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燃える幼女

 帝国軍の前線基地内に作られた、幹部用の会議室。

 楕円形の机が備え付けられた薄暗い室内では、侃々諤々の議論が重ねられていた。


 「たかが辺境の一拠点が落とされただけで大騒ぎと想えば、まさか博士が関わっていたとは」


 「反乱軍の奴ら、最初からそれが目的で」


 「それは無いでしょう、あそこはただの補給基地だと偽装している筈です」


 「しかし、現に拘束中の実験体が解放軍の手に渡っているのですよ」


 話の内容は、解放軍によってある基地が奪取された件。

 戦略的に大した意味も無く、表向きには放置しても何ら問題無いとされていた。

 問題になっていたのは、その基地に保管されていたある存在について。

 

 「如何なされます、博士。普通の相手ならともかく、博士の作品が相手となると……」


 件の実験体は、斥候から既に解放軍に加わったと報告されている。

 となれば、いずれ敵となって帝国に牙を剥くのは確実。


 「既に策は打ってあります。そうでしょう? シェイリス」


 博士の呼び掛けに答え、部屋の奥から何者かが進み出る。

 そこにいたのは、鮮やかな朱の服を纏った紅い髪の少女。

 

 「紅蓮の……戦乙女」


 そのシェイリスを間近にした高官達は、感嘆とも畏怖とも取れる反応を示していた。

 丈の短い派手な服は、軍服が原型を留めない程に改造されたもの。

 規律を重んじる帝国において、自由な服装を纏うのは相当な地位を持つ証である。

  

