帰りたい、元の世界に
「さて、あんたたちはあれだ、俺と同じく地球からやってきたってことでいいんだよな」
ここは公宮の一室、物々しい装飾の施された椅子に座るばくたちに彼は語りかけてくる。やはり外で聞いた時と同じように、発音が流暢で、ぼくとカティよりもずっと長い間この世界にいるように感じられる。
「その通りです。私たちはこのスマートフォンを頼りにずっと元の世界に戻る方法を探してきました。ここはこの尋常ならざる世界で一番の大都市と聞いています。何か心当たりはございませんか」
カティが早口に言う。彼はなだめるようにカティに手のひらを向ける。
「まあまあそう急きなさんな。こちらとしても元の世界の住人と会うのは初めてでね。じっくりと話がしたいんだ、いろいろと。まずは自己紹介からさせてくんな」
彼は椅子からすっと立ち上がり、ぼくたちに向かって、海外のショーマンが行うような右手を添えたお辞儀を見せつける。
「俺の名前はダニエル・クロケット。こっちではクロックと名乗ってる。元はアメリカのニューヨークに住んでた。今となっちゃ本名も国籍も関係ねえ話だが、よろしくな」
胸がきゅっと引き締まるような心地だ。彼の言い方は、まるで元の世界に二度と帰れないような言いぐさではないか。その不安が口をついて出てしまう。
「関係ないっていうのは……もしや元の世界に二度と帰ることはできないってことなんですか?」
ぼくの隣でカティが苦しそうにのどを鳴らすのが聞こえる。
「いや、帰れるよ」
え、とぼくとカティは同時に頓狂な声をあげてしまう。
「うーん、この話はもっと後に回したかったが、言わねえとあんたら二人落ち着かなさそうだな。とりあえず、名前だけでも聞かせてくれよ」
「須磨 宏作。日本人」
「カティ・テレジア。イギリス人です」
「そうかいそうかい。日本人にイギリス人。島国の文化や教育ってのを是非ご教授願いたかったが、それはかなわなそうだ」
もったいぶった態度。カティが苛立たしそうに足を揺する。
「私は一刻も早くこんな恐ろしい世界から脱出したいのです! からかおうとでもいうのですか? もしやあなたはあの……自ら女神を騙る……忌まわしきものの手先なのですか?」
ダニエルの印象についてはもっともだがカティはカティで興奮しすぎだ。まあまあ落ち着いて、とぼくがなだめる。
「なんだい、そっちのお嬢ちゃんはけっこう信心深い方なのかい」
「シスターさんだそうです」
「なるほど承知した。ある意味ではお嬢ちゃんの言う通りなのかもな。君らも同じみたいだが、俺はこっちに来るときにこの世界の女神さんとはお会いしたし、つい先日も話をした」
「つい先日? どこで?」
唾を飛ばす勢いのカティの言葉。
「この公宮の中だよ。ちょうど中央に小さな湖があって、『女神の湖』って呼ばれてた。この世界の創造主の住むところなんだってよ。普段は入れないそうなんだが、名前が名前なもんで気になってこっそり侵入した。そこで出会ったんだよ。その件の女神さんに」
「どうしてそれが女神だと?」
「なんというか、雰囲気? オーラ? よくわからんが、脳が理解するんだよ。人智を超えた存在だってことを」
にわかには信用しがたい言葉ではある。
「よかったら行ってみるか今夜にも。その湖に」