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出会う幼女

 解放軍に保護されたマツリは、すぐさま軍へ志願した。

 あまりに幼すぎる年恰好から一旦は断られたものの。本人の強い意思や、反乱軍全体が人員不足だったこともあり、一志願兵としての入隊が認めらた。

 丁度近場にある解放軍の基地では、新たな志願兵を集めての入隊式が行われるという。

 これ幸いと、マツリもその場に参加させられることになったのだが――


                         ※


 「――であるからして、我々は帝国の暴政に対し立ち上がったのだ!」


 勲章を幾つも付けた基地司令が、まばらに並んだ新兵達に威勢よく語り続けている。

 帝国の弾圧が如何に非道なものだったのか、その暴政に対し解放軍がいかに立ち向かって来たかなど。

 

 「眠い……」


 演説が続く中、マツリは落ちそうになる瞼をどうにかささえていた。

 元々この世界の住人ではないマツリにとって、彼の話は退屈でしかない。

 どちらが正義だなんて、正直どうでも良かったのだ。

 マツリの意識は、どうやって欠伸を噛み殺すかだけに向けられていた。

 

 「――新たな勇士達よ、諸君らの健闘に期待する!」


 司令が勢いよく語り終え、新兵達のまばらな拍手が響く。

 熱の冷めた様子は、解放軍の苦境を表しているようだった。


 集会場から出たマツリは、大きく体を伸ばして兵舎へと歩き出す。


 「解放軍だの帝国だの、一々面倒くせぇな……」


 正直、この世界の住人が何を考えていようと興味が無い。 

 まずは自分をこんな体にした奴らに報いを受けさせて、その後であいつに体を元へ戻させるだけだ。

 まあ、それまでせいぜい利用させて貰うとするか。

 薄らと笑みを浮かべつつ、マツリは兵舎へと向かう。


 「あの!」


 その小さな背中へ向け、誰かが大声で呼び掛けた。


 「貴女がマツリさんですね!」


 振り返ったそこにいたのは、薄い桃色の髪を揺らし、目を爛々と輝かせてこちらを見つめる少女。

 長い髪は左右で結ばれていて、丈の短い女性用の軍服に身を包んでいる。

 普通の少女と違う点は、産毛に包まれた犬のような可愛らしい耳がちょこんと頭頂部に生えている所だろうか。

 とても戦場などは似合わない普通の少女を前に、マツリは一瞬あっけに取られていた。


 「良かったー、可愛い子で。怖い人だったらどうしようかと思いました」


 こじんまりとしたマツリの姿を見下ろし、少女は安堵したように呟く。


 「いや、だから誰だよ」


 「これからよろしくね、マツリちゃん!」


 「ちゃんじゃねぇ!」


 「んもー、そんなにガミガミしてたら、可愛い顔が台無しだよ?」


 激高するマツリとは対照的に、少女はのんびりとした口調で話し続ける。


 「だああっ、ぺちゃくちゃ喋ってねぇでとっとと名乗りやがれ! 喧嘩売りに来たのか!」


 「そうだ、自己紹介がまだだったね」


 こほん、と大げさに咳払いをしてから、少女は姿勢を正して話し出た。


 「私はリルカ・ドルスレス、貴方のお世話を命じられました!」


 リルカと名乗った少女は、マツリへ向けぎこちない敬礼姿を見せる。


 「世話だぁ? んなもん必要……」


 「でも貴女ここに来たばっかりで、兵舎の場所も知らないんでしょう?」


 「そんなとこまであんたらの世話になる気はねぇって、別に野宿でも何でも」


 マツリは、反乱軍へ必要以上に依存するつもりは無かった。

 ここはあくまで仮の居場所であり、仲間になったつもりなど毛頭無い。


 「駄目駄目! 女の子なんだから、野宿なんかして何かあったらどうするの!」


 そう言うが早いか、リルカはマツリをひょいと掴むと、米俵を運ぶように担ぎあげていた。

 今のマツリが本気を出せば、少女の拘束など一瞬で解くことが出来ただろう。

 それをしなかったのは、まだ力の制御に慣れていなかったから。

 加減を誤り少女の華奢な体がミンチになるのは、流石のマツリも気が引けた。


 「なっ、おい放せ! ああぁぁ……」


 抵抗しないのをいいことに、少女は全速力でマツリを運んでいく。

 細い廊下に、マツリの絶叫が響き渡る。

 悲痛な叫びは、尾を引きながら消えていった。


                           ※


 「だいたいこれで終わりですかね」


 リルカとマツリが出会ってから数十分後、リルカはようやく案内を終え、晴れ晴れとした顔を浮かべていた。

 時刻は既に夕刻を迎えており、朱の太陽が西に沈もうとしている。


 「気が済んだんなら、そろそろ降ろしてくれるか?」


 そんなリルカに声を掛けたのは、肩に担がれたままのマツリ。

