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事故り転生とこの世界の現実

真っ暗闇の中で僕は目覚めた。いや、これは目覚めたというのだろうか。意識は確かにある。思考もできる。でも体が動かない。金縛り? そんな感じでもない。なんというか、動かせる体がすでになくなっているようなのだ。意識だけが真っ暗闇の空間の中に浮いている、そんな感じ。

これが死んだということなのだろうか。痛みや苦しみは感じない。ただ空間を当てもなく意識が揺蕩っているだけだ。死んだ僕の魂は永遠にこの闇の中を漂い続けるのだろうか。

あれこれ考えていると、突如光を感じた。資格すらないい今の僕に感じたという表現は正しくないかもしれない。意識の中に光がねじ込まれてきたというべきだろうか。

「見えますか」

光が声を発した。小さい声だが、意識にしみこむようにはっきりとわかる。

「うん」

喉も口もないのに声が出せた。ひどく大きく聞こえる。

「聞こえてもいるようで何よりです。何が起きたかは覚えていますか」

「ああ」

自分の声にエコーがかかっているように何重にも聞こえる。

「災難でしたね。ですが、私はあなたのような前途ある若者を何百年も待ちわびていたのです」

おだてられて悪い気はしない。

「理解が追い付かないかもしれませんが……わたしはある世界の女神です。今からあなたの魂を、元いた世界とは違う異世界へと送り届けます。わたしたちの世界……□□□へ」

「は?」

はっきりと聞こえていた声が一瞬だけ聴き取れなくなった。

「あまり長々と話していられる時間もありません。このままだとあなたの魂は消え去ってしまうので。あなたがもといた世界とこれから赴く世界は似ているようで違います。なので私があなたの身体を新しい環境に適応できるように作り替えておきます。それに加えて頼りになる道具も差し上げましょう。情報と武力、どちらも兼ね備えた道具を」

話がまったくわからない、と声をあげる間もなく女神とやらは話を続ける。

「あなたの新しい人生に加護があらんことを……」

その言葉を最後に光は消え、静寂と暗闇に僕は取り残される。そのうち、意識が解けるようにかすんでいく。なんの抵抗もできないまま、僕の記憶はそこで途切れた。


初めに、音が聞こえ始めた。小鳥のさえずりあう音、風で木々がこすれあう音、遠くのほうで牛がなく音。瞼の裏に光を感じる。強い光。体に柔らかな感触が当たっている。体全体が包まれている。そこでようやく、僕は自分が横になっていることに気が付いた。

眼を開ける。太陽がまぶしくて、手で光を遮る。石づくりの天井が見えた。少なくとも、僕の住んでいた家ではないようだ。体を起こそうとしたが、長い眠りの後のように体が重く動かしにくい。体のあちこちを少しづつ動かしほぐして、やっと上半身を起こすことができた。質素な部屋だ。天井と同じく石造りの壁と木の床、家具はベッドと机といすと本棚だけ。部屋の角にあるベッドからは向かいの扉も見える。

木のきしむ音を立ててその扉は開く。外から何者かが部屋に入ってきた。

「!? うわあああああああああああ!」

そいつは二足歩行の化け物だった。知っている動物でいえば、エリマキトカゲが一番近い。二足歩行で布の服を着た、緑色の顔の、人間サイズのエリマキトカゲが扉を開けて部屋に入ってきたのだ。僕の意識はそこでまた途切れた。


数か月経った。僕はこの村の一員として立派に生活していた。エリマキトカゲの住人達にはもうすっかり慣れた。初遭遇時の気絶から目覚めて、目の前にいたエリマキトカゲを見てまた気絶して、しばらくして目が覚め自分の両腕がそのエリマキトカゲと同じような見た目になっていることに気が付いてさらに気絶した。今では懐かしい思い出だ。

「スーマンさん、おはよう。散歩に、出かけませんか?」

朝目覚めた僕に話しかけてきたのは、路上で倒れていた僕を保護してくれたというミリィという娘である。娘である、らしい。しかも村一番の美人の。僕には爬虫類にしか見えない。ごめんよ。スーマンというのは僕のこの世界の名前である。須磨すま 宏作こうさく。これが僕の元の世界での名前だ。こっちでは、スーマン・コサック。名前を伝えようとしたら、なぜか少しばかりオシャレな感じに受け取られてしまった。この娘だが、なぜか執拗に僕に付きまとってくる。今だって花を売る家の仕事があるのに、それを親に任せて僕を誘っている。

この世界にも、花はある。それどころか、ほとんどの物質や生物は僕が元いた世界とほぼ同じ性質でできているみたいなのだ。見た目以外は。残念なことに。言語ももちろん違う。数か月も暮らしたのである程度相手の言いたいことは理解できるようになったが、こっちの言葉はいまだに片言に聞こえるみたいだ。

ミリィと共に家をでる。僕の住んでいる家は二階建てで、花屋を営んでいる。石の壁と木の屋根でできた質素な家だ。このあたり一帯の家はみんなそうだ。自然が多く、道は舗装されず、牧歌的な雰囲気が漂っている。かなり近くに山も見える。元の世界と同じ緑の森に覆われた丘陵。二つの山に挟まれたくそ否かな村が今僕がいるところだ。

