒竜にやられるだけだろう。

 「行くぞ、父さんと母さんの仇! 死ね、黒竜!!」

 「ふっ! ・・・」

 「シュナ!」

 シュナには悪いが、腕の差は歴然だった。シュナは本気で斬りかかっているというのに、黒竜には模擬試合をしているかのような余裕を感じる。

 「笑止! この程度の腕で俺と闘おうというのか?」

 「ちくしょーっ! たあっ!!」

 「くくくく、女にしてはなかなかの太刀さばきだが、まだまだ・・・」

 だが、その余裕がシュナにとっての勝機を生む。

 「馬鹿にするなっ!」

 シュナの剣が黒竜の剣を右に大きく払った! 黒竜の体勢が前方に崩れる。脇腹ががら空きになった今がチャンスだ!

 「いいぞ、今だっ! シュナっ!!」

 「死ねーーっっ!!」

 それに対して黒竜も剣を素早く戻してきた。シュナの上段からの振りが間に合うか?

 「ぬうんっ!」

 「うわあっ!」

 ・・・バカな!

 黒竜の剣にシュナのバスターソードがあっさりと折られてしまった!

 剣で剣を折るなんて、鎧を切るというのは実際に見たこともあるが、剣を折るなんて・・・。

 「シュナ! 危ないっ!」

 「うはははは。なまくらな剣で俺に勝てるものか。さあ、どう出る、小娘」

 「くっ・・・」

 いかにシュナが手練の戦士だとしても、折れた剣では勝敗は目に見えている。

 「黒竜、僕が相手だっ!」

 シュナをかばい、剣を抜いて黒竜の前に立ちはだかる。

 「ふ、愚かものが・・・。先に死にたいなら殺してやるわ!」

 「行くぞ!」

 黒竜が迫る。巨体に似合わぬほどの素早い動きで剣を振り下ろしてくる。

 が、なぜか僕の剣は黒竜の剣捌きに応じることができた。いや、剣がではない。僕の身体がだ。

 だが、この力・・・。

 くっ! 強い!

 支えるのがやっとだ。

 「まさか・・・まさか、貴様が? ・・・ううっ!」

 なのに、妙に僕は余裕を持って黒竜の剣に対応することができた。まるで・・・。

 「ぐああっ! ・・・クソッ、こんなときに・・・」

 黒竜の様子がおかしい・・・。

 「ちっ! 運のいい奴らだ。・・・小僧、また会おう!」

 ・・・? どういうことだ?

 「くそっ!」

 「大丈夫か、シュナ!」

 「剣が・・・。僕の剣が折られるなんて! もう少しだったのに・・・!」

 戦士にとって剣を折られることは腕を折られるよりもつらい、まして仇とする相手に折られるなど屈辱以外の何ものでもないだろう。

 僕にはシュナに掛けてやる言葉を思いつけなかった。

 黒竜・・・。奴は何者なんだ? バスターソードをあっさり折ってしまうなんて、あれは、ただの剣じゃない。

 「僕の負けだ・・・」

 うなだれたまま、シュナは肩を落として歩き去っていこうとしている。

 「あ、シュナ・・・」

 呼び止めようと声はかけてみたが、・・・いや、今はそっとしておこう。


 シュナ以上に危険な娘がいる。

 王立病院へ! 少しでもいい、容体が好転しているといいが・・・。

 「おはようございます、花の配達に参りました! あら、ターク。おはよう」

 病院内に入ると、あの鈴を転がすような声が聞こえた。

 「おはよう。仕事、忙しそうだね」

 そういえば、今日はここに花の配達に来る日だった。相変わらず元気に、楽しそうに働くリスティンがとてもまぶしく見える。

 「ふふ。おかげさまで繁盛してるわ」


 残念ながら、容体は更に悪化していた。

 呼吸が荒く、激しく胸が上下動を繰り返す。吐いて吸う、たったこれだけの作業に全身の体力を使っている感じだ。

 そして、体力がなくなったときは・・・。

 「ミュウ・・・」

 リスティンの十分の一でいい、ミュウに分けてあげられたらいいのに。

 「来ていたのか・・・」

 「・・・はい。ミュウが目を覚ましたときに、側に居てあげたいですから」

 「・・・・・・・」

 本当なら、アルティナにとってのルシオンのように付きっ切りでいたいくらいだ。が、それは他人の異性が安々としていいことではないだろう。

 「・・・先生。シューレルと言う人が残した処方で、何か有効なものはないんですか? 僕はさっきから、そのことを考えていたんです」

 「・・・・・。あるとすれば、スティリスの葉、だが・・・」

 「スティリスの葉?」

 「彼が、研究の末に作り上げた薬の名だよ。シューレル自らの体得した治癒魔術の全てを用い、作り上げた。文字通り万能薬だということだ」

 「その薬なら、ミュウを治せるかも知れない!」

 「早まるな。それが実在していればの話だ。私は、彼の業績をたたえるあまりに生まれた逸話の一つとしかおもっとらん。ただの作り話だとな。なぜならシューレルは、23歳の若さでこの世を去ったからだ。もし万能薬が本当に実在していたというなら、シューレル自身が使わなかったはずはない。そうは思わんかね?」

