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第五幕 破綻


「どういうことなの!!何で上手くいかないの!!」

派手な音を立てて割れる硝子の音に侍女の一人が飛んでくる。


「いかがされましたか?」

「…なんでもないわ、手が滑っただけよ。片付けておいて。」


割れた花瓶を片付け、無言のまま会釈をして退出していく侍女を見送る。

皆の腫れ物を触るような態度が忌々しい。


「こんなに勉学の時間が取られていては自分のことなんて何も出来やしない。」


鏡に映る自身の顔を見れば、顔は窶れ自慢の髪も艶を失っている。

そういえば一時期レイラも同じような表情をしていた。

必死の形相で机に向かっているか、立ち居振舞いの稽古を遅くまでしているか。

なぜあんなに余裕がないのか不思議に思ってたけど。


「簡単に出来ると思っていたのに。」


愚かで不器用なレイラ。

もっと上手く立ち回れば良いのにいつも貧乏くじを引かされ損ばかり。

それは彼女自身の能力がないせいだとばかり思っていた。

図書室の紙を見つけたのは偶然。

ヨシュア様が好む書籍があると聞いて図書室に足を運んだ時だ。

先に部屋にいたレイラが本を読みつつ紙に何かを書き付けては、本の間に挟んでいる。

栞の代わりかと思って手に取ってみれば、政治や経済に関する考えを纏めるために下書きしたもののよう。

走り書きされたような内容からしっかり考えられ綴られた内容の濃いものまである。


これを使えばいいじゃないの。

本に挟まれた下書きを目に付いたもの全て回収する。

それを使ってヨシュア様に話し掛ければとても喜んでくれた。


『クレアは美しいだけでなく、賢いんだね。』と。

ツボを押さえれば殿方を喜ばせることなど簡単に出来る。

上手く立ち回ればいいだけ。

そのはずなのに。


扉からノックの音が響く。


「クレア様、御主人様がお呼びです。」

「…分かったわ。今行きます。」


執事の声に応じて見苦しくない程度に身嗜みを整えると、書斎へと足を運ぶ。


「失礼いたします。クレア様をお連れしました。」

「入れ。」


開かれた扉の先では、お父様が書斎の机に向かっていた。

書類の束を手に難しい表情をしている。


「この結果は何だ?」


報告書と思われる紙の束を投げつけられた


天から舞い落ちる紙、紙、紙。


拾い上げて目を通せば私への講師からの評価だった。

ざっと目を通しただけで厳しい評価がいくつもある。

すっと血の気が引いた。


「あのレイラですら、一度もこんな評価を受けたことはない。」

「で、ですが、勉強を始めたばかりで…。」

「ならば課題を増やそう。」

「そんな!!」

「悠長な事は言っていられないだろう?二年後、お前は正式に王太子妃となる。その時になれば誰もお前を助けてはくれないのだぞ。自身の才覚だけで国を支えねばならない。こんな基本的なことすら知らないなど恥をかくのはお前やヨシュア様だけでなく公爵家もなのだぞ。」


唇を噛む。

今まで全く努力をしてこなかったわけではない。

ただレイラとは勉学に掛けた時間が違うだけ。

同じように時間を掛ければ、私ならもっと上のレベルまで出来るようになるはず。


「お父様、限られた時間の中ですが、時間を有効に使えば私はレイラ以上の結果を出せるはずです。ですからどうか長い目で見守って下さいませんか?」


顔の前で手を組み、瞳を潤ませ訴えかける。

これでいつものように寛容で優しいお父様へ戻られる筈。


「愚かな。」

「…お父様?!」


冷ややかな瞳で見下ろすお父様の表情は初めて見るもの。

そんな、何故?


「知っているか?レイラは筆記テストだけなら常に満点に近い点を取っていた。お前に与えた筆記の問題よりも、はるかに難しいレベルでな。」

「で、でもヨシュア様はレイラの評価は常に及第点ギリギリだったと。」

「筆記のテストなど出来て当たり前だからだ。ゆくゆく王妃になったときに必要となるのはその先にあるもの。その知識を基にどう考え、行動するかだ。レイラは、そこがまだまだ不足していたのだよ。だからいつもギリギリ及第点として報告していた。」

「そんな…。」

「あの娘は周辺国だけでなく付き合いのある全ての国の言語に精通していたよ。時間を掛けるのはいい。そこまでお前に出来るというのならな。」


今までどれだけ甘やかされてきたのか。

与えられてきた勉強の量も質もレイラとは雲泥の差であった。

そして評価の判断基準さえも。


「勘違いしているようだから言っておくが、レイラを婚約者に据えたのは年齢的な釣り合いだけではないぞ。」

「えっ!!」

「性格と能力を測って、王が数多くの候補の中からお決めになった。」

「そんな…。」

「お前は残念ながら能力に欠けると早い段階から除外されていたがな。」


では今回何故私は婚約者になれたのだろう。

このような考え方をする父のことだ、真っ先に反対しそうなものを。


「お前が告発したというレイラの罪は、偽りであったのだろう?」

「お、お父様、そんな偽りなど…!!」

「私を侮っているのか?調べればそんなこと簡単に解る。」

「では何故レイラを庇われなかったのですか?!」

「否定をしなかったからだ。」

「はい?」

「罪を犯していないときっぱり否定し、助けを求めてくるのなら、いくらでも動けたものを。それが全く否定しない者を助けようと動けば、それは端から見れば権力を使い、正しき裁きに横槍を入れるようなもの。そんなことは公爵家の、貴族としての矜持が許さぬ。」


この人は誰?

私が一番大切だと、甘やかし育ててくれた父とは別人ではないか。


「お前とレイラは価値が違うのだよ。だがお前はそれを覆し、自身の力で婚約者の座を奪い取った。それならそれで良い。その狡猾さを遺憾なくレイラの代わりに政治の分野に活かして貰えればと思っていたが…やはりお前には無理なようだな。」


父がクレアに背を向ける。


「内々に頂いたご婚約の打診を辞退しよう。」

「お父様!!それでは今までの私の努力は」

「してきたのか?」

「は…い?」

「努力だ。十分にしてきたというのか?」

「そ、それは…。」

「努力してきて、この程度と言うのなら余計に問題だ。やはり辞退することとする。」


その後はどのように部屋へ戻ったのか覚えていない。

騒ぎ、喚く私を使用人達が遠巻きに見ている姿だけ目の端に映る。



悔しい、悔しい、悔しい。



そうだわ、ヨシュア様にお願いしよう。

ヨシュア様からお願いされればお父様だって考えが変わるはず。



馬車に乗り、城へと急ぐ。

ヨシュア様の部屋に向かうと入口に待機する側近の男が入室を拒否した。

未来の王太子妃になんと無礼な。

絶対に許さない。ヨシュア様にお願いしてクビにしてもらおう。

止める声も聞かず、部屋の扉を開けるとそこには。



「ああ、ヨシュア様!!お会いしたかっ…どうして、ここに貴女が?!」





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