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 ライラの塔を出た僕は、とりあえずランスウェル城下町へと足を向けた。ライラの止血に使ってしまった包帯の代えを手に入れなくてはならない。

 だからといって、なにも王立病院に行くほどのことでもないのだが、リスティンを追って何度か来ているせいで自然に足が向いてしまった。

 「すまんが、今忙しい。用があるならまた後で・・・。!! おおっ!! もしや・・・君は剣士かね?」

 薬局へと向かったのだが、その途中で診療所から慌てた様子で出てくる医者に出くわした。と、いきなり、そんな問いかけをされてしまった。

 まぁ、当たらずとも遠からじってとこではある。

 「ええ、まあ。そんなところですが」

 「おお! そうかっ! 初対面の人間に、いきなりこんなことを頼むのもなんだが、トロアの葉という薬草をご存知かな?」

 薬草学の本も読んだことがある、確か・・・。

 「胸の病気に効くってやつですね?」

 「そうだ! 知っているなら話は早い、その葉が切れかけて大変困っておる。ヴァンネルの森へ行って摘んできてはもらえないか?」

 本当は薬草師の仕事なのだが、最近、ヴァンネルの森には魔物が住み着き。取にいけないのだという。

 ギルドに頼もうかと思っていたのだが。一刻を争う、摘んできてくれるなら、報酬として500G出す、というわけだ。

 「端金ではないと思うのだが・・・頼まれてはくれんか?」

 「・・・わかりました。行ってみましょう」

 「おお~! そうか!頼まれてくれるか!!」

 こんなときに否やというのはパンディオンの名を・・・いい加減、この台詞にも飽きた。

 ・・・頼まれては嫌と言えないのが、僕の性分だ。行くしかない。


 森の中で植物を探すのは、これで三度目だ、慣れもする。

 トロアの葉は簡単に見つかった。もともと濃い緑色で、厚みのあるトロアの葉は遠目でも探しやすい。

 現れたのも狼が数頭だけ、気が抜けてしまうほど楽な冒険だった。

 「すみません。ここの先生は今どちらにいらっしゃいますか?」

 診察室に入ると、あの恐い顔の先生がいなくて、代わりと言うには余りにも差のある可憐な少女がいた。

 白いガウンに、桃色のショール。

 「先生は今、お薬を取りに奥へ。・・・どちら様ですか?」

 病院にいる以上、当然のことだが病的に白い肌が、何とも儚げに見える。

 「先生に頼まれていた薬草を持ってきた者です」

 「そうですか。もうすぐお戻りになると思いますよ」

 ・・・前に聞いたな。可愛い女の子が入院してるのに、心臓の難しい病気らしくてなかなか外に出てこないから、滅多に会えないって。

 ひょっとして、この娘の薬なんじゃないかな、トロアの葉は・・・。

 「すまない。またせたな。」

 何となく、気まずい空気が漂い出した頃、ようやく先生が戻ってきた。

 「おや、君は・・・」

 「先生、頼まれていたトロアの葉を摘んできましたよ」

 「そうか、ありがとう。それはちょうどよかった。今、この娘にあげる薬を取りに行ってたんだが、切らしていたことに気がついてな。これがあればすぐに薬を調合できる。ミュウ、今日の診察はこれで終わりだ。薬は後で部屋に届けるから、戻ってくれ」

 ・・・やっぱり。

 「はい」

 「そうそう、まだ君の名を聞いていなかったな。君の名前は何と言うんだ?」

 「あ、そういえばそうでしたね。僕の名は、タークです」

 「ターク君、忘れないうちに渡しておこう。報酬の500Gだ」

 この娘のための薬だとわかっていれば、報酬なんてなくても行ったんだけど・・・。

 「ターク君、頼みついでで悪いが、この娘を部屋まで送ってくれないか。話し相手になってくれれば、もっとありがたい」

 「先生!!」

 「ええ、僕は別にかまいませんが・・・」

 普通、こういう場合。変なちょっかいを出さないように引き離すものだと思うが、なに考えてんだ?

 この先生は?