 「じゃあ、スティリスの葉は実在しないということですか?」

 「そう考えるのが妥当だろう」

 そうかもしれない、でも・・・。

魔法薬は作ってすぐに効力を発するとは限らない、完成してから使えるようになるまで丸半世紀の時間を必要とするものもあるのだ。

 その『スティリスリスの葉』というのもあるいは・・・。

 「・・・それでも今はワラにでもすがりたい状況です。シューレルが生前、研究を行なっていた場所はどこです?」

 「そこに行って何をするつもりだ? スティリスの葉を探すのか? そんなことをしても無駄足になるだけだ」

 「しかし、万が一ということもないとは言い切れません。今は、わずかな望みにでも、賭けてみたい。僕は行きます。僕は、せめて自分にできる限りのことをしてあげたい。でないと、一生後悔することになるでしょう」

 「・・・わかった。シューレルが研究していた村はラーウィン村といってな。昔はランスウェル王国の領地内にあったんだが、十年前の封印戦争の折り、魔物に襲撃されて、今は廃村となっている。今でも魔物どもの巣窟と化したままのはずだ。力のある冒険者でも、そこには近づきたがらない。覚悟がいるぞ」

 先生の忠告を僕は最後まで聞きはしなかった。ラーウィンという地名を聞いた瞬間には病室を出ていたから。


 「!! 魔物がたくさんいる! これじゃ村の調査は後回しだな」

 ざっと見渡しただけで、レベルの高そうな魔物がうようよ歩き回っている。

 まずは掃除をしないと・・・。

 「とにかく、シューレルの薬草を手に入れなければ、ミュウは・・・」

 ようやく、魔物の掃除が終わった。・・・僕もかなりの傷を受けてしまった。少し、焦りすぎていたかも知れない。

 「・・・少し、休もう」

 川の辺に大きな樹があるのを見つけ、僕はその木陰に身を横たえた。

 少し、少しだけ、休めば・・・大丈夫。

 少しだけ・・・・。

 急激な睡魔に似た感覚が、僕の意識を浸食していくのを感じながら、僕は危機感も感じず、ゆっくりと意識を失っていった・・・。


 「!!」

 「よかった、気がついたぞ!」

 「? ここは・・・?」

 「大丈夫かい?」

 「ああ・・・・」

 ここはいったいどこなんだ?

 「僕の妹のスティリスが、大怪我をした君を見つけたんだ」

 「・・・・・・」

 スティリス?

 「最初、見つけたときにはびっくりしたわ。だって、すごい量の血なんですもの」

 「・・なんで、こんな怪我をしてるんだ?」

 「分からないのかい? ・・君の名前は?」

 「・・・おれ? 名前・・・・あれ? 名前は・・・・思い出せない」

 「!!」

 「だいいち、僕は一体どうしてこんな場所にいるんだ? うっ! 頭が・・・割れるように痛い」

 「・・・どうやら記憶喪失のようだね。きっと、血を流しすぎたんだ」

 「・・・うぅっ!!」

 「無理だよ! その傷で立ち上がるなんて。とにかく、僕の家で傷を癒やすことだ。僕は薬草師。僕の薬にかかれば、君の傷なんかすぐに治るよ」

 「すまない。迷惑をかけてしまって・・・」

 「なに、いいってことさ。それよりまだ、自己紹介をしてなかったね。僕の名は、シューレル」

 ・・・シューレル? なんだろう? どこかで聞いたような・・・とても、大切なことだった気がするのに・・・。思い出せない。

 「あ、お体のほうは大丈夫ですか?」

 「ああ・・・ありがとう。おかげで、ご覧の通り、完治したよ」

 「よかった、もう治ったんですね」

 「ああ。君のお兄さんのおかげだよ」

 「こほっ! こほっ・・・」

 「・・・風邪かい?」

 「こほっ・・・こほっ・・・。えぇ・・・たいしたことじゃないんです。気にしないでください」

 「気をつけないと」

 「はい。剣士さまって、優しいのね」

 無理をしていると分かる笑顔を向けてくる・・・えと、誰かに似ている?

 「だいぶ元気になったようだね」

 思わずスティリスを見つめてしまった僕にシューレルが聞いてきた。

 「ああ・・・君のおかげだ。ありがとう」

 「なに、大したことはしていない。僕は薬を煎じて君に塗っただけだよ。治ったのは、君の体力がすごいから」

 「?」

 「並の人間なら、あんな大怪我をしたら死んでいるよ。なのに君は、完治するのに十日とかからなかった。君は見たところ、どこかの国の剣士らしい。だから、体力も人並み外れているんだろう」

 「・・・・・・・」

 「そうそう。名前はもう思い出せたかい?」

 「・・・思い出せない。自分のことが何一つ・・・思い出そうとすると頭が割れるように痛み出すんだ。・・・ただ、僕は君になにか伝えようとしていた気がするんだけど・・・」

 「僕に・・・?」

 「まあ、無理はしないほうがいい。そのうち、自然に戻るさ。それまで、この村でゆっくりしていくといい」

 「ああ」


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