第六幕 嘘と裏切りと愛と
「子爵家ご令嬢が見えられました。」
「ああ、レイラが虐めたという噂の彼女か。」
入室を許可すると愛らしい容姿の少女が怯えた様子で入室してくる。
いきなり王城へ呼びつけられたのだ、怯えもするだろう。
「突然お呼び立てして申し訳ない。」
「勿体ないお言葉ですわ。それで本日はどのようなご用事でしょう?」
彼女の鈴を鳴らすような甘い声にクレアの一件でささくれた心が癒されていく。
このように可憐な令嬢が社交界にいたとは。
「レイラの件です。貴女を虐めたという報告がありました。その件について確認したいのですが。」
「ええっ!!何てことでしょう…!!」
うっすらと表情を青ざめさせ、子爵令嬢は目を見開く。
「まさかレイラ様の罪に、私との件が含まれているということはございませんわよね?!」
「それはどういうことですか?」
「説明するには私の恥を晒さねばなりません。ですがレイラ様の為となるのなら、お話しいたしますわ。誰にもお話しされないと約束いただけますか?」
「もちろんだ、約束する。」
「実は私、婚約者のある男性を密かにお慕いしているのです。ずっと諦めようと努力しているのですが…叶わず日増しに会いたさが募っておりました。そしてある日、どうしてもお近づきになりたいという欲にかられて、彼へ偶然を装って話しかけようといたしましたの。今思えば本当に…浅ましく、はしたない振る舞いですわ。」
クレアはそれを理由にレイラから嗜められ、いじめられたと涙ぐんでいたな。
それを可哀想だと庇ってきたが、常識的にはレイラの言う事が正しい。
彼女の言う通り、紹介もなく未婚の男性に未婚の女性が話しかけるのは、はしたないとされる行為だ。
子爵令嬢は羞恥にうっすらと涙を浮かべる。
「レイラ様は私の気持ちに気付き、その場を丸く収めて下さいました。そして私の心に寄り添って下さったのです。『愛する者の心が自分になくとも、愛することは出来ます』と。」
その言葉にヨシュアは、はっと息を呑む。
何てことだ、レイラは今までずっと私のことを…。
断罪されるあの時も、私のことを愛していたというのか。
「だが何故その一件が虐められたという風に学園へ報告されたんだ?」
「…たぶんクレア様ですわ。」
「クレアが?!」
「あの方はずっとヨシュア様のことがお好きでしたもの。ですから婚約者であるレイラ様の評判を貶めるような事ばかりなさっておいででした。私、一度レイラ様にお聞きしたことがあるのです。何故、反論なさらずに自身の立場を悪くするのかと。」
「彼女は、何と…。」
「『その先に未来があるから。』と。それ以上は語っていただけなかったので深い意味はわかりませんが…。」
その先に、未来が。
遠くない未来にはヨシュアの用意した破滅しかないというのに彼女はそれすら受け入れようとしたのか。
そこまで、自分のことを愛してくれていたとは。
もう疑う余地はない。
レイラの悪行とされたものは故意に事実がねじ曲げられ、脚色されたもの。
姉である、クレアによって。
レイラに会いたかった。
一刻も早くレイラに会って許しを乞わなくては。
礼を言い、面会を終わらせようとしたところで、突然、部屋の入口辺りから人の言い争う声がした。
「…扉の外が騒がしいな。」
怯える子爵令嬢を庇い、ソファーから立ち上がったところで大きな音を立てて扉が開く。
音に驚いた子爵令嬢が小さく悲鳴を上げ、ヨシュアに身を寄せた。
「ああ、ヨシュア様!!お会いしたかっ…どうして、ここに貴女が?!」
数週間会わないだけで別人のように変わり果てたクレアの姿。
髪は艶を失い、顔は窶れ、肌は荒れ。
いつもきちんとしていた身なりもどことなく崩れた印象を与える。
そのクレアが、牙を剥いた。
「婚約者のある男性に近付くなど、何てふしだらな女なのかしら!!」
自分も同じことをしていたというのに。
ヨシュアのクレアへの愛は、この時はっきりと失われた。
我を忘れ、子爵令嬢に掴みかかる彼女を引き離し衛兵に引き渡す。
突然の出来事に呆然とする子爵令嬢を侍女に任せ退出させると、別室に閉じ込めているというクレアの元へと向かう。
「…クレア、君は…。」
驚きと失望のあまり言葉が上手く出てこない。
クレアはヨシュアの姿を認めた途端、いつもの様子に戻った。
「ヨシュア様、お願いがあるのです。父が…私の成績が思わしくないからと婚約を辞退すると申しておりますの。ですが私はヨシュア様にお仕えしたいのです。ですから父を説得いただけませんでしょうか?」
お願い、ヨシュア様…。
クレアの甘い吐息が漏れる。
それは、甘く…どこまでも甘い、毒。
猛毒ほど甘いと聞いたことのある気がするが納得せざるを得ない。
「クレア。全てわかったんだよ。君がレイラに罪を被せたのだね。」
天使のようだったクレアの表情が崩れる。
醜悪な…悪魔のような笑顔に。
「何故自分の妹を貶めた。血を分けた姉妹だろう?」
「何故ダメなのですか?そこに機会があって、私には力があるのに。」
清らかな雰囲気はそのままに。
心底不思議そうな表情で真っ直ぐにヨシュアを見つめる。
信じがたいことを聞いてしまった。
そして信じたくないことに気付いてしまう。
彼女こそ狂っている。
これに比べたら…レイラは、彼女の態度は正常だ。
今ならまだ間に合う。
彼女を連れ戻さねば。
「公爵家に連絡を。彼女を引き取ってもらうように。」
部屋を出ていくヨシュアの背中に悲痛な声が響く。
「ああ、ヨシュア様、折角お会いできたのに!!置いていかないで下さいませ!!」
純粋で無垢なクレアの、悲痛な叫び声。
今までなら全てを放って彼女に寄り添っていただろうに。
全く心が動かない。
一刻も早く、レイラの元へ。