 最初は抗議していたマツリも、途中から最早悟った表情になり、リルカの為すがままにされていた。


 「ああっ、ご、ごめんなさい!」


 今の今まで担ぎっぱなしだったことにようやく気付き、マツリを慌てて抱え降ろすリルカ。


 「一つのことに集中すると、周りが見えなくなってしまうらしくて。この前も掃除を始めたらついうっかり部屋中を……」


 「ったく、初日から酷い目にあったぜ」


 俯きながら淀みなく話し続けるリルカへ、マツリは恨みがましい目線を向ける。


 「ううっ、本当にごめんなさい」


 その反応が余程堪えたのか、リルカは顔を青くして黙り込んでしまった。


 「まぁ、あんたに悪気が無かったってのは分かってるよ。その……案内、ありがとな」


 癪に障る相手とはいえ、いたいけな少女が落ち込むのは気が引けた。

 マツリは照れ臭そうに、そっぽを向いて礼を告げる。


 「あ、ありがとうございます! マツリちゃんって口は悪いけど、本当は優しい子なんですね!」


 「だから餓鬼扱いすんじゃねぇっての!」


 今にも抱き付かんばかりの勢いで喜ぶリルカと、阿吽の呼吸で怒り出すマツリ。

 はたから見れば、仲良く喧嘩する姉妹に見えたかもしれない。


 と、廊下の向うから数人の集団が接近し、先頭に立つ金髪の少女が二人へ話しかけた。


 「リルカさんは相変わらず元気ですね」


 顔立ちは非常に整っていて、垂れた目と下がり眉が、穏やかな印象を与えている。

 薄緑色のドレスに映える鮮やかな金髪と、服の上からでもそれと分かる豊満な膨らみは、普通の男なら暫く目を釘付けにされているだろう。

 しかしマツリの視線は胸でも顔でも髪でもなく、彼女の尖った長い耳に向けられていた。


 「あっ、ネローヌちゃん!」


 「それが例の方ですか? 年若い身ながら解放軍に志願したという」


 ネローヌと呼ばれた少女は、マツリの顔を興味深そうに見つめている。


 「誰だ、あんた」


 「あん……」


 遠慮の無いぶっきらぼうな言葉をぶつけられ、ネローヌは笑顔のまま一瞬たじろぐ。


 「貴女、新顔のくせにネローヌ様にそんな口を聞いていいと思ってるの!」


 「そうよそうよ! ちょっと……かなり可愛いからって、調子に乗ってるんじゃないの!」


 まるで礼儀を知らないマツリの態度で、取り巻き達は一斉に色めきだった。


 「よしなさい、まだ子供で善悪の分別が着いていないだけなのよ。大目に見てあげなきゃいけないわ」


 子供の用に騒ぐ取り巻きを、ネローヌは優しく窘める。

 しかしマツリの方はといえば、餓鬼扱いすんじゃねぇと突っかかろうとした寸前でリルカに口を塞がれていた。


 「ネローヌ様がそう仰るのなら……」


 その優雅な態度で、取り巻き達の怒りも自然と霧散していく。


 「それでは、ごきげんよう」


 口を塞がれたマツリがもがもがと暴れている間に、ネローヌと取り巻き達は去っていった。


 「何だあの偉そうな奴は」


 凛々しい歩き方で去っていくネローヌの後姿を見て、マツリは不機嫌そうに呟く。


 「ネローヌ・ドルスヴェイン。エルフのお嬢様で、私と同じくらいなのにすっごい強いんだよ。そして、私の幼馴染なんだ」


 人間の優遇政策を取る帝国に反発し、反乱軍には亜人種族が数多く参加していた。

 エルフ族は数も多く、反乱軍の中でも一大勢力と言っていい存在だ。

 ネローヌは、その中でも名家とされるドルスヴェイン家の一人娘。

 卓越した魔法技術と戦略眼から、軍の中でも高い尊敬を集めていた。

 

 「エルフ、か」


 「どうかしたんですか?」


 「いや……」


 マツリは、そういやここって異世界だったんだな。という言葉を寸前で呑み込んだ。

 魔法なんてものが存在するのだから、エルフがいても不思議ではない。

 よくよく考えれば、目の前のこいつだって獣耳が生えてるしな。

 そう気持ちを納得させ、おもむろにリルカへ背を向ける。


 「案内はもう終わったろ、じゃあな」


 兵舎へ戻ろうとするマツリの細い腕を、リルカの手ががっしりと掴む。


 「ま、待って! マツリちゃんは、暫く私が面倒見るんだって」 


 「はぁ!? 聞いてねぇぞそんなの」


 入隊を認めたとはいえ、やはり年若いマツリ一人で行動させるのは気が引けた。

 そこで解放軍は、年も近く、丁度入隊したばかりのリルカに世話を任せたのだ。


 「大丈夫、お姉さんにどーんと任せて!」


 「俺はにじゅう……まあ、いいか」


 呆れ顔をするマツリの前で、誇らしげに胸を叩くリルカ。

 対照的な二人の影が、夕日に照らされる廊下に挿していた。

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