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 近隣の村々を襲うガーゴイルの退治。

 ロアールの葉を持ち帰ったばかりの僕に科せられた次の仕事だ。なんでも緊急を要するとかで、他の冒険者を手配している暇がないのだと言う。

 ガーゴイルといえば、魔術によって生み出されるモンスターの代表格と言っていい。

 剣でも倒せなくはないが、強靱な防御力を誇り、なにより恐ろしいのは無尽蔵とも言える魔力の大きさだ。

 そして、そこから放たれる魔法。

 そんなモンスターがある日突然集まってくるわけがない、何者かが召喚でもしない限り・・・。

 「術者を倒すのが一番手っ取り早い方法だな」

 「ふ、ふ、ふ、そう簡単に倒せると思うのか」

 ガーゴイルが現れるという廃神殿に入り、戦い方を声に出して再確認していると、妙にしゃがれた嘲笑を含んだ声が聞こえてきた。

 わざわざ出てきてくれたらしい、探す手間が省ける。

 「死ね!」

 現れたのは黒いローブを身にまとい、蒼い顔をした闇の魔術師だった。実に分かりやすい姿での登場である。

 現れしな、その魔術師は魔力そのものを放出し法円を描き出す。ガーゴイルを召喚しようというのだろう。

 だが、僕にそれを待っててやる義務はない。

 荷物の中に入れてあったロングソードを引っこ抜くと、槍投げの要領で投げつけた。

 投げるにはちょっと重いものだが、重すぎるというほどでははない。

 剣は狙い違わず魔術師の胸を貫き、血と魔力とを吹き上げながら、その魔術師は絶息した。

 「わざわざ出てなんか来なきゃ勝てただろうに・・・馬鹿な奴」

 まあ、そのおかげで僕は勝てたのだが。

 それにしても、一日のうちに二件も仕事をこなすのはきつい、僕はエメラルドリゾートへと向かった。温泉にでも入って疲れと汗を流したい。

 なのに・・・。

 「・・・なんで、墓地から剣戟の音なんかが聞こえるんだ?」

 しかも、ただの墓地ではない。地下墓地だ。

 王家の墓、というわけでもあるまいし、盗掘に来た連中の仲間割れなんてことはないだろう。

 どう考えても理由が思いつかない。

 「損な性分だよなぁ」

 無視してしまえ、という心の声を聞きながら、僕の脚は地下墓地へと向かっていた。気になりだすと確かめずにはいられない、性分なのだ。

 「うおおぉーーーーーー!! 奴はどこだあーーーーー!!」

 「ぐおおぉーーーー!!」

 剣戟の音だけではなかった。叫び声も聞こえてくる。

 「ぐあっ!!」

 「ぐおおおおーーーー!!」

 二人の亡霊、騎士が戦っている。

 これは・・・。

 何なのかと考えを巡らせているうちに、二人の亡霊は出てきたとき同様、不意に消えてしまった。

 いずれにしろ、この墓地の中のどこかにはいるはずだ、奥へと進む。

 と、右側の階段を降りた先で亡霊を見つけた。

 あれはさっきの亡霊の一人!!

 と思う間もなく。亡霊は襲いかかってきた。咄嗟に剣を抜いて斬り伏せる。

 「ぐっ! なぜ、なぜ死ねないんだ・・!」

 逃げられた・・・。

 それにしても、確かに斬ったはずなのに、まったく手応えがなかったっていうのはどういうことなんだ?