 「この娘は小さい頃からこの病院に入院していてな。学校に行く機会がなかったので、同年代の友達がいない。君なら比較的歳も近くていいだろう」

 ・・・なるほど、そういうことか。

 「そうですね。僕なんかでよければ・・・。よろしく、ミュウ」

 「はい。タークさま」

 また『様』、か。

 ティナならともかく、他の娘にそう呼ばれるのは・・・。

 「私は他の患者の回診がある、これで失礼するよ」

 ・・・忙しい人だな。

 「・・・・・・。あ、あの」

 「とりあえず、君を部屋まで送るよ」

 「え、あ、はい。こちらです・・・」

 ミュウの病室は、二階に上がってすぐの部屋だった。

 一階は外来と受付、薬局が占めているから、一番手前の部屋ということになる。それも一人部屋だった。

 やはり、相当やっかいな病気なのだ。何かあったとき、医者や看護婦がすぐに駆けつけてこれる部屋に入れられているのだから。

 「・・・あの。ターク、さま。すみません、先生が強引に・・・・。迷惑をおかけするわけにはいかないし、その・・・」

 病気なのだから当然といえば当然だか、かなり気弱と言うか遠慮がちなものの言い方をする。

 「気にしなくていいよ。えっと、ミュウ・・・は、入院して長いのかい?」

 ついつい、年下の僕のほうが年上みたいな口調になってしまう。

 端から見たら、奇妙な光景だろう。

 「ええ。ここの病院では、私が一番長くいる入院患者でしょうね。せっかく病院の中で友達が出来ても、いつもその人たちはすぐに退院していってしまって・・・」

 「そうか・・・。君さえ構わなければ、僕が時々君の話し相手になるよ」

 「本当ですか!!」

 ここに来て、ようやくミュウの笑顔が見れた。華やかではないけど、つられて微笑んでしまうような暖かさがある。

 「・・・だとしたら、私・・・。すごく、うれしいです。あの、タークさまは、普段何をなさっているんですか?」

 「僕? ただの旅行者だよ。パンディオンのね」

 パンディオン、その名を言ったあと一瞬後悔しててしまった。また、勇者だの騎士だのと、持ち上げられては普通の会話が出来なくなる。

 「パンディオンの方、なんですか・・・」

 「だからといって、たいした力はないよ。まだ修業中の身だからね」

 「でも、え~と、タークさま・・・」

 慌てて、取り繕った僕の声が少し高かったせいだろうか、ミュウは次に何を言うべきか言葉が見つからなくなってしまったらしい、口ごもっている。

 もう少し雰囲気を軽くしてあげるべきだろう。

 そのためには・・・。

 「ターク『様』は勘弁してくれないか。タークでいいよ」

 「でも・・・」

 「様なんてつけたら、僕もミュウ『さん』って呼ぶよ」

 何か妙な感じだが、ミュウにしても『さん』付で呼ばれるのは嫌なはずだ。

 「・・・。じゃあ、タークさんっておよびします。それで構いませんか?」

 「ああ。それなら・・・。それじゃ、ミュウ。近いうちにまた来るよ。・・お大事に」

 いくら先生の頼みとはいえ、あまり長居するのもまずいだろう。今日のところはこの辺で引き上げたほうが良さそうだ。

 「はい、ぜひいらしてくださいね。タークさん。お待ちしてます」


 ランスウェルを出た僕は、これといってすることもないしマイフォレストの村へとやってきた。

 いつもなら、このままフラワーガーデンに行くのだが、虫の知らせ、と言う奴だろう。なぜか、真っ先に向かったのはメルの家だった。

 すると、留守番だと言うおばあさんがいて、気になることを言った。

 村長とメルは用事で隣町まで行ったのだが、このところ帰り道となるカルディナ街道には盗賊が出るらしい。

 「あたしゃ心配だよ。だってそうだろう? あの二人が帰ってこなきゃ、あたしゃ家に帰れないじゃないか」

 お婆さんの、どこかピントのずれた心配など無視して、僕は二人を迎えに行くことにした。

 元から、メルは盗賊に狙われていたのだ。もし、その盗賊がまだ諦めていないとしたら、こんなチャンスを逃すはずがない。

 どこで足止めを食っているのかはわからないが、早めに保護したほうが良さそうだ。

 「誰か助けて~!」

 !! 女の子の悲鳴・・・メルか?

 「あ、タークさま! 助けてくださ~い!」

 「助けてくれ~!」

 やっぱり・・・。

 でも、何事だ?

 「む、誰だ、貴様は!!」

 「誰だって構わねぇ! 俺たちの邪魔する奴はやっちまえ!」

 これ以上はないってくらい、完璧な盗賊たちだ。

それも三流の。

 心配した通り、盗賊に襲われていたのだ。

 半月前までの僕だったら、対処できなかっただろうが、今の僕なら・・・。

 「野郎ども、やっちまえっ!」

 ・・・・・・。

 ・・・・・・。

 ちょっと手間取ったかな? 

