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演奏


 エルと別れ、城へ入る。

 まっすぐに書庫を目指した。

 「おや、タークさん。今度は何の用ですか」

 「本が欲しいって言っても、もうあげないわよ」

 やはり、ルシオンは書庫にいた。が、執務中というわけではないらしい。

 「今日はルシオン殿にぜひお聞きしたいことがありまして・・・ランスウェルについて」

 「そのご様子だと、普通の答えでは満足してもらえそうにありませんね。しかし私もこの国の魔導師をしている以上。あまり深いことまではお教えできませんよ」

 それは分かっている、普通に教えてと言ったところで教えてはくれないだろう。

 だが、宮廷魔導師であり、例の本にかなりの関心を寄せていた人物なら、僕の持つ情報にも興味を示すはずだ。

 「アラストールの残りの書の内容と引き換えなら?」

 「! なるほど、それは私も興味深い。ぜひ聞かせてください」

 思った通り、食いついてきた。

 僕はクレアに翻訳してもらった本の内容をルシオンに伝えた。

 本の内容を記憶することについてなら、ルシオンほどではないが僕にも自信がある。一言一句、とまではいかないが内容は正確に伝えられる。

 「・・・と、いうわけです」

 「なるほど、四人の白竜の騎士の二人が、ランスウェル、ローバントの王族の先祖ですか」

 伊達に本ばかりを友としてきたわけではない。あの二人の騎士の名が各王家の開祖の名であることぐらいは知っている。

 「ランスウェルは黒竜になにか関係しているのでしょう? 教えていただけませんか、ランスウェルと黒竜の関係を」

 「ランスウェル王家は黒竜の監視の役目を持っています。黒竜の封印を監視し、復活を阻止することです。しかし、それは祭儀上の形式的なもので、現実問題としてはあまり意味はありませんでした。十年前、封印戦争が起こる前までは」

