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悪戯


 何百年か前に悪行の数々を成して封印された魔導師の封印が突然解け、復讐のために近隣の村々を襲っている。

 おかしな話しだ。

 なんで封印なんてまどろっこしいことをしたんだろう? 

命を奪うのが忌避されたにしても、魔力を奪うとか手の内ようは他にいくらでもあっただろうに。

 それに封印が突然解けるというのも妙だ。何かしらの前兆があるはずだから・・・誰かが故意に解いたのでない限りは。

 とりあえず、現場に行ってみる。

 「・・・なるほど、封印するしかなかったわけだ」

 目の前に魔術師がいる、時の流れを示すかのようなボロボロの服、青白い顔、とても生者とは思えない。

 そう、その魔術師は存在していながら生きてはいなかった。

 「・・・リッチィ、か」

 僕は、いくつかの事件を解決したからといって調子に乗り、こんなところにまででしゃばってきてしまった自分を呪った。

 不死係最悪の魔物だったのだ。

 バンパイアほどの攻撃性はないが、防御力は桁が外れている。

 物質界に強く存在するバンプイアの肉体とは逆に、リッチィの身体は精神体に近い。だから魔法はごく一部を除いて、まったく効かないし、物理攻撃は素通りに近い。

 さらにやっかいなのは腐蝕性のガスを吐き出す事だ。剣を使うときは一撃で決めなくてはならない。そうしないと一瞬にして剣も僕自身も腐って土に返ることになる。

 「これは・・・僕の手には負えないね」

 そうは言っても、目が合ってしまった相手から逃げるのは至難の業、背中に冷たい汗を感じながら後退る。

 この魔物を完全に倒す方法となると、神聖魔術の中でも最上級浄化魔法、解呪魔法をかけるしかないが僕にそんな技術はない。

 「・・・浄化、魔法!!」

 逃げようがないと見た僕は、なんとか反撃の方法を模索し一つの可能性を発見した。

僕の身に宿る蛟は毒と浄化の力を併せ持つもの、その力を最大限活かすことができれば・・・。

 「・・・やるしかない」

 奴から出たガスが、僕の周囲を取り囲むように広がるのを見て、僕は覚悟を決めた。決めるしかなかった。

 チャンスは一度、失敗しても、何もしなくても死ぬ。だとしたら、成功する確率がわずかでもある限り、やるしかない。

 全魔力と精神力を集中し、己の中にある蛟を呼ぶ。

 自分の中で、大きな力がうねるのを感じ、僕は右腕をリッチィに向ける。直後、全身の力が右腕から吐き出されるのを感じた。

 そして・・・。

 賭けは成功した。

 蛟はリッチィの肉体を押し流し、魔力を浄化しながら吸収していく。それだけでは倒し切れなかったかも知れない。だが、僕にはもう一つ、力を貸してくれる存在が付いていた。

 蛟と同じ、水の属性と無限の可能性を秘めたもの。精霊獣の卵だ。

 リッチィの魔力を吸収し、暴走しそうになった蛟、いや、水と闇の魔力の塊は魔力を糧とする精霊獣の卵へと吸い込まれた。

 「ぐ、ググァ・・・ば、バカ、な・・・」

 後は干からびた頭蓋骨が魔術師の最後の言葉を語るのみとなっている。

 「瞑れ!!」

 剣を引き抜き、叩き下ろす。

 頭蓋骨は砕け、砂となって消えていった。

 我ながら、無茶をしたものだ。

 蛟の加護を無くした身体に、異様なほどの喪失感を感じながらも僕はフェイルまで戻った。

 一番近い町だったし、一つ用事を思い出したから。

 「いらっしゃいませ。フェイル宝石店へようこそ。ここではさまざまな宝石やアクセサリーをご用意しております」

 ミュウへのプレゼントを買うのを忘れていたのだ。

 「銀のブローチは、980Gになります」

 銀のブローチの中でも、あまり派手さのない。シックなものを選んで買う。エルフだろう女性のレリーフに、赤いルビーがアクセントの品だ。

 ミュウには少し控え目なくらいのが似合うだろう。

 「ありがとうございます。また、ご来店ください」

 喪失感の癒えない僕は、少しでも癒されたいと無意識に考えたのだろう。ランスウェル城下町へと脚を伸ばした。

