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オオカミ姫の守護騎士  作者: オガタカ
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第一七話

 外では小鳥たちが騒ぎ立てている。障子から差す朝日に照らされて駆は小さく呻き、頭に布団を被ったが、しばらくしてのっそりと起き上がった。

 駆は枕元に置いてある時計を手に掴む。

 時計は六時を指していた。駆はそれを見て首をすくめる。


「やっぱり駄目か。全然眠くない」


 昨夜、様々な事がありすぎた為、駆が床に就いたのは明朝と言っても差し支えない午前の四時頃だった。疲れ果て、布団に入った瞬間、いったんは意識を手放した駆だったが、憎むべきはこれまで培った生活習慣。

 駆は就寝してから約一時間……午前の五時に目が覚めてしまっていた。

 身体にはまだ疲労感が残り、休息を求めているのに、意識はハッキリとしてしまっている。

 一時間程、布団の中で意識を手放そうと努力をしていた駆だったが、一切眠気を感じなかった為、諦めて起きたのだった。


「腹も減ってないし……こうなったら開き直って、運動でもするか」


 駆は布団を畳み、シャツに着替えると、壁に立てかけてあった刀を手に持って廊下に出た。

 エレナはまだ起きていないのだろう。隣の部屋からは物音ひとつしない。


「昨夜は疲れただろうからな。ゆっくりと寝ればいい」


 駆はひんやりと冷えた玄関の扉を開けた。

 眩い光が駆の顔を照らし、反射的に駆は手をかざす。


「二三八、二三九……」


 そして隣の家からは未来が素振りを数える声と、素振りの時に発生する風切り音が聞こえてきた。


「おはよう、姉さん」


「おはよ、駆君」


 駆が庭に出て壁の向こうで素振りを行っている未来に声を掛けると、壁の向こうから未来の声が返ってくる。


「今日も駆君は素振り?」


「うん。まぁ……そんなところかな」


 家を仕切る壁によって未来からは見えないが、駆が今持っているのは竹刀や木刀ではなく真剣だ。ただその事を未来に知られるわけにもいかず、駆は言葉尻を濁すように話す。

 だが未来はそんな駆の口調に違和感を持たなかったのか、朗らかな笑い声を上げた。


「前まではそんな稽古熱心じゃなかったのに……エレナちゃんの影響かな?」


「あはは……そうですね」


「剣道の大会で優勝してくれ……って言われたのかな?」


 その声音にはどこか楽しんでいるような雰囲気が含まれていた。

 どうやら未来は、自分がエレナに良いトコロを見せようと朝の修練を行っていると思っているようだ。

 本当はいつ襲ってくるか分からない研究所……異能デュナミスなどという超常の力を操る人工妖魔からエレナを護るために、行っているのだが、未来がそう勘違いしてくれているのであれば、わざわざ本当の事を言う必要もないだろう。


(そもそも、本当のこと言っても信じてもらえないだろうな)


 駆が苦笑したその時、未来の母親が未来を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ゴメン、駆君。今から朝ご飯みたい」


「分かりました」


「えーと……駆君。午後に道場を使わせて貰ってもいいかな? 今日は学校開いてないから――……」


「いいですよ。じゃあ、門は開けておきますね」


「良かった、あと二ヶ月で最後の大会でしょ。自主練習するところが無くて、困っていたの。それじゃあ、また後でね」


 そう言うと未来は砂利の音を響かせながら家へと帰っていった。

小さくなってゆく足音を聞きながら、駆は手に持った刀を鞘から抜く。その刀を正眼に構えると踏み込んで切りつける動作を、最初はゆっくりと、そしてだんだん早く繰り返した。

 右からの袈裟斬りと左からの袈裟斬りの動きを二、三百回ほど繰り返したところで、肩が重くなるのを感じ、駆は刀を下ろした。

 多少運動をした成果なのか、軽い空腹も感じる。


「こんなモノか。朝食でも作るかな……ん?」


 刀を鞘にしまい、家に戻ろうと足を向けたところで、ふと駆は昨夜のことを思い出す。

 昨夜、自分は研究所に向かおうとしたエレナを止めるため、この庭で本気に近い戦闘を繰り広げた。あの時は周囲に気を配る余裕などなかったが、今思えば、自分とエレナは真夜中に大きな叫び声を上げていたのだ。

 酷い近所迷惑に違いなかったのは間違いないのだが、先ほど未来はその事に一切触れてこなかった。


「俺とエレナに……気を使っているのか?」


 しかしそれにしては未来の話しぶりに遠慮した様子や、言葉を選んでいるような様子はなかった。


(……ってことは、気付いていないのか? あんなに騒々しかったのに)


