第七章 骸の行方
レイラの幽閉される予定であった修道院は王都から遠い。
時に道なき道を進むこともあった。
目的地がはっきりしている分、準備には時間がかからなかったが馬を飛ばしても一週間を費やした。
そしてやっと修道院に最も近い町へと辿り着く。
時は、すでに夕刻を指していた。
「明朝、こちらを出立して修道院へ向かいます。」
側近の言葉に溜め息をつく。
「こんなに近くにいて待たなければならないのか。今急げば日が暮れる前に辿り着けるのでは?」
「ですが女性ばかりの修道院です。規律に厳しく修道女との面会は夕刻までと決められております。」
「手紙が届いたなら彼女は修道女になっていないだろう!!」
準備をしながら急ぎ修道院へ連絡を入れた。
早ければ本日の夕刻には連絡が届いていることだろう。
すでに修道院の入口近くでヨシュアの到着を待っているかもしれない。ならば迎えに行ってなんの不都合がある?
「急ぎ馬を回せ。出立する。」
「しかし。」
「ならば私だけでも向かう。」
「お待ちください!ヨシュア様!!」
早足で馬の元へ向かうと側近は慌てて付き添いの者達の元へと駆け寄る。
それを横目に馬へと近付くと近くの住民が馬へと餌を与えてくれているようだ。
少女のようだな。
「これは、お兄さんのお馬さんなの?かわいいね。」
餌をやりながら馬の鼻の辺りを撫でている。
少女の横顔は、どこかレイラに似ている気がした。
「餌はもういい。すぐに出発するから。」
「もう夕刻だよ?何処へ行くの?」
「修道院に、迎えに来たんだ。」
「へー。珍しいね。あそこは滅多に人が来ないのに。じゃあお姫様によろしくね!!」
軽く手を振りながら去っていく少女を見送っていると側近がかけ戻って来る。
「町への出入り口が閉まるところのようです。修道院に到着し、レイラ様を連れ戻されても野宿になりますが宜しいのですか?」
「かまわない。レイラも恐らくそう言うだろう。」
彼らが馬を飛ばして一週間はかかった道だ。
順調に歩いても到着までに恐らく数週間はかかっているだろう。
城から出された後、着の身着のままで家から出されたと聞いた。
何度野宿を体験したのだろう。
うら若い少女しかも公爵令嬢が、数週間なんと厳しい環境に置かれたことか。
突然聞こえた鳥の鳴き声に見上げれば一羽の烏が迫る夕闇を背後に彼らを抜き去っていく。
その黒々とした姿がレイラの行方を指し示すようで気は焦り不安が募る。
町から馬を走らせること二時間。
到着した修道院には、そこかしこに明かりが点っていた。
やがて人の気配を察したのか、陰気な様子の修道女が一人、草を掻き分けるようにして門の前に立つ。
そしてヨシュアと格子状の門を挟んで向かい合う。
「先だって手紙でお知らせしたと思いますが、レイラ様を引き取りに参りました。」
側近の言葉に修道女は緩く首を振る。
「お引き取り下さいませ。お渡し出来る方はおりません。」
そのまま建物の方へと戻っていく。
「レイラをどこに幽閉しているんだ!!彼女は冤罪だった。償い必要などない!!」
門の外から怒鳴ると、修道女は表情を変えぬまま戻って来る。
「お引き取り下さい。本当にお渡し出来る方はいらっしゃらないのです。」
「ならば証拠を、証拠を見せてくれ!!彼女がいないという証を!!」
修道女の視線が一気に厳しくなる。
「女だけの修道院に立ち入りたいと?こんな夜も近い時間帯に?」
彼女の表情は、非常識であると責めていた。
だが、それでもと必死に食い下がるヨシュアの様子を見て、修道女は一つ溜め息をつくと入口の鍵を開ける。
軋む音を響かせて門が開かれるた。
「本日は特別ですよ。確認したら速やかにお帰りください。」
「感謝する。」
ヨシュアを筆頭に敷地内を進んでいく。
建物のそこかしこから悲鳴や、調子の外れた笑い声が聞こえる。
