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隠れ里


 翌朝、相変わらず暇だったので、ミュウのとこに行こうとランスウェル城下町に来た。と、町に入ってすぐの広場に、あの赤いベレー帽が見えた。

 「やあ、ティナ」

 「タークさま! またお会いできましたね」

 「なにしてるんだい?」

 「ええ、花屋さんに行こうと思って・・・あっ! ・・・ごめんなさい!」

 話の途中で、身を隠そうとしている。・・・と、いうことは。

 「ルシオン!」

 そっと後ろを見ると、思った通りの人物が駆けてくるのが見えた。いつも思うが、目が見えない割りに、しっかりとした足取りで危なげない。すごい人だ。

 「タークと話してたんです! ・・・そこに隠れてらっしゃるわ、ルシオン様」

 「・・・困った方だ」

 「ルシオン、いったい・・・?」

 訳はわかっているが、黙っているのも妙なので、すっとぼけて問いかける。

 「・・・・・・」

 「あんたには関係ないのよ、ターク。引っ込んでなさい」

 思った通り、ルシオンはだんまりで、代わりにシールが激しい口調で突っぱねてくる。

 感情をあまり表に出さないルシオンにとって、このシールの存在は僕なんかが思う以上に大きいのかも知れない。

 見事なコンビだ。

 「捜しましたよ」

 「ティナ、これはどういうことか説明してくれないか?」

 そろそろ、ネタばらししてほしい気もする。

 気付かない振り、というのもこれはこれで大変なものなのだ。

 「・・・・今は言えないんです。ごめんなさい。心配なさらないで、大したことではありませんから。今日は急用が出来て、帰らなくてはいけなくなりました」

 「ティナ・・・・本当に大丈夫?」

 罰せられる、なんて事はないだろうが。ルシオンのやんわりとした説教、は確実にあるだろう。

 「大丈夫です。タークさま、それではまた。ごきげんよう」

 「・・・・・・・」

 ティナも、ルシオンも、シールにしても、立場があるって事は大変なものだ。

 ティナの気持ちはわかるし、ルシオンの苦労も当然理解できる。

・・・つらいところだろうな。


 フェイル僑上都市の南西にある古い廃坑に、ミノタウロスが住み着き、近隣の村で暴れ回っている。

 昨日、ミノタウロスを鎮めるための生け贄として、若い女性が廃坑に送られたらしい。生け贄となった女性が、まだ生きている可能性は非常に高い。

 早急にミノタウロスを退治して、女性を救出してほしい。

 なんとなく、ミュウに会う気もなくして、フェイルへと足を向けた僕に届いた次の依頼だ。

 ギルドに届けている間に女性が殺されてしまう、そう考えて僕に目を着けたのだろう。依頼主は、生け贄にされた女性の婚約者だそうだ。

 町を離れていて事態を知らなかったのだが、町に帰ってきて知り慌てたらしい。ま、当然のことだが。

 とにかくミノタウロスを見つけなくては、話にもならない。

 廃坑には定石通りに、三下の雑魚が屯していた。そいつらを倒しながら奥へと進む。これまた定石通り、目的の相手は廃坑の一番奥にいるらしく、姿がないのだ。

 たまには、いきなり入り口で出くわすことがあってもいいような気がするのだが・・・。

 「きゃー!!」

 そんなことを考えていた僕の耳に、聞き違え様のない声が聞こえた。微かだったが、明らかな女性の悲鳴だ。

 「きゃー!!」

 声のしたほうへと急ぐ、廃坑なので声が反響し位置を把握するのは至難の技だったが、迷宮ではない。ある程度の方角がわかれば直線である。

 ひたすら走り続けた。と、次第に声がはっきりと聞こえてくるようになる。

 「!!」

 突然、目の前に広い空間が現れ僕は、目的のものを発見した。

 「ブシュルルル!!」

 牛の頭に人の躯、実に分かり易い特徴の怪物。ミノタウロスだ。

 どうやら、ぎりぎりで間に合ったらしい。ミノタウロスは、わざと少女の束縛を解き、嬲っている最中だったのだ。

 「きゃーーーー!!」

 「やめろーっ!!」

 駆け寄りざま、こんしんの力を込めて斬り付ける。

 「ブヒャーーーーー!!」

 手応えがあり、ミノタウロスは膝を付いた。止めをさす趣味は僕にはない。そのままにして少女ともども立ち去る事にする。

 「グオオオォーーーー!!」

 少女に近づき、外に出ようと促した僕の後ろで、たったいま膝をつき倒れたはずの怪物が立ち上がった。

 傷口も塞がり、跡形もなくなっている。

 「なにっ!」

 ・・・こいつ、不死身なのか!!