 確か、今日はティナが街に出てくる日のはず。

 「やあ、ティナ。今日はどこへお出かけ?」

 期待した通り、いつもの広場でティナを見つけた。

 「あっ、タークさま。ちょうど良かったわ、今からお店のほうへ行こうと思いまして。よかったらご一緒に・・・、い・・・き・・・」

 声をかけた僕に満面の笑顔を向けたティナ、その顔が急に曇った。

 「・・・・・・。頭、・・・、いた・・・」

 どうやら頭痛があるらしい、額に手を当て、膝を落とした。かなり激しい痛みなのだろう、かわいらしい顔が苦悶に歪んでいる。

 「ティナ! どうしたんだ? ティナ!」

 「タークさま・・・」

 「ティナ、しっかりしてくれ、ティナ! 僕の声が聞こえるか?」

 焦って抱き起こすが、こういう場合の対処は経験がない。戦傷を受けている、というならいくらでも手当できるのに。

 まして、この子は・・・。

 「・・・やはり、こうなったか・・・」

 「大変!」

「ルシオン・・・来てくれたか!」

 助かった、街娘が道で倒れただけなら病院につれていけば済む。が、ティナはそういうわけにはいかないのだ。ルシオンに来て貰えれば、これほど心強いものはない。

 「・・・。エルシアナ様とまったく同じだ・・・。なんという・・・!」

 エルシアナ様?

 「ルシオン、何か知っているのか?」

 「あなたの知っているそのティナという娘は、アルティナ姫様ですよ」

 「そんなことはわかってる! 僕が聞いているのは、急に倒れた理由についてだ!!」

 「気づいてたんだ・・・・」

 シールが驚いたようにつぶやくが、そんなことにかまっている余裕なんてない。

 「ともかく、姫を城に運びます」

 「僕も連れてってくれ!!・・・と言っても無駄だろうね?」

 「はい・・・。この件には、国家の機密事項が絡んでいますので、ここで詳しい話をするわけにはいきません。ターク、この場は譲ってください」

 「ターク、ルシオンさまの言うことを聞いて!」

 「あなたにも無関係と言うわけではありません。詳しい事情は必ず教えます。ですから今は!」

 無関係というわけではない!!・・・ルシオンの言葉に少し引っかかるものを感じた。が、今は、追求している場合ではない。

 「・・・わかった。あとで城のほうへ伺わせてもらう」

 おとなしく引き下がった。

 「ありがとうございます。そうしてください」


 「・・・こちらへどうぞ」

 夜になって城を訪ねる。

 まっすぐティナの私室に案内された。

 「ティナ・・・」

 見たところ苦しんでいる様子もないし、容体は安定しているようだ。ぐっすり眠っているだけのように見える。

 「今のところ、命に別状ありません。あと一日か二日もすれば、お目覚めになるかと思います」

 「なぜそんなことがわかるんだ? 察するに、病気って訳じゃなさそうだけど・・・。それにエルシアナ様ってのは誰なんだい?」

 「・・・こちらへどうぞ、ターク」

 今度は、王の私室を挟んだ反対側へと案内された。

 今まで鍵がかけられ、厳重に警備されていて時々女官が出入りするのを見かけるだけだった部屋だ。

 中には、明らかに王族らしい衣装の女性が座っている。背筋を伸ばし、気品を保っている。が、しかし・・・目にまったく生気がない。

 「こちらは・・・」

 「エルシアナ姫です。姫は十年来、この状態でいらっしゃる・・・」

 十年・・・。封印戦争の時、何かがあったのか?

 僕は何も言わず、話しを続けてくれるようルシオンに促した。

 「ランスウェル王家はそもそも、黒竜の封印の監視と復活の阻止の役目を担っています。これは代々、先代の王から次代の王へと必ず口伝として伝えられます。いわく、黒き竜に『珠』を渡すなかれ、『鍵』と『塔』を守るべし、と。だが、恥ずかしながら、十年前封印戦争が起こるまで、我々はこの言葉を軽んじてさえいたのです。十年前、黒竜はこのランスウェルに攻め入り、神殿を破壊し、町を人を焼いて暴虐の限りを尽くした。・・・そしてエルシアナ姫をこのような姿に変えた・・・」

