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分かり合う幼女

 「ふぅ……」


 長い作戦会議が終わり、廊下に出たマツリは一つ小さな溜息を付く。

 複雑に考えるのが苦手なマツリにとって、小難しい話の羅列は退屈でしかない。

 何だかここに来てから溜息ばっかりだな…… 等とぼんやりした思索を巡らせつつ、再び自室へ帰ろうとしたとき。


 「マツリさん」


 背後から、切迫した表情のネローヌが話し掛けてきた。


 「何だ、まだ会議の続きか?」


 「いえ、そうではなく……」


 珍しく言いよどんだネローヌへ、マツリは怪訝そうな視線を向ける。

 普段の凛々しさはどこへやら、ネローヌは赤らめた顔を俯かせ、照れ臭そうに身をよじっていた。


 「あの、わ、わわ、私の」


 言葉を詰まらせるネローヌへ、言いたい事があるならはっきり言えとマツリが怒りかけた瞬間。


 「私の部屋に泊まっていただけませんか!」


 「は、はぁ!? 急にどうしたんだ――」


 「隊長として、隊員の事情を把握しておくのは当然のことです。その為に、最も手早い手段は同じ釜の飯を食うことだと思うのです。であるからして、今日私はマツリさんを自室に招こうと思い至った訳であります。決して邪な目的などありえないという事を把握して頂ければ幸いです」


 「……お、おぅ」


 驚愕するマツリへ、ネローヌは機関銃もかくやの速度で言葉を放つ。

 その凄まじさは、マツリでさえも反論する気力を失う勢いであった。

 勿論これは方便であり、単にネローヌがマツリと触れ合うのを我慢出来なくなっただけである。

 実際にマツリが目の前にいたことで、ネローヌの劣情は最早自分でも制御できない程膨れ上がっていた。

 今やネローヌの心中は、マツリしか見えていない。 


 「その言葉、了承とみなして宜しいですね!」

 

 「えっ? いや、ちょっ」


 戸惑っている間に、ネローヌはマツリの小さな体をひょいと担いでいた。


 「これ、一回やってみたかったんです!」


 それは、かつてリルカがマツリに行った仕打ちと同じ。

 ネローヌは、あのときからずっとこれに憧れていた。


 「またかよぉぉぉ……!」


 マツリの絶叫が、長い廊下に尾を引きながら消えていく。


 「あれ、マツリちゃんは?」


 二人が去った後、誰もいない廊下を、後から退出したリルカが不思議そうに眺めていた。


                          ※


 「どうぞ、入って下さい」


 ネローヌの部屋は、マツリ達よりも更に上階にあった。

 純白の扉には金字でネローヌの名前が刻まれており、それだけでネローヌが解放軍に占める位置を示している。


 「お、う……?」


 部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、視界に広がった光景を見て、マツリは言葉を失った。

 広さや設備の豪華さなどは、大体予想通り。

 ただの兵士であるマツリ達より数段良いものを使っていても、別段驚きはしない。

 マツリの瞳を見開かせたのは、室内に広がるピンクの空間。 

 絨毯や家具を含め、壁紙すらも桃色に染まっている。

 更に部屋のあちこちには、毛糸で編まれたと可愛らしい人形が十数体程置かれている。

 

 「どうですか、とっても可愛いでしょう?」


 趣味が溢れた部屋を背にし、ネローヌは自慢げに胸を張る。

 高らかな声には、きっとマツリにも気に入って貰えただろうという確信が込められていた。

 が、あまりにファンシーすぎる部屋を見て、当のマツリは若干多少引いていた。


 「好きにしていてください、今お茶を注ぎますね」


 「だったら、さっさと帰らせ――」


 「駄目です」


 踵を返そうとしたマツリだったが、ぴしゃりと制されてしまう。

 マツリは怒るでもなく、すごすごと床に置かれたクッションに腰掛ける。

 本気を出せば無理やり脱出することもやぶさかでないが、その後を考えると面倒で仕方がない。

 事ここに至って、マツリは最早諦めの境地に達していた。


 「マツリさん、好きなお菓子はありますか?」


 「いや、どれもこれも見たこと無いんだが」


 ネローヌが炊事場の奥から取り出したのは、白磁の陶器に並べられた色とりどりのお菓子。

 それぞれに食欲をそそる香りや見た目をしているが、どれもマツリの記憶とは一致しなかった。

 