 「グオオオォーーーー!!」

 「うわっ!!」

 斬り付けたのが嘘だったかのような迫力で、怪物が突進してくる。

 反射的に少女を突き飛ばし、出口へと逃がし突進を受けとめた。

 「きゃ!!」

 ガシィッ!!

 「くっ!! 何という馬鹿力だ!!」

 さすがに牛の頭をしているだけあって力はすさまじく強い、受けとめた瞬間に弾き飛ばされなかったのが奇跡という感じだ。

 これでは止めておくことも容易ではない。闘うにしても、あの傷でさえ倒せない化物だ。勝てる見込みはありそうもない。

 とりあえず、この娘を逃がすことが先決だな。

 「急いで!!」

 「はい!!」

 とは言え、女の子それも怪我人の脚では、そう早くは走れそうもない。このままでは追いつかれる。

 「何とか足止めしないと・・・ん? これだ!!」

 かつて、鉱石を運んだのだろうトロッコが数台遺棄されているのが目に留まった。このトロッコで、出口を塞いでおけぱ、しばらくは時間が稼げる。

 その間に、この娘には逃げてもらって、何か対策を考えるとしよう。

 「君は、先に逃げてくれ!」

 「はい!!」

 「それっ!!」

 一番壁よりのトロッコを力一杯押す。幸い下り坂だから勢いが付けば勝手に下っていくだろう。

 「ブヒィ!!」

 うまくいった!!

 広場からの出口にトロッコがいい感じで突き刺さり穴を塞いだ。

 「ブヒィ!!」

 力はあっても頭のないミノタウロスのこと、しばらくは動けないだろう。

 この間に・・・。

 エメラルドを外し、ダイヤモンドを身に付ける。

 剣で倒せないなら、魔法を試すしかない。

 ウインドストームの魔法を立て続けに呼び出す。

 「ヴォーーーーー!!」


 「よお、おはよう。ターク。いい天気だな。気分まで晴れる感じだ」

 かろうじてミノタウロスを退治した僕が依頼料を受け取りに町へ戻ると、ちょうどギルドから出てきたシュナとあった。

 少女は廃坑近くの医者のところに預けてある。軽傷ではあったが、あまり無理の利く状態とは思えなかったから。

 「探し物の方、調子はどうだい?」

 先日の酒場でのこともある、かなり軽い口調で訊いてみた。見つかっていないのは、のんびりとした挨拶からもわかっている。

 「・・・聞かないでくれ」

 眉を寄せて、表情を曇らせるシュナ。だが、曇らせるだけの、この反応ならまだ救いはある。

 復讐に凝り固まっていたら、もっと激しい反応を見せるだろうから。

 シュナと別れ、依頼料を受け取ったあと、なんとなく僕はライラの塔へと向かった。

 用事はないのだが、近頃顔を見ていなかったから。・・・初めて行ったときのように、倒れていたりしなきゃいいが。

 「あら、ターク?」

どうやら、胸騒ぎは杞憂で終わったようだ。いつもにもまして陽気なライラが出迎えてくれた。

 「いや、ちょっと寄ってみただけなんだけど・・・」

 「ふうん。いいのよ。そうだ。ターク、お腹空いてない? あたしの手料理、食べてみる? あたし、この頃料理に凝ってるの。誰かに食べてもらいたかったところよ」

 「ああ。いいね、ライラの手料理か。遠慮なくご馳走になるよ」

 ちょうど昼時だし、知り合いの女性の手料理を食べる機会を無駄にする気はない。

 「お待たせ。まずはスープよ!」

 まずは・・・、フルコースの料理でも作ったのだろうか?

 「本格的だね。いただきます」

 ぐっ、か、辛い!!