 「・・・・何があったんだ?」

 「ランスウェル王家は、魔力の高い人物を多く輩出しています。エルシアナ姫も、その一人でした。この魔力、もしくはその持ち主をさきほどの口伝の言葉で表わせば、『鍵』です。そして、奴が破壊した神殿には『珠』がありました。この『珠』こそ、黒竜を封印したオーブ・・・。黒竜はこのオーブを奪い、エルシアナ姫の力を利用して、黒竜の復活を意図したのです。この時、黒竜が復活に失敗したのは、『塔』という要素が欠けていたからです。当時黒竜は、『鍵』とオーブさえあれば復活は可能だと認識していたように思われます」

 「・・・続けてくれ」

 「十年前の戦争の折り、オーブを保管していた神殿を破壊されました。エルシアナ様が、あんな姿になった後になってようやく奪還に成功しましたが保管するべき場所がなかったのです。強力な結界を持つ神殿でなくては黒竜の襲撃を防げませんから。我々はやむなくオーブの移送を強いられました。しかしさらに強い結界を持つ神殿を再建するまでの間に黒竜対策を万全にすることで、再び迫るであろう闘いには備えられるつもりだったのです。ランスウェル王家の者が黒竜復活の鍵となりうるのは、はるか古に黒竜を封印した戦士の血筋ゆえです。そしてその鍵となりうる人物は、必ず毎世代に現れるわけではない。エルシアナ姫はもはや、魔力も持たない抜け殻に等しい。ならば、次に黒竜が鍵となる人物を狙うのは、どんなに早くても十数年後だろうと、我々は予想していました。それが・・・。 ・・・誤算でした。まさかエルシアナ姫に続いて、アルティナ姫までもが覚醒しようとは!」

 「・・・まさか、今姫が眠っているのは・・・!!」

 「眠りは覚醒の準備段階を示します。お目覚めになったとき、アルティナ姫は姉上をしのぐほどの魔力を発現しておいででしょう。そして、オーブは今、黒竜の手にあります」

 「!!」

 「あなたが黒竜に襲われたとき、打ち倒されたのはローバントからの使節団。彼らが運んでいた荷物こそ、ランスウェルが十年前ローバントに託した黒のオーブに他なりません。十年前の悲劇を繰り返すつもりはありません。しかし我々はすでに後手に回されている。・・・一刻の猶予も油断もならないのです。」

 黒竜が、伝説だけのものではなく。あの赤毛の騎士が単なる山賊でないことはわかっていたが・・・まさか、事態がここまで悪化していたとは。

 「さらに、悪い知らせがタークあなたの手でもたらされた」

 「!!」

 長老の親書! 今の今まで内容のことなど考えもしなかった。それどころか持ってきたことも忘れてた。封書が脳裏を過る。

 「親書に何が?」

 「これまで疑惑と噂だけだったものが事実であったとの報告書です。すなわち、黒竜を名乗る騎士は一人ではない」

 ここ、十年。それ以前から黒竜を名乗る騎士が世界各地で目撃されていると言うのだ。まったく同時期に大陸の両端で姿を見られているケースもある、と。

 「計算によると、少なくとも五人は黒竜がいることになります」

 !! ・・・驚愕に声が出ない。が、考えてみればありえないことではない。いかに強いといえども一人では限界がある。なのに、黒竜を名乗る騎士は王国一つ敵に回して、生きている。そして計画を進め続けているのだから。