 「じゃあ、私のお勧めをどうぞ!」


 言うが早いか、机を挟んで座ったネローヌは手に持った焼き菓子をマツリの口へ持っていった。

 これって、いわゆる『あーん』なんじゃ…

 と想像が巡り、マツリの顔が俄に赤らむ。

 その反応が気に入ったのか、ネローヌは次々とお菓子をマツリの口へ放り込んでいた。


 部屋に入ってから小一時間が過ぎ、ようやくマツリも状況を呑み込めていた。


 「お前って、結構ぶっとんだ性格なんだな……」


 「見損ないましたか?」


 「いや、むしろ気に入った。澄ましてるよりよっぽどいい」


 ついさっきまで、マツリはネローヌを底が知れないと警戒していた。

 だが今は、正反対の印象を抱いている。


 「あ、ありがとうございます!」


 感極まった様子でネローヌは立ち上がり、おずおずとマツリへ接近する。


 「あの、さ、触ってもいいですか?」


 体がマツリのすぐ傍まで近づいた所で、ネローヌは戸惑いがちに問いかける。

 しかしマツリの返答を待たずして、ネローヌの手はマツリの髪へ触れかけていた。


 「……勝手にしろ」


 「じゃあ、遠慮なく」


 間髪入れず、ネローヌは背後からマツリの体へ抱き付いた。

 マツリのしっとりとした髪や柔らかな肌に好きなだけ触れて、ネローヌは緩み切った顔を晒している。

 普段のネローヌを知る者がこの光景を目にすれば、あまりの落差に驚愕していただろう。


 「リルカもそうだけど、何でお前等はオレに構ってくるんだ?」


 「何故と言われましても、それは――」


 「可愛いから、ってのは無しだぞ」


 「うぐっ」


 鋭く機先を制され、ネローヌから妙な呻き声が出る。


 その後、暫しの沈黙を置いてから、ネローヌは滔々と語り出した。


 「マツリさんは、自分がお嫌いですよね」


 「……何で分かったんだ」


 思わず漏れ出たマツリの呟きには、微かな驚きが含まれていた。


 「私も、昔はそうでした」


 「お前が?」


 マツリの問いに、ネローヌは無言で頷き返す。

 いつも自信に満ち溢れているネローヌが、かつては自分を嫌悪していたとは。


 「あの日、帝国軍に全てを奪われたとき、私は何も出来ませんでした」


 「そりゃ仕方ねぇって。まだ子供だったんだろ?」


 ネローヌがかつて暮らしていたエルフの都は、解放軍結成当初に帝国軍によって急襲され、ネローヌの両親も命を落としたという。

 その戦いは相当激しいものだったらしく、時勢に興味の薄いマツリでも噂程度に聞き覚えがあった。


 「マツリさんは、幼くとも立派に戦っています」


 オレは色々例外なんだよ、とマツリは言い掛けたが、ネローヌの剣幕に言葉が喉元で止まる。

 恐らく、これは外野がどうこう言える問題ではないのだ。


 「あのときの私には何の力も無く、ただ目の前の惨劇を見ているしか出来なかった。そんな自分が嫌で、私は解放軍に加わったのです」


 口調は次第に熱を帯びていき、ネローヌはマツリの目をじっと見つめ出した。

 澄んだ蒼の瞳が目前に迫り、マツリは思わずたじろぐ。


 「貴女を初めて目にしたとき、私は一瞬で惹かれていました。ですが、それから何度考えても深い理由は分からずじまいで。けれど、こうして貴女と直に触れ合って、その理由が腑に落ちたんです」


 マツリの荒んだ瞳の中に、かつての無力な自分と同じ葛藤を見出していた。  


 「安っぽい同情なんていらねぇぞ」


 「大丈夫です、そちらの事情に立ち入るつもりはありませんから」


 マツリが抱えている苦悩の重さは、ネローヌにとって想像も付かない。

 凄まじい戦闘力だけでなく、誰もが羨む恵まれた容姿までも備えていながら、何を悩むというのだろうか。

 だからといって、マツリを詮索するつもりは無い。

 それを自分が知るのは、本人が信頼してくれるまで待つべきだと分かっているから。


 「変な奴だな、お前」


 悪態を付きながら、マツリはぎこちなく微笑む。

 素性も分からない流れ者にここまで入れ込むなんて、とても名門のお嬢様とは思えない。

 多少呆れつつも、マツリの心中ではネローヌへの警戒心が消失していた。


 「マツリさんに言われたくはありませんよ」


 聞く人が聞けば悪口にも聞こえかねない褒め言葉を受け、ネローヌも苦笑を漏らす。

 いつしかマツリは、ネローヌの腕の中に体を預けていた。

 互いの体温を感じながら無言で安らぐ二人を、笠に覆われた室内灯の、温かくぼんやりとした明かりが照らしていた。

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