 舌を通り越し、脳天まで直撃するような痛みとしびれが起こる。

 「どう?」

 が、ライラの嬉しそうな微笑みの前では、吐き出すわけにもいかない。僕は根性で呑み込んだ。

 「あ、ああ・・・。・・・お、おいしいよ」

 「そう? おかわりもあるわよ。どんどん食べてね!」

 「あ、ああ・・・・。はははは・・・・」

 乾いた笑い声を上げながら、僕はスプーンを動かす。

 なるべく舌に触れないように喉へと流し込むが、それでも体の内側からひろがる焼けるような辛さは防ぎ用が無い。

 「ふー・・・ふー・・・」

 「ターク、あの・・・。・・・あまり、無理しないほうが・・・」

 呼吸と動悸が激しくなり、ライラの妙に遠慮がちな声が聞こえたとき目の中で何かが弾けた。

 「・・・・・・」

 「やだターク、ちょっと!」

 ・・・・・

 ・・・・・・・・・・

 「う・・・ううん」

 喉が痛い・・・。舌がヒリヒリする。

 「よかった! 気づいたのね」

 「あれ・・・僕、確か、スープをご馳走になっていて・・・。・・・気を失っていたのか」

 うーん、食べ物で気を失うことがあるとは・・・なかなかできない経験をしたな。

 我ながら呑気に考えてみる。

 「座ったまま気絶していたのよ、まったく・・・! あなたあたしのこと強情だっていっていたけど、その言葉そのまま返すわ。てっきり一口で吐き出すと思ってたのに!」

 ・・・ちょっと待て、それって・・・。

 「どういうことだ!!」

 「家にある秘蔵の香辛料全部入れた極辛スープだったのよ、あれ。あなた、全部飲み干すんだもの・・・」

 「なんだ、そうだったのか」

 変な具合だが、妙に納得してしまった。

 いたずら好きのライラが料理すると聞いて、そういう可能性を考慮しなかった僕が間抜けというものだ。

 信じる信じないと言う話ではなく、ライラという人格を理解していなかったという点で、僕に非がある。

 一口目でいたずらと見破っていれば、こんな大騒ぎにならなかったのだから。

 「・・・あら? 意外と平気そうね」

 「ライラの手料理だからな、このぐらいは覚悟してたさ」

 思いっきり意地悪に言ってやる。

 「あ! ひっどーい!!」

 口を尖らせ、拗ねるライラ。

 「まあいいわ。次はちゃんとしたものを食べさせてあげる。あたしの料理の腕前があんなもんだと思われるのも、しゃくだしね」

 はにかむように微笑んで、ライラはまた手料理をご馳走する約束をしてくれた。

 僕も、その時はまずかったら倒れる前に吐き出すと約束し、二人はしばらく互いに笑いあった。

 そして、帰り際。

 「ターク・・・、反省してるわ。でもちょっとだけ、嬉しかった」

 珍しいほどしおらしく、ライラがそっと呟いた。


 翌朝、延び延びになっていたミュウの見舞いに来てみた。

 「こんにちは、ミュウ。今日は体の調子、どうだい?」

 「こんにちは、タークさん。今日はとっても気分がいいんですよ。あの、タークさん。今月の十五の日って何の日だかわかります?」

 本人も言うように、今日はとても顔色がいい。というより、紅潮しているのかな? 普段病的に蒼い顔が薄紅色に染まっている。

 が、気分がいいのはいいが、突然そんなことを聞かれても困る。

 「十五? 何かあったっけ?」

 ・・・この国の王国軍記念日?、は十六の日・・・だよな。

 「ご、ごめんなさい。なんでもないんです。忘れてください」

 しばらく悩んでみたが、答えを見つけられずにいると、ミュウは慌てて話を打ち切ってきた。

 なんか気になる・・・。

 「そうだ!」

ミュウの病室を後にした僕は、診察室に行ってみた。

 考えてみれば、ミュウは小さい頃から病院暮らしなのだ。病院の中でのことか、少なくとも先生に聞けば何かわかるはずだ。

 「先生、十五日が何の日かご存知ですか?」

 「十五? うーむ・・・。そういえば、なにかあったような・・・。おお、そうだったな、そうだそうだ。その日はミュウの誕生日だ!」

 誕生日・・・そうか、どうりでいつにもまして恥ずかしそうにしていたわけだ。

 何かプレゼントでもしてあげようか・・・。

 ずっと友達ができなかったらしいし、パーティーは無理にしろプレゼントまでならあげることができる。

 喜んでくれるだろう。

 問題は、何をプレゼントするかだ。

女の子の好みなんてよく分からない。正直、女の子とよりもオーガーの男とのほうが気が合うような気すらするのだ。

・・・とても、ウーナやリスティン、女の子には言えないことだけど。

 「ああ、そういえば、他の患者が付けとった銀のブローチを、ミュウがえらく気にいっとったことがあったな。君がプレゼントすれば喜ぶんじゃないか?」

医師、というよりも年長の男の勘という奴だろう、先生が僕の考えを見抜いて言葉を添えた。

 銀のブローチ、たいして高いものじゃない。

あとで買っておくとしよう。たしか、フレィル橋上都市とエメラルド・リゾートの宝石店で売っていたはずだ。

 ミュウの驚く顔を、きっと最高の笑顔とセットで見ることができることだろう。僕は先生に丁重に礼をいい、病院を後にした。

 病院を出た僕は、暗くなってきたことでもあるし、マイフォレストに戻ることにした。

 とりあえず、宿屋へと向かう。と、入り口に入った途端、身なりもいい紳士に呼び止められた。

 ずいぶんと興奮しているらしく、早口で紳士が言うにはヴァンネルの森にあることは誰もが知っていながら、今の今まで実際に見たもののいない、ダークエルフの隠れ里を見た、というのだ。