 「・・・一刻の猶予も油断もならないのです。」

 もう一度静かに繰り返すルシオン、僕は無言でうなずくしかなかった。どうやら、呑気に旅を楽しむ状況ではないらしい。


 ランスウェル城を出た僕は城下町へと戻った、今日は十五の日だから。

 ミュウのところへ。

 「こんにちは、タークさん」

 旅を楽しむ状況ではないらしい。

 とは言え、いまさら黒竜を探し回ったところで意味はない。それでなんとかなるくらいなら、王国軍がとっくにやっている。

 後手後手に回っている分、こちらからは動きようが無いのだ。

 むろん、警戒を怠るわけにはいかないが。

 「やあ、こんにちは、ミュウ。元気ないみたいだけど、どうしたんだい?」

 元気がない、というより、しょんぼりしてるって感じかな。

 「え? やだ、なんでもないです」

 「あ、そうだ、ミュウ。誕生日おめでとう。これ誕生日プレゼント。気に入ってもらえるかどうかわかんないけど・・・」

 ずっとポケットに入れていたから包装が歪んでるし・・・。

 「・・・え、あ、あの・・・。タークさん、知ってたんですか?」

 驚きに目を見張るミュウ、きっと誕生日を祝ってほしいと思いながら、言い出せなくてがっかりしていたのだろう。

 瞬時に、微笑みを返してくれた。

 「まあね。・・・実は、先生に教えてもらったんだ」

 「このブローチ、高そう。こんな高価なもの、いただいていいんですか?」

 「気にしなくていいよ。ミュウの笑顔が見られると思えば安いものさ」

 本音だった。

金貨のまま袋に入れておいたところで重いだけだ、やはり金は使ってこそ意味がある。

 「まあ、ふふ・・・、ありがとうございます。タークさん、ちょっと目を閉じてもらえますか」

 「え? ・・・こう?」

 目を閉じた僕に、ミュウが近づいてくるのが気配でわかる。そして・・。

 「!!」

 右の頬に、柔らかくて暖かな感触。

 意外なことで、それがミュウの唇だと理解するのに数秒かかってしまった。

 目を開けると、頬だけでなく耳まで赤くしたミュウが、恥ずかしそうに微笑んでいた。

 そして、ブローチを抱きしめるように胸に当てている。

 「・・・うれしいです。タークさん、本当にありがとうございました。私・・・、ずっと大切にします」

 ミュウの笑顔に、喪失感を満たされた僕は機嫌よくマイフォレストに戻った。と、村の入り口に入ってすぐのところにすみれ色の髪が見えた。

 「やあ、リスティン」

 「あ、ターク」

 振り返ったリスティンの向こうに黒いマント。ディックがいる。

 「・・・やあ、タークさん。・・・で、リスティンさん、そのペンダントは・・・」

 「ええ、確かに、我が家に代々伝わるペンダントですけど・・・」

 「・・・失礼」

 ペンダント、そういえばメルのブローチ同様。リスティンも肌身離さず持っていた。白く輝く宝石のはめ込まれたペンダントを。

 「何の話だ、ディック? リスティン?」

 「$%&#・・・・・っ!」

 問いには答えず、ディックが何やら呪文を唱える。抑揚の感じからいって高位古代語のようだが。

 「! ・・・えええ!!」

 「ペンダントが・・・!!」

 呪文に反応したのだろう、リスティンの胸元のペンダントが自ら光を発して輝いた。一瞬辺りが真っ白になるほどの光量がある。

 「・・・確認させていただきました。リスティン、あなたはやはり・・・」

 「? ディックさん、どういうことですか?」

 「今はまだ、お話すべきではない。時が来ればわかります、あなたがやるべきことが」

 意味深なことを言い、リスティンから離れようとしたディック、その目が僕を捉えた。そして何かを思い切るようにして僕に向き直る。

 「・・・タークさん。話したいことがあるのですが、よろしいですか?」

 「あ、ああ・・・。リスティン、それじゃまた今度」

 「ええ・・・」

 まだ戸惑いの抜けないリスティンの声を背中に、ディックの後を追う。

 「・・・リスティンさんが、誰かに狙われる可能性があります。用心してください」

 リスティンから離れ、村の外に出たところでディックは辺りを気にしながら声を低くして話し始めた。

 「突然、何を言い出すんだ。さっきのことといい・・・」

 「申し訳ないが、今はまだ説明できません。私は嘘や冗談を言っているわけではない。それだけは信じてもらえませんか。おそらく、その人物は魔物を使って、リスティンさんを殺し、ペンダントを奪いにくるでしょう。守ってあげてください」

 それが本当なら、頼まれるまでもない。

 剣の柄を握り、僕は騎士の作法で了解の意を示した。

 「・・・・本来なら、私が守るべきなのだろうが・・・」


 今日は十六の日。

 王国軍記念日だ。

 約束通り、僕はランスウェル城の城門前で待つ。

 考えてみると、時間を聞いていない。何時に来る気だろう、シュナは?

