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揺らす幼女

 模擬戦前日の夜、日もとっくに沈んだ丑三つ時に、マツリは一人ぶらついていた。


 「……ったく、オレは抱き枕じゃねぇっての」


 模擬戦の不安で眠れないとわめくリルカを渋々部屋へ受け入れたのが運の尽き。

 さっさと寝付いたリルカに眠ったまま散々弄ばれ、とても寝ていられる状況ではなかった。


 と、マツリの鼻孔へ妙な匂いが届いた。

 寝静まった深夜には似つかわしくない、かぐわしい食事の匂い。

 導かれるように進んだそこは、食堂の裏手にある小さな空地。


 「お前、こんな所で何してんだ?」


 相変わらず軍服姿のグロイスが、一人で地面に落ちた石の上に直接座っていた。

 やけに姿勢の正しい軍人がぽつりと座っているのは、どことなくシュールである。


 「夕飯を、食べていたんです」


 疑問顔のマツリへ、グレイスはにこりともせず語る。

 言葉通り、グロイスの膝上には食堂で使われている木のトレーが置かれており、その中に食事の入った食器が並べられている。


 「食べるんなら、食堂で食えばいいじゃねぇかよ」


 「私が食堂に行くと、皆さんが不快に思われますから」


 自嘲気味な語り草に、無言で顔をしかめるマツリ。

 それを察したのか、グロイスは半ば呆れた様に言葉を足した。


 「貴方は、私がどんな存在か認知していないようですね」


 「……確かに良く知らねぇが、要はただの噂だろ? 気にするこたぁねぇじゃんか」


 鈍いマツリでも、『死神』がグロイスのことを指していると分かっていた。

 だが、それがどうしたというのだ。

 昔何があったとか一々気にするのは性に合わないし、そんなことを考えるのも面倒である。

 

 「私は、死神ですから」


 マツリの想いを知ってか知らずか、グロイスは無感情に言い切る。

 まるで表情の無いその顔は、もう絶望などとうに通り越しているようで。

 マツリは、何と声を掛けていいか分からなくなっていた。


 「それでは」


 グロイスは黙礼すると、いつの間にか空になった食器を抱えて去っていった。


 「お、おい!」


 慌てて呼び止めるが、闇夜の中にグレイスの姿は無く。

 

 「ったく、何なんだよ……」


 言いようのない苛立ちと共に蹴り上げられた小石が、夜の闇に消えていく。

 悶々とした気持ちを抱えたままでは、さっぱり寝付ける訳も無く。

 結局、マツリは一睡も出来ないまま朝を迎えていた。


                         ※


 そして迎えた模擬戦当日。幸い天候に恵まれ、空には雲一つない。

 基地近くにある山林を利用した演習場は、薄暗く起伏の多い難地形である。

 模擬戦の形式は、基本的な陣地戦。それぞれ演習場の対角線上に本陣を設定し、本陣の中に設置された旗を奪取された部隊の敗北となる。


 演習が始まって十数分後。

 リルカは、全速力で走っていた。


 「まずは一人、確実に仕留めるぞ!」


 「追え、追えー!」


 たった一人で逃げ惑うリルカの後方からは、完全武装した兵士達が必死の形相でリルカを追っている。


 「こ、ここまでは作戦通り、だもんね」 

 