 ヴァンネルの森の奥で、チラチラと揺れる灯を。

 エルに逢えるかな?

 微かな期待を胸に、僕はその場所へと行ってみることにした。

 「・・・あ!」

 森が切れ、意味ありげに開けた場所に出たとき、僕は期待が最悪の状況で現実になるのを見た。

 エルがいる。数十匹もの狼に囲まれて・・。

 「エル! 待ってろ、今助ける!」

このときばかりは、理性も知性もなりをひそめ、体が先に動いていた。

 エルを囲む狼たちに突進し、剣を振り回した。そうやって狼たちの注意を引き、エルから引き離す。

 「ターク!」

 心配してくれたのだろう、エルの叫び声と反射的に目を向け、狼がすべて僕のところに来ているのを見たことで、僕はようやく理性を取り戻した。

 左手に魔力を送り、炎を呼び出す。野性の動物は火を恐れる。追い返すことが出来るだろう。

 「怪我はないか、エル!」

 思った通り、魔法で発生した炎に恐れをなし、狼たちは森の奥へと逃げていった。

 戻ってこないのを確認して、エルの元に駆け寄る。

 「エルは大丈夫。助かったわ。最近、狼が邪悪な力を増してるの。あっ、ターク、腕から血が出てるじゃない!」

 「ああ。噛みつかれたときの傷だ。振り払ったが、かなり深く噛まれてしまった・・・」魔法を使う寸前に噛まれたのだ、魔法に集中していたので避け切れなかった。

 「見せて・・・ひどい傷。ここではちゃんと手当できないわ」

 「うう・・・。少し休めば血も止まるよ」

 とは言ってみるが、とてもそんな軽い傷ではない。

 切れているというならなんとかなるが、裂け、えぐられているのだから、治りにくいのは明らかだ。

 ちゃんとした治療を施さなくては、化膿するかも。

 「駄目! エルの家に行きましょう」そうは言ってくれても、それはここで治療するよりやっかいな問題になる可能性がある。

 興味はある、が、しかし・・・。

 「エルフの隠れ里に、人間が入っては・・・」

 「こっそり入れば分からないわ。早く手当しなくちゃ。立てる? エルの肩につかまって、さ、行きましょう」


 「ここが私達の村よ」

 半ば強引につれてこられてしまった。

 抵抗する気にならなかったせいもあるが、意外にエルも強情なところがありそうだ。

 わかってはいたが、エルフの隠れ里はすぐそこの森にあった。外からはごく普通の森にしか見えないが、エルにつれられて脚を踏み入れると直後に空間が開け、山小屋風の家が建つ村が現れた。

 「あ、人間だ!」

 「おい! みんな、人間が入ってきたぞ!」

 「大変だ、人間が入り込んだ! エルが連れてきたんだ。あれほど人間に騙されるなと言っておいたのに!」

 ・・・やれやれ、予想はしていたがずいぶんと嫌われているものだな。

里に入っただけでこの騒ぎとは。

 「見つかっちゃった・・・。どうしようターク」

エル以外のダークエルフは人間嫌いだからな、どんな目に遭うか・・・。

 僕は身から出た錆だけど、このままじゃエルが裏切りものとした罰せられかねない。それだけは止めないと・・・。

 「長老に判断してもらうしかない。ともかく、長老のところに連れていこう」

長老の住む家は、村の中心にある古木の中にあった。

 樹自体も枯れないままにでありながら中は意外に広く、なかなか住みやすそうに思える。

 最上階の部屋まで上る、と、まるで古木に掘られた彫刻かと思うような色素の薄れた髪と肌、年輪のごとくしわの刻まれた老人が鎮座していた。

 「我々ダークエルフの村に人間が入るのは、掟で固く禁じられておる。エル、お前もそのことは知っているはずだ」

梢のざわめきのように静かな声が、辺りを律するかのような迫力を持って響く。

 さすが、エルフの長老だ。勇者や賢者として名高い、うちの村の長老のさらに上を行く風格がある。

 「はい、長老さま。でも・・・」

 「お前が人間の町に遊びに行っているという噂は聞いておる。人間は嘘つきで凶暴で危険な生き物だ。人間と接触しないことが、ダークエルフの知恵なのだぞ。騙されてないとなぜわかる?」