 封印戦争で、なにかがあったというわけか。

 「あなたにお話できるのはここまでです。そこで何があったかは私の立場もありますし、申し訳ありませんが、お答えできません」

 「それじゃあ、黒竜を名乗る騎士について・・・彼は何者ですか?」

 「封印戦争の首謀者ですよ。彼は黒竜の復活を目論んでいるのです」

 「・・・分かりました。ありがとうございます、ルシオン殿」

 「いいえ」

 まだ多少腑に落ちないこともあるが、ここは引いておこう。

 「もう来ないでよ! 田舎者のターク!」

 「ターク。これ以上この件に関わると、あなたの身に危険が及ぶかも知れません。一応忠告だけはさせていただきます。・・・まあ、言って聞く方とも思えませんが」

 当然だ。ここまで来ては引き返せない、パンディオンの血がそれを許さないのだ。


 再びランスウェル城下町へと戻ってきた。

 あの様子だと残りの本に関してルシオンも情報をつかんでいないだろう。

 クレアが考古学者の関連で情報を手に入れるのを待つしかない。

 「あ、ターク様! おはようございます」

 考え事をしているうちに夜が明け、あたりも明るくなっている。

 「おはよう、ティナ」

 「よすぎるくらいの天気ですわね。ゆっくり歩いていても、すぐに汗ばんでしまいます」

 確かに、今まで気がつかなかったのが不思議なぐらいに太陽はその存在を誇示し、夏、という季節を前面に押し出していた。

 「そうだね、こんな日は川で水浴びをすると気持ち良いだろうな」

 「川で水浴び、ですか? 気持ち良さそうですね」

 目を細め、ティナが夢想するようにつぶやく。多分、実行はできないだろう。

 しばらく話をした。

 とりとめのない話ばかりだ、でも、彼女にとってはこのなんでもない会話はとても貴重なもののはずだった。

 「・・・あ、ずいぶんと時間を取ってしまいましたわね。ターク様、それではわたくし、これで」

 広場の時計が十時の鐘を鳴らしたのを聞き、ティナが名残惜しそうにしながら去っていった。

 「そうだ、せっかくこの街に来たんだから武器を買い替えておこう」

 ルシオンも言っていたように、これからますます戦う機会は増えるだろう。腕を磨くのはもちろんだが、武器もいいものを持っておかなくては・・・。

 バスタードソード。まっすぐな刃を持つ刀剣。非常にバランスが良く、片手でも両手でも扱うことができる。

 シュナも愛用している剣だ。

 フォーススタッフ。先端にターコイズの宝石を埋め込み、使い手の魔法攻撃力を大きく増幅する杖。

 スケールアーマー。厚い金属番をレザーアーマーの上に鱗のように縫いつけた鎧。非常に軽く、動きやすい。

 ・・・本当は魔法の防具も買いたいところなのだが、金が足りなかった。魔法が得意なモンスターに出会わないことを祈ろう。

 「フェイルの図書館に行ってみようかな」

 行ったところでクレアもいないだろうが。

 本たちは僕を待っていてくれるだろう。


 夏の陽気に負け、開けた街道ではなく、木陰の多い森を歩いていた僕の体が、不意に硬直した。

 全身に緊張が走り、冷や汗が出る。忘れようもない気配を感じているのだ。

 見れば、少し開けた場所に人影が一つ。

 「あれは・・・」

 燃えるような赤い髪に、同じ色の鎧・・・黒竜だ。

 僕はとりあえず木の陰に身を隠して様子を伺うことにする。

 「出でよ!」

 黒竜の周囲に魔法力による法円が浮かぶ、・・・召喚魔法だ。

 「・・・・・・」

 かなりの数の魔物だ・・・。

 「この辺りにあるはずだ・・・。必ず探し出せ! ・・・さぁ、行け!」

 何かを探させているのか?・・・

 「ん? そこに隠れているのは何者だ! 出てこい!」

 気付かれたか・・・。

 「また会ったな! 先日の借りを返させてもらうぞ」

 おもいっきり強気に出たものの、今の僕にこいつと渡り合うだけの剣技はない。

 一合、二合、三合目まではなんとかしのいだ、しかしそれが限界だった。

 腕がしびれ、冷や汗が背筋を伝う。

 もう駄目だ・・・が、間違いなく必殺の一撃が来るはずの間合いに入ったというのに黒竜の一撃は来なかった。

 「くっ! ・・・命拾いしたな・・・」

 なぜか、黒竜はうめきながら去っていく。

 とりあえず助かった。

 少し休むとしよう。

 「いったい奴の目的は何なんだ?」

 さっきの様子から察するに、奴が魔物を使って何かを探しているのは確かなようだが・・・。

 それはなんなのだろう?