 山中を無我夢中で走りながら、リルカは先日の作戦会議を思い出す。


 「無理無理、絶対に無理! 二百人を一人で惹き付けるなんて」


 囮役の話を聞いたリルカは、反射的に拒絶していた。

 模擬戦とはいえ、相手は熟練の解放軍兵士なのだ。

 新米の自分が、容易く逃げられる相手ではない。


 「実際には相手も警戒しています、貴女一人に全ての軍勢が向かうことは無いでしょう」


 「ほ、本当?」


 「ええ、せいぜい百二十から三十人程度かと」


 「それでも多いよぉ!?」


 生まれかけた僅かな希望が、笑顔のネローヌに打ち砕かれる。

 昔からそうだったが、ネローヌには結構底意地が悪い部分がある。

 優しく無理難題を押し付けられたのも、一度や二度ではない。


 「これは、貴女にしか出来ないことなのです」


 渋るリルカへ、ネローヌは感情に訴えかけるように畳みかける。


 「わ、私にしか」


 「誇り高き人狼族の力、期待していますよ」


 ネローヌは、的確にリルカの琴線へ触れていた。

 穏やかな性格のリルカが解放軍に参加したのは、部族のことがあったから。

 そこを言われてしまっては、断るのも難しい。


 「分かった、頑張るからね!」


 あの日、窓から差し込む夕日に照らされる中。

 返答を待三人の前で、リルカはきっぱりと宣言したのだった。


 「って言ったけど、やっぱり怖いぃ!」


 ネローヌの予想通り、敵方は兵を三つに分けて進行していた。

 兵力の三割を本陣を守る守備隊とし、六割を本隊として中央を進行、残りの一割は不測の事態を想定した別働隊である。

 この三つの内、リルカは狙い通り本隊と遭遇していた。

 敵兵を発見した瞬間、リルカは一度も交戦せず、振り返ることも無く走り抜けた。

 あまりに躊躇の無い逃げ方に、追う方の兵士も少し困惑する程であった。

 足場の悪い山中でも全く衰えないその健脚は、まさに人狼族の面目躍如といえる。


 「も、もう少し、だよね」


 ネローヌの作戦通りなら、そろそろ目標地点が見えてくる筈だ。

 折れかけた心をどうにか鼓舞しつつ、リルカは自身の全てを出し尽くして走り続ける。


 倒木に腰掛けていたマツリは、俄に騒がしくなった山中の様子に表情を険しくする。


 「集まって来やがったな……」


 リルカがおびき寄せた敵を、マツリが一網打尽にする。

 単純だが、マツリの力を鑑みれば最も有効な作戦だろう。

 おもむろに立ち上がったマツリの脳裏で、出陣前に交わしたネローヌとの会話が過る。


 「理解されていると思いますが、これはあくまで模擬戦ですので……」


 「やり過ぎるな、ってことだろ? 分かってるよ」

 

 自分達の実力を認めさせる為とはいえ、何事にも限度はある。

 今日求められているのは、あくまで模擬戦としての戦果。


 「あのときはああ言ったけど、生憎今日は機嫌が悪いんでな」


 ――私は、死神ですから


 「気に入らねぇ……」


 耳の奥で疼くように木霊するのは、昨日グロイスが発した言葉。

 あの辛気臭い顔を思い出す度に、むしゃくしゃした苛立ちを覚える。

 兵士達に罪は無いが、溜まりに溜まったむかつきは、一度解消しなければ気が済まない程になっていた。


 「マツリちゃん、後はよろしくぅー!」


 そんなマツリの隣を、リルカが凄まじい速度で通り過ぎていった。

 リルカの背中を追って、兵士達が雲霞の如く押し寄せる。

 百人はゆうに超える敵を前に、マツリは不敵に微笑んだ。


 「一気に決めるぜ!」


 雄叫びを挙げたマツリは渾身の気合を込め、両の拳を思い切り地面に打ち付ける。

 瞬間、空気が震え、大地が脈動した。


 「何だ……これは?」


 「大地が、怒っている……!?」


 殺到していた兵士達も、眼前の異変に気付き足を止める。


 「馬鹿な、こんな山奥で津波だと!」


 凄まじい轟音を立てつつ、地面が前方へ連続で隆起していく。

 もし上空から見れば、大地の津波が放射状に広がっていく光景をはっきりと確認出来ただろう。


 「に、逃げっ!?」


 「ぐあぁっ!?」

 

 突如巻き起こった波の速度は、時速にすれば軽く7、80Kmを超える。

 兵士達は為す術も無く、押し寄せる岩石と土の渦に飲み込まれていった。


 「す、凄い……」


 「ってぇ……」


 呆然とした顔を晒すリルカの横で、マツリはしたたかに打ち付けた両手の痛みを耐えていた。

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