 「タークは騙したりなんかしないもの。他の人間とは違います」

 「違う? どこが違うと言うのだ?」

 「タークはダークエルフを嫌っていません。エルが狼に襲われるのを守ってくれたんです。それでこんなに怪我を・・・」

 エルフ同士の話に口出しするのはどうかとも思うが、エルが罰せられるようなことだけはないように、口添えしておく必要があるだろう。

 深呼吸を一つして、僕は呼吸を整え、言葉を吐き出した。

 「長老殿。エルを罰しないでください。僕がいることでダークエルフの世界が乱れるのなら、すぐ立ち去ります」

 「駄目よ、そんな怪我したまま森に行ったら死んじゃうわ」

 エルの言うことは正しい。事実、今の僕は意識を失わずに済んでいるのが奇跡と言えるほどに血を流してしまっている。早いうちに止血し、体力を取り戻して、血を増やさなくては命に関わる。

 黒竜にやられたときのダメージがようやく癒えてきたところへの、この傷はほとんど致命的だった。

 「人間の若者よ。なぜ、エルを助けた?」

 「エルは・・・友達だから。いや、たとえ友達でなくても、危険な目に遭っている者を見捨てることは出来ない!! ・・・それが騎士の、いえ、感情を持つ全ての生き物の精神だと思います」

 長老の突然の問いかけ、僕は何も考えず、素直な思いを口にしていた。自分の発言がどんな結果を招くか、それを考えるだけの気力も残ってはいなかったのだ。

 「ふむ。・・・・確かに他の人間とは違った男のようだな。若い頃、お前のような騎士を見たことがあった。もう、ずいぶん昔の話だが・・・」

 「お願い、タークを助けて! エルはどうなってもいいから」

 ・・・どうなってもいい、か。

 人間の数倍の寿命を持つエルフの命と交換なら、僕の命がいくつ買えるやら・・・そういえば、エルって本当は幾つなんだろう?