 「よお、ターク。君、なんだか背が伸びてないか? ・・・なんだ、勘違いだった。失礼」

 フェイルに着いた僕は、とりあえず交易所と図書館を周り、冒険者ギルドへとやってきたのだが、偶然いたシュナにいきなりそんなことを言われて面食らってしまった。

 まぁ、一応僕は伸び盛りの年頃だ、俗に言う一晩寝れば一センチは伸びる年頃、と言うことになる。

 でも、実際のところ、そんな分かるほどの伸び率なはずはない。もし、背が伸びたと感じたのなら、理由はほかにあるはずだった。

 「・・・ここに来てから、ずいぶんいろいろな経験を積んだからなぁ」

 ある程度の満足感を感じてギルドを出る。

 と、リスティンがいた。

 「リスティン! こんなところでなにしてるんだい?」

 「ターク! 王立劇場に行こうと思って」

 「王立劇場か。今は何を演っているんだろう?」

 「有名な吟遊詩人が歌うの。曲目は『黒竜と白竜の戦い』ですってよ。ねぇ、タークも行かない?」

 「いいよ。行こうか」

 王立劇場はこのギルドのちょうど真北にある。道を東に行って、まっすぐ北へ、大きな建物だ。

 この劇場で演奏ができたら、最高の気分だろうなぁ。

 「そろそろ始まるわよ」

 リスティンと隣り合った席に座り、舞台に見入る。

 さすがに王立劇場に招かれるだけのことはある。

 凄まじい声量、澄み切った声。歌自体は誰もがよく知る定番のものだったが、初めて聞いたような印象を与えてくる。

 リスティン、感動したみたいだな。

 「・・・すごいわね。人の声が、あんなに力強く響くなんて」

 「ああ。それにきれいな声だった」

 「タークと聞けて、うれしかった」

 「え?」

 「なんでもないの。また一緒に来ましょうね」

 「そうだね」

 「ふふっ。じゃあまたね、ターク!」


 フェイル橋上都市の南西、メイルリバーぞいにある村の村長が、屋根の修理中に転落し頭を強打、その後記憶喪失になってしまった。

 村長のために、煎じて飲むと記憶を取り戻せる、レンの薬草を探しに行ってほしい。

 レンの薬草はメイルリバーの上流に生息している・・・はずだ。

 この間の毒消し草の話が広まったのだろう、劇場から出てくるのを待っていたらしい数人の村人から頼み込まれてしまった。

 レンの薬草は魔法薬としてはあまり役に立たないのだが、一般の人たちよりは確かに知識を持っているつもりだ。

 ・・・行かないわけにはいかないだろう。

 村人たちや、一般の人間たちの多くは知らないことだが、レンの薬草というのは木から生まれたモンスターの体に寄生する、寄生植物だ。

 薬草を取りに行き、モンスターを片っ端から倒していると結局見つからないことから、別名『武器いらずの草』と言う。

 とはいえ、魔法を使えば薬草は使い物にならなくなるし、剣で切り刻むわけにもいかない。難しいところだ。

 「剣士や魔術師よりも、スリの腕が要求されるって訳だな」

 その分、あまり危険のない仕事と言える。

 一仕事終えて宿に帰り着く、昔の将軍の言い草ではないが『戦わぬとは肩が凝ることさ』・・・疲れた。

 宿に入ると、僕よりも疲れた顔をしたシュナがいた。疲れすぎて眠れないのか、強い酒をグラスに半分だけ注いでもらっている。

 「よお、ターク」

 「どうしたの? そんなに沈んだ顔をして・・・。いつものシュナらしくないな」

 「そうか? ・・・自覚はないんだけど」

 自覚はない、と言っているが嘘なのは明らかだった。ただ、一匹狼の女剣士のプライドが、弱みを見せることを拒んでいるのだろう。

 「きっと・・・疲れが出てるんだろう。今日は早く休んだほうがいい」

 「ああ、ありがとう、ターク。おやすみ」

 「・・・おやすみ」


 翌日。

 金が入ったこともあり、僕はランスウェル城下町へ来た。前回買い損ねた魔法の防具を買いに。

 シルクローブ。物理防御力は非常に弱いが、魔法防御力が高く。魔術師がよく愛用することで知られる。

 これで、この辺りで買うことのできる武器や防具では最高のものが揃ったことになる。

 「そう言えば、先日街であった武器商人がいい武具を持っていました。ランスウェル城に行くと言っていましたが・・・」

 ・・・どうやら、まだ上のものがあるようだ。冒険にはいい武具が必要だ。金が貯まったら、買いに行くことになるかも知れないな。