 「ん? なんだ、この鍵は?」

 ルビーの鍵を拾った。

 来た道を一度戻り、もう一つの階段を降りてみる。

 「なぜだ! なぜ死なない!?」

 「なぜ死ねないー!?」

 「うおおおぉーーー!!」

 「くっ・・・痛くねえ・・・」

 相手の攻撃を真正面から受け、何事もないかのように立ち上がる。

 「今度はこっちから行くぞ!!」

 そして、今度は相手に切りつける。

 「ぐおおおぉーーーー!!」

 斬られた側の亡霊が、かき消えた。

 「死んだのか・・・ひゃ・・・ひゃーーーーひゃひゃひゃ・・・ん? 誰だお前・・・」

 馬鹿笑いしていた騎士の亡霊が僕に気付く。

 「お前も知ねーーー!!」

 来る。そう感じた僕は手から魔法力を放出しつつ剣を構えた。

 疲れるからあまり使いたくないのだが、こうすると普通の剣も魔法剣と同等の力を得て、この世ならざるものを斬ることができるようになるのだ。

 「こ、この力は!! 俺は・・・やっと死ねるのか・・・はは・・・ははははは!!」

 「・・・・・・」

肉体を失ってなを、成仏できずにさまよう魂が安らかな瞑りを求めて闘っていた、ということか・・・。

 亡霊はもう一人いる。

あれで死ねたはずはないから、この奥にいるのだろう。

 奥へ行く通路には鍵がかかっていた。

 ルビーの鍵を使う。

 「!!」

奥へ脚を踏み入れた途端、あの亡霊が再び姿を見せた。

 「どうやら奴を倒したようだな!!」

 「お前達は・・・いったい?」

 「・・・・奴のように私も倒せるかな!?お前の力、見せてもらうぞ!!」

 「くっ!」

最初の一撃は止めようがなかった、やむなく剣と鎧をフルに使い衝撃を受け流す。

 そうして、相手の体制を崩しておいて、僕は剣を構え、魔力を注ぎ込む。

 「・・・こ、この力は。これで、ようやく俺の長い戦いに終止符を・・・打て・・・」

 「奴も、苦しんでいたのか・・・。完全なる死に、救いを求めて・・・」

 哀れなものだ・・・。

 三つもの事件に関わってしまうとは・・・今日は厄日か?