 「メル、大丈夫か」

 「パパ、タークさまが助けてくれたのよ。タークさま、どうもありがとうございます!」

 「ターク君、おかげで助かったよ。何とお礼を言ったら良いやら・・・」

 「偶然通りかかって良かったですよ。お怪我はありませんか?」

 迎えに来て良かった、もし、もう少し来るのが遅れていたら・・・。さすがにゾッとする。

 「ああ、私も・・・メルも大丈夫だ」

 「良かった。さぁ、こんなとこ長居は無用です。村に戻りましょう」

 村長とメルを送って、村へと戻ってきた。

 「タークさま、本当にありがとうございました」

 家の前まで送り届け、そして・・・。

 この村に来たからには、当然、あそこに行かないことには始まらない。

 「リスティン」

 「・・・・・・」

 フラワーガーデンに行ってみたが、姿がないので家を訪ねる。

 と、いつもの闊達さがまるで感じられない、沈んだ顔で家の前に立ち尽くすリスティンが見えた。

 声をかけても、心ここにあらずといった感じで答えがない。

 「リスティン、僕だよ」

 「え? あ、ああ。ターク・・・」

 腕にそっと触れながら、声をかける。まるで、今眠りから覚めたかのような。

 小さく、頼りない声。いつもの明るい声が嘘のようだ。

 「一体どうしたの?」

 「うん。ちょっと、考え事をしてたんだけど・・・」

 「悩み事だったら相談に乗るよ」

 と、言っても、僕が乗れるような相談なんてたかが知れてるけど。

 「ありがとう。何でもないの。夢のことを考えていただけ」

 「夢? 例のあの夢のことかい?」

 「ええ・・・。昨夜の夢はいつにも以上に真に迫ってて・・・、それでちょっと混乱してるの。ルークスが、とても危険な実験をしようとしていたわ。私とエミリアとローバントは止めようとして・・・。でもルークスは私達の言葉を聞いてくれなくて。ルークスはその危険な実験に踏み切ったの。変な機械と、黒いもやと、悲鳴・・・。実験は失敗し、ルークスは死んでしまったようだった。私、とっても恐かった。涙が出るくらい悲しかった。起きたら、枕がびしょびしょに濡れてたの」

 ・・・夢と現実の境界が薄くなってきてる。

 このままでは、夢の中での出来事に現実のリスティンにまで影響するようになるかも知れない。

 前に読んだ本に、蝶になる夢を見た男の話があった。何度も何度も同じ夢を見るうち、男は自分が人間で蝶の夢を見ているのか、蝶で人間の夢を見ているのか、分からなくなってしまう・・・そんな話が。