 武器屋を出てしばらく歩く、街の喧噪を聞きながらぶらぶらしていると向こうに見覚えのある人影を見つけた。

 あの大きな矢筒は、街中では目立つことこのうえない。

 「やっほー、ターク」

 「やあ、エル。楽しそうだね」

 「うん、楽しい。街ってにぎやかで、すごく活気があるんだもの。あ、森の静なのもそれはそれで好きなんだけど」

 まあ、開放的なようでいて閉鎖された空間。隠れ里ですごしてきたエルにしてみれば、街はとても華やいでみえるのだろう。


 今日は白の日。つまり休日だ、誰か来てないかとエメラルドリゾートへといってみた。

 とりあえず、観光地として整備された商店街を歩き回る。鎧姿で歩くのにはあまり向かない場所なのだが・・・。

 ブラブラしていると、一軒の宝石店の中に見覚えのある髪と服が目に入った。

 「やあ、メル」

 「あ、タークさま」

 「ずいぶん熱心にそのブローチを見ているね。・・・そのブローチ、気に入ったの?」

 僕が声をかけるまで、メルが瞬き一つしないで見つめていたブローチを、僕も見ながら聞いてみる。

 「あ、はい。これ、ルクシズのブローチじゃないんですけど、なんだかすごく魅かれるんです」

 「そうか。でもブローチなら他にもいっぱい持っているじゃないか?」

 「あれは全部デニスさまかパパからのプレゼントなんです。確かに買ってもらう時は嬉しいんですけど、いざ身に付けるとなると、やっぱりこのブローチしか考えられなくて」

 そんなものだよな。

 自分が欲しいと思うものと、贈り主の考えるプレゼントは必ずしも一致しない。ファッション関係は特にそうだ、自分の好みと相手のセンスのギャップって奴。

 800Gか・・・・。

 「そのブローチ、僕が買ってあげようか?」

 「えっ、いいんですか?」

 そんなに高い買い物でもない。

 「そんなに気に入ったなら代わりに身に付けてみたらどうだい? また君のお母さんの形見を無くしたりしたら大変だろ」

 「・・・ど、どうですか?」見つめていただけのブローチを手に取り、自分に合わせてみるメル。

 「うん、よく似合ってるよ」

 蒼い瞳で、青い服のメルの胸元を飾る。深い翠の輝き、ファッションとは無縁な僕だけど、とても似合うと思う。

 「そうですか! これからは時々、このブローチも身に付けることにします! だって・・・タークさまからのプレゼントだもの。あ、それとも特別なときだけ身に付けることにしようかな。そうしないともったいない気もするし・・・。うーん、どうしよう・・・」 本当に、気に入ってくれてるようだ。プレゼントした甲斐がある。

 「ターク様、ありがとうございます。やっぱり、これ、特別なときだけ身に付けることにしますねっ! ・・・なんだか、もったいない気がして」

 普段から身に付けてくれてもいいのに・・・。そうは思ったが、メルの気持ちが嬉しい僕は、何も言わずに微笑むに留めた。


 「あら、ターク」

 宝石店を出て、町の広場に行くと待っていたかのようにリスティンがいる。

 「いい天気ね。こんな日はみんなでお弁当もってハイキングなんていいわね。その時はタークも一緒に行きましょう」

 「それは楽しみだなぁ」

 心のそこからそう思ったのだが、このところ調子に乗って事件解決にしゃしゃり出ていたものだから、次から次へと依頼が舞い込み、断わり切れない僕はオーガーがらみの事件を立て続けに二件、それもランスウェル城下町とエメラルドリゾートという離れた場所で任せられ、彼女達に会いに行く暇も作れなくなってしまった。

 それでも、なんとか事件を解決し村へと戻る。戻ったところで、どうなるものでもないのだが。

 なんにせよ、歩き回って少し疲れた。宿で休むとしよう。

 宿に入ると、一瞬僕は我が目を疑った。常識では考えられない光景があったのだ。

 あのエルが、酒場のカウンターでワインを飲んでいる。ダークエルフのエルが!

 「・・・君たちもこんなところに来るんだね。あ、変な意味じゃなくてだよ」

 「いいの。気にしないで。ダークエルフがこんな町中の酒場にいるなんて、確かに珍しいんだもの。・・実を言うとね、エルもこういうところは初めてなの。ただ、今夜は有名な吟遊詩人が来るって聞いたから」

