第一〇話
「はぁ……涼しい」
「うむ。初夏と言えども、今日は特に暑いな」
六月特有のジメジメと身体にまとわりつくような暑さの中、桜木学園の制服を扱う店がある夜坂商店街の被服屋に足を踏み入れた凛音は、店内に効く冷房に頬を緩めた。
エレナも不快な暑さから解放され、心なしか頬を綻ばせると、店内に飾られている夜坂市内の学校の制服を珍しげに眺める。
「ほう……駆と凛音が着ていた制服以外にも、様々なものがあるのだな」
「まあな。夜坂市には五つ程、高校があるからな。例えばその学ランは公立夜坂高校の制服だな」
駆が入り口から身近な所に展示されている黒の学ランに視線を向けながら話すと、エレナは納得したように「なるほど」、と呟いた。
「さて、店の人は……と」
駆はそう言うとあまり広くない店内を見回す。すると駆たちの気配を感じたのか、店の奥から髪を団子にまとめた中年の女性が現れ、人当たりのよさそうな笑顔を見せた。
「いらっしょいませ。どのようなご用件ですか?」
「実はこの娘が桜木学園に転入するので、制服を見繕うと思いまして」
駆はそのままエレナをおばさんの前に押し出す。おばさんはエレナと駆の顔を交互に見ると、何かを思い出したかのようにポン、と胸の前で手を打った。
「もしかして、貴方が桜木理事長さんの甥っ子さん?」
「はい」
駆が頷くと、おばさんは「やっぱり」、といったように頷く。
「話は理事長さんから聞いているわ。早速制服の採寸をしましょう……と言いたいのだけれども……」
そこまで言って、おばさんは困ったように首に手を当てた。
「タイミング悪く……アルバイトの娘が買い出しに出ていてね。私一人で採寸もできるんだけど、ちょっと時間がかかるのよ」
「人手が足りないってことですか? それでしたら大丈夫ですよ」
おばさんの話を聞いて、駆はクーラーの前で気持ちよさそうに冷風を浴びている凛音を見て、口を開いた。
「凛音……アイツが手伝います。アイツは制服の採寸を手伝うためについて来てくれたんですから」
「あら、そうなの?」
「はい」
「きゃっ? ちょ、駆、何処掴んでッ?」
そう言って駆は凛音の首筋を掴んで、おばさんに差し出す。
凛音はしばらく抵抗をしていたが、
「なら、デザートは無しな」
駆のその一言で動きを止めると、恨めしそうに後ろの首筋を掴んでいる駆を見上げた。
「分かったわよ。ええ、分かりましたとも! あぁ、冷房……私のエデン」
「……お前なぁ」
そんな駆と凛音の様子を見て、おばさんがクスクスと笑う。
「確かに今日は特に暑いものね。でも大丈夫よ、冷房は採寸室にも効いているから」
おばさんは店の奥のカーテンを開く。凛音はそれを見て、エレナの手を掴んだ。
「ならいっか。行こ、エレナ」
「うむ」
「じゃあ、貴方はそこの椅子でしばらく待っていて貰える? 一〇分ほどで終わると思うから」
「はい」
おばさんの言葉に駆は頷き、近くにあった椅子に腰を下ろす。
エレナと凛音はおばさんと一緒に採寸室へ入っていく。その姿を見送って、駆は凛音のバックを地面に下ろし、顔を歪めた。
「全く……何を入れたらここまで重くなるんだ?」
そう呟いて駆は微かに痛む右肩を揉む。
椅子に腰かけ、特に何もすることなく、店内に流れるラジオの音楽放送を聞いていた駆だったが、しばらくしてカーテンの開く音が聞こえ採寸室の方を見ると、中から凛音が出てくる。
そのまま凛音は駆の隣に腰を下ろし、駆は横を向いた。
「手伝いは終わったのか?」
「うん……私にできる手伝いは終わったんだけど――」
そこまで言って凛音は深いため息をつく。そんな凛音に駆は訝しげな視線を向けた。
「どうした?」
「エレナちゃんって……スタイルが良いのね」
「は?」
気の抜けた声を上げた駆を尻目に、凛音は肩を落とし、足で床にのの字を書き始める。
「あのウエストに体重……そしてあの庇護欲を掻き立てられる性格と顔。私もあれほどの外見の持ち主だったら……」