 「わかった。エルの目は正しいようだ。この男を村に入れるのを許可しよう。特別にわしが許す。しかし、他の人間を入れてはならんぞ!」

 「長老さま!」

 「傷を癒やすがいい、若き騎士よ」

 つまんないことを考えているうちに、結論が出たらしい。どうやらまたエルのおかげで命を拾ったようだ。

 「ありがとうございます」


 「・・・これでいいわ。この薬はヴァンネルの森にだけ生える草からとったもので、どんな傷でもすぐ治るの。痛みもすぐ取れるから・・・」

 エルの家は、というか部屋は、古木の一番下。入り口から入って左側だった。

 エルフは家族よりも部族の絆が強い、エルも家族とは暮らしていないようだ。

 簡素ながら、女の子らしく、細やかな装飾のある部屋。華やかではないが、とても落ち着く、いい部屋だった。

 「ありがとう。エルにはまた助けられた」

 その部屋で、エルのベッドに腰掛けて薬を塗られ、包帯を巻いてもらう。

 エルの言うように、よく効く薬のようだ。塗った途端痛みが薄れ、傷口が塞がったかのような錯覚すら起こしそうだ。

 「・・・助けられたのはエルの方よ。傷はすぐ治るからゆっくりしていってね」

 エルはああいってくれているが、早々にここを立ち去ったほうが良さそうだ。

 「村のみんなのこと、責めないであげて」

 もちろん、責める気はない。というより、僕に責める資格などない。閉鎖的、ということで言えば僕の村もエルフの里も大して変わりはしないのだ。一般の人間にとっては。

 ・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 「待って!」

 看護疲れでうとうとと居眠りをはじめたエルの隙をついて、隠れ里を抜け出そうとしたのだが古木を出たところで追いつかれてしまった。

 さすがに感度のいい耳を持った森の精霊族、敏感なものだ。

 「これ、助けてくれたお礼にあげるわ」

 そう言ってエルが差し出したのは、銀製の指輪だった。木の葉をモチーフにしているらしい台座に、水色の石がはめ込まれている。

 「ヴァンネル・リングっていうの。これを持っていれば、いつでも結界を越えてここに来ることが出来るわ」

 魔法のアイテム。というわけだ、結界を無効にする。隠れ里にとっては、命取りになるアイテムのはずだが・・・。

 かなり信頼してくれているということだ。僕はありがたく受け取ることにした。返すべきなのかもしれなかったが、エルの気持ちを無にはできない。

 「ありがとう。それじゃ、また」


 エルの塗ってくれた薬は本当に良く効く。

 一晩で普通に歩くぐらいなら苦にならないほど回復してしまった。

 まだ血が足りないらしくて、気を抜くとめまいや立ち暗みが起きそうになるが、これは仕方がない。滋養のいいものを食べて早めに血が増えるのを待つほかなかった。

 「やあ、シュナ、また会えたね」

 とりあえず何か食べようと、ランスウェル城下町の宿屋に来てみた。と、あの髪とバスターソードが目に入った。

 「あ。ターク、座りなよ。一緒に食べよう」

 テーブルには、肉汁たっぷりでうまそうな肉が一塊載っている。

・・・僕が来なかったら、これを一人で食べる気だったのかな?

 「いいのかい。このうまそうな肉、僕が一人で平らげるかも知れないよ」

 「その時は君に勘定を払わせるまでだ」

 意地悪く言ったつもりなのだが、見事に切り返されてしまった。剣だけでなく、言葉もなかなかに切れるらしい。

 「ターク、もうじき王国軍記念日があるだろ」

 「ああ、十六日だったよな。確か」

 一般的な行事だから、考えるまでもなく答えが出た。

 「そうだ。一緒にパレードを見物しに行かないか? ランスウェルの城門の前で待ってる」

まさか・・・まさかシュナのほうから誘ってくれるとは・・・思いがけない展開に、少し驚いてしまった。

 が、もちろん驚くことと、断ることはイコールじゃない。

 「ああ・・・わかった。城門の前だね」

 「待ってるからな! 忘れるなよ!」

 念を押して、シュナは颯爽と立ち去った。

 見ていて惚れ惚れするほどの身のこなし。しかし・・・。

 「・・・結局、僕が支払うことになったな」

 店の主が、僕に視線を送っている。テーブルの上には空になった皿と、レシートが・・・。

 「まぁ、いいけど」

 半分以上は僕が食べたんだし・・・。


 宿屋を出て、腹ごなしにと広場に出た。と、見覚えのある人影が二つ、いや、三つ。リスティンとルシオン、そしてシールだ。

 「リスティン。ルシオン」

 「おや、その声はタークですね」

 知らない振りをするのも妙なので、とりあえず声をかけてみた。

 「ターク、何やってんのー?」

 いつもの人捜しは今日はしていないらしく、平時の物静かな声だ。シールも拒絶してこない。

 「ごめんなさい。私もう行かなきゃ・・・」

 代わりに、リスティンの方が立ち去っていってしまった。

 「ルシオン、リスティンと何の話をしていたんだい?」

 「関係ないでしょ、タークには。気になるの? あー、さてはターク、リスティンが好きなんだー! へーえ、ふーん。知らなかったなー」

 ギクッ!

 瞬間的に身体が硬直してしまった。

 まんざら間違いとは言えない。もっとも、嫌いではないと好きの間にはかなり大きな隔たりがあると思うが・・・。

 「シール、少し静かにしていてください」

 「はーい、ルシオンさま」

 シール、今日はやけに素直だな。不満も不平も見せないなんて。

 「私はマイフォレスト村の出身ですから、リスティンとは子供の頃からの知り合いでして。たまたま出会ったリスティンと話をしていたんですが、どうも彼女は何か悩んでいるようでした」

 「そうか・・・」

 「ターク、あなたはリスティンと親しいようですね。彼女の心配事に何か思い当たることがありませんか」

 もしかしたら、あの夢のことかな?