手に持つランタンの灯りに浮かび上がる陰鬱な表情を隠さない修道女達。
時々意味不明な言葉を呟く女や、訳のわからぬ歌を歌い、踊りながらヨシュア達に絡み付く仕草をした女達が通りすぎていく。
「あの方は、とある国の貴族に騙され孕まされた揚げ句、捨てられました。歌を歌っていた女性達は盗賊に襲われ売られた揚げ句、気が狂ってここに収容された踊り子達です。そしてあちらが罪を犯した貴族の女性が幽閉される建物です。」
先頭を歩く修道女は、悲惨な女性達の過去を語りながら表情一つ変えることない。
彼女が指をさす建物に視線を移した。
まるで地獄のようだな。
暗闇の中、灯りに照らされて鉄格子越しに建物内の女性達のシルエットが見える。
壁を叩き泣きじゃくる女。
ドレスの裾をはしたなく掲げ、奇声を上げて廊下を走り回る女。
そして鉄格子越しにヨシュア達へ罵声を浴びせる女達もいる。
誰もが、すでに正気ではないのだろう。
こんな場所にレイラを幽閉しようとしたのか。
自身の罪深さにヨシュアは呆然となった。
レイラは…と問おうとしたところで、ヨシュアは修道女の行き先が貴族の女性が幽閉される建物ではないことに気がつく。
これは…礼拝堂?
促されるままに礼拝堂の中に入ると一つの真新しい棺が視界に入る。
何故だ?
嫌な予感に心拍数が上がる。
これはどういうことだ?
「レイラ様の棺です。」
「な、んだと?」
駆け寄って勢いよく蓋を外したヨシュアの視界に飛び込んできたのは。
身分証と修道院への紹介状。
そして血塗れのハンカチにくるまれた何か。
ヨシュアは震える手でハンカチを捲る。
ハンカチには見慣れた公爵家の紋様が刺繍され、イニシャルが縫いとられている。
割れた硝子の置物…このデザインには見覚えがある。
いつ贈ったのかは忘れたが…自分が彼女に贈った物だ。
『素敵な物をありがとうございます。大切にしますね。』
心底幸せそうに微笑む幼いレイラの姿。
彼女はあれほど私を慕ってくれていたのに…そんな大切なことを何故忘れていたのか。
「レイラの、遺体は…。」
「どうやらここに辿り着く前、野獣に襲われて喰い殺されたようなのです。遺体はほとんど喰い尽くされ、無惨な状態であったと聞いております。遺された亡骸を偶々通りかかった旅人が見つけ哀れに思い埋葬した後、行き先の書かれていたこの手紙と、これらの遺品を修道院に持参下さいました。」
そう言って棺の中を指差す。
血がついているのは最後まで握っていたからだろう。
砕けた硝子の欠片が鈍い光を放つ。
これだけが残された彼女の骸。
こんな最期を迎えねばならぬほど、彼女はどんな罪を犯したというのか!!
「その旅人は名前や埋葬場所について語っておりましたか?」
「親切な旅人は先を急いでいたため名乗ることなく立ち去りました。ですから埋葬場所等の詳細は聞きそびれてしまい、わからないのです。」
「そうですか…。」
考え込む側近の様子を修道女は静かに見守る。やがて彼女の唇の端がわずかにつり上がった。
棺の脇で暫く立ち尽くしていたヨシュアは、いつくつかの硝子の欠片を握りしめ修道女へと向かい合う。
「この硝子の欠片、分けていただけないだろうか。今後の人生において戒めとしたい。」
表向きの評価を鵜呑みにする事のないように。
そして悪意を隠し持つものの甘い毒に、惑わされることのないように。
「勿論です。ですが、二度とこの場所を荒らさないことを誓っていただきたい。」
「誓おう。二度とこの修道院には来ない。」
来られる資格がない、という言葉が正しいだろうか。
ここは人生を踏みにじられた数多の女性達の魂が眠る場所。
同じように一人の女性の人生を狂わせた自分がここにいてはその魂が休まることはないだろう。
…だからレイラ。
この場所で安らかに眠って欲しい。
王子サイドはここで終わります。
終幕はちょっと違う視点からです。