 もはや僕はへとへとで、エメラルドリゾートへたどり着くと温泉にも入らず、ベッドに倒れ込んで眠ってしまった。


 翌日。

 宿を出ると、道の真中で対峙する男女がいた。

 デニスと・・・やっぱり女性。

 かなりの美人だ、性格はかなりきつそうだが・・・。

そういえば、今日は八の月十五の日だ。たぶん、この女性が女将の言っていた美人なのだろう。

 「ランスウェルもよほど人材が足りないのね。アンタみたいのを聖騎士に任命しちゃうんだからさ」

 「くっ・・・」

まったくもってその通り、思わず心の中で賛意を示す僕。

 「あ、任命されたんじゃないんだ。聖騎士の位を金でかったんだっけ? パパにお願いしたのよね。パパ、ボク聖騎士になりたいよおってさ。あはははははは!」

 「女だからと我慢していれば・・・! 俺が聖騎士にふさわしくないかどうか、この剣で証明してやるっ!!」

 そう言う行動と言動が聖騎士にふさわしくない、と声高に証明しているのだと気付かないようだから馬鹿にされるのに・・・。

 「デニス殿! 街中で剣を抜くのはどうかと思いますよ」

 「タークか、お前には関係ない! これは、俺とこの女の問題だ」

 「街中で女性相手に剣を抜くことが聖騎士の名誉だと? 聖騎士隊の名に泥を塗るだけと思われますが・・・」

 正直言って、泥程度で済む話ではない。

場合によっては処罰の対象となりうる行為だ。

 「・・・汚名をかぶるのは好きじゃない。ライラ、命拾いしたな。この男に感謝しろ」

 「どうせ斬る度胸もないでしょう?」

 僕自身、そうは思うが口に出してしまっていいことではない。こんな言い方をされては後に引けなくなるのがプライドだけは高い、剣士や騎士の特徴だから。

 「あなたも口が過ぎますよ」

 「あんたは?」

 「パンデイオンからの・・・旅行者さ。ターク・クラプトという」

 「あたしはライラよ」

 パンディオンと聞いたとき、刹那の間ライラの瞳の中で何かが光ったような気がした。

 単なる興味や警戒という以上の感情のうねり、とでもいおうか・・・。

 「・・・ターク。僕はそろそろ失礼するよ。聖騎士はいろいろ、忙しいんでね」

 「どうぞ」

 何かというと忙しいと言うが、僕は一度もこいつが仕事しているのを見たことがない。いったい何に忙しいのか。

 「しっかり国のために働けよ、デニス。・・・なんてね。あははははは」

 「・・・デニスと知り合いなの?」

 年上の女性、にたいし失礼かとも思うがタメ口で聞いてみる。

 いま出会った通りすがりの人なはずは絶対にないのだが。

 「まあ、顔馴染みね。タークって言ったかしら? 止めなくても良かったのに・・・。あんな奴のへなちょこ剣なんて簡単にあしらえるわよ」

 「君がうまく避けられるにしても、そのへなちょこ剣が周りの人間にあたる可能性はあるだろう?」

 「・・・うん、そうかもね。あたし、ヴアンネルの森の西にある塔に住んでるの。機会があったらまた会いましょう、ターク」

 この人は、なぜか僕のことを気に入ってくれたらしい。

 実を言うと僕も気に入ったのだ、今までであった人たちの中で初めてデニスに関しての評価が同じだったから。

 「あ、そうだ。ターク、お金儲けしたくない?」

 僕は金の亡者ではない、が、金がありすぎて困った経験もない。

 「・・・話の内容にもよりますけど」

 ライラの話によると、ランスウェル城の南西に百年ほど前大地震で廃虚となった城がある。

 そこに魔物たちが巣くっているのだが、その魔物たちが城の財宝を身に付けていると言うのだ。

 「それだけじゃないわ、その魔物たちが最近街や村にも出没するからって、ギルドに退治の依頼が行くそうよ」

 魔物たちを倒し、彼らが持つ財宝を奪った上で、ギルドへいき謝礼をもらえば、かなりの金になる。って訳だ。

 「パンディオンの名を背負うものとしては、放っておけないわよね。お金じゃなく、魔物に関しては・・・」

 そう言い、妖艶に微笑んでライラは去った。

 悔しいが、彼女の言う通りだ。人々の平穏な生活を乱す魔物を放置することはできない。

 つくづく因果な性分、やっかいな掟である。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 やっかいなのは掟ではなく、魔物たちだった。ここに巣くう魔物というのはどれも魔術に長けたものばかりだったのだ。

 ランスウェル城下町に戻り、一息ついた僕が思い出そうとしても、自分がどう戦い。どうやってここまで帰ってきたのかも思い出せないほど、僕はへとへとに疲労していた。

 「・・・疲れには甘いものが一番だよな」

 確か、この街にはケーキと紅茶が評判の喫茶店があったはず・・・。

 「エルじゃないか、どうしたの?」

 剣を持った男が一人で入るには、ちょっと・・・な店だけどな、と、思いながら店の前まで行くとエルが店の中をのぞき込んでいる。

 「ここ、さっきから人の出入りが多いけど、何のお店かしら」

 「喫茶店だよ、軽い食事をしたり、お茶を飲むんだ。ひょっとして、入ったことない?」 エルフが入るような店ではないな、と思いながら聞いてみる。

 一般的なエルフなら、いかに長寿を誇る種族とは言え、一生縁がないはずの店だ。

 「うん。エルの森では、食べ物は好きなだけとってくればいいし、欲しいものは交換するもの。ターク、エル、ここの中が見たい。一緒に入ってくれる?」

 エルフの中の変わり者を自認するエルにとっては、興味あることのようだ。

 「ああ、いいよ。僕もちょうどこの店に用があったんだ」

 「本当? 嬉しい!」

 これで、男一人で入ることへの照れを感じずに済む、人間の生活に関心を持つエルフをエスコートするという大義名分が成り立つから。

 「これ、なあに? 食べ物?」

 「ケーキだよ。甘くておいしい。たいていの女の子の好物だね。・・・僕もこれが目当てだったんだ」

 自然界には決して存在しない姿のケーキを見て、エルが小首を傾げるのが妙にかわいらしい。

 「エル、食べたい!」

 そう言うだろうことは分かり切っていたから、僕は大きなキイチゴのケーキを丸ごと注文した。

 半分は僕が食べる分だ。疲れた体には甘いケーキにブランディーを一垂らしした紅茶が一番効くのだ。

 「おいしーい! エル、また食べに来ようっと。へへへへ」

 僕が無器用な手つきでなんとか三角に切ったケーキを一口食べ、エルがとろけるような微笑みとともに言う。

 エルフといえども、やはり女の子はケーキが好きらしい。

 「ああ、おいしかった。今度来るときは、別のもの頼もうっと。ターク、その時は一緒してね。・・・エルはいろんなことに興味があるの。タークのことももっと知りたい」

 「え? ・・・僕はただの暇な旅行者だよ」

 「そんなことない。タークは近いうちきっと、大きな仕事をするはずよ。きっと、ね」

 大きな仕事・・・なんのことだろう?

 黒竜のことか? あれはランスウェル王国の問題で僕には・・・。

 「楽しかった。また誘ってね、ターク」

 思わず考えに耽ってしまった僕に微笑んで、エルは小鳥のような軽い仕種と、スキップでもしそうな足取りで自分たちの村に帰っていった。

 「・・・エルフに予知能力があるなんて聞いたことないよな」

 あまり、真剣に考え込むことではなさそうだ。


 「おや、タークさんじゃないか」

 エルと別れて街の中をぶらついていた僕に、おばあさんが声をかけてきた。確かマイフォレストの村の住人だ。何度か挨拶した覚えがある。

 「そうですが、なにか」

単なる世間話だろうと軽く答えた僕に、そのおばあさんはとんでもないことを教えてくれた。

 リスティンが危ない、というのだ。

 リスティンは昨日、いつもより遠くまで配達に行ったのだが、ここ数日、その道筋に盗賊が出没するようになって被害が出ていると言うのだ。

 それも女性やお年寄りが狙われていると言う。

 「おそらくリスティンが帰ってくるのは夕方になる、わしゃ、心配でのう」

 僕だってそうだ。

 おばあさんにリスティンが通るであろう街道を教えてもらい、僕はとりあえずそこへ向かった。

 フェイルから出る川沿いの道を通り、マイフォレストの東側から村に戻る。距離的には大したことではないが、川沿いに山沿い、魔物や盗賊には格好の狩場だろう。

 実際、僕が村に着くまで、ゲップが出そうなほどの魔物に遭遇した。・・・リスティンは無事に帰っているだろうか?