そう嘆息する凛音に駆は顔色を窺いながら首を傾げると、口を開いた。
「……何言ってんだ、お前?」
その瞬間、凛音が目を駆に向ける。そのジトッ、とした目には案の定、といったような諦観の感情が見て取れた。
「はぁ……普通は『そんなことないよ。君は十分可愛いさ、マイエンジェル』……くらい言って励ますものじゃないの?」
凛音の言葉に、駆は苦笑を浮かべると、足もとに置いてあるオレンジ色のエディターズバックを足で小突く。
「普通、天使はこんなクソ重いバックを持たせないと思うな」
「ちょっと! 止めてよ、駆。そのバックの中身は爆発物だからね? そんな扱い方をしたら、ピンが抜けて爆発しちゃうよ」
「尚更、天使が人に持たせるものじゃないな」
凛音の冗談に駆はそう言って、二人で笑う。しばらく笑っていた凛音だったが、ふと笑みを収めると、まじまじと駆の顔を見た。
凛音の行動に駆が疑問符を浮かべると、凛音は「うーん」、と唸った。
「なんか駆って、エレナちゃんが来てから変わったよね」
「……そうか?」
凛音が珍しく真面目な表情で口を開いたことに、内心で驚きながらも駆は聞き返す。凛音は頷き、顎に手を当てて考えるような仕草をした。
「うん。なんていうか……妻に先立たれた老人が、何か生きがいを見出したような感じ?」
「なんだそりゃ」
そう言って駆が笑うと、凛音もつられるように歯を見せた。
そして奥のカーテンが開き、エレナが店のおばさんと一緒に現れる。
「終わったのか?」
「うむ。制服だけじゃなく、靴もリボンもばっちりじゃ」
少し疲れた様子のエレナだったが、駆が声を掛けるとニッ、と笑顔になる。
「採寸は終わったけど、裾とかを調節しないといけないから、出来上がるのは明日になるわ。出来次第、貴方の家に届けることになると思うから、ここに住所を書いてもらえるかしら?」
「分かりました」
差し出された紙に駆は住所を書く。その時、晴樹が言っていたお金のことを思い出し、駆は顔を上げた。
「あの……お会計はどれぐらいになりましたか?」
その言葉におばさんは顔の前で手を振る。
「会計については理事長さんが払うっておっしゃっていましたよ」
「そうですか」
(後でまたお礼を言わないとな)
心の中で駆は叔父に頭を下げる。
住所を書いた紙をおばさんに渡すと、おばさんはその紙を丁寧に折りたたんでカウンターに置いた。
「確かに承りました。明日の午後には持っていけると思います」
「分かりました。よろしくお願いします」
「お、お願いします」
「あ――……また外に出ないといけないのか」
凛音が暑い外を想像したのか、うへっ、と顔をしかめる。
そんな凛音の肩を叩き、店の扉を開けてくれたおばさんに会釈して駆は出て行く。
駆たちが外に出ると、太陽は更に上に上がっており、じりじりと照り付ける日は一層激しさを増していた。その暑さに凛音は襟を摘まんでパタパタと扇ぎ、エレナは手を日にかざす。
駆は腕時計を見て一一時を回っていることを確認すると、凛音のバックを肩で担いで、二人に目を向けた。
「よし、少し早いけどショッピングモールの近くにあるレストランで、昼食にするか」
「待ってましたぁ」
「うむ。了解した」
凛音とエレナは駆の提案を了承する。
三人で並ぶように道路を歩く。研究所の恩恵なのか、夜坂市の道路は私道を除きほとんどが開放的な広い道路であるため、小学生が保護者に「一列に並びなさい!」、と叱られる光景はほとんど見ない。
「昼食を食べたら、家に帰るのか?」
「いいや、次はショッピングモールに行くぞ」
駆は首を横に振る。エレナは顔に疑問を浮かべるが、そんなエレナを見て、凛音はにんまりと笑った。
「エレナの私服を買いに行くんだってさ」
「え?」
エレナの目が丸くなり、足が止まる。駆と凛音も自然とエレナに合わせるように足を止めた。エレナはまず凛音を見て、その後、駆に視線を移す。
「ほら……エレナの私服はそれしかないだろ? そうすると洗濯も大変だし、何より……家の中でシャツ一枚はちょっと年頃の女性としてどうかと」