 他に思い当たることなんてない。

 「最近よく変な夢を見るらしいんだ。あるいは、何か全然別の悩みかも知れないけど」

 「リスティンもいつのまにか、年頃になった。恋の悩みなのかも知れませんね」

 「リスティンもタークのことが好きー、なんていうのだったらうれしいでしょ、ターク」

 ・・・うれしくない男はいないだろうな。

 「とにかくターク、リスティンの相談にのってあげてください。さあ行こう、シール」

 「はーい。ターク、頑張ってねー」

 言われるまでもない、が。僕で相談に乗れることなんてそう多くはないぞ。多分・・・。

 ランスウェル城下町を出て、マイフォレストへと向かう。

 やはり休養をとるなら、あの村がいい。

 いつも通り普通に行けばいいところなのだが、僕は再び気紛れを起こした。回り道の旧道を通ることにしたのだ。

 ほとんど狩人とキコリ専用道路とも言える森の中を通る道を。

 マイフォレストの北西、エルたちの隠れ里を挟んだ反対側の森を通る道だから、距離にして倍近く遠いのだが、何となく森林浴がしたくなって足を向けてしまったのだ。

 村人の話によると大きな沼があるらしい。

 この沼地、以前は野原だったのだが、いつのまにか住み着いた魔物が毒を流し、土を腐らせているようだ。と、噂は耳にしていた。

 今のところ被害の調査段階で、まだ魔物の退治という話にはなっていないということだったから気にはなったけど、そのままにしてある。

 「・・・!!」

 沼地が近づくにつれ、僕は村人の話がかなり遅れた情報によるものだったことを知った。

 森の木々全体の木の葉の色が薄くなり、数も減っていく。最後には木々が立ち腐れてしまっているしまつだ。

 土もぬかるみ、泥と化している。

 この分だと被害はヴァンネルの森南部までおよんでいることだろう。

 沼地に住み着いた魔物を退治して荒廃を食い止めないと、マイフォレストもそうだが・・・。。

 「隠れ里の近くまで被害が広がっている!!」

 胸騒ぎを感じて、道を逸れて南へ向かう。

 先日の記憶から考えるに、エルフの隠れ里はすぐそこにあるはずだ。隠れ里の北の端に行ったことなどないけど。ザッと見渡したときの宏さからイメージすると、その筈たった。

 「う・・・」

 悪臭が漂ってる。これも魔物によって土に流し込まれている毒の影響なのか。

 被害地域の南端に出る、と、思った通りエルからもらったヴァンネル・リングが反応を示した。すぐそこに結界があるのだ。

 この分だと一月もすれば、隠れ里も沼地の浸食を受けることになるのは明白だ。

 が、そんなことはとうに知っていた者たちもいる。

 いつもなら、決して結界から出ないはずのダークエルフの若者たちがいた。それも、みな武装している。

 そして、彼らは何か巨大なものと戦っていた。戦いになったことで仲間を呼んだのだろう、相手は徐々に数を増している。

 それに・・・。

 「あれでは、倒せない」

 問題は数ばかりではない。

 エルフ達は人間ほど腕力が強くない。素早い動きに長け、遠くから弓などの間接武器で闘うのが得意なのだ。

 しかし、被害の状況などから大方の予想はできていたが、原因となっている魔物はグリーンウォーム、キャタピラーの二種類。

 いずれも毒虫、体長三メートルを超える巨大なイモ虫である。

 奴らの皮膚は柔軟で驚くほど厚い。弓矢などでは大したダメージは与えられないだろう。

 剣にしてもエルフたちのレイピア、細く長い突くのに適した剣、では致命傷を与えられない。

 まして、エルフは不要の争いを嫌う。武器を持つことさえ、彼らには珍しいのだ。

 エルのように人間の町へ出るとかいうのでなければ、森の中で彼らが武器を持つ必要など皆無なのである。森のどんなに獰猛な動物も森の守護者たるエルフに牙を向けたりはしないのだから。

