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集められた幼女

 ある日の朝、まんじりともしない寝起きの意識で、マツリは一人考えに耽っていた。


 『また会おう、ご同輩』


 脳裏を過るのは、あのとき少年が発した捨て台詞。


 「もしかして、あいつらも……」


 自分と同じ、存在を変えられた人間なのか。

 であれば、あの異常な戦闘力にも、手品のような現象にも説明が付く。

 奴らの後ろには、あの博士がいるのだろうか。

 もしそうなら……


 「マツリちゃーん! 朝ですよー!」


 と、上段のベッドから顔を出したリルカの大声で、思考が中断される。


 「ったく、朝っぱらから騒がしいな」


 小声で不満をこぼしながら、マツリはうっとおしげに寝床から這い出る。


 「えへへ、おはようございます!」


 「おう、早いな」


 マツリが解放軍に入隊して二週間余り、リルカとのやり取りにもすっかり慣れていた。

 他の兵士と何度も諍いを起こし、平気で上官に反抗するマツリでも、リルカ相手には不思議と落ち着いていた。


 「実は、すっごお知らせがあるんですよ!」


 別に誰かが近くにいる訳でもないのに、リルカはこそこそと耳に口を近づける。


 「独立部隊?」


 「はい、ネローヌさんが中心になって、若い兵中心の部隊を作るんですって」


 現在、反乱軍は各地の戦線で苦境に陥っていた。

 軍を構成する兵士に女子供が多いのも、主な戦力となっていた男達が殆ど戦死してしまったのが遠因である。

 この難局を打開する一手として提案されたのが、人員を少数に絞った独立部隊。

 若くして一騎当千とも噂されるネローヌを含め、部隊には選りすぐりの精鋭が集められるらしい。


 「その部隊に、なんと私達が招集されたんですよ!」


 「はぁ? 何でお前が」


 無邪気にはしゃぐリルカに、マツリは不満そうな声を挙げた。


 「どうして疑問符が付くんですか!」


 「いや……だって、精鋭部隊だろ? お前が精鋭って」


 マツリはリルカの顔をまじまじと見つめ、疑わし気な視線を向ける。


 「どういう意味ですか! もう」


 頬を膨らませて抗議するリルカを片手で適当に受け流していたマツリの顔が、不意に険しいものへと変わる。


 「……ちょっと待て、私『達』ってことは」


 部隊に招かれたのは、リルカだけでなく。


 「勿論、マツリちゃんも一緒ですよ!」


 「勘弁してくれ……」


 帝国の奴らと戦うのは大歓迎だが、無駄に目立つのは好きじゃない。

 マツリはこれから訪れる波乱の予感に、深い溜息を付いていたのだった。


                    ※


 次の日、マツリ達は案内の兵士に先導され、真新しい司令部内を歩いていた。


 「どんな人がいるんだろうね!」


 「さあな……」


 楽しげに声を弾ませるリルカに対し、マツリはこれ以上面倒な人間が増えないことだけを祈っていた。


 暫く歩かされて辿り着いたのは、重厚な黒い扉に隔てられた大部屋。

 入り口の脇に立っていた兵士達によって、ゆっくりと扉が開いていく。


 「お待ちしていましたわ、リルカさん。それに……マツリさん」


 柔らかな陽光が差し込む部屋の中央、敷き詰められた絨毯の上に立つネローヌが挨拶を告げる。。


 「はい!」


 「……ああ」


 純粋に喜ぶリルカを一瞥したネローヌは、マツリに意味深な視線を向ける。


 と、物珍しそうに部屋の調度品を眺めていたリルカが、不思議そうに首を傾げた。


 「たった三人だけですか?」


 「いえ、もう一方いる筈ですが」


 「にしても四人って」


 小規模な部隊だと聞いてはいたが、流石に少なすぎるような。


 「部隊の実力は、兵の多少で決まる訳ではありません。そう、帝国が誇る優性部隊のように」


 「それって、この前の」


 その名を聞き、マツリの脳裏に紅い髪の少女が浮かぶ。

 

 「ええ、帝国が誇る精鋭です」


 正式名称は別にあるらしいが、分かり易さの面で敵味方双方からそう呼ばれていた。

 その存在は多くが謎に包まれているが、部隊の殆どが年若い少年少女で構成されているという。

 戦闘力は圧倒的で、たった一人に一個大隊が全滅させられたとの報告もある。

 兵力では勝る反乱軍がここまで追い詰められた遠因でもあり、彼らの存在は兵士達にとって恐怖の象徴だった。


 「じゃあ、私達が集められた理由も」


 リルカの問いに、ネローヌが静かに頷く。


 この隊が設立された背景には、帝国が誇る優性部隊の存在が大きい。

 紅蓮の戦乙女を含め、あちらの部隊にはそれこそ万夫不当の戦士達が揃っている。

 対抗するには、こちらも相応の人員を一点に集中させるしかない。


 「そんな奴らが相手なら、尚更人数が必要なんじゃないのか?」


 「彼らのような規格外の相手を前に、普通の兵士が何人いても無駄でしかありません。故に、こちらも彼らと同じ少数精鋭で事に当たるのです」


 砦の戦いでも、紅蓮の戦乙女一人に反乱軍は為す術も無く全滅していた。

 マツリがいなければ、もっと大きな被害が出ていただろう。

 少数の人員に限られた資源を集中させることで、万の軍にも匹敵する力を発揮させる。

 それが、隊の方針である。


 「ところで、こいつのどこが……」

  

