セピアさんのお店
セピアさんは三話初登場です
……気持ちいい。
おでこがひんやりする感覚がある。周りでバタバタする音が聞こえるし、誰かいるのだろうか。
「圭さん、お気づきになりましたか?」
目を覚ました僕に声を掛けてくれた女性はセピアさんだった。彼女は状況が飲み込めない僕に優しく説明してくれる。
「神藤さんが御三方を運んできてくれたんですよ」
そう言ってフフフッと可愛らしく笑いかけてくる。
なんて綺麗な人なんだ。
"女神" この称号が似合うのはセピアさんではなかろうか?
あんな食い意地が張っていて、自分のミスを認めず、挙句の果てには家を作れなんていう無茶を言ってくる駄女神などでは決してなく。
「あの、大丈夫ですか?」
ぼーっとしている僕を心配してくれたのか、不安そうに僕を見つめてくるセピアさん。
その瞳に見つめられると心臓の鼓動が速くなる。
そうか、これが "好き" という感情か!
初めて見かけたときから感じた妙な気持ちはこれだったのか!
「圭さん?」
「あのっ! これを飲んでください!」
「ふえっ!? えっと、これは?」
僕は水で溢れた手を差し出した。
セピアさんなら、運命の人ならばきっとこの水を受け入れくれるはず!
「やめとけ、結果は目に見えている。後が気まずいぞ」
言われてみればその通りだ。僕たちが付き合うことになったらみんなとは気まずくなるかもしれない。
「振られたあとは特にな」
何を言っているんだ、こいつは?
そんな思いを抱き神藤君を一瞥する。
「どうして『何を言っているのか分からない』みたいな顔ができるんだ、お前?」
そう言って流れるような動作で僕の手の水を寝ている二人にかける神藤君。
「──ッ!!」
「冷たっ!」
会ってまだ一日の人にこんな鬼畜行為が出来るなんて……
この男に対する評価を改める必要があるようだ。
セピアさんはというと、少し引きつった笑みを浮かべていた。
なに、あんな行為を見せられたら誰だってそういう表情になるに決まっている。
決して僕の告白とのダブルパンチとかではないはずだ。
「あれ、サリアたちは?」
変にフラれてしまうのも困るので話題を変える。
どうやら状況が飲み込めたようで、二人もその答えに興味を持っていた。
「あいつらなら『ちょっと一稼ぎしてくるわ』って言ってギルドに向かっていったぞ」
「なんだ、結局養ってくれるんじゃないか」
「素直じゃない」
「ホンマにや」
なんだ、僕らを見捨てたわけじゃなかったんだ。
安心するとドッと疲れが出てきた。今日だけで色々あったからなあ。
それは他の三人についても同じで、緊張が解けたのか思い思いにリラックスしていた。
「もう夜になりますし皆さん今夜は私の家にお泊りになってください」
………ッ!?
笑みを浮かべて返事を待つセピアさん。
これが大人の余裕ってやつなのか!?
「えっ!? いや、そんな、でも。若い男女が一つ屋根の下でなんて、そんな……」
「ああ、お言葉に甘えて」
「よろしく頼む」
「ありがとうな」
何を言いだすんだ、この男たちは!
こんなにも綺麗な女性の家に泊まるというのにこの反応……
もしかしたら三人は僕よりも年上なのか?
だったらこの対応にも説明がつく。大人の男性はこの程度では決して動揺なんてしないだろうし。
「そういえば三人は何歳なの?」
「「「17歳」」」
……チクショウッ!!
☆
「ただいま帰ったわよ~」
「……竜二『おかえり』って言ってほしい」
「疲れちゃったよ~」
「ちょっと飲みすぎたかも」
帰ってきた女性陣が次々にセピアさんのお店に雪崩れこんでくる。
どうやらギルドに行った後どこかで飲んできたようだ。
僕らは必死に働いている(バイトではなく手伝いとしてだけど)というのにこの人たちは!
「はいはい、近くにセピアさんの家があるからそこまで行こうね」
セピアさんは『自由に出入りしてくださいね』と言ってくれたので問題はないはずだ。
『ちょっと看病をしてくるね』
そう言って席を立とうとした僕の肩を三人が一斉に掴んでくる。
「いやいや、ここは俺が行こう。井上に酔っぱらいの看病の仕方なんて分からないだろう?」
「俺が行く。女のことなら俺に任せろ」
「いや、ウチが行く。今は女の姿やし、野蛮な男より彼女らも安心やろ」
「いや、ここは人畜無害な男として有名な僕が適任だ!」
ぐぬぬ……やはりこいつらも狙っていたのか
実はというと、僕たちは店の手伝いとして商品用の動物の解体をさせられていた。
セピアさんには恩があるので断れなかったのだが……
「三人はまだいいじゃないか! 僕なんて実際に動物たちを殺してるんだよ!? まさかあの骸骨があんなにも可愛らしいウサギ(に似た生物)だなんて誰も思わないじゃないか!」
檻にいるウサギ(角付き)を指差していう僕。だが、彼らもコレくらいでは折れてくれない。
「何を言ってやがる、俺なんて内臓取り出してんだぞ! もう生暖かい感触がこびりついて取れねえんだよ!」
「皮を剥ぐのがどれだけ酷いと思っている……」
「ウチかてそうや! 徐々に冷えていく体を触るのがどれだけ悲しいことか分かるやろ!? しかもこの子達が晩ご飯やなんて……」
各々思うことはあるようだが、このままじゃ埒があかない。
くそ、何かいい方法は……そうだっ!
「じゃあ、簡単なゲームで決めようか」
「ゲームだと?」
「うん。ウサギを檻から放って多く寄ってきた人の勝ちっていうゲーム、簡単でしょ?」
「ああ、悪くないな」
「分かりやすい」
「よし、いっちょやったろか」
「よし、じゃあ檻を開けるよ」
3、2、1 開門ッ!!
ウサギたちは一直線に駆けてくる。それはもう一生懸命に。
僕たち……の背後にある森に向かって。
「ああっ! どこにいくの!? やめてっ! お兄さんを困らせないでっ!」
「まさに『脱兎のごとく』だな。《檻を開けたのは井上》」
「言い得て妙《ゲームを提案したのは井上》」
「散々仲間を殺されてたしな、逃げるのは妥当やろ《キッカケを作ったのは井上》」
マズい! セピアさんが様子を見にくるまでになんとかしなくては!
「ねえ、三人とも。僕たち同じ境遇の仲間だよね?」
「……触るな」
「反吐がでる」
「馴れ馴れしいぞ」
「ねえ! 僕はまだそこまで汚れてないよ!?」
「あらあら、どうなさったんですか?」
突然の声に驚き振り返る。声の主はもちろんセピアさんだ。
「ああ、なるほど。そういうことですか。」
辺りを見渡して状況を把握する彼女。
顔は笑顔のままだけどその眼は決して笑っていない。
「もう店じまいですし、彼女たちは私が看病してきますね。皆さんでお店を片付けておいてください。みなさんで、ね」
「「「……ハイ」」」
こいつら、『なんで自分たちまで』みたいな表情をしていた。
いつかキッチリと決着をつけなくては……
その前に先ずはセピアさんの怒りを乗り越えなくてはならない。
長い夜になりそうだ。