 もうすっかり夕暮れの村を突っ切り、リスティンの家の扉を叩く。

 中から明るい声がして、扉が開いた。無事だったのだ。

 「・・・やあ、リスティン」

 「ターク! いま夕ご飯を作ってたの。そうだ、タークも一緒にどう? 私の手料理」

 「喜んでご馳走になるよ。お邪魔します」

 リスティンが無事だったことが分かってほっとしたばかりでなく。夕食までご馳走してもらえるとは、あのおばあちゃんに感謝するべきだろうな。

 「どう? 塩が足りなかったかしら」

 「いや、ちょうどいいよ。リスティンは本当に料理が上手だね」

 「ふふふふふ、お世辞がお上手ね、騎士さんは。・・・・・」

 お世辞のつもりはいっさいなかった。僕は美食家には程遠い存在だ。いや、僕に限らずパンディオンの人間なら誰でもだ。

 パンディオンの子供のしつけで最初に行なわれることは、世の中には栄養と毒の二種類しかないということであり、空腹が癒され、栄養が補給できれば、味や見た目などにはこだわらずに口にすることなのだ。

 そんな僕にリスティンが出してくれた手料理は、食事とは最上の喜びであるという考えの具象化であった。

 「・・・ねえ、ターク、またあの夢を見たの」

 「あの夢? ・・・ああ、君が他の女性になってしまうと言ってた・・・?」

 「うん。シフォリーになっちゃう夢。あと、ローバントと、ルークスとエミリア・・・。同じ顔ぶれだったわ」

 僕はなぜ夢見占いの本をもっと熱心に読んでおかなかったのだろう? これはもう単なる夢とは言えないというのに。

 「なんかみんな、魔術の研究に携わっているようなの。あまり魔法使いとかには見えないんだけど・・・。なんだか、夢の中で何度も会ってると、現実に生きてる友達と同じように思えてくるわ・・・変な感じ」

 ここまで言わせるほどの夢、きっと何か意味があるのだ。だが、いったい何を示そうとしているのか・・・。

 「あ、ごめんなさい、ターク。スープが冷めちゃうわね」

 考え込み、食事の手がすっかり止まった僕を見て、気分を変えるように微笑むリスティン。まだ脳裏に違和感を感じながらも微笑み返して、僕は食事に戻る。

 「ごちそうさま」

 「夕食を一緒にできて、嬉しかったわ」

 それはこっちの台詞だった。普段一人で食べるだけだから、こうやって誰かとテーブルを囲むのには特別な感慨がある。

 「今日はそろそろ帰るよ、リスティンまた機会があったら呼んでね」

 「じゃあ、また・・・。お休みなさい、ターク」


 翌日、昨日会えなかったから。クレアとメルの家を訪ねてみた。

 いつものようにクレアはいなかったので、メルの家に行く。

 「もう! パパの馬鹿っ!」

 と、またしても親子げんかの真っ最中だった。

 「あ、メル・・・・」

 「ターク君か」

 声をかける間もなく、メルは二階へ駆け上がっていってしまった。

 「また何かあったんですか。なんだか、メル、怒ってたみたいですけど」

 「そうなんだよ。実は、先日メルとデニス君に見合いの話があったのだが・・・。どうも、その、先方と話が合わなくてね。私の独断で断ってしまったんだ。それで少し気まずくなってしまってね。聞いてみたところ、デニス君もあまり気が進まないようすだったしね。そもそもこの話、デニス君の母君が強引に進めていたものらしいんだ。こういうことを、親が勝手に進めて決めてしまうのもどうかと思ったんだよ。・・・それに、私もこの話には最初からあまり乗り気ではなかったし。それから・・・実はどうやらメルが、『家事なんかしたくないから、お金持ちのデニスと結婚する』という理由で、見合いに乗り気だったみたいでな」