 「歌が好きなんだ? あ、葡萄酒、もう一杯どうぞ」

 普通のエルフに吟遊詩人が多いのは確かだけど、ダークエルフが歌好きというのは聞いたことない。

 「ありがとう。この葡萄酒はこの村のね。フラワーガーデンの花も奇麗だし、いいとこよね。エルの仲間は生まれた森を出ることがないから、外の世界をよく知らないの」

 よく、どころか完全に接触を絶つために森の奥に結界を張って出てこないダークエルフの村もあるって聞いたことがある。つくづくエルは異質な存在だ。

 「それにしても、吟遊詩人の人、遅いなあ・・・」

 「そうだね。マスター、吟遊詩人はどうしたの?」

 「実はこの町には着いてないんだよ。前の町で病気になったらしくてね。来るのは当分無理って話だ。すまないね」

 それならそうと、もっとはやくに言えばいいだろうに・・・。

 「残念だわ。いろんな国の歌とか、神話や冒険譚、聞きたかったなぁ・・・」

 本気で残念がっているらしく、エルは俯いて溜め息を吐いている。普段の闊達さを知っていると別人のようだ。

 「仕方ないよ。・・・楽しみが先に伸びたって考え・・・」

 よう、と続けようとした僕の目に、カウンターの奥の棚に埃に塗れたリュートがうつった。

 キタラとは少し違うが、同じ弦楽器だ。弦さえしっかりしていれば僕にも弾けるだろう。

 マスターに言って、とってもらう。割と高価なものらしく、作りもいいしなかなかの名器のようだ。

 「昔、ここで演奏した演奏家のものだよ。病気で何日か寝込んでね。旅費が足りなくなったってんで親父が宿代を立て替えて、代わりにもらったものらしいんです」

 多少緩んでいたが、弦もまだ使えそうだ。僕は弦の張りを調節し埃を拭きとってみた。

 それだけで、そのリュートはまるで新品のような輝きを取り戻す。

 音はどうかな?

 弾いてみる。

 ・・・♪・・・♪♪・・・

 良い感じだ。

 「エル。吟遊詩人とまではいかないけど、僕が演奏するから今日のところはそれで我慢して」

 「ターク、楽器弾けるの!?」

 心底驚いた顔で言われるとちょっと悲しい。でもまぁ、剣を持った剣士が楽器を手にするというのは確かに珍しいことなのだから、仕方ない。

 指を滑らせ、弦を爪弾く。

 弾いたことのない楽器なのに、に指がなじむ感じがして、とてもいい音が出る。僕は数少ないレパートリーの中から、最もリュートの音色に合う曲『月の砂』を弾き始めた。

 ・・・♪・・♪♪・・・・♪・・・

 穏やかな月の光が、静かな砂漠にこぼれ、風に舞う砂がきらめく。

 命の欠片もないかのような、荒涼とした砂漠に降り注ぎ、命を吹き込む暖かな月の光。 夜が更け、朝が来て、月はその役目を終える。静かに空の支配者が入れ代わり、砂漠に再び太陽が照りつけ、燃えるような熱砂が世界を統べる。

 ・・・・♪・・・♪♪・・♪・・・・・。

 「すごーい! すごいじゃないターク!! エル、涙でそうだよ。素敵な演奏ありがとう」

 「酒場で弾く曲じゃなかったかな? 静かすぎて」

 「そんなことない! とっても素敵だった!! そりゃぁ、踊れるような曲ではないけど。騒ぐだけが酒場じゃないでしょ」

 そう断言してくれたエルの語尾に、ほかの客たちの賛同の声と拍手が重なる。

 「いい演奏だったよ。その楽器は演奏してくれた礼にあげるよ」

 マスターが、ほくほく顔で言ってくれた。僕の演奏のおかげかどうかは知らないが、店の中にはいつもの倍近い客がいる。

 喜んでもらえたらしい。

 考えてみたら家族とウーナ以外の人の前で演奏したの、これが初めてだ。

 「喜んでもらえて、僕もうれしいよ。だけど、もう夜も遅いしエルはそろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」

 エルがどこに住んでいるか、はっきりとは知らないがヴァンネルの森はいがいと深い。エルフが森で迷うはずはないが、魔物のこともある。あまり遅くなってはまずいだろう。

 「そうね。・・・じゃあまたね、ターク。また会おうね、もう私たち、友達でしょ?」


 翌朝。

 葡萄酒を何杯か飲んだことも手伝って、エルと別れてすぐに宿で横になり、起きてみると昼近くになっていた。思いのほか疲れていたらしい。

  「その干し肉と乾パンと、果物の缶詰め三つをお願い。ね、おじさん、少しまけて?」

とりあえずギルドを覗こうと酒場に顔を出すと、クレアがいた。買い出しに来ているようだ。

 「やあクレア、これからどこかへ出かけるのかい?」

 「あらターク君。うん、ちょっと遺跡の調査にね。興味があるなら、そのうち遺跡を案内してあげるわよ。ターク君なら、興味持ってくれそうだしね」もちろん、興味はある。本を読むのと楽器を演奏するのの次ぐらいに。