 「リスティン、それは夢なんだろう? 落ち着いて」

 「そう、夢なの。でも夢とは思えないくらい、現実感を伴っていて・・・」

 リスティンの夢は一続きの物語になっている・・・。

 やはり、ただの夢ではなさそうだ。

 今回のが仲間の死だったなら、いずれは自分の死にも直面するかも知れない。そうなったとき、リスティンは・・・。

 「信じられないくらい感情移入しちゃうの。シフォリーの哀しみが、まだ私の心に残ってる。ああもう、仕方がないわね、私ってば!」

 「元気を出して」

 こんな無難なセリフしか言えない自分が、もどかしい。

 「大丈夫よ。タークの顔見て、元気が出てきたから」

リスティンのつらそうな顔が、どうしても頭から離れない。

 僕が、一人前の魔導師なら、少しでもいい、魔導師の教育を受けていたなら・・・。悔やまれてならない。

 無意識のうちに、心身ともに癒やそうと考えていたのだろう。気がつくと、僕はエメラルド・リゾートにいた。

 そして、何気なく指輪亭へと入った、と、見覚えのある人影を眼の端に捕えた。

  「ライラ! ライラじゃないか!」

 「ターク!」

 「一人かい?」

 見ればわかるでしょ! と言われそうだな。

 が、意外にライラは噛みついてこなかった、代わりに・・・。

 「ええ。この宿の温泉に入りに来たのよ。何ならターク、一緒に入る?」

 と、来た。

 「え? いや・・・」

 「あたし、タークとなら一緒に入りたいなあ・・・どう?」

 この眼、僕をからかってる眼だ、どうやら、温泉があるというのを最大限に活かして、悪戯するつもりらしい。

 きっと、僕がドギマギして狼狽えるのを見て楽しむ気だ。

 ライラがそういうつもりなら、こっちにだって考えがある。

 気分が落ち込んでいたからだろう、普段なら決してないことだが、逆に悪戯してやろうという気持ちが、僕の中に生まれていた。

 「いいよ。さ、行こうか」

 「え!! ええ、そうね。こっちよ、行きましょう」

 ここの裏にある温泉は、もとから混浴だ。しかも、時間的に利用客のないときなので、僕達以外には誰もいない。完全な貸し切り状態になっている。

 なのに、いや、やはり、と言うべきか、ライラはまったく入る素振りを見せない。

 「ライラ、君から誘った割りには嫌そうに見えるよ。一緒に入るのはやめとく?」

 素知らぬ風を決め込んで、先に服を脱ぎ捨て、腰にタオルを巻いただけの姿になって言ってみる。

 「あら、タークが入りたくないなら、それはそれでいいわよ。残念だけど・・・」

 「いや、僕は構わないけど、君が・・・」

 「あたしは平気。後から行くから、ターク、先に入ってて」

 あくまでも、平静そうに言うライラだが、決して服を脱ごうとしていない。

 このまま、ここで見ているのもいいが、裸なのだ、これでは風邪を引いてしまう。僕は止むなく、先に湯に入ることにした。

 まさかライラ、本当に入ってくることはないよな・・・。

 おそらく、僕を先に入れておいて、逃げ出すのだろう。後で、どんな言い訳をするのか・・・見物だ。

 いい湯だ・・・。

 「うわっ! ライラ!」

 「お・ま・た・せ。ターク・・・」

 まさか、本当に入ってくるとは・・・。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 妙な沈黙が続く。

 「・・・い、いい湯加減だな」

 「ええ・・・、そうね」

 まずい!

 まずい、まずい、まずい!!

 こうなると、今度は僕のほうが追いつめられることになる。

 こういう状況は、女のほうに分があるものだ。ここは、早めに退散するべきだろう。

 「さて、そ、そろそろ僕は、さ、先に上がろうかな・・・」

 「あ!」

 「きゃっ!」

 僕は、自分で思う以上に動揺していたらしい、浴場の奥に浸かっていた僕が、上がるためには入り口近くにいるライラの方を向かなくてはならない。そんな単純なことをすら失念していたのだから。

 タオルを巻いているとはいえ、普段の服と露出度から言えば対して変わらないとはいえ、振り向くのはまずすぎる状況にあったのだ。

 パシッ!!

 「痛っ!」

 「馬鹿、どうしてこっち向いてるのよ!」

 一瞬の間もおかずに、ライラの平手打ちが頬にきまり、同時にライラの姿は脱衣所へと消えていた。

 このまま、時間を置いたら次に会うとき気まずすぎる。

 僕は慌ててライラの後を追った。何と言えばいいのか、見当も着かないが早いうちに話しておいたほうがいいに違いない。

 「さっきはごめんなさいね。頬、痛いでしょう?」

 とりあえず、謝ろうと思っていた僕の機先を制するかのように、追いついた途端ライラの方から謝ってきた。

 反射的に手が出ただけで、怒ったわけではないらしい。

 「いや、あやまることないよ。僕も悪かった。それに、目の保養にもなったし」

 「何言ってるのよ」

 怒ったような口調を作ってはいるが、明らかに眼が笑っている。

 お互い、相手に悪戯をしようとして、お互いに失敗した。

妙に楽しい気分だった。

 「それにしても、君が本当に浴場に入ってくるとは思わなかったよ。挑発した僕も悪いけど、君もかなりの強情だね」

 「ふふ。また一緒に入りましょうか」

 からかいだけではない、暖かい眼差しを向け、ライラが言う。

 僕は、それに言葉では答えず、軽く微笑するだけに留めた。

 楽しみでもあるが、ちょっと心臓に悪い。

 「さっき、実は結構楽しかったのよ、ターク」

 珍しく、テレを含んだ口調で、ライラがぽつりとつぶやくのに、手を振って応え。僕はその場をあとにした。

 ランスウェルに戻るとしよう。


 と言っても、用があるわけじゃない。少し遠回りしてみよう。

 ラドン草原の南に沼があって、その周辺ではキノコがたくさん獲れるって噂を聞いていたのだ。

 ちょっと寄っていってみよう。リスティンのところに持っていけば、おいしいキノコ料理にありつけるかも知れないし、それを口実に会いにも行ける。

 「ん?」

 ・・・何で、こんなところに女の子が?