駆がそう言うと、エレナは家にいるときの自分の姿を思い出したのか顔を赤く染める。
エレナが当惑しているのを理解して、駆は少し気後れを感じながら頭を掻いた。
エレナは唯一の私服であるダークグレーのドレスを洗っている時は、自宅を駆のシャツ一枚を着て歩いている。エレナ本人は気にはしていないようだが、同年代の異性である駆からすれば、そんな無防備なエレナに心配を覚えるのだ。
それに外出時はいつもドレスを着ていくというわけにもいかない。
本人は居候だから、と遠慮するだろうが、駆としては少し無理をしてでもエレナの私服を買う必要があった。
(なんだか……考えることが保護者じみてきた気がするな)
「じゃ、じゃが……」
駆がそう考えて心の中で苦笑していると、エレナは気まずそうに駆から目を逸らして、おずおずと口を開く。駆はエレナが口にすることを予測して、先手を打った。
「言っておくけど……凛音を連れてきた理由の一つは、エレナの私服を一緒に見てもらうためなんだけどな」
「む……むぅ」
駆が腕を組みながら放った言葉に、エレナが言葉を呑む。
私服を買うと言っても、エレナが遠慮することは明らかなことだった。駆一人ではエレナは強引に言わない限り、頑なに首を横に振り続けるだろう。
しかし凛音がエレナの私服を選ぶためにわざわざ付き合ってくれていると言えば話は別。
エレナは付き合ってくれた凛音の気持ちを無下にすることは出来ない。
「卑怯な男だね」
駆の考えを理解したのか、凛音が駆の肩を小突く。駆は意図的に無視をすると、顔をエレナに向け、笑みをこぼした。
「さあ、昼食を食べに行くぞ」
少し小洒落たレストランで昼食を取り、駆たちはショッピングモール内にある衣料品を取り扱うチェーン店に入った。
流石に女性の下着を取り扱うエリアに入ることはできず、駆はエレナのことを凛音に任せ、男性服のコーナーに置かれた椅子に座って待っていたのだが、
「……遅いな」
そう呟いて、駆はまず腕時計を、そしてエレナたちのいる女性服売り場を見る。
エレナたちが服を選びに入ってすでに一時間。女性の買い物に時間がかかるとは知っていたが、正直ここまでとは思っていなかった為、駆は困ったように携帯を取り出した。
駆が凛音にメールを送ろうとしたその時、初期設定の時のまま変えたことのないメールの着信音と共にディスプレイに凛音からのメールを知らせる表示が出た。
『至急、試着室へ! (”ノωノ)』
駆はその画面をしばらく見つめ、やがて困ったように眉をしかめて、足もとに置いた凛音のバックを持って立ち上がった。
そのまま駆は女性服売り場の奥にある更衣室へ向かう。
更衣室の前では凛音が、エレナが入っているのであろうカーテンのかかった部屋に頭を入れて、何やら話し込んでいる。
「のう、凛音。この服じゃが……少し変じゃないか? スースーするのだが」
「これはカジュアルだよ、カジュアル! 全然変じゃないよ」
「おい、凛音」
「か、駆ッ?」
凛音の後ろに立って声を掛けると、カーテンの中からエレナの慌てるような声と衣擦れの音が聞こえ、凛音はカーテンから頭を抜いて駆に笑顔を向けた。
「待ってたよ。今、エレナが着替えたから、感想を聞かせてほしいんだ」
「感想って……俺はお前みたいに口が上手くないぞ」
「そんなの思ったまんまに言えばいいの! さあさ、オープンしますよ」
「ちょ、凛音! 儂はまだ心の準備が――」
「ざんねーん、私には何も聞こえませーん」
凛音の言葉に駆は呆れ声で答えるが、凛音は構うことなく更衣室のカーテンに手を掛ける。悲鳴交じりのエレナの声が聞こえたが、凛音は人の悪い笑みを浮かべると、バッ、と手にしていたカーテンを開いた。
「…………」
その瞬間、駆は言葉を失った。更衣室の中にいた恥ずかしげに俯き頬を染める少女は、駆の知っているダークグレーのドレスを着たエレナではなかった。