 マツリがリルカについて尋ねようとしたとき、丁度扉がノックされた。


 「どうぞ」


 「失礼します」


 礼儀正しく一礼して入室したのは、軍服を襟までかっちりと着込んだ女性。

 年の頃はネローヌと同じ程度だろうか、女性にしては長身で、程よく引き締まった端正な体型。

 肩まで伸びた銀の髪から、透き通った蒼い瞳が見え隠れしている。

 何より印象的なのは、妖しげな雰囲気を醸し出す紫色の肌。

 日焼けや化粧などでは無く、服の間から見え隠れする首筋までが青紫に染まっていた。


 「初めまして、私はリルカ! こっちはマツリちゃん!」


 初対面の相手にも関わらず、リルカはまるで物怖じせずに話し掛ける。


 「グロイス・ツォレインと申します」


 グロイスは差し出された手を握らずに、重々しい一礼で答えていた。


 「ええと、うん、よろしくね!」


 「はい、よろしくお願い致します」


 「は、はぁ」


 抑揚の無い口調で返答され、リルカの顔に戸惑いが浮かぶ。

 まるで感情の読めないグロイスの受け答えに、流石のリルカも当惑したようだ。


 「これで、部隊の全員が揃いました」


 ネローヌが四人の中心に立ち、高らかに宣言する。

 新たな隊の始まりを、マツリは冷ややかに、リルカは楽しげに、グロイスは冷静に見つめていた。


 「みんな、これから頑張りましょうね!」 


 リルカは、高鳴る気持ちを抑えきれなくなっていた。

 入隊してから数か月、ようやく巡り会った晴れの舞台なのだ、浮かれない方がおかしい。


 「ええ、頑張りましょう」


 しかしネローヌは知っていた、リルカを呼んだのは戦力と見込んでではなく、あくまでマツリとの緩衝役だと。

 そんな感情はおくびにも出さず、ネローヌは笑顔を浮かべる。


 「まあ、それなりにな」


 ネローヌがこの隊へ志願したのは、戦局の打開を願う上層部とはまるで違った思惑があった。

 その為に、八方に手を尽くして隊の人選を任せて貰ったのだ。


 件の人物は、面倒そうに渋い顔をしている。

 しかし当人がどう思っていようと、ネローヌはただ近くにいられるだけで幸せである。


 「微力を尽くします」


 残りの一人であるグレイスは、単純に戦闘力を加味しての選考だった。

 目的への障害と成り得ず、単騎で自身と同等の力を発揮出来る唯一の人物。


 「えいえい、おー!」

 

 気分が最高潮に高まったのか、リルカは思い切り叫んでいた。


 「えっ」


 「はぁ?」


 「……どうかしましたか?」


 突如拳を突き上げて叫んだリルカに、他の三人が困惑した視線を向ける。

 

 「あれ? こういう時って、みんなで一緒に叫んで団結力を高める場面じゃ……」」


 思惑が完全に外れ、リルカはきょとんとした顔で首を傾げる。


 「大丈夫なのか、これから……」


 頭を抱えるマツリの溜息が、しんとした部屋の中へ消えていった。


                      ※


 マツリに倒され、少年によって消えたシェイリス。

 その姿は、ある研究所の医務室にあった。

 包帯をあちこちに巻かれた状態でベッドに寝かされていた


 「お目覚めかな」


 ベッドのすぐ傍に立つ博士の呼び掛けで、シェイリスの瞼がゆっくりと開いていく。


 「ここは……」


 「っ! ママっ! 何でママが!?」


 何故博士が目の前にいるのか分からないのだろう。

 首をきょろきょろと回して、シェイリスは大きく取り乱す。


 「落ち着いて、何があったか思い出せるかい?」


 優しく声を掛け、博士はそうっとシェイリスの額に手を当てた。


 「確かアタシは、裏切り者を始末に行って、それで……」


 意識がはっきりとし始めたシェイリスの顔が、俄に青褪める。

 自分は任務に失敗し、無様に敗北した。

 到底認めたくはないが、動かしがたい事実だ。

 こうしてここに寝かされていることが、何よりの証拠だろう。


 「お願いママ、私を嫌いにならないで! わ、私、頑張るから、今よりもっと! もう絶対失敗しないから、だから――」


 早口でまくし立てるシェイリスの口に指を当てて、博士は静かに言い含める。


 「大丈夫、可愛い子供を見捨てたりなんてしないさ」


 「本当?」


 「ああ、本当さ。今は疲れているだろう、ゆっくり休むと良い」


 「うん、分かった」


 すっかり安心したシェイリスは、再びベッドに戻って穏やかな寝息を立て始めた。


 「いいんですか母さん、あんなに甘やかして」


 と、二人の様子を遠巻きに見ていた人物が、寝ているシェイリスに近付いた。

 それは、あのときマツリの目の前からシェイリスを連れ去った少年だった。


 「おやおや、嫉妬かな。ネロ」


 「からかうのはよしてください、ボクはもうそんな年ではありません」


 ネロと呼ばれた少年は、眉をひそめつつ博士に向き直る。


 「普通の相手ならともかく、あれも私の作品だからね。むしろあっさり倒されてしまったら、私の無能が明らかになってしまう所だったよ」


 シェイリスの失態などまるで意に介していないようで、博士は無邪気に笑って見せる。


 「奴の能力は?」

 

 険しい顔付になったネロは、シェイリスを倒したあの少女について問い掛ける。


 「敵討ちに行くつもりかな、君がそんなに家族思いだとは思わなかったよ」


 「あんな奴でも、一応は『妹』ですから」


 ネロは皮肉めいた口調で告げ、再び一瞬で姿を消す。

 室内に残された博士は、安らかな寝顔を浮かべるシェイリスを見つめている。

 その瞳は前髪に覆い隠され、表情はまるで読めなかった。

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