 クレアは忙しそうなのでほかの娘の所に行ってみようと、フラワーガーデンに来た。

 あいにくリスティンは配達に出かけていなかったが代わりにエルがいた。

 虫が付いていたが。

 「やあ、エル、デニス、殿」

 「なんだ、誰かと思えば・・・。時間に縛られないでいられるとはいいご身分だな。僕には暇を見つけるのもやっとのことなのに」

 害虫の分際で態度だけはでかい。

 「デニス、どのお花がいいかしら。どれもきれいで、迷っちゃうの。デニス、選んでくれる」

 「これなんかどうだい。君に似合うと思うよ」そう言ってデニスが指し示したのは目の覚めるような真赤なバラだった。

 女性へ花束を送るんなら定番の花ではある。だがエルのイメージではない。

 この男にはセンス、というものがないのだろうか。

 「・・・。これもいいけど・・・。ねえ、タークはどんな花が好きなの?」

 「この男に花のことなんか分かると思うかい。エル、それより・・・」

 おまえよりは分かってるよ。心の中で毒突きながら辺りに目を向ける。

 ガーベラ、ライラック、グラジオラス、ダリア、ジキタリス・・・。

 ・・・これだな。

 「エル、これなんかどうかな」

 あまり派手ではないが、控え目に、でも明るい黄色を基調とする花。マーガレットをそっと土ごと持ち上げて差し出す。

 「うわあ、ありがとう。マーガレットって大好きなの」

 「ふん。さて、僕は仕事に戻らなくちゃ。じゃあエル、また会おう」

 「またね。今日はありがとう」

 「・・・エルにちょっかい出すんじゃねえぞ」

 横でマーガレットを鉢に移す僕に向けて吐き捨てるように言う、だんだんとメッキが剥がれてきているようだ。

 ねえぞ口調が出てくるとは・・・育ちが知れる。

 それにしても、森の精霊属に連なるエルフの耳が、人間の数倍の感度を持つことを知らんのだろうか。

 「ターク、あらためてよろしくね」

 おそらく、いや疑いなく今の言葉も聞こえていたのだろう。前後の脈略もなく、そう言ってエルは手をさしのべる。

 僕もまた手をさしのべ、彼女の手を強く握った。そして、きれいに鉢うえしたマーガレットを渡す。

 エルはそれを大切そうに抱えて帰っていった。

 となると、残るのはメルだけということになる。僕はメルの部屋を訪ねてみた。

 「やあ、メル」

 「あ、ターク様! 今日はどうしたんですか?」

 「いや・・・メルの顔を見に、ちょっと寄ったんだ」

 デニス辺りが言うと気障なだけだが、僕の場合は事実そのものなのだ。

 「うれしい! ターク様、そこにかけててください。今、お茶を入れてきます」

 「ありがとう」

 ほどなく、薄い白磁のティーカップに、少し薄めの紅茶を入れてメルが持ってきた。

 一口すすり、話題を変えてみる。

 「・・・話は変わるけど、メルとリスティンとクレアは三人とも仲が良いよね」

 「うん!あ、そうだ、この前、リスティンお姉ちゃんとクレアお姉ちゃんと三人でお話してるとき、ターク様のお話になったんですよ。ターク様は誰のことが好きなんですか?」

 「えっ!?」

 この三人の間で僕が話題になるって、ちょっとドキドキするものがあるぞ。

 「リスティンお姉ちゃんとクレアお姉ちゃん、きっと二人ともターク様のことが好きなんですよ」

 あえて二人に限定している、というのは計算か、それともメルの眼中に僕はいないのかな。

 まあ、この年頃ってのは、僕も含めて年上の異性に憧れるものだけど。

 「さあ? そう早合点するのはどうかな?」

 「ターク様! 誰が好きなんですか? 私、誰にも話しませんから、本当のことを教えてください!」

 「メルだって好きだよ、可愛くて」