トップスにデニムシャツを着ており、その裾を意図的にヘソの上で結ぶことによって、エレナの細いウエストが強調されている。エレナの胸元、デニムシャツの下には薄い黒のショート丈シャツが見えた。
ボトムスには上半身と同じようにデニムのショートパンツを穿いていて、見る人に活動的、気軽な印象を与える。確かに凛音の言ったように、カジュアルなファッションだろう。
「ほら、感想は?」
「あ、ああ……」
凛音の声でハッ、と我に返る。エレナはその間も、駆の様子を窺うように上目遣いで見上げている。
駆は小さく咳払いすると、エレナに向き直った。
「その……いいと思うぞ。似合っている」
「そ、そうか……それなら良かった」
「駄目な男ねぇ。そこはもっと、エレナ愛してる。エレナ結婚しよう……ぐらい言いなさい」
「こういうのは初めてなんだよ。……てか、それは激しすぎないか」
「女の子を褒めるときは、口に油を塗ったぐらいがちょうどいいのよ」
女性の外見や服装を褒めたことがない駆は、エレナの服の感想を聞かれて、しどろもどろに答える。そんな駆の言葉にエレナは戸惑いながらも嬉しそうに微笑みを浮かべたが、凛音はため息をついた。
凛音の言葉にそういうものなのか、と半信半疑で納得しながら、駆はエレナのコーディネートをした凛音を見る。凛音にファッションのセンスがない、と思ったことはなかったが、まさかここまでセンスがあるとは予想していなかった。
すると駆の言おうとしたことを理解したのか、凛音は肩をすくめた。
「別に私の意外な才能……てわけではないわ。素材が良かったのよ」
「それでもここまで可愛くなるとは思ってなかった」
そう口にして、駆は慌てて付け足した。
「いや、エレナは普通でも十分可愛いよ」
「う、うむ……お世辞でも嬉しいぞ」
「意識せずにそんな発言が出る駆は、天性の女殺しね」
エレナは更に顔を赤らめ、カーテンを閉める。凛音は頬を引きつらせ、片手を腰に当てた。
「エレナだったら、外見もスタイルもいいから、何を着ても似合うわ」
「それは……確かに」
凛音の言葉に駆は頷くと共に、周囲を見回す。そんな駆を見て、凛音は僅かに眉を寄せた。
「どうかした?」
「いや、買い物かごが見えないな、と思って……俺を呼んだってことは買い物が終わったってことじゃないのか」
「……は?」
「……え?」
凛音が表情に驚きを浮かべたのを察知して、駆は疑問を漏らす。
凛音はしばらく珍しいものを見るかのように目を細めて駆を見ていたが、やがて首を傾げながら口を開いた。
「えーと……まだ全然終わってないけど。下着も見てないし」
「……マジか?」
「マジよ」
駆の言葉に凛音は淡白に首肯する。駆はそれを聞いて、親指と人差し指で目頭を押さえた。そんな駆を見て、凛音は非難じみた視線を駆に向ける。
「なに? まさか、もう買い物が終わったと思ってたの? え、本気で?」
「だって……制服の時は二、三〇分で終わったし……」
凛音はその言葉にため息をつくと同時に腕を組んだ。
「あのねぇ……制服は学校によって種類が決まっているからサイズを測るだけだけど、私服はそうじゃないの。駆はどうだか知らないけど、女の子にとってファッションは命なの! それを分かってる?」
「す、すまん」
(確かに……俺を基準にしたら駄目だな)
凛音の眼光と強い言葉に、駆は内心でたじろぎながらも謝る。すると、カーテンの奥から、遠慮がちな声が聞こえた。
「すまぬ、駆。儂もできる限り早く済ませるから……」
「いや、凛音が言う事が正しいから、気にしないでくれ。俺はそこらへんでウロウロしておくよ。何かあったらさっきみたいにメールをくれ」
「りょーかい!」
エレナに気を使わせてしまったことを後悔しながら、駆は凛音に携帯を見せながらそう口にすると、凛音は片手を上げて了承する。
駆は凛音とカーテンの閉められた更衣室に背を向け、店を出た。
それから近くの雑貨屋に入り、喫茶店で一息ついて時間を潰した駆だったが、再び凛音に呼ばれたのはもう日も沈み始めた夕方だった。