 何時間も待たなくてはならないかと、ちょっと不安になる。

 「シュナ!」

 が、それは杞憂に終わった。城壁に背を当て、待つ体勢をとって数分と経たないうちに赤い髪が見え、祭りの余波かいつもより和んだ表情のシュナが駆けてくる。

 「ターク、早く行こう!」

 シュナに手を引かれ、城門と中庭で開かれている祭りを楽しむ。

 軍の記念日を祝う祭りだから、盛大といっても出しものは多くない。

 露店ではお菓子や飲物が売られ、大道芸人たちが芸を競っている。

 中庭では、戦士や騎士による模範試合や魔導師による魔法のショーも行なわれた。村では絶対にありえない光景で、なかなかに楽しませるものだった。

 「ああ、今日は楽しかった。タークは?」

 「パンディオンの祭りは楽しいって感じじゃないから、こんなに楽しんだのは初めてだよ」

 シュナの戦士として以外の表情もたくさん見れたし、・・・といったらシュナはへそを曲げるだろうな。

 「そいつはよかった。じゃあな、ターク」

 「ああ、また」

 シュナと別れた後も、僕は何となく城の中をぶらついていた。喪失感がまだ完全に消えてはいないのだろう。自覚はないが人混みがやけに恋しい。


 「ライラ!」

 歩いていて、見知った髪と衣装を見つけた。あの身体の線にピッタリの服は、僕の知る限り一人しか着ていない。

 「あら。タークも来てたのね」

 「ああ、ランスウェルの王国軍記念日は盛大だって、耳にしていたから、一度見ておこうと思って」

 「そう。ところで、タークはひとり? せっかくだし、一緒に見ない?」

 もちろん、僕に否やはない。

 ライラと連れ立って歩き始めた。露店の店主が、にやにやと僕を見ていたが無視する。

 「にぎやかだな。僕は、魔法ショーが気に入ったよ」

 シュナと見ていたのより高度な魔法が使われていた、シュナは完全な戦士だから魔法には興味を感じなかったのだろう。

 だから、祭りの途中なのに帰ったのだ。

 「あら、でもあの魔法って中の下くらいのレベルでしょう? 物足りなかったんじゃない?」

 ・・・魔法は見世物じゃない、物足りないなどという表現は使うべきじゃない!

 そう思ったが祭りなのだからと自分を納得させる。

 「そろそろ記念祭の催しも終わるみたいだ。・・・今日は楽しかったよ。それじゃ、また」

 「ターク。今度あたしが、あの魔法ショーよりずっと驚かせてあげる。楽しみにしててね」

 「? ああ、今度ね」


 ランスウェル城を出た僕は、その脚でエルフの隠れ里へと向かった。

 あまり頻繁には訪ねるべきではないかとも思うが、僕が人間とエルフの交流を深める前例となれれば、これに越したことはない。

 結界の中に入ると、すぐにエルが見えた。ダークエルフの中でも、あの金髪と大きな矢筒は見逃しようがない。

 「やあ、エル。あれ・・・、その人は?」

 エルのそばには、銀髪の少女がいた。たぶんエルと同い年だろう。・・・エルフの年齢は見た目だけでは分からないけど。

 「あ、ターク、この娘はティーネ。エルの幼なじみなの」

 「こんにちは・・・そういえばエル、イルクが捜してたわよ」

 僕が近づくと、軽い会釈とともに、そのティーネという少女は去っていってしまった。

 「やはり、エル以外のエルフは人間を警戒しているみたいだな」

 「ここの村の人はみんな人間が嫌いなのよ・・・。長老がタークを受け入れたことも、よく思ってないから」

 なぜそんなに嫌うのだろう? 何か理由があるのだろうか?