 大して強くも、多くもない魔物を倒しながらキノコを探していた僕の目に、木陰に実を縮めて隠れている少女が映る。

 「あっ! そこの方! 助けてください!!」

 見たところ十二・三くらいだろう。服なんかからして、割と裕福な家の娘のようだけど・・・。

 「あ! あなたは・・・?」

 「それは僕のセリフだよ、何でこんなところに一人でいるんだい?」

 問い質すと、キノコが大好きなお父さんの誕生日に、飛び切り美味しいキノコをプレゼントしようと獲りに来ていたのだと言う。

 無茶をするものだ・・・。

 でも、それなら早く帰ればいいのに、なぜ隠れていたのだろうかと不審に思った僕に女の子、フローレンが恥ずかしそうに理由を説明し始めた。

 「ここに来て、木の根っ子に足を引っかけてしまったんです。その時に、転び方が悪かったのか右足の骨を折ってしまったんです。うぅっ・・・。わ、わたしっ、怖かった・・・。魔物に襲われるんじゃないかって、このままここで、ぐすっ、ひとりりぼっちで死んじゃうんじゃないかって・・・うっ、ううっ・・・」

 「もう大丈夫、大丈夫だからね。とりあえず、足の処置をしよう。そしたら家まで送るから」

 「ぐすっ・・・。は、はい」

 とはいえ、ここには添え木になりそうなものがない、・・・どこからか拾ってこなくてはならない。周りにこんなに木があると言うのに、添え木に使える枝がないのだから、つくづく運がない。

 「添え木になりそうな枝を探してくる、・・・もう少しがんばれるかい?」

 「はい。・・・でも、あまり長くは・・・。少し熱っぽいんです。ここ二日ほどまともに食べてないし・・・」

 それはそうだろう、骨折しているんだから熱が出るのは当たり前だ。しかも折ってから二日も経っているとは、早く処置をしないと完全には治らないかも・・・。

 「! そうだ!! これを使おう」

 荷物を下ろし、僕はフォーススタッフを取り出した。先端が少し邪魔だが、長さといい太さといい、何より真っ直ぐな点が添え木にピッタリだ。

 安くもない魔法の杖をこんなふうに使うなんて、前例がないだろうが、心細そうな女の子を置き去りにして添え木を探しに行くよりよほどましというものだ。

 「これで足の折れたところを固定しよう、少しは楽になる。それでも痛いだろうとは思うけど我慢してくれ」

 「・・・はい」

 フォーススタッフを折れた右足に添え、包帯を巻いていく。こういう応急処置も、子供の頃から嫌ってほどしているから、目をつぶっていてもできる自信がある。

 こういうときには、村の教育方針に感謝したくなる。いつもは煩わしいとしか思わないのに・・・。

 「さて、応急処置も終わったし、家まで送ろう。と言っても、魔物が出るかも知れないから、抱きかかえるわけにはいかないし・・・そうだ! 背負っていこう、さあ僕の背中に負ぶさって」

 「は、はい・・・」

 鎧の上に直では痛いだろうから、シルクローブを背中と女の子の間に挟み込むようにして、フローレンを背負う。

 「これでよし・・・と。じゃ、町へ戻ろう」

 「はい!」

  フローレンを家まで送ると、死にそうなほど心配していた父親が謝礼にと7500Gもくれた。

 見るからに金持ち風のお屋敷だったが、だからといって少ない金額と言うわけではないだろうに・・・。

 まぁ、可愛い娘の値段と考えれば、ただみたいなものだけど。

 とりあえず、またなくなってしまった包帯を手に入れなくてはならない。僕は再び王立病院へと向かった。

 ミュウとの約束もあることだし・・・。

 「あ、タークさん・・・」

 病室に入ると、ベッドの端に腰を下ろしていたミュウが、頼りなげな視線とともに迎えてくれた。

 なんと言うか、全身に生気が感じられない・・・・。

 「どうかしたの? 今日はずいぶんと元気がないみたいだけど」

 何気ない調子で問いかけてみる、そんなに具合が悪いのだろうか。

 「・・・タークさん。私、もうダメなんです」

 「何だって!! 何を、弱気になっているんだ・・・ミュウ?」

 まさか、いきなり核心に向かうとは思わなかった。それにしても、何でまた急に、そんなふうに考え出したんだろう?

 「先生が、看護婦さんに話してて・・・。私の病気は治す手立てがないそうです。薬で進行を遅らせることはできるけど、ただそれだけだって」

 「・・・・・・」

 あの先生、思いのほか間が抜けている。

 患者に自分の病状を漏らしてしまうとは!