 「・・・そうなんですか。やれやれ・・・」

 困ったものだ、そんな理由で見合いされたとしたら、いかに相手があの野郎・・・いや、デニス、殿とは言え、同情を禁じえない。

 でも、メルに見合い話は早すぎる。デニスの母親というのも何を考えているのやら。

 やはり、あのデニスの親。と言うことだろうか。価値観が通常の人間とは根本的にズレている。

 なんにしても、村長のためにもメルをなだめておこう。

 「メル・・・いい加減に機嫌を直したらどうだい。別に、村長だって悪気があったわけじゃないんだから」

 「だって・・・パパはいつもそうなんだもん。メルの気持ちなんか全然考えずに・・・。なんでも勝手に決めちゃうんだから・・・でも、もうそのことは・・・どうでもいいんです。それより・・・メルは、デニスさまがメルのこと本当に好きなのかどうか・・・。わからなくなっちゃって・・・。だってデニスさま、このお見合いにあまり乗り気じゃなかったみたいなんだもん」

 それはメルが子供だから・・・。喉まで出かかった言葉を危うく飲み込み、メルが納得できる理由を考えてみる。

 「デニスがこの話に乗り気でなかったのは・・・。見合いの話が母君に勝手に進められたものだかららしいよ」

 「えっ!! そうだったんですか?」

 「あれ、知らなかった? この話はデニスも村長も、最初から乗り気じゃなかったようだよ」

 「そっか・・・。デニスさまもメルみたいに、勝手に決められたことが嫌だったんだ。・・・よかった」

 ・・・なんで、僕があの野郎のフォローをしてやらにゃならんのだ。

 あまりの理不尽さに内心腸煮えくり返っていたが、努めて冷静に穏やかにメルに微笑み、この場を後にすることにした。

 どこかのギルドで魔物がたくさん出そうな依頼を探そう、・・・全部叩き斬ってやる。

 「ありがとうタークさま。メルはもう平気ですから」

 背後にメルの嬉しそうな声を聞き、多少は機嫌を直す。そうだ、デニスをフォローしたと思うから、腹が立つんだ。

 メルを慰める材料にしただけ、そう考えれば、腹も立たない。

 メルの家を出ると、僕はランスウェル城下町へと買い物に出かけた。

 暇に飽かして、ギルドの依頼を片っ端から解決して回ったので金貨が重くてしょうがなくなってきたのだ。魔宝石にでも変えてしまおう。

 ガーネット。友愛、真実、忠実を表わす。エクスプロージョンの魔法が封じ込められている。

 アクアマリン。夜になると光る性質がある、母なる海からやってきた宝石。アイスの魔法が封じ込められている。

 ダイアモンド。清浄無垢、最高、永遠の輝き、不滅の光といわれている宝石。ウインドストームの魔法が封じ込められている。

 サファイア。慈愛、誠実、徳望を象徴した宝石。サンダーの魔法が封じ込められている。

 ターコイズ。情熱を高めるといわれる宝石。マジックシールドの魔法が封じ込まれている。

 パンディオンではこれらの宝石を組み合わせて魔法の道具や武器などを作るのだが、僕にそんな技術まではない。

 これだけ買ってもまだ余裕があるのだが、これ以上は買うものもないようだ。

 「お金って結構なくならないものだな」

 単に他の使い方を知らないだけなのだが、そう言ってみる。

我ながら白々しい台詞にしか聞こえない。

 店を出るとちょっとした広場にエルの姿が見えた・・・聖騎士の鎧とマントも。

 「やあ、エル、デニス、殿」

 「あ、ターク。こんにちは」

 「ターク、一人で公園の散歩か。いいねえ、暇が多くて。僕は相変わらず、忙しい日々を送っているよ」

 「・・・・そうですか?」

 我ながら疑わしげな口調で言ってしまった。

 気を悪くしたかと思い、顔色を伺うが最初から僕の登場に気を悪くしていたからよく分からない。

 「今からデニスといざない亭に食事に行くの。そうだ、タークも一緒に行かない?」

 「いいね。ちょうどお腹が空いてきた頃だ」

 うまい具合に、もう時期お昼という時間だったのだ。

 「ホント。じゃあ、行きましょ」

 嬉しそうにはしゃぐエル、それを横目で見ながらデニスが近寄ってきた。そして低い声でボソボソと何事かを言う。

 「お前、気が利かねえ奴だな。こういうときは遠慮するのが常識だろ」

 「・・・はあ」

 それは二人が公認の仲の時で、こういう場合はエルがそれを望んでいるのだから、気を使う義務はない。と、僕は思うのだがこの手のタイプは根にもつの後々面倒だ。

 ここは引き下がっておくのが懸命かも知れない。

 「あ、僕、大事な用があったんだ。エル、ごめん・・・。また今度にしよう」

 「えーーーーーーーっ! どうしても、いかなきゃダメなの?」

 「エル。悪いよ、引き留めちゃ。用があるなら仕方ないさ、なあターク」