 ふと疑問を持つが、エルに聞いたところで詳しくは知らないだろうし、他のエルフには聞こうと考えるだけ無駄なことだ。

 「仕方ないさ。そういえば、ティーネは誰か捜してるって言ってなかった?」

 理由を知ったところで、どうにかなるものでもないだろう。

 「イルクのこと? ああ、いいのよ。・・・昔、ちょっとだけつきあってた人。もう全然、関係ないのよ」

 「・・・・・」

 「気にしないでね、ターク」

 気にしないで、といわれるとかえって気になる。まぁ、女の子の過去を詮索する趣味はないけど。


 「未だ姫はお目覚めにならない。もしかするとアルティナ姫はエルシアナ様よりも強い魔力の持ち主なのかも知れません」

 ランスウェル城のアルティナ姫の私室に来ている。

 あれから丸二日が経った。ルシオンは付きっ切りだったのだろう、常にシワ一つ付いていなかったローブがヨレヨレだ。

 「・・・あ・・・」

 アルティナの目蓋が微かに揺れた、次いで目が開く。その視線がゆっくりと僕に注がれた。

 思わず抱きしめたくなるが、ルシオンの手前もある。僕は自制心をフル稼動させて思い止まった。

 「! ティナ!」

 「タークさま、どうなさったの? ・・・ここは・・・」

 「覚えてないのかい? 君は頭が痛いと言って、突然倒れたんだ」

 「・・・タークさまがここにいらっしゃると言うことは、もう、私の秘密はばれてしまったのですね」

 ひた隠しにしていたことがバレたせいか、アルティナ姫はまるで雨に濡れた小犬のようにしょんぼりとうなだれてしまった。

 気を利かせたように、ルシオンがそっと部屋を出るのを気配で感じながら、僕はアルティナ姫の手を取った。

 アルティナ姫がそれを望んでいることぐらいは、子供の僕にでもわかる。

 「薄々、感じてはいたんだ。確認する勇気がなかっただけで・・・」

 「ごめんなさい・・・」

 「少し、無茶をしすぎたね。お姫様が、変装して町の中を遊び歩くなんて。どうしてあんなことを?」

 「・・・わたくし、お城の外に出たことがなかったんです。お父様が出してくれないの。小さい頃、お姉様が亡くなってから、私のことを心配するあまりでしょうね。ほとんど城に閉じ込めておしまいになった。何をしても危ないと言って・・・。だから、私は、絶えず独りぼっちでした。知っていることと言えばお城の中のことと、本の中のことだけ。わたくし、どうしても我慢できなくなりました。それである日、こっそりとお城を抜け出したのです」

 「そうか・・・・・・」

 事実としては少し違う、アルティナの姉君は抜け殻同然とはいえ生きているし、アルティナ姫自身に対する危険は姫が思う以上に大きい。

 「タークさまと外で初めてお会いしたときは、ドキドキしましたわ。タークさまが、私を王女としてではなく、一人の娘として扱ってくださったのが、すごく嬉しかったんです。一緒に、いろんなところを見て・・・。とても楽しかった・・・。お城に帰ってきても、タークさまのことばかり考えておりました。ねえ、わたくしの正体を知っても、タークさきは今までのように、わたくしを普通の女の子として、見てくださいますよね? 今までのように付き合ってくださいますよね?」

 「・・・・・・・・・・・・姫。もう危ないことはお止めになったほうがよろしいかと存じます。あなた様はランスウェル王国の姫君であらせられるのですから」

 心とは裏腹な言葉が口から出る。僕の本心ではないし、パンディオンの人間に権力者に大して謙ることは許されない。だが・・・。

 「!! タークさま!!」

 「僕はパンディオンの人間です。僕は・・・、姫を遠くから見守ることしか出来ません。・・・失礼いたします」

 「ターク・・・さま・・・・」

 これでいい。これでいいんだ・・・。

 「アルティナ姫は無事に目を覚まされたか・・・」

 部屋を出ると、全て聞こえていただろうにルシオンはそれだけをつぶやいた。

 その表情は理性の薄いベールに包まれていて、僕の洞察力では透過しえなかった。・・・もう、どうでもいいが。

 どうも、胸に何かがつかえているようで気分が悪い、後味が悪い、というのはこういうことを言うのだろうか?

 確か、城内に他国から来た武器商人がいたな。

 新しい武器でも買って、気分を変えよう。

 沈み込んでいる暇はないはずだ、気を引き締めなくては・・・。

 グレートソード。

 両手専用の大剣。長さが2メートル近く、戦闘重視に作られたもので、威力は絶大。10,000G。

 プレートアーマー。

 全身を板金で覆い、間接分はチェイン・メイルを使用した鎧。高価で重量があるが、防御力は非常に高い。15,000G。

 アルテミスロッド。

 慈愛の力で魔物 を成仏させることが出来るのが特徴。12,000G。

 アルテミスローブ。

 物理的防御力と魔法防御力が非常に高いローブ。18,000G。

 今まで、溜まりに溜まっていた金貨が四分の一になるほどの、買い物だった。重くなった気持ちも、この金貨のように簡単に減らせたらいいのに・・・・。


 どこに行く気にもなれず、トボトボと森を歩く。

 と、一瞬にして森の木々が消えた。

 「ここは・・・?」

 辺りを見渡すが、何の変哲もない丘があるだけだった。

 「ん? 板切れが・・・」

 自然のものではない加工された板が地面に突き立てられている。おそらく、何かの看板か標識だろう。

 近づいて見るが、文字がかすれて読めない。

 ん? あれは・・・エルじゃないか?