 「この子を呼び戻しましたから」


 「しかし彼女は、西部戦線に置いて敵軍掃討の任に着いているのでは」


 「問題ありません、既にそれは終わらせていますわ」


 高官達の問いに答えつつ、シェイリスは優雅に一礼する。


 「な……」


 「あの程度の任務、一週間も掛かる訳が無いじゃない」


 帝国西部を急襲せんとする解放軍の足止め、殲滅任務。

 少なく見積もっても二個中隊が必要と見積もられていた任務である。

 それをたった一人で、しかも数日で終わらせるとは。


 「既に報告書も提出済みです、何ら問題はありません」


 「う、うむ、了解した」


 シェイリスの纏う尋常ではない威圧感を受け、経験を重ねた軍人でさえも完全に気圧されていた。


 「行ってくるね、ママ!」


 「ああ、期待しているよ」


 満面の笑みを咲かせたシェイリスへ向け、博士も笑顔を浮かべる。

 だが、前髪に隠された瞳の奥には、値踏みするような冷たい眼差しが隠されていた。


                          ※


 「ったく、何でオレがこんな地味な任務を」


 いかにも不満そうに口を曲げたマツリは、ぼやきつつ地面の石ころをけ飛ばした。

 ここは先日までマツリ達がいた後方の基地ではなく、帝国の襲撃も予測される最前線の砦。

 新兵は前線ではなく、裏手門側の警備に回されていた。

 二人は砦の近くですらなく、周辺の森を巡回していろと命令されたのだから、マツリが嘆くのも当然だろう。


 「歩哨とはいっても、ちゃんとした反乱軍の任務なんですから、頑張らなくっちゃ」


 頬を叩いて気合いを入れたリルカは、がくがくと脚を小刻みに震わせていた。

 傍から見ても緊張がまる分かりで、ここに来る際にも右手と右足が同時に動いていた。


 「……もしかしてお前、実際に戦うのは初めてか?」


 「ぎくぅっ!? そ、そそそんなことは無いアルよ」


 動揺からか、妙な口調になりつつ冷や汗をかくリルカ。

 あからさまに分かり易過ぎる反応を受け、マツリは最早からかう気すら無くしていた。


 と、退屈気に空を見ていたマツリの目が、視界の隅に奇妙なものを捉えた。


 「煙……?」 


 「あれ、もうお昼ご飯かな」


 リルカは能天気に呟くが、もうもうと立ち込める黒煙は、どう見ても炊事の煙ではない。


 「んな訳ねぇだろ!」


 「ま、マツリちゃん!?」


 駆け出したマツリを追って、リルカも煙の方向へと向かう。


                             ※


 マツリが退屈を持て余していたのと同時刻。

 正門前では、反乱軍の正規兵による厳重な警備が敷かれている――筈だった。


 連続で放たれた魔力弾を呑み込んで、燃え盛る火球が魔導士を焼き払っていく。

 意を決して踏み込んだ剣士の刃は、敵の体に触れる前に溶解していた。


 「あはは! こんな奴ら相手なんて片手でも十分ね」


 舞うように焔を操る少女の手によって、砦の中は次々と炎に包まれていく。

 悲鳴を上げる間もなく、兵士達はその殆どが灰燼へと変わっていた。

 辛うじて生き残った者達も、激しい火傷によってゆるやかに死へと向かっている。


 「確かこの砦にいるって聞いたのに、さっぱり出てこないわね。もしかして、あたしに怖気づいちゃったのかしら」


 砦の襲ったシェイリスのお目当ては、帝国を裏切ったかつての同朋。

 しかしこれだけ暴れても、その姿は影も形も現れない。

 ならば最早ここに要は無いと、シェイリスが砦ごと全てを燃やし尽くそうとしたとき。


 「嘘、どうして!?」


 「こりゃひでぇな……」


 木々の間を抜けて、マツリ達が姿を現した。


 「ようやく来たわね」


 目の前の惨状に驚くマツリ達を見て、少女はにこやかに微笑む。


 「敵も味方も、何で餓鬼ばっかりなんだよ」


 年の頃はリルカとさして変わらぬシェイリスの姿を見て、マツリは溜息を付いた。


 「人を子供扱いする前に、自分の姿を見なさいよ。あんたの方がよっぽどちんちくりんじゃない」


 「……オレは、相手が餓鬼だろうと女だろうと容赦しねぇからな!」


 瞬時に顔を上気させたマツリは、拳を握り締めてシェイリスへ走り出す。


 「マツリちゃん、待って!?」

 

