第三幕 断罪の場
二人で会うのを避けてからどのくらい時がたったのか。
久しぶりに会ったというのにレイラは表情すら変えることはない。
「私から沙汰を伝える。これが最後の慈悲だ、言い分があるなら聞いてやろう。」
「何も申し上げる事はございません。」
膝をつき、俯いたまま静かに答えるレイラを見下ろす。
断罪の場で何故こんなに平静でいられるのか。
みっともなく泣き叫び、許しを乞うと思っていたのに。
「よもや許されるとでも思っているのか?」
「許される、ですか?」
わずかに面を上げるが彼女の表情は見えない。
とはいえ蔑むような彼女の声から、やはり自分の判断は間違っていなかったと思った。
彼女には罪を犯したという感覚すらないのだろう。
このような悪女は一刻も早くここから遠い場所へ追放しなければ。
「公爵家からは君の離縁状が提出されている。本日付で受理されたから、もう今の君は公爵家令嬢ではない。地位も後ろ楯もない、ただのレイラだ。」
誇り高き貴族の仮面で心情を隠した彼女は、陰気とか地味という類いの言葉が相応しい存在だった。
そんな彼女にとって衝撃的とも思える事柄を伝えても、わずかに頭を下げただけで表情は変わらない。
それどころか全てを受け入れる準備が出来ているかのように身動きひとつしないとは。
何かが、おかしい?
「レイラ、潔く罪を認めて!!そうすれば貴女の処罰が軽くなるようお願いするから。」
悲痛なクレアの声に我に返る。
彼女を見れば恐怖のあまり震えているようにも見える。
それでも妹の罪が少しでも軽くなるように心を砕くとは。
なんと優しい人。
やはり彼女は私が守らなければ。
「クレア、君の願いでもそれは聞けない。レイラ、裁定の結果を申し伝える。ここより最も遠い修道院への生涯幽閉。"悪女の墓場"とも呼ばれる、今の君に最も相応しい場所だ。」
「承りました。」
静かな、どこまでも静かな声。
取り乱す様子も見せず、淑やかな表情を崩すこともない。
それどころか唇の端にうっすらと笑みさえ浮かべている。
彼女は全てを失ったはずなのに。
望むものを手に入れ、満ち足りたような表情を浮べるのはなぜだろうか。
いつもはきっちりと結い上げられていた髪が不安定な状況を現すかのように一房こぼれ落ちると、くすんだ金色の髪が西日を受けて淡く輝く。
途端、まるで自ら抑えていた内面の輝きを解き放つように彼女の纏う雰囲気が変わった。
地味で冴えなかった女が、繊細さと妖艶さを併せ持つ謎めいた女へと変貌したように見える。
化粧も、服も、身を飾る装飾品も、いつもと変わらず地味で垢抜けないものであるのに。
静かに王座を見据える彼女は、同じ女性であるとは思えない程に美しかった。
変化に気付いた誰かが、はっと息を呑む。
まるで歪んだ真珠のような、唯一無二の輝き。
私の前ではあえて美しさを隠していたとでもいうのか。
そこまで見下されていたのかと思うと余計に腹立たしくなり、思わず声を荒げた。
「何がおかしい?」
レイラに向かって問う。
運が悪ければ死ぬかもしれないような場所へ幽閉される事をわかっているのか?
それとも彼女は…すでに狂っているのか?
返答することさえないレイラの様子に確信を深める。
悪事が露見し絶望によって狂ったのか。
それともクレアへの嫉妬のあまり狂ったのか。
どちらにしても二度と関わることのない相手だ。
この様子ならここから離れた修道院に送られるという罰はむしろ彼女にとって幸せなことかもしれない。
先程一瞬垣間見えた彼女の変化は気のせいだろう。
「この者を城の外へ。」
呼応するようにレイラはゆっくりと立ち上がる。
そして。
未だかつて、誰からも受けた事のない美しい挙措で彼女は優雅に礼の姿勢をとった。
あまりの完璧さに、広間が水を打ったように静まり返る。
やがて衛兵に促され、レイラは大人しく退出していく。
今は視線を下げることもなく、ただ真っ直ぐに前を向いて。
その時にヨシュアは気が付いた。
…私は視界にすら入っていなかったのか。
会わない期間の方が長かったとはいえ、何年も婚約者の立場であった相手であるというのに。
そして断罪の場に立ち会う両親にも、自身を告発したクレアにさえも、視線を合わせることもなかった。
彼女の中で、すでに我々は居ないものとされている。
ヨシュアは今までそのような扱いをされたことが一度もなかった。
不愉快だ。
怒りで体が震える。
クレアの自身の名を呼ぶ声にすら直ちに反応出来ない程に。
その一方で、婚約者であった頃の彼女の報告書にはマナーの項目もあったはずだが、良い評価がつけられた事はなかったと記憶している。
あれほど完璧な所作が出来るのにギリギリ及第点とはどういうことだ?
レイラの、あの余裕ある態度も気になる所。
もし何か隠していることがあるのなら…クレアへ被害が及ぶ前に手を打っておかねば。
「一応調べておくか。」