 「・・・・・・・」

 丘の上に、見間違いようのない後ろ姿を見つけ、近くまで歩く。

 どうやら、エルフの結界の中に入り込んでしまったらしい。

 エルは悲しげに何かを見ていた。

 「エル」

 「・・・・・・」

 エルのそばまで歩く、と、そのわけがわかった。エルの視線の先には朽ちかけた人間がいたのだ。すでに白骨化が始まっている。

 「これは、いったい・・・」

 「餓死した人間よ。結界に捕われてしまったのね・・・」

 僕のほうを見ようともしないでエルが囁くように言った。闊達ないつものエルの声ではない、深く沈んだ声がだった。

 「・・・葬ってあげよう」

 「・・・森に結界なんて張るから、こんなことになるのよ」

 「・・・・・」

 「やあ、ターク君。メルなら、リスティン君と出かけたよ。あの辺りには狼が出るから馬車で送ろうと行ったんだが、邪魔だから付いてくるなと言われてしまったよ。君も暇だったら行ってみるといい。なかなかいい散歩道だからね」

 マイフォレストの村に戻ってみたのだが、クレアはともかくリスティンやメルの姿もない。村長の家まで行くと、村長がのんびりとした口調で二人の居場所を教えてくれた。

 村から出て西に出る、あまり高くはない山があって、なだらかな稜線に這うような道が見えた。

 「ここが花畑に続く道か・・・。それにしても、こんな場所にまで花畑があるとは。とにかく、リスティンとメルを捜しに行こう」

 山と言うよりも少し高めの丘といった感がある道を歩く、頂上まで登ろうとせず中腹でやめるなら村長の言う通りいいハイキングコースだろう。

 登り始めて二時間ほどで、目的の花畑に出た。人の手の加わった平らな草原に花が目一杯咲き誇っている。

 「ここが花畑か。誰もいないな」

 一面にオレンジ色の花が咲き競っているだけで・・・。

 花畑にいないなら、散歩道のどこかですれ違ってしまったのかも知れない。僕は引き返すことにした、僕が用のあるのは植物の花ではない。

 今度は、少しゆっくりと歩いてみよう。来るときは脇目も振らずに来てしまったからな。 

「あっ!」

 リスティンが木の幹に寄りかかって座り込んでいる、その膝に抱きかかえられるようにして倒れているのはメルのようだ。

・・・周りを狼たちに完全に取り囲まれてしまっている。

 「リスティン!」

 「ターク!」

 「今、助ける!!」

 ウーッ!