 「速度は中々、だけど」


 一直線に突っ込んでくるマツリへ向けて、シェイリスの右手が煌めく。


 「っ!?」


 掌から放たれた火球が炸裂し、マツリの体が瞬時に燃え上がる。

 抵抗する間もなく、マツリの全身は炎に包まれていた。


 「これで終わり? ママがアタシを寄越すくらいなんだからどれだけのものかと思ったけど。拍子抜けね」


 「……そんな、マツリちゃん」


 「無駄よ、アタシの炎に包まれたら、誰であろうと――」


 呆然とするリルカへ、シェイリスが無慈悲に死の宣告を告げようとした、そのとき。


「ったく、焼身自殺は死ぬほど辛いってのが良く分かるぜ……」


 燃え盛る火柱の中から、マツリの苦しげな声が響いた。


 「そんな、どうして……!?」


 ぱあっと明るくなったリルカの表情とは対照的に、シェイリスの顔には困惑が広がる。

 と、未だ勢いの収まらない炎の中から、マツリがゆっくりと姿を現した。


 「マツリちゃん、大丈夫なの!?」


 「ああ、何とかな」


 マツリは平然と答えるが、髪は黒焦げで、服も大半が燃え尽きている。

 すぐにでも大声で叫びたい程の痛みを受けながら、マツリは敢えて不敵な微笑みを浮かべていた。

 その方が格好いいし、目の前で偉そうにしているシェイリスに意趣返しも出来るから。


 「あり得ない、こんなのあって良い筈がない! アタシが、アタシの炎がこんな奴に負けるなんて」


 マツリの狙い通り、シェイリスは激しく狼狽え始める。


 「悔しがってるとこ悪いが、さっさと勝負を決めさせ――」


 体に着いた煤を払い、マツリは再びシェイリスへ拳を向ける。


 「成程、少し侮り過ぎていたようね」


 瞬間、シェイリスの表情が、意を決したものへと変わっていた。


 「っ!? ……下がってろリルカ!」


 何かを感じ取ったマツリは、両手で思い切りリルカの体を押した。


 「ふぇぇぇぇ……!?」


 押し飛ばされたリルカの体が、遥か先へと飛んでいく。

 しかし、マツリはそちらの方向を見ることも無い、

 マツリの視線は、異様な空気を纏ったシェイリスへ釘付けとなっていた。


 「これがアタシの全力! 全てを燃やし尽くす紅蓮の業火、その身に刻めぇっ!」


 絶叫が響き、シェイリスを中心にして極大の火柱が発生した。

 マツリの体をも包み込み、天へ向け燃え盛る。

 その凄まじい高温は、立っている地面すら粘質の溶岩になって溶け始める熱さ。


 「こいつは、すげぇな……」


 普通の人間なら幾度も灰になっているであろう地獄の中でも、マツリは悠然と立っていた。

 勿論、マツリが熱さを感じていない訳ではない。

 体に損傷は無くとも、肌を常に焼き続ける熱波の中で、今にも叫び出したい程の苦痛を感じていた。


 「アタシは敵を全部倒して、ママに褒めて貰うんだから!」


 「言いたいことはそれだけか、だったら!」


 拳を振りかざし、マツリは再びシェイリスへ飛び掛かる。


 「どんな手品かは知らないけど、これなら流石に……!」


 向けられたシェイリスの両手から、何十もの火球が一斉に放たれた。

 それぞれの火球は意思を持ったように動き回り、マツリの体へ複雑な軌道を描きながら向かっていく。

 全方位から迫る魔弾を前に、最早回避する手段は無いと思われたとき。


 「その手はもう喰わねぇっての!」


 かっと両目を見開き、マツリは大きく体を捻って拳を振った。

 凄まじい速度で通過した拳は旋風を巻き起こし、マツリへ迫っていた火球は一瞬でかき消されていた。


 「嘘っ!?」


 予想外の動作で攻撃を防がれ、動揺したシェイリスの動きが止まる。

 たった一瞬の隙であろうと、戦いの場においては致命的な失点だった。

 その刹那、マツリは自身が巻き起こした風に乗って上空へと飛び上がっていた。


 「こ、れ、でぇぇ!」


 落下しながら放たれたマツリの回し蹴りが、シェイリスの胴体へ直撃する。

 

 「アタシが……どう……して……」


 シェイリスの体は空中をきりもみ回転しながら放物線を描き、轟音を立てて地面に落下した。

 うつ伏せになったまま動かないシェイリスへ、止めを刺さんとマツリが接近しかけた、そのとき。

 

 「おっと、ここから先はやらせないよ」


 突如響いた冷静な声に、マツリの動きが止まる。

 見慣れぬ少年が、何の前触れも無くシェイリスのすぐ傍に表れていた。

 見た目はマツリより少し上程度、軍服を正確に纏った姿は、奔放そうなシェイリスとは対照的だ。


 「……あんた、どうして」


 「ボクとしては不本意なんだけど、ここでキミを死なせたら母さんに怒られちゃうからね」


 「待て!」


 「また会おう、ご同輩」


 不敵な笑みを浮かべ、少年の姿は一瞬で掻き消えていた。


 「……終わった、か」


 ふぅっ、と息を吐き出し、マツリは一人立ち尽くす。

 かつての砦は、一面の焼野原に変わっていた。


 「マツリちゃん!」


 と、吹き飛ばされていたリルカが、慌てた様子で駆け寄って来た。

 服の裾があちこち焼け焦げているが、体に別状はないようだ。


 「大丈夫ですか? 怪我は?」


 「見ての通り、ぴんぴんしてるっての」


 服は殆どが燃え落ちてしまったが、体に火傷の後は一つも無い。

 焼け焦げていた筈の髪も、いつの間にか元の艶を取り戻していた。


 「凄いですね、どうやったんですか?」


 「さぁな、運が良かったんじゃねぇの」


 「はぁ……そういうこともあるんでしょうか」


 とぼけるマツリに、首を傾げて考え込むリルカ。

 その能天気な様子とは違い、マツリは深刻な表情を浮かべていた。


 「これが今のオレってことか……」


 小さな手をじっと見つめ、マツリは静かに呟く。

 突き付けられたのは、自らの異常さか。

 

 「なら、ぜいぜい利用させて貰うさ」


 拳を強く握り締め、じっと何処かを見つめるマツリ。

 その視線は、シェイリスが消えた先の虚空を見つめていた。

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