 「心当たりがないわけじゃないんです。前はもっと、病院の外とかも自由に歩き回れたのに、最近は全然できないし・・・。私が入院を続けている限り、少なくない出費が続くのも事実なんです。私が死んだら、家族は悲しむでしょうが、それで父や母の負担が減るなら、いっそ・・・。いっそ・・・。私なんか、死んだほうが・・・」

 なるほど・・・。生気がなくなるわけだ。

 だが、こんな考えを持っているのでは、どんな薬や治療も意味などない。病に勝のは結局、本人の生きる意志なのだから。

 「ミュウ!! そんなふうに考えては駄目だっ!」

「!!」

 「先生だっておっしゃっていたじゃないか。『どんな治療を施しても、患者本人に元気になろうと言う気持ちがなかったら無意味なんだ』って 薬が必要ならいくらだって薬草を摘んでくる。君が外に出かけたいならつれてってやるから・・・。そんなに悪いほうに考えないでくれ」

 「・・・・・・」

 「君の病気の苦しみは、僕にはわかってあげられない。でも、これだけはわかる。『諦めてしまったらそれで全てが終わる』ことだけは」

 そう、あきらめない限り、どこかに勝機はある。ある高名な用兵家の言葉だ、そして、全ての冒険者の座右の銘でもある。

 可能性が一握りでもある限り、挑み続けること。それは一歩間違えれば死を呼ぶもの達の生き抜く秘訣だ。

 「・・・・・・」

 「自分が死んだら家族が悲しむだろうって、さっき君は言ったね。君が死んだりしたら、僕も悲しい」

 「・・・・・・・」

 「そのことを忘れないでほしい。・・・・勝手な言い分だって、思うかも知れないけど・・・僕は君のために精一杯君の手助けをする。だから、君も元気を出すんだ! そして自分の病気は必ず治るって信じるんだ」

 理性が、意識の下で赤面しているのを自覚していながら、僕は本音を言った。彼女と知り合って間はほとんどないが、彼女の微笑みが消えることなど、想像できない。し、したくもない!

 「タークさん・・・そうですよね。ごめんなさい、弱音を吐いたりして。私、もう少しがんばってみます」

 「ミュウ・・・」

 病魔が、剣の届くところに出てくれれば、いつでも切り捨ててやるのに! どんなに剣や魔法ができても、病気にはなす術もない・・・・僕は自分の無力と、人間の限界を呪いながら、病院を後にした。

 王立病院を無力感にさいなまれながら出た僕は、足をランスウェル城に向けた。

 別に用があるわけではない、地形的にも、社会的にも、上のほうから人々の暮らしを俯観してみたくなったのだ。

 要するに、無意識にとは言え、僕は逃げたかったのだろう。

人と人のしがらみから・・・。


 「やあ、シュナ。何をしてるんだい?」

 城の中で流れの剣士に会うとはおかしなこともあるものだ・・・・。そう思いながら、作戦室の窓際にいたシュナに声をかける。

 「タークか。人に会いに来たんだよ」

 そう言ったシュナの語尾にドアを開ける音が重なり、だれあろう聖騎士隊隊長が歩み寄ってきた。

 「シュナ、久しぶりだな。もう少しまめに顔を出してくれれば、余計な心配をしなくてすむんだが。おや、ターク君はシュナと知り合いだったのか?」

 「ええ。最近知り合ったばかりで」

 「親父こそタークを知っているのか、って・・・。・・・ああ、そうか。例の事件がらみだな」

 親父・・・?

 「初耳だったかね? 一応これの父親だよ。それにしても、君とシュナが顔見知りとは思わなかったな。ターク君、少し時間を取れるかね? 話したいことがあるんだが」

 うーん。表情を消すことには自信があったのだが・・・。今回ばかりは疑問を顔に出してしまったらしい。

 ま、敵対している人間と言うわけでもなく、まったく警戒していなかったせいだろうが・・・・。

 「ええ。構いませんよ」

 「シュナ。悪いがまたあとでな」

 父親だと言うのなら、当然娘のことのほうが気がかりだろうに、隊長は僕を部屋の外へと連れ出し、隣の兵士の詰め所へ向かった。

 中にいた兵士を追い出し、僕の正面に立つ。

 「君とシュナが知り合いだったとはな。・・・変わった娘だろう」

 「いや、その・・・元気な娘さんですよね」

 他に表現の仕方が思いつかなかった。言いながら、ちょっと後悔してしまうほど、下手な言い方だ。

 「ところで隊長・・・」

 「君の話を聞きたいと言うのは、半分口実だ。君に、シュナのことを話しておきたくてね・・・・」

 そう前置きをして、隊長が話したのはシュナが、女だてらに黒竜を付け狙う理由、それだった。

 「実は、あれと私は血はつながっていない。親友の子を引き取ったんだ。あれの両親は、十年前の封印戦争の時に黒竜に殺された。・・・あの子は目の前で、両親を殺されたのだ」