 奴らの重要な器官は厚い皮膚の中心にある。いくらなんでも、そんな奥までレイピアは届かない。

 剣で切り裂き、内蔵を露出させてから止めを刺すのでなくては倒せないのだ。

 「人間の力など借りん!」

 手を貸そうと剣の柄を握り、駆けつけると若者の一人が言った。

 見覚えがある、僕がエルの部屋にいるときにエルの頼みで薬を分けてくれた若者だ。

 「まして、怪我人などに」

 先の言葉は居丈高なものだったが、二つ目の言葉は囁くようだった。他の仲間達の手前、ああ言うしかなかったのだろう。

 個人的には、さほど人間を毛嫌いしてはいないようだ。それに、本音としては助けが欲しいのに違いない。

 彼らエルフは精霊使いとしては有能だが、戦士としての戦力にかける。また、森の精霊族に連なる彼らは炎の精霊との接触を嫌う。

 今ここに必要なのは戦士の【力】であり、【炎】の力だった。土を泥に変えることでもわかるように、この虫たちは湿った場所を好む。逆に言えば、炎に弱いのだから。

 剣で斬り付けると酸性の体液で剣がボロボロになってしまう、魔法を使うのが得策だろう。

 僕は、彼らのところまで一気に走り、できうる限り虫たちを引きつけると魔法を放った。

 肉の焦げる不快な臭いがした。

 巨大な虫たちは、焼けた皮膚から体液を噴き出させ、のたうっている。

 「今だ!」

 剣を抜き放ち、虫どもに斬りかかった。焼けて、弱くなった皮膚をめがけて剣を振り下ろす、手応えがあり虫は短い痙攣ののち動かなくなった。

 二引き、三匹・・・次々に斬り伏せていく。火傷を負わされた虫は動きも鈍く反撃する気配もない。帰り血ならぬ、体液の飛沫にさえ気をつけていれば恐れる必要のない相手だ。

 戦いが終わるのに、もうさほどの時間はかからなかった。

 「・・・礼は言わないぞ」

 最後の虫を切り捨てたところで、あのエルフがやってきた。

 他のエルフたちは、地面に穴を掘り、虫たちを埋め始めている。不浄なものはすべて大地が浄化する、と彼らは信じているのだ。

 「薬の借りを返しただけさ」

 僕は答えて、立ち去ることにした。

 人間との接触を極力避けるのが彼らの掟だ。結界の外でのことではあるが、歓迎されないのは明らかだったから。

 「・・・だが、もう一つ頼まれてくれるなら礼をしてもいい」

 背を向けた僕に、エルフが遠慮がちに声をかけてきたので、僕は驚いて振り返った。ダークエルフが人間に頼み事をするなど、滅多にないことである。

 彼の話によると隠れ里から北東に行ったところに人間の小さな村があり、その近くにメイルリバーの支流がある。

 村人たちが日頃、生活用水として使用していたのだが、ある日、上流から汚れた水が流れてくるようになった。このため村人たちは水を使用できず、日常生活に支障を来している。

 これは、神により河の支配を任されている水の精霊ウンディーネが、その証たる杖を近くに住むゴブリン達に盗まれてしまったために、水を浄める力を失ったためだというのだ。

 そこで、杖を取り戻してきてやってくれ、という。

 ウンディーネに頼まれたものの、森の妖精族のエルフに河での戦いは向かないし、相手は野蛮なゴブリンだ。

 「勝手な言い草なのはわかっているが・・・できれば相手にしたくはない」

 「そういうことか・・・。わかった、なんとかしよう」

 と、請け負ったものの。さすがに容易な話ではない。何しろ神とも接触がある精霊を出し抜くだけの力を持つゴブリンを敵とし、人間の手の届かぬ秘境とも言える場所に向かわなくてはならない。

 問題のウンディーネはどこにでもいる水の精霊ではない、河の神により河の管理を委ねられた特別な精霊なのだ。山奥にある祠から動くことができない。

 僕のほうから出向くしかないのだ。

 途中、光の神の力が薄くなった河を闇の支配地にしようとするデーモンやら、キングクラブやらに襲われ、足場の悪い崖を上る。

 怪我人には地獄の旅程だった。・・・たった半日の距離だというのに。

 「むっ・・・こいつらが、ウンディーネから杖を盗んだゴブリンか」

 崖を超えた途端、目の前に盆地が広がり、村が見えた。

 そして、見るからに醜悪な闇の生き物も。

 全員が戦闘体勢を整え、僕を見ている。わざわざ待っていてくれたらしい。派手な歓迎会になりそうだ、感謝なんてする気はないが。

 どいつが杖を持っているんだ・・・?


 「ああ、ゴブリン達から取り返して来てくれたのですね。ありがとう」

ウンディーネの元へ行き、杖を返した。

 血と焦げ目が付いていたが・・・。

 「これで、この川も大丈夫ですね」

 「ええ! ありがとう、人間の少年よ。お礼に、これを差し上げます。あなたの旅の道添として」

 そういって、ウンディーネは青白く光る球を差し出した。

 これは!・・・まさか!!

 「これは精霊獣の卵。あなたの魔力と精神力を吸い成長し、あなたの助けとなることでしょう」

 やっぱり・・・!!

 精霊獣は精霊たちの魔力によって生まれるとされ、精霊使いたちはこの精霊獣を身に従えて魔法や、戦いを行なう。

 だが、それは自然界の中で生きているものを魔力によって支配するのが通例だ。なのに、今僕は生まれる前の精霊獣を手にしようとしている。

 「わ、わ、私は精霊使いではありませんが・・・」

 あまりにも重大な事態に声が上擦る。

 「大丈夫。あなた自身の身によって成長する精霊獣です。精霊使いの資格がなくとも、同じように扱えます」

 ウンディーネの言葉と共に、卵が僕の胸元に吸い込まれるように入ってくる。力が身体の中に落ち込んでいく感覚があり、僕は気を失った。


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