 勝ち誇ったかのようなやな笑みを口元に張り付かせたまま、デニスがほざく。

 思わず魔法の一つもぶち込みたくなるが僕はかろうじて思い止まった。

 「ああ・・・。今回は残念だけど」

 「そう・・・。じゃあ、また今度ね」

 「ターク君、またな」

 デニスなんぞに君呼ばわりされるのは不愉快を通り越し、気味が悪いったらない。

 そんなことより・・・。

 エル、悲しそうだったな・・・。


 これ以上ランスウェル城下町に居続けるのは精神的に苦痛意外の何者でもないので、場所を変えることにした。

 やはり、心身ともにくつろぐのならここしかない。

 エメラルドリゾートへとやってきた。

 以前ちょっと話したことのある行商人のところへ行き、ランスウェルでは手に入らなかった魔宝石を買う。

 トパーズ。夜の恐怖から逃れられるという伝説がある宝石。アースクェイクの魔法が封じ込められている。

 買い物も済んだことだし、温泉でも・・・と表通りに出るとライラが一人で何事が喋っていた。

 「チビだといいわね、安上がりで。誰かの分の切れ端で作ってるんでしょ? その服」

 「もう、失礼ね! 特注品よ、これ。アルティナ姫と同じ布で織ってるんだから!」

 このキンキン声、言わずと知れたシールのものだ。

 近づいてみるとライラの目の位置に一匹の蝶がいる。

 「やっぱり切れっぱしじゃない。経済的でいいことだわ。ああでも、小さいなりの苦労がもちろんあるのよね。厨房なんかに入ったら、間違って蠅叩きで叩かれたり、ネズミ取りにはさまれたりしない? 大変よね」

 「馬鹿にして! ライラの意地悪!」

 うーん。シールの口の悪さにも驚いていた僕だが、ライラのそれはさらに上をいく。

 なにもそこまで・・・。

 そう思ったところへ、音もなくルシオンがやってきた。目が見えないくせに迷いのない足取り、見事なものだ。

 「ルシオンさまぁ。ライラがいじめるぅ」

 「何も泣かなくていいじゃない、いつもの冗談なのに・・・」

 冗談で済む範囲じゃないだろう?

 「シール、君もライラを怒らせるようなことを言ってませんか?」

 「違います! あたしは何もしてないもん」

 今回ばかりはシールの言い分のほうが正しい、と僕も思う。

 「ともかく行きましょう。ライラ、失礼します」

 「ライラの馬鹿! もう遊んであげないんだから!」

 子供のように頬を膨らませ、ライラをひと睨みするとシールはルシオンの肩に止まり、街を出ていった。

 「ちょっと言い過ぎたかなあ・・・」

 多少は自覚があるらしく、そう呟くライラ。

 「間違いなく言い過ぎだよ。シールにきちんと謝ることだね」

 「ターク! 見てたの?」

 「近くを通りかかったら、たまたま二人の大声が聞こえてきてね」

 あれは嫌でも耳に入ってしまう、無視するには余りにも大きく奇麗な声なのだ。

 言葉の内容とは対照的に・・・。

 「そうなの。それはそうと、あたしは謝らないわよ。シールだっていつも、あたしに憎まれ口を叩くんだから。おあいこってもんだわ」

 何か弁解っぽく言い、ライラは背を向けてしまった。

 ここで追い討ちをかけてもかえって意地にするだけだろう、僕はそれ以上強くは迫らずに一度村に帰ることにした。

 

村に帰った僕を真っ先に迎えてくれたのはリスティンだった。

 といっても村の広場で穏やかな天気を満喫していたから、村の中にはいる僕と鉢合わせした、というだけのことなのだが。

 いつもの通り、何気ない挨拶を交わし、軽く談笑する。

 お互い、用という用が無いのだからいつまでも話していていいとこだが、話すこともさほどない。

 気まずい空気が生まれる前に切り上げたほうがいい。

 僕はそのままクレアを訪ねることにした。

 「あ、ターク君、ちょうどよかった。探してたのよ」

 クレアが、僕を探していた。とすれば理由は一つしかない。

 「あのね、おもしろい話を仕入れたの。南の未開拓地をはるかに越えたところに、バローダ城遺跡っていうところがあるんだけど。そこから出てきた品物の一つに竜の紋章が刻まれていたんですって。ひょっとしたら、『帝国』と関係があるんじゃないかしら」

 ・・・やっぱりね。

 だが、これは僕にとっても興味のある話だ。

 「それとね。この話を教えてくれた人が、そこで鎧を着込んだ筋肉質の騎士を見たって言うの」

鎧を着込んだ筋肉質の騎士?・・・まさか。 嫌な予感、もしくは期待が脳裏を過る。

 「バローダ城遺跡、だね。クレア、早速行ってみることにするよ。帰ったら、また来る」

 「えっ? ターク?」

急いでクレアの部屋を後にする。その僕の耳に、彼女がその後に続けた独語が聞こえてくる。

 「私はそれが、ディックさんじゃないかって言おうとしたんだけど・・・」

 ディックが?


