ライドーン! 風を感じろ!
決まれば実行は早かった。ミリィの父親は大工をしている。木材の扱いに長けていると踏んで、相談を持ち掛けた。これこれこういうアイデアがあるんですが木材で作れそうですか、と。しばらく考えてミリィ父は職人気質の口調で答える。
「できなくはねえと思うがよ。お前さん、これを何に使うんでぇ」
「近くの村までこれに乗っていくんだよ」
「何ぃ? お前さん、この乗りもん坂を下りる分には楽だがよ、登りはどうすんだよ」
「そこまでは坂を下るだけだから大丈夫だよ」
「村から出たことねえのになんでそんなことわかるんでぇ」
返答に詰まった。
「悪いことはいわねえ。近くの村に行きてえなら俺がついて行ってやるよ。お前さんに何かあったらミリィが悲しむからよ」
「ごめんなさい。それはダメなんです」
「なんでだよ」
「……いろいろあって」
はあ、とミリィ父がため息をついた。
「男には一つや二つ、話せない事情があるってもんよ。お前さん、明らかに普通の奴じゃねえしな。わかった。作ってやるよ、できる限りでな。お前さんの考えで隣の村まで行ってこい。だが、必ず帰ってくるんだぞ。ミリィを悲しませるようなことになったら、お前さんのエリを頭から残らず引きちぎっちまうからな」
ははは、と笑って自分の頭のエリを引っ張る。分厚いゴムのような弾力があって、気持ち悪い。
もちろん、絶対に戻ってきますよ。嘘の罪悪感はまだ見ぬ同類に会うことの期待を膨らませることでかき消した。
ミリィ父の大工としての腕は本物だった。僕のイメージしていたものを木材だけで作り出してくれた。木を切り出したのは僕のスマホだが組み立てたのはミリィ父。期間にして二週間。
ミリィ父からそれを渡された日の夕方、早速支度に取りかかる。装備は、スマホと水の少し入った革袋。持ち物は軽ければ軽いほどいい。特に、今回の旅路では。
「行くか……」
昼日中に村を出るとなれば目立つ。しかし夜になれば電気のないこの世界は真っ暗になる。夕日はこの世界でも悲しみを誘うような淡い橙色だ。村に向かう途中で暗闇になれば、あとはスマホの地図機能に頼るのみ。方向さえわかれば到着はできるだろう。
名残惜しくない、といえば嘘になる。この村の人たちは本当に僕に良くしてくれた。いくら顔がいいといっても、ひょっこり現れた素性の知れない男だ。怪しさ満点の僕に十分な衣食住を与えてくれた。感謝している。でも行かなくちゃいけない。僕が元の世界に帰りたいと思う限り彼らと心の底から分かり合える日はこない。次々と世話になった村人たちの顔が浮かんでくるが、背筋が寒くなってきたのでためらわずに行くことにした。この感覚が残っている限り、僕は人間だ。そう安心できる。
目的の村がある方向に駆け出す。山間の下り坂、十分に助走をつけて、僕はそれに飛び乗った。走るよりもはるかに速いスピードでそれは坂を滑っていく。
僕が作ってもらっていたもの、それはサーフボードだ。この村の周囲の道路は舗装されていない。やわらかい土がむき出しになっている。加えて坂になっているのなら、これはもう滑り降りるしかないというのが僕の考えだった。
想像以上に事はうまく運んだ。加速しながら滑らかな斜面をボードで下っていく。顔やエリマキに風があたって気持ちがいい。サーフボードができるまでに行っていた練習も功を奏して、周りの木々がどんどんと後ろに流れていく。
イェー! と叫んだ声は風に流れて消えていった。この調子なら目論見通りに一日もかけず目的地までたどり着けるだろう。到着したら、僕と同じ世界から来たであろう女性に会って……
……ふと思い浮かんだ。これ、滑ってるのはいいが止まるときどうすんだ?
ちょっとの間考えて、今度は恐怖の叫び声をあげなきゃならなくなった。