やめられないとまらない
「あああああああ!」
メキメキと嫌な音がして、足下のボードが中から真っぷたつに裂けた。いくら練習をしたとはいえ、板に片足ずつ乗せて滑るスキーじみた器用な真似はできない。バランスを崩し勢いのままに派手に転んだ。
「おおおおおおお!」
世界が高速回転している。なすすべもなく、痛みを感じる暇もない。1、2、3・・・・・・世界の回転を数えている間に体全体に衝撃を感じ、僕の意識は暗闇に包まれた。
「ああ、起きたかい」
眼を覚ますと、見慣れた爬虫類顔が視界いっぱいに広がっていた。喉元まで出かかった悲鳴を押し込む。見たことのある顔・・・・・・それがわかることはあまりいい傾向ではないのだが・・・・・・こいつは前の村で出会った旅商人である。
「どうしちまったんだい、気絶してたみたいだが。ここは兄ちゃんの村からは遠いところだぜ。一人でここまでこれたのかい?」
「まあ、うん。あなたの話にあった、突然現れたっていう別の村の女性に会いたいんだ」
ははあ、と旅商人は下心のある笑いを浮かべた。
「やはり兄ちゃんほどの男前だと、似合うようなべっぴんさんもそういないからなあ。あの村のミリィって娘もなかなかだったが、兄ちゃんの目にはかなわなかったか」
やめろよ、と真顔で言うが、旅商人にはその意図するところはわからなかったようだった。
「そういうことなら、案内するぜ。目的地はすぐそこだ。いや兄ちゃん、一人でここまでくるなんてガッツのある野郎だ」
はあ、とため息をついて旅商人についていく。スケボーは壊れてしまったが、目的地の近くまで来れたのは非常によろしい。その村にはきっと僕と同じように元の世界からやってきた元人間がいるはずだ。胸が高鳴ってくる。緊張で口の中が乾く。早く彼女に会いたい。恋愛的な意味では決してないが。
「ほら、あの娘だ。いやあ、いつ見てもべっぴんさんだ」
件の娘は小物屋で働いていた。物陰から旅商人と一緒に覗き見る。その顔の美醜について僕は言及することはできないが、確かに男に人気であることは間違いなさそうだった。5人ほどの男が店の前で買い物をするわけでもなく、娘に向かって一心に話しかけている。村の規模を考えると、若い衆が全員あの店に集まっているのかもしれない。娘は一度にかけられる全ての男からの言葉に律義に反応しようとし、慌て、そのたびに消耗しているように見えた。気のせいか、目の下に濃いクマが浮き出ているように感じられる。
物陰から彼女の店に歩み寄った。旅商人も後ろからついてくる。僕の足音を聞いてか、娘にたかっている男衆が振り向いて僕の顔を見る。皆、目を見開いたのちにすぐ顔をそらして、そわそわし始めた。娘をとられることに焦っているのだろうか。その気は毛頭ないのだが。
娘の目の前に立つ。娘は「いらっしゃいませ・・・・・・」と小さくつぶやいて顔をそむける。顔を近づけて、彼女にだけ聞こえるように声を出す。
「僕は、こことは違う世界から来た。地球から。君もかい?」
目の前のトカゲ顔が驚きの表情を浮かべて硬直した。僕の顔をまっすぐに見つめてくる。それだけでわかる。彼女はこの世界で唯一の僕の仲間だ。
「うわあああああああん!」
彼女は声を上げて僕に抱き着いてきた。服が涙で湿る。しっかりと抱きしめる。一人ぼっちでつらかったろうに、と考えていると、僕の中からも熱い何かがこみあげてくる。視界がはっきりとしない。指が震える。どうやら一人ぼっちだったのは彼女だけではなかったらしい。
さめざめと彼女と一緒に、枯れるまで涙を流した。