 狼たちに対して、抜きはなった剣を向け刀身が跳ね返す陽光を当てた。

 「・・・リスティン! 今のうちにメルを連れて逃げろ!」

 狼たちが一斉に僕のほうに向きを変え、牙を剥くのを確認し声を上げる。

 「でも・・・! ・・・わかったわ」

 一瞬躊躇したリスティンだが、自分たちがいてはかえって足手まといになると考えたのだろう。メルを抱き上げ、急いでその場を離れた。

 「さあ来い!」

 狼たちと戦うのにはいい加減慣れた、さほどの間をおかずに狼たちを蹴散らした。

 リスティンとメルが気がかりだ。早く後を追おう。

 メルを抱えていては、それほど遠くにはいけないだろう。

 「ターク!」

 思った通り、リスティンはほんの数分走っただけで追いつく距離の木陰にいた。

 相当無理してメルを運んだのだろう、額には玉の汗が噴き出し、白い項も汗に濡れている。

 乱れた呼吸に胸が大きく弾んでもいた。

 無理もない、人一人抱えて走るのは鍛え抜いた戦士でも骨のおれる作業だ。ましてやリスティンみたいな細い身体では・・・。

 それでも、僕の姿を見つけると目に涙を一杯に溜め、抱きついてきた。

 「もう大丈夫。狼たちは追い払ったよ」

 僕の背にしっかりと腕を回し、胸に顔を埋めて泣きそうなのを必死にこらえているリスティンを安心させようと、静かに言う。

 「・・・ターク、よかった! ・・・タークに、もしものことがあったら・・・。私、私・・・!」

 「それは僕のセリフだよ。・・・大丈夫、僕はそう簡単にはやられたりしない」

 「・・・ありがとう」

 ようやく落ち着いたのか、リスティンは背に回していた手を離し僕と向かい合った。僕の胸元が自分の涙と汗で濡れているのを見て頬を赤らめ、次にそっと微笑んだ。

 「メルは大丈夫?」

 「大丈夫。怪我はないから・・・。今は眠っているだけ」

 メルの元に歩み寄りながら言う、その頭のリボンが微かに揺れた。

 「リスティン、震えてるのか?」

 「仕方ないでしょ。本当に怖かったんだから・・・! でも本当に、ターク・・・。あなたが無事でよかった」

 「メルは僕が背負うから、さぁ、町に戻ろう。・・・次からは僕に一声かけてほしいな」

 「ええ・・・」


 ライラの塔へと向かう。

 いつものように用事があるわけではない気紛れだった。

じっとしていると黒竜のことやアルティナのことで不安になり、気持ちが沈み込みそうになる。動き回っていないとつらいのだ。

 「ライラ!」

 「ターク!」

 居ないかも知れないと思ったが、意外なことに塔に入った途端に逢えた。壁にできた染みを眉を顰てみているところだったのだ。

 「ちょっと寄ってみたんだ」

 「本当? ちょうどよかったわ。あたし、今帰ってきたところなの」

 手に持ったケーキの箱を見せて微笑むライラ、お茶にしましょう。というので部屋に上がらせてもらうことにした。

 「あれ? ライラ・・・ライラ!」

 が、ふっと意識が薄れ、目がかすんだかと思うとライラの姿はなくなっていた。すぐ目の前に居たはずなのに。

 「ライラ、ここか?」

 先に部屋へ行ってしまったのかとあとを追った。

 !!

 そこには黒い鎧の騎士が居た、すでに剣を抜いている。

 そしてライラも、だがこちらは無手だ。

 体勢から見ても、ライラは壁に追いつめられているうえ体勢を崩していた。黒騎士を下から見上げる格好、これでは・・・。

 「死ねっ!」

 対処のしようがない!そう判断し、飛び出そうとしたとき、僕の目の前で黒騎士の剣は突き下ろされた。

 「あうっ!」

 「ライラーーーーーっ!!」

 叫んではみたが、応えは期待できなかった。黒騎士の剣先は確実にライラの左胸を貫いていたから。

 「貴様っ・・・。よくもライラを! うおおおーーーーーっ!」

 怒りに任せて突っ込む。剣を抜き放ち、そのまま振り下ろした。黒騎士の剣はまだライラの胸に突き刺さったままだ。確実に仕留められる間合いだった。

 「! いない!!」

 重く確かな手応えを予感していた腕が、剣が、何の抵抗も感じないまま空を切る。当然のように黒騎士の姿は消えていた。

 「ターク、びっくりした?」

 ライラの声、緊迫感の欠片もない。

 「ライラ! 大丈夫なのか?」

 あわてて駆け寄り、治療を! と見た僕は一瞬言葉を失った。

 「・・・・傷が・・・無い。これはどういうこと・・・まさか!!」

 「どう、あたしの魔法は? 幻覚の魔法よ。全部あたしが創った幻・・・驚いた?」

 「・・・・・。なんだ。そうだったのか」

 「あ・・・あら? 意外と驚かないのね」

 驚いたことよりも、死んだと思ったライラが生きている安堵のほうが大きい。その安堵の前では怒る気もなくなる。

 「悪戯好きのライラを相手に、このくらいで驚いてたら、きりがないからね」

 「なんだか悔しいわね。見てなさい、そのうちもっと驚かせてあげるから」

 本当に悔しがりながらも、ライラは約束通りお茶を煎れてくれた。

 ケーキもそんなに甘すぎなくて、果物の味を引き立てて、とても美味しかった。

 ただ・・・。

 ケーキを切るときのフォークと、ティーカップを口に運ぶときの手が微かに震えるのだけはどうしても止められなかった。

 平静を装ってはいたが、心理的ダメージは計り知れないくらいに強かったのだ。

 「悪かったわね、ターク」

 必死に震えを押さえようとしている僕に気がついたのだろう、目を伏せ、すまなそうにしてライラはポツリとつぶやいた。

 軽く微笑み返し、僕はマイフォレストに戻ることにした。

じき日が沈む。


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