 「!!」

 「両親が殺されて、彼女は変わったよ。長かった髪を切り、武術の手解きを受けるようになった。・・・あれの剣術の腕は、なかなかのものだろう。あの娘の心には黒竜の復讐のことしかない」

 「・・・・・・・・」

 「いまではシュナは私の家を飛び出し、あちこちの町や村を訪ねては、黒竜の情報を集めているらしい。どこかで騎士団襲撃の噂を聞いて、黒竜がこの付近に潜んでいると思い、戻ってきたんだろうな。だが、どんなに剣の腕が上がっても、黒竜はさらに強い。あれを死なせれば、亡くなった両親にも申し訳がたたん。・・・ターク君、無理な頼みなのは百も承知だ。あの娘が無茶をしないよう、見守ってやってくれないだろうか」

 「・・・はい。私にできることでしたら何なりと・・・」

 ・・・とは言え、シュナの性格から言って黒竜に会ってしまったら、どんな制止も聞かないだろうな。

 シュナが会わないうちに、誰かが黒竜を倒す、これがベストだろう。

 ・・・残念だが、今の僕では絶対にその誰かにはなれない。

 「シュナ、待たせたね。・・・話しは終わったよ」

 「話って、何だったんだ?」

 「いや、大した話じゃないんだ」

 聖騎士隊長が、娘もほっといて、僕と世間話なんかするわけがない。つまり、大した話じゃないって事はありえないのだが、そういうしかなかった。

 「ふうん? さてと。僕も親父のところへ行くか」

 たぶん、シュナのほうは気づいているだろう。表には出さないだろうけど。


 城を出て、これからどうしようかと考えていると、見たことのあるような女性が駆けてくるのが見えた。

 どうやら、僕に用があるらしい。

 「どうしたの?」

 問いかけながら、その女性が王立病院の受付にいた看護婦さんであることを思い出す。

 荒い呼吸を無理に抑えながら、その看護婦さんが言うには。

 ランスウェルで最近発生した熱病でたくさんの患者が出ている。

 原因もわからず、手のうち用が無かったのだが、ようやく、ついさっきアイスリンネルという薬草の実が特効薬になることがわかった。

 しかし、このアイスリンネルは魔物が多く出没する危険地帯にあるため、冒険者の助けがいる。

 「・・つまり、僕に行け、ってことだね?」

 「・・・はい!」

 一瞬の躊躇の後、ハッキリと返事を返してきた。苦しむ患者をたくさん診ていて、一刻の猶予もないと感じ、ギルドに頼まずに自分で僕を捜しに来たのだ。

 断ったりしたら、僕を引き摺ってでも、アイスリンネルのある場所までつれていく覚悟のようだ。

 「わかった、行ってこよう」


 ・・・・・。

 危うく、自分が患者になるところだった。

 魔力に長けた魔物に、防御力の高い奴。今回ばかりは本気で死を覚悟してしまった。

 なんとか実を手に入れ、病院に届ける。

 「お疲れ様でした。あなたのおかげでたくさんの人々が助かります」

 そういって、あの看護婦が8000Gをくれた。患者たちから集めたのだろう。金貨や銀貨、金の種類がバラバラだ。

 あとで両替をしなくては・・・。


 傷つき、疲れると自然に足がここに向く。

 マイフォレストに戻り、酒場に顔を出す。

 と、珍しい客がいた。

 長い金髪、尖った耳、褐色の肌、大きな矢筒・・・。

 「やあ、エル、また会えたね」

 「タークじゃない。元気?」

 「一人で飲んでるの?」

 このところ、エルと会うときは常にあいつがいたから、ちょっと警戒してしまった。

 「ふふふ、ここでいろんな人を見てるの。人間ってダークエルフと違って、一人一人それぞれに個性があるのよね。ねえ、それより、タークはデニスのお友達なんでしょう?」

 ・・・友達? あいつと友達付き合いするくらいなら、死神とチークダンスでも踊るほうがましだ!