 駆は未来の家の方を見て首を傾げる。


「まぁ、近所迷惑になっていないのなら……いいか」


 駆はそう呟いて家に入った。





 軽くシャワーを浴びて、駆は朝食をつくる為にキッチンに立つ。


「エレナと平八の分も作っておくか……」


 すでに時間は朝の八時になっているがエレナと平八はまだ布団の中だ。

 駆はトーストを焼いている間に、引き出しに入れていたツナ缶とジャムを取り出した。

冷蔵庫の野菜室に入れてあったレタスやトマトを切って小皿に並べる。その上にマヨネーズを和えたツナを置き、簡単なサラダを作った時、リビングに置いていた携帯電話が鳴り響いた。


「……凛音?」


 ディスプレイに表示されている名前を見て、駆は手を伸ばす。


「はい、桜木です」


 駆はゆっくりと電話に出た。

 脳裏に浮かぶのは昨夜、エレナを襲ったヴォルフラムという男に銃を向ける凛音の姿。そして自らが人間ではなく、研究所に所属する人工妖魔メーデディアボロスという存在で、自分が駆を見守る命令を上司から受けていると、駆とエレナに告白した光景だった。

 駆とエレナに関係がある限り、研究所はエレナに手を出さないと言っていた凛音だが、凛音は研究所の職員だ。今は敵ではないようだが、今後の展開によっては凛音も敵になりうる。

 それだけに凛音も自分たちに対して慎重に交際するだろう。

そう配慮して駆は慎重に口を開く。しかし――


『もし、もーし! おはよう、駆!』


 電話から聞こえてきたのは、いつも通り……いや、いつも以上にテンションの高い凛音の声だった。


「…………ぇ?」


『ちょっと? おーい駆、聞こえてるー?』


 想像の斜め上を行く凛音の様態に駆は言葉を失う。

 しばらく放心していた駆だったが、凛音の呼びかける声に現実に戻った。


「あ、ああ……聞こえてる。何か用か、凛音?」


『良かった。昨日のことがショックすぎて、寝込んでいるんじゃないかと思ってたんだけど、それなりに元気そうだね』


「そうだな。……それなりには元気だ」


 駆の顔に苦笑が浮かぶ。駆の返答に、電話の向こうからは凛音の陽気な声が聞こえてきた。


『エレナちゃんも引きとめに成功したみたいだし……万々歳ってところかな?』


「まあな。……でもなんでエレナを引き止めれたって知っているんだ?」


『それは内緒。ところで、駆は今から時間空いてる?』


「今から……か。朝食を食べてからなら、空いているけど」


『オーケー。それでいいわ』


 話を変えられたことに、心の中で疑問を浮かべながらも駆はそう答える。

 凛音は頷いたようだ。


『なら、ご飯を食べたら昨日の公園に来てもらえる? そこで話をするから』


「あの公園か……大丈夫なのか?」


『ん? 何が?』


「いや……その公園のベンチを俺が潰したからさ」


 昨夜の公園……ヴォルフラムとエレナが戦いを繰り広げたところ。そしてエレナを助けるためとはいえ、自分は公園のベンチを壊した。あの公園は多くの人々が集まる公園だ。

 下手をしたら、警察に通報などという事になっているかもしれない。

 だが凛音はそんな心配をよそに笑い声をあげる。


『なんだ、そんなことか。公園に来たら分かるよ。なら、公園で待ってるね』


「あ、おい! ……切れやがった」


 含むようにそう言う凛音を駆は引きとめようとする。しかし凛音はすでに電話を切っていた。


「一体何だったんだ? とにかくあまり待たせないようにしないとな」


 そう呟いて、駆はこんがりと焼けたトーストを取り出しジャムを塗る。

 昨日、あんなことがあったのだ。凛音だって無駄な事で自分を公園に呼んだわけではないだろう。もしかしたら自分とエレナの今後に関わる重要な話なのかもしれない。

 駆は熱いコーヒーと一緒にトーストを流し込むように飲み込むと、席を立った。一瞬、昨夜から放置している食器のことが頭に浮かんだが、帰宅した時に一緒に洗えばいいだろう、と流し台に使った食器を置く。


「あ、エレナと平八の分の朝食もあるって伝えないとな」


 駆はメモ帳を千切ると、冷蔵庫の中にエレナと平八の食事が置いてあることを書いて、テーブルに置く。エレナが日本語を読む事ができるのかは疑問だが、あそこまで話すことができるのなら、たとえ読めなくてもある程度の内容は理解してくれるだろう。

 メモを置いた駆は外出の準備の為に、洗面所へと向かった。


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