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武器と幼女

 東の空が明るくなり、ようやく周囲の景色が把握できるようになった頃。

 マツリ達が乗る馬車は、目的地付近のある街へ差し掛かっていた。


 「随分寂れた所だな」


 「昔は魔導鉱石が掘り出されていたそうですが、もう随分前に廃坑になっていますから」


 廃墟が広がる光景からは、かつての繁栄は感じ取れない。

 通りの両脇には風化した建物の残骸が並び、動くものは風に飛ばされる枯草のみ。


 「そんな場所でも、今は戦略上の要所……か」


 この街は、切り立った二つの山の間に位置する。

 付近は険しい山岳地帯で、険しい山道を越えて大軍を行動させるのはほぼ不可能であり、道中で兵の半数以上を失いかねない。

 しかし、この街を通り抜ける街道を辿れば、大して苦労もせずに山岳を抜けられるのだ。

 ここを落とせれば、一気に帝国中央部への道が開く。

 帝国側もそれは承知であり、渓谷には堅牢な防衛線が引かれていた。


 「もう少しで、フレイス前線基地に到着する筈です」


 「この馬車ともお別れかぁ、ちょっと寂しい」


 「そんな良いもんか? オレはもう勘弁――」


 名残惜しそうに座席を撫でるリルカへ、マツリがかぶりを振ったとき。 

 甲高い嘶きが響き、馬車が急停止した。


 「あれ? もう着いたの?」


 「いえ、恐らくは……」


 「馬車はここで待機。もし危険が迫れば、退却しても構いません」


 顔を青褪めさせた御者へ、ネローヌが冷静に命令を告げる。

 いち早く車外へ出たグロイスへ続き、マツリ達も馬車から飛び出した。


 「ある意味、絶好の機会だな」


 真正面に位置する崖の向うでは、陣形を取って前進する多数の帝国兵と、居並ぶ攻城兵器の列が攻撃を加えていた。

 目的地である基地は、今まさに戦闘の真っ最中であった。

 もし前線基地が陥落すれば、作戦に与える影響は甚大だ。

 同時に、今日マツリ達の泊まる宿が無くなってしまう。


 「幸いなことに、彼らはまだ私達に気付いていません。隙を突き、奇襲を掛けます」


 ネローヌの号令で、四人は戦闘準備を始める。


 「マツリさん」


 「ん?」


 「余計なお世話だと分かっていますが……気を付けて」


 「あいよ」


 気遣わしげに目線を向けるネローヌへ、振り返らずに片手を上げてから、マツリは全速力で走り出した。


                          ※


 「持ち堪えろ、もう少しで門が破れるぞ!」


 抵抗する解放軍の兵士を切り捨て、帝国軍の指揮官が居並ぶ兵士達に檄を飛ばす。

 虎の子である攻城兵器を持ち出した甲斐はあって、攻略戦は帝国軍優位に進んでいた。

 このまま推移すれば、程なくこちらの勝利に――

 

 瞬間、上空から黒い何かが降下し、轟音を立てて落着した。

 同心円状に衝撃波が巻き起こり、近くにいた兵士達が吹き飛ばされる。


 「何だ!?」


 「何かが落ちたぞ!」


 混乱の中、ゆっくりと土煙が晴れ、落下物の正体が明らかになる。


 「こ、子供……?」


 そこにいたのは、解放軍の軍服を纏った一人の幼女。

 格好こそ軍人だが、背丈や可憐な容姿はどう見ても兵士には見えない。

 戦場にはまるで似つかわしくない姿に、兵士達の動きが停止する。


 「はぁっ!」

 

 それは、あまりに一瞬だった。

 気勢を挙げた幼女が、凄まじい速度で地面を猛打していたた。

 時間にすればコンマ数秒の出来事であり、幼女が地面に拳を打ち付ける動作すら、彼らの目には見えていなかっただろう。

 大地に凄まじい勢いでひびが入り、同心円状に地割れが広がる。

 衝撃で地面が隆起し、巻き上げられた地盤によって、兵士達は一瞬の内に上空へ舞い上がる。

 何が起こったのか知覚する前に、彼らの殆どは命脈を断たれていた。

 

 「グーでも痛いことは痛いな……」


 直系数十mを軽く超えるクレーターの中心で、幼女が一人つぶやく。

 この攻撃は一気に敵を片付けられて楽だが、打ち付けた手がひりひりと痛んで仕方ない。


 「ば、化け物だ!」


 「て、撤退しろ、撤退ー!」


 半数以上の仲間を一瞬で葬られた帝国兵達が、一目散に退却していく。

 最早統制は取れておらず、先程までの意気揚々とした姿は影も形も無い。

 

 「一発で終わりたぁ、情けねぇな」


 その侘しい後姿を見て、マツリが肩をすくめる。

 と、転移魔術によって、ネローヌ達がマツリの後方に現れた。