 「あー、もう! はぐらかさないでください。メルは今、リスティンお姉ちゃんとクレアお姉ちゃんのどっちが好きなのか、聞いてるんですよ」

 これは、生半可な答えでは帰してもらえそうにない。

 真面目に答えなくてはならないようだ。

 「そうだなぁ・・・リスティン・・かな?」

 「そっか・・・リスティンお姉ちゃんって、炊事、お洗濯、お掃除・・・なんでも得意だもんね。やっぱり、男の人ならリスティンお姉ちゃんを選ぶよね」

 「いや・・・そうじゃなくて」

 家事が得意だから、と思われるのは僕自信はもちろんリスティンに対しても侮辱というものだ。

 聞き流すわけにはいかない。

 「あれ? ターク様、リスティンお姉ちゃんが家事が得意だから好きなんじゃないの?」

 「そりゃあ、家事が得意なのはいいことだけど、だからといって、リスティンが好きな理由にはならないよ」

 家事が得意、というだけで全てを表わすのはリスティンの人格を無視することになる。

 「それじゃあ・・・どうしてリスティンお姉ちゃんが好きなの?」

 「そう言われても・・・答えるのは難しいな」

 「どうして?」

 「人を好きになるってことはそんなに簡単なことじゃない。メルも大人になれば、いずれ分かるよ」

 「あ、ひどーい! メルだってもう大人なんだから・・・だいいちターク様も同い年じゃないですか!」

 しまった。・・・やぶ蛇になってしまった。

 「・・・クレアが好きな理由なら、すぐに出るんだけどね」

 「えーっ、クレアお姉ちゃんのどこがいいんですか?」

 「さっぱりした性格と、博学なとこだね」

 「でも、クレアお姉ちゃんだって、料理とか掃除とかはメル並みに下手ですよ」

 また家事か、メルはひょっとすると家事が苦手な自分、というものにコンプレックスを持っているのかも知れない。

 それとも、この間の『遊んでばかりいるとお嫁にいけない』が効いているのかな?

 「別にいいんじゃないか? 家事ができなくても別に構わないと思うけど」

 「へーっ、そうなんだ。じゃあ、メルも家事できないけど大丈夫だよね?」

 いや、それはちょっと違う・・・。

 と、思いはしたが口にはできなかった。

 「なんにしても、知り合って一月足らず。好きとか嫌いって言い切るには早すぎると思うよ」

 「うーん、でも・・・。なぁんか納得いかないなぁ・・・!」

 なんとかかわしたつもりなのだが、どうもいまいち納得してもらえないらしい。

 それは仕方ないとしても、今の話をリスティンやクレアにされると困るな。

 「大丈夫手ですよ。メル、誰にも言いませんから。そのかわりターク様も、あのことは聞かなかったことにしてくださいね」

 僕って、考えが顔に出やすいタイプなのかな、なにも言わないうちから先を越されてしまった。

 「あのこと?」

 「もう、だからリスティンお姉ちゃんとクレアお姉ちゃんがターク様を好きだってことです。あ、メルがこのことを喋ったことも内緒ですからね」

 「・・・じゃ、今の話はここだけのものってことにしようか」

 「はい!」

 メルと、あんな話をしたせいでなんか急にリスティンに会いたくなってきた。

 僕は前に聞いていたリスティンの仕事のスケジュールを思い出し、追いかけてみることにした。

 明日は八月の十二。緑の日だから、朝にランスウェル城下町の王立病院に行くはずだ。

 宿屋で休み、朝早くに出かける。

 「ああ・・・今日もいない。この頃ちっとも出てこないなぁ。具合悪いのかなぁ」

 病院に着くと、まだ受け付けもしていない時間なのに人がいた。受付の真ん前、入り口入ってすぐのところで、しきりに入院患者のいる二階を窺いながら心配そうにつぶやくのが聞こえた。