 とりあえず、何か手がかりがあるか、探してみることにしよう。

 とりあえず、目に付く建物をしらみ潰しに探していくしかない。

 ありがたいことに、ここにいるモンスターたちは数は多いが、今の僕にとってはそれほど驚異となる相手ではない。

 最初に感じた嫌な予感、黒竜でもいない限りは・・・。

 結局、筋肉質の騎士とやらは現れず。作業は単純なものとなった。

 遺跡の一番おくに会った建物で、一冊の書物を手に入れることに成功した。

 タイトルは、アラストールの書『第二章』白竜の騎士による戦記の二冊目だ。

 「あ、ターク君。バローダ城遺跡はどうだった?」

 「本が見つかったよ。たぶん、残り三冊のうちの一冊じゃないかな?」

 そうなのは間違いない。が、確証があるわけではない。もしかしたら同じ名前の別の本かも知れないのだから。

 「うん、そう。どうやら二冊目の本のようよ。どれどれ・・・」

 クレアは早速翻訳を始める、すでに三度目ということもあって、その速度は次第に速くなっているようだ。

 「・・・予想していたことだけど、白竜もやはり、魔術で造り出された存在だったわ」

 ほんの数分ほどで翻訳し、ついでに内容にもある程度触れたのだろう。書物と辞書から顔を上げると、すぐに解説を始めた。

 「モンスター製造の研究を主として行なっていたのは『アラストールの塔』。黒竜誕生の折に相当の被害を被ったけど、その後再建して研究を続けることはできたらしいわ。黒竜の暴走を止めるべく、魔術師たちは白竜の製造に踏み切った。そしてこの実験は成功したのよ。それから白竜は四人の騎士とともに、黒竜との戦いを開始した・・・。こんなところのようね」

 実験。・・・自分の命と存在、そしてそれ以外の全てを捨ててまで力を欲した人間がいたわけだ。なぜなら、この二匹の竜は・・・。

 「黒竜も白竜も、もとは人間・・・、と言って過言じゃないよね。いったい、どういう人たちだったんだろう?」

 「モンスター製造の研究に携わっていた魔術師らしいけど、詳しい記述はないわ」

 残りの本を探し出さないことには、謎を完全には解くことはできないようだ。

 「あと残り二冊ね。絶対見つけてみせるんだから」

 固い決意のもと、やたら燃えているクレアを残し、僕は村を後にした。リスティンは仕事だ、そうそう何度も邪魔するわけにはいかない。メルはなぜか姿が見えない。

 エルは何処にいるか分からないし・・・ということで、僕はライラが住んでいるという塔を訪ねてみることにした。

 その塔はマイフォレストから見て北西の森の中にあった。かなり古びた、そして何となく儀式的な装飾の塔である。

 その塔の入り口に、あの金髪が落ちていた。

 むろん、髪だけが落ちているはずはない、ライラが倒れているのだ。

 「ライラ!」

 慌てて駆け寄り、抱き起こす。

 「大丈夫か!! ライラ!」

 声をかけてみるが、大丈夫とはとてもいえない感じだ。頭や、肩、あちこちから血を流しているのだから。

 「・・・あ・・・痛・・・っ!」

 声を上げ、痛みを訴えてはいるが、意識は失ったままのようだ。

 いったい何があったというのか。それに・・・これは何なんだ?

 抱き上げたライラの背中に、見慣れないものを発見し、僕の思考はしばし止まってしまった。

 それはベルベットのように柔らかく、黒い、大きな・・・。

 「翼・・・、いったい・・・!! いや、そんな場合じゃない。ともかく治療をしないと」

 止まっていた思考が再び動き始め、とりあえずライラを塔の中にあるだろう部屋まで運ぶことにした。

 だが、塔の入り口はどうやっても開かず、無駄に時間を使ってしまった。入り口から入るのをあきらめ、裏口を探そうと思った僕の前に、法円があった。

 どうやら、この塔は転移の魔法をかけられた法円を使って出入りするものらしい。

 実物は見たことがないが、魔法書の中で何度か触れられていたから、使い方は何となくわかる。

 法円は塔の中にもいくつかあった。ただ一つを除いて全てが使用できないように封じられていた。おかげで、唯一使える法円を利用することで、ライラの部屋をすぐに見つけることができた。