道行く人?たちとミリィと一緒に挨拶を交わす。畑仕事をしている人、家畜に餌をあげている人、いろいろだ。ミリィには笑顔を振りまいて、僕をすごい形相でにらみつけてくるやつがかなりいる。爬虫類顔でも表情はわかるものだ。若い男衆なのだろう。そういうやつらは無視することにしている。

ミリィのうろこっぽい緑の腕が僕の腕に回される。ミリィはとても楽しそうだ。勘弁してくれ、と僕は顔には出さないようげんなりする。腕の感触に吐き気を催さないようになるのに何週間かかったと思ってるんだ。

ミリィとの散歩は、いつも村のはずれの泉がゴールになる。いつも水遊びをするミリィを僕が岸から眺めることになる。こっちに来てよ、と言われても僕は曖昧に笑みを返すだけにしている。カッパの行水をみている気分だ。泉のほとりで二人でミリィ手作りの弁当を食べる。幸いなことに、食物の見た目は元の世界とそう変わらない。なるべく隣の顔を見ないように素早く食べる。おいしい。見た目がよく料理の上手な異性。本当は彼女はいい女性? なのだろう。でも僕から見たらやっぱり二足歩行爬虫類にしか見えないのだ。

昼過ぎに家に帰り仕事を手伝う。ミリィに兄弟はおらず父母と三人でこの家に住んでいる。父親は大工の仕事をしているらしく今家にはいない。家の前に押しかけてくる若い男女に花を売りつつ、ミリィの母は僕だけに聞こえるように言う。

「いやあ助かるよ。ミリィも綺麗な子だけど、あんたみたいな男前がいてくれたら若い子はみんな食いついてくるよ」

なるほど。僕のこの容姿は若い女性が黄色い声を上げて駆け寄ってくるぐらいの容姿らしい。元の世界の僕は、人からイケメンだともいわれたことがないし、女性からアプローチされることもなかったので、性格も含めて凡もしくは下だと思っていた。この変わりようはあの女神とやらのサービスだろうか。余計なことしやがって。


日が落ちた。花屋の営業が終わる。辺りの人通りも少なくなり、ほうほうと鳴く鳥の声が聞こえる。明かりがないので一面真っ暗だ。僕は部屋の窓から外を見る。窓といってもガラスなんてない木の格子のはめられた穴のようなものだが。気を使ってか知らないが、僕には自分一人用の部屋が与えられている。スーマン・コサックという名前。スーマンが名前でコサックが姓だと勘違いされている。姓のあるこんなに顔の整った人は貴族の子に違いないと思われているようだ。都合がいいので僕自身否定せず、記憶を失っているとだけ伝えている。元の世界の話をしたって、理解してもらえるとは思えない。

元の世界といえば、そこから僕が1つだけこちらに持ち越せたものがある。いや、記憶と合わせれば2つか。それはスマホだ。元の世界で使っていた黒色のドコモのアンドロイドスマホ。地面に倒れていた僕が大事そうに握っていたという。このスマホ、なんと元の世界のインターネットに接続ができるのだ。これには驚いた。さらに驚くべきことに、なんと元の世界と通話もできる。不可能だと思いつつも実家の固定電話につなげてみると、電子音の後に確かに繋がった音がした。しかし、そこからが問題だった。向こうが何を言っているのか聞き取ることができない。こちらからの発言も、相手には伝わっていないようだった。結局一方的に通信は切られた。

これは一体どういうことなのだろうか。女神の言っていたことを思い出した。僕の身体を新しい環境に適応できるように作り替えておく、と。この世界の耳や口では地球の言語を聞いたり話したりすることができないということなのだろうか。ならばテレビ通話で、と考えたが、さすがにこの姿を向こうの人の目にさらすのはまずい。じゃあメールかラインしかあるまい、と早速送信してみた。こちらは見事に通じた。両親と彼女に連絡を取る。彼女はあの事故で足の骨は折ったが大事には至らなかったようだ。行方不明になった僕を心配して連絡を送りつづけていたが、こちらのスマホにそんな形跡はない。連絡はこちらからの一方通行だということだろうか。俺の連絡への返信だけできるようになっているのか? 都合がいいのか悪いのかわからないな。今どこにいるかは説明できないが、いずれ帰るから心配しないでくれ、と両親と彼女に伝えてそれ以上の通信はやめた。途端にふっつりと向こうからの返信が来なくなる。ラインは既読すらつかない。仕様がよくわからん。

女神が言っていた情報と武力、どちらも兼ね備えた道具とはスマホのことなのだろうか。情報はわからなくもない。手に入るのは元の世界の情報だけでこの世界のことは全く分からないが。じゃあ武力ってなんだ? スマホの画面をいじくる。ダウンロードされたアプリが大量に画面に並んでいる。ケチな性分で、役に立ちそうと思ったらなんでもダウンロードし、無料でも消すのがもったいないと感じるので全部見るのはめんどくさい。が、アプリを一つ一つ確認していくと、見覚えが全くないアプリを一つ見つけた。アプリ名を確認する。

『NEW CLEAR ガジェット ver1.3』

アプリのマークには見覚えがあった。

「……そっかぁ……」

明日起動してみるか、人気のない場所で。最悪、この村もろとも吹き飛ぶかもな。と思いつつ、寄る眠気の波に任せて瞳を閉じた。


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