 「診察の時間が変わったのかな? 前はこの時間になると自分でおりてきたのに、今は回診だけなのかな? 歩けないほど悪いのかな?」

 ダークブラウンの髪に砂色の瞳の、十五・六の男性だった。

 どうやら入院しいる誰かが降りて来るのを待ちわびているらしい。病室を訪ねればいいだろうに。

 「すごく可愛い子が入院してるんだけど、胸の難しい病気らしくてなかなか出てこないんだ。訪ねたいけど病気を悪化させちゃうかもって思うと訪ねても行けなくて・・・」

 不審に感じたのが顔に出たのか、その人は何か弁解っぽく僕に言った。それなら医師に会っていいかどうか聞けばいいのに。

 そう思ったが、人にはそれぞれの事情があるものだ。僕はその人に軽く会釈して横を擦り抜けて中に入り、待合室を見回した。

 スケジュール通り、リスティンはそこにいた。

 「おはよう、ターク」

 「リスティンはいつも元気に動き回っているね。あまり無理をして体を壊さないように気をつけないと」

 「平気よ、これくらい。でもそうね、お互い健康には注意しましょうね」

 ・・・これだ。これなんだよなぁ、取り立ててどうと言うものではない。何気ない会話、それでいて心が暖かくなる、リスティンの人柄のなせる技なのだ。

 一人納得して病院を出る、教会の脇を通り花壇を過ぎたとき、道具屋の脇にあの赤いベレー帽が見えた。白いローブも。

 「だから・・・もう、わたくしは・・・大人なんだから!」

 「しかし、それでは・・・。もし万が一・・・・・ではありませんか」

 とうとう逃げ切れなくなってしまったらしい。途切れ途切れだが、何を話しているかはおおよそ想像がつく。

 「・・・もう、ルシオン。わたくしを放っておいて!」

 「ティナ・・・」

 想像はつくが、それを表に出しては後々問題になりそうだ。僕はなにも知らないほうがいいだろう。

 「ルシオン殿?」

 「ターク、あんたには関係ないの。本当にもう・・・」

 結局、ルシオンは一言もはっさずに立ち去ってしまった。まあ彼の気苦労もわからんではない。

 もっとも、それ以上にティナの苦悩も分かるつもりだが・・・。


 ランスウェル城下町の東にアルアルテミス神殿では、冒険などで命を失ったものを蘇生させるために特殊な薬を使用している。

 最近は魔物の数も増え、冒険で命を落とすものも多くなっており、薬の材料もすぐに切れてしまう。

 そこで、その蘇生薬の材料の一つであるロアールの葉をカルディナ草原の地域まで行って摘んできてほしい。

 ランスウェル城下町でぶらぶらと歩いていたら、そんな依頼が飛び込んできた。

 僕も冒険者のはしくれ、同胞のためとあれば否やはない。それにカルディナ草原で植物を探すのは慣れている。

 僕はすぐに出かけることにした。

 「蘇生薬の材料、ロアールの葉はいったいどの辺りに生えているんだろう?」

 いくら僕でも、全ての魔法薬を知っているわけではないのだ。歩き回って探すしかない。

 かなり長い間歩き回ったところで、ようやくそれらしいのを見つけた。

 「ん? あれかな・・・」

 うん。

 間違いない。大きな一枚葉で、厚みといいつやといい、ほかの葉っぱとは風格からして違う。

 「さ、街に戻ろう」

 ・・・・ん? あれは・・・。

 街へ帰る道の途中に、見覚えのある髪と鎧が目に入った。

 「シュナじゃないか。こんなところでどうしたの?」

 「よお、ターク。アレス神殿から仕事を頼まれてね」

 「へえ、奇遇だ。僕も冒険者ギルドの仕事でね。やっと終わってこれからかえるところなんだ」

 「ふうん、いいな。僕は探しものが見つからなくて・・・。もう何日も探してるんだ、参ったよ」

 普段勝ち気で、男勝りな態度を崩さないシュナが、眉を寄せ、困惑の表情を見せる。

 よほど困っているのだろう。

 「僕のも探し物の仕事だったんだ。ロアールの葉って、蘇生薬の材料なんだけど・・・」

 「え? どこで見つけた? 教えてくれ!」

 襲われるのかと思うほどの迫力で詰め寄ってくる。と、いうことは・・・。

 「まさか、シュナもロアールの葉を探していたのか? 悪いけど、僕が摘みとってしまったから、今からそこに行ってももう残ってないだろうな」

 「そうか・・・。参ったな」

 「シュナ。僕のを少し分けてやろうか?」

 万一のために、少し余分にとり、半分づつ分けて運ぶのが僕のやり方である。

 量的には、この半分でも依頼された量には足りる。半分ぐらい譲ったとしても問題はないだろう。

 「いや、それはできないよ。これは仕事なんだ、人の手は借りられない。女だからって同情しないでくれ」

 「同情じゃあない。貸にしておく。いつかどこかで、きっちり返してもらうから遠慮しなくていい」

 シュナにロアールの葉を少し譲った。

 「さ、これで仕事を終わりにして一緒に帰ろう」

 「・・・ありがとう。実を言うと、助かるよ」

 


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