 と、本音を言ってしまっては、エルが傷つくかな?

 「・・・まあ、顔馴染みってところだけど」

 ・・・ライラも、そんなふうに答えたんだよな。僕が聞いたとき。

 「デニスってとっても面白い人よね。真面目な顔して、冗談ばっかり言うのよ。目がちょっと細いけど、結構美形だし、聖騎士でしょお。いろんな魔物を倒したことがあるって言ってた。剣の腕もすごいんでしょ? お金持ちで強いなんて、完璧よねー。積極的で女の子の扱いにも慣れてるし。モテるはずだよね」

 そうなのか? 女の子にはそう見えるのだろうか、金持ちだということと、女の子に慣れてる、という点は確かに認めてもいいが・・・他の部分は、ちょっと眉唾ものなのに。

 「エル・・・。デニスのことが好きなの?」

 「・・・・。そうね、どちらかと言えば、好きなほうだけど・・・。恋愛の『好き』じゃないわ。だって恋してる人ならもういるもの。ターク、誰のことを言ってると思う?」

 そういって、意味深な瞳で僕を見つめる、・・・ということは・・・?

 「えっ!!」

 「プッ。ククククク。もう、タークったら真赤な顔。冗談よ。あはははははっ」

 「・・・・・・・」

 ・・・ライラ並にエルも悪戯が好きらしい、警戒してなかった分、よけい質が悪い。我ながらかなり動揺してしまった。

 「ふふふ。ターク、また飲もうね」


 「やあ、シュナ」

 「タークか・・・」

 エルを町の外まで送り、宿に戻ると、奥のほうに鮮やかだが暖かい感じの赤い髪が見えた。

 シュナが一人で、かなり強めの酒を飲んでいる。

 「ずいぶんと沈んでいるみたいだな? やはり、酒は楽しく飲まないと」

 「・・・ちょっと、昔のことを思い出してね・・・」

 「・・・・・・」

 昔のこと・・・、それはおそらく、あのことだろう。

 「ターク、親父から聞いてるんだろ? 僕の両親のこと」

 「・・・ああ。隊長は君のことを心配していた」

 やはりな、これは下手な同情や慰めは言わないほうがいい、かえってシュナの気持ちを逆なですることになる。

 「親父には感謝してるよ。僕を育ててくれて・・・。親父は僕に普通の女の子みたいになって欲しいんだ。でも、無理だ。あのことを忘れて、父さんと母さんの復讐を諦めるなんて・・・。不可能だよ」

 「・・・シュナ・・・」

 諦めろ、とは言わない。だが、復讐なんてものを君の両親が望んでいると思うのか!!

 頭に過った言葉を、僕は無視した。これは、他人が口にしていいことではない。口に出していってみるのは簡単だが、シュナだってそのことはわかっているはずなのだ。

 わかっていても、感情がそれを忘れたがっている。今、それを突き付けてもムキにさせるだけだろう。

 「あの日、父さんは母さんと僕を守ろうとして、黒竜の剣に倒れた。母さんもその後すぐ、殺されたんだ。・・・僕は見ていた。あいつは笑っていたよ。父さんのことも母さんのことも、虫のようになぶり殺したんだ。楽しんでね・・・」

 「・・・・・・・」

 「僕は見ていた。でも何も出来なかった。何も! 父さんと母さんがあんなふうに殺されて・・・。でも、何一つ出来なかったんだ!!」

 「シュナ・・・。そんなに自分を責めないほうがいい。ローバントの騎士たちでさえ、なす術もなく斬り捨てられたんだ。まして子供だった君に何が出来た? 君は自分にできる精一杯のことをしたじゃないか」

 さっき頭を過った言葉を、少し遠回しに言っておくことにする。大して効き目もないだろうが、言わずにおくよりずっといいだろう。

 「今もこうして元気に生きてるだろ。ご両親が満足しているとは言わないが、少なくとも後悔はしていないはずだ。・・・あまり無理はしないことだ」

 一瞬、シュナは黒龍を見るような目で僕をにらみつけ、静かに目蓋を閉じた。もう一度目を開けたときにはそれは穏やかなものに変わっていた。

 「・・・忘れられないんだ・・・」

 忘れるためには、黒竜の存在がでかすぎるのだ。黒竜を倒す、もしくは死んだこと確認しない限り、シュナに心の休まる日は来ないのかも知れない。

 「・・・・・・」

 「・・・ちょっと今夜は喋りすぎちまったな。酒のせいだ。ターク、忘れてくれ」


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