もうとっくに日は沈み、時刻は夜の八時。駆たちは自宅へと帰る道を歩いていた。昼の暑さの置き土産だろうか。夜道を歩く駆たちの頬をぬるい風が撫でていった。
「あー……お腹いっぱい。デザートもあんなに食べれて幸せぇ」
「うむ。豪勢な食事だったな」
はふぅ、と満足げな息をついた凛音が腹部に触れる。エレナも凛音の意見に頷くと、何の混じりけのない純粋な笑顔を駆に向けた。
「ありがとう、駆」
「満足してもらえたのなら良かった」
駆はそう答えると、先ほど買ったエレナの服が入った紙袋を持ち直した。凛音のバック程ではないが、多くの服が入ったこの紙袋もなかなか重たい。凛音に持たされていたやたら重いバックは、服を買った際に強引に凛音に持たせた。
エレナの買い物が終わり、駆たちが外に出た時にはすでに夕方の六時頃。今から自宅に帰り、食事を作るのも面倒だと考えていたところ、ふと「Sigh」のお客さんの一人がおすすめしていたバイキング料理の店を思い出した。
想像以上に安い値段だった為、満足されない心配もしていたのだが、二人の様子を見る限りそれも杞憂だったようだ。
家に待たせている平八には申し訳なかったが、昨日学校帰りに買ったドックフードを山盛りにすることで許してもらいたい。
「こっちから行くか」
「そうね。公園を通り抜けた方が近いものね」
駆は公園の前で足を止める。自宅に戻るのなら道路を歩いて大きく迂回するより、公園の中を突っ切った方が早く帰れる。
凛音は駆の提案に同意を示す。
しかしその時、凛音のズボンから携帯の着信音が鳴った。すぐに取り出してディスプレイを確認した凛音は、やや意外そうに目を大きくすると、駆たちに向き直って手を合わせた。
「ごめん、ちょっと用事ができちゃった。一緒には帰れないわ」
「そうか……それは残念じゃな」
「分かった。気をつけて帰れよ」
凛音は手を振ると、後ろを向いて携帯を弄る。
「はい、司馬です。どうしましたか、――さん」
凛音が電話をする声を背中で聞きながら、駆とエレナは公園に入った。
(……ん?)
しばらく歩いたところで、身体が何か薄い膜を破ったかのように感じて身体を見る。まるで温度の違う、異なる部屋に入ったかのような……
「風……かな?」
「どうしたのじゃ?」
駆が首をひねっていると、駆が足を止めたことを疑問に思ったのか、エレナが心配そうな顔で聞いてくる。駆は「なんでもない」、と告げて、再び歩き始めた。
「それにしても……珍しいな」
「ん? 何がじゃ」
その呟きにエレナが駆を見上げる。駆は腕時計を見てから周囲を見回した。
「公園に誰もいないのが珍しいんだよ」
この公園は夜坂市の中心部から近い場所にある。夕方は小学生たちが、夜は塾帰りの学生や若者が集まる場所なのだ。駆はこの公園に人がいない光景を見たことがなかった。
「何を言っておるのじゃ、人ならあそこに――」
「ん? ああ、ホントだ」
(あれ? あんな所に人なんていたかな)
エレナが指さした方を見ると、確かに一人の男が自分たちの向かっている方向から歩いてきていた。駆は心の中で疑問に思いながらも足を動かす。
しかし聞こえる足音が自分一つであることに気づき、後ろを振り返ると、エレナが男を指さしたまま固まっていた。
指先は大きく震え、エレナの顔が驚愕と恐怖に染まっていることに気づき、駆はエレナに駆け寄る。
「エレナ? 一体――」
「ば、馬鹿な。あり得えぬ……なぜ」
駆の問いかけにも答えず、エレナは焦点の定まらない目でただ呟く。そして――
「はっ! 気に食わねぇが、朝美の言った通りか。この公園で待っていたのは、正解だったみたいだな」
すぐ後ろから野太い男の声が聞こえて駆がとっさに振り向くと、目の前にはくすんだ金髪を短く刈り取った図体の大きい白人が、誰が見ても背筋を凍らせるような獰猛な笑みを浮かべて立っていた。
今後は毎週火曜、金曜日に投稿を行います。
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