 「止血は終わった、けど・・・。この羽、作り物じゃない・・・ライラは人間ではない、のか?」

 ライラの部屋を見つけ、ベッドに横たえると、布で血を拭いて、普段から持ち歩いている包帯で止血を行ない。あらためてライラに目を向けた。

 「・・・あ・・・痛・・・っ!」

 その視線に気づいた、というわけでもないだろうが、再びライラが声を上げる。意識が戻り始めているのだろう。

 「ライラ! 大丈夫か?」

 枕元に近寄り、そっと呼んでみる。微かに目蓋が震え、次いでライラは薄く目を開けた。

 「・・・ターク、どうしてここに? あっ・・・・・」

 「起きちゃいけない。君が塔の入り口に血だらけで倒れていたところを、偶然見つけたんだ」

 「・・・突然、魔物が襲ってきたの。なんとか倒したけど、こっちもやられちゃった。痛み分けってところね」

 「大事に至らなくて何よりだよ」

 僕は心の底からそういった。

 一歩間違えれば、痛み分けではすまなかったかも知れないのだ。

 「・・・あなたにこの翼を見られてしまったわね。いつもは魔法で隠しているんだけど」

 隠している、ってことはこれがライラの本当の姿だというわけだ。

 やはり、純血種の人間、ではないらしい。

 「ターク・・・。お願いがあるの。この翼のことは、何も聞かないでくれる?」

 「いいよ。今は怪我を治すことが先決だ」

 「ありがとう。・・・っ!」

 軽く微笑んだ、その眉が苦しげに歪み、冷たい汗が額ににじむ。

 「痛むのか」

 「心配しないで。こういう傷によく効く魔法薬があるのよ。その棚の中にあるんだけど、取ってくれる?」

 女の人の部屋を勝手に物色するわけにもいかず、手をつけなかった大きな棚を視線で指し示しながら、ライラが言う。

 薬があるんなら、と幾分ほっとして棚に向かったが、それらしいものは見当たらない。

 「そういえば・・・。あの薬、この前きらしちゃったんだわ。・・・ターク、悪いけどお願いしていい? この塔の地下水道にコケが生えているんだけと、それを取ってきてほしいの」

 「コケ? それが薬の原料か?」

 「ええ。妖精の羽薬といって、それがあればすぐ傷薬を作れるの」

 「わかった。すぐに採ってくるから」

 一度塔を出て、少し離れた場所から、地下へと続く通路へと入る。

 湿り気を帯びた、黴臭い空気が鼻孔に侵入してくる。

 あまり整備されてはいないらしい。

 「それにしても、コケか。何処に生えているのかな?」

 考えてみれば、どんなコケなのか聞くのを忘れている。

 その辺のコケならなんでもいいはずはない、それらしいのを探して歩かなくてはならない。

 「聞いたことのない薬だったから、聞いたことのないようなコケなんじゃないかな?」

 なんとも頼りない話だが、そのつもりで探すしかないだろう。

 薄暗い通路を歩き続ける。迷路などと違ってまっすぐな道ばかりだから迷う心配はない。

 モンスターの数も大したことないし、探しものが見つけやすい所にあってくれたら、手間もさほどかからないだろう。

 「ん?」

 向こうの壁がほのかに光っている。なんだかコケのようなものが生えているようた。 もしかしたら、あれが妖精の羽薬かも。

 やはり、コケが生えている。

 普通のとは何処か違うし、何より、点滅するコケなんて聞いたことがない。おそらく間違いないだろう。

 「さぁ、早くライラに届けてやろう」

 「ライラ、これだけあればいいかな」

 採り尽くしてしまうわけにも行かないから、生えていたコケの三分の一、片手で一掴みほどしか採ってこなかったのだが、足りるだろうか。

 「ありがとう、充分よ」

 そういうとライラは僕の手からコケを受け取り、いくつかの薬品を加えて傷ついたところに塗り付けていった。

 「薬を塗ったから、後はしばらく休んでいれば大丈夫」

 「そうか。よかった」

 言葉だけでなく、実際に顔色が良くなったのを確認して、僕は安心した。

 本当に良く効く薬のようだ。

 「ターク、ありがとう。助かったわ」

 いつもの、どこか作ったような微笑みではない、正真正銘本心からの微笑みを浮かべてライラが言う。この微笑みを見れただけでも、僕としてはかなりの収穫だ。

 「タークは、命の恩人ね」

 僕は気分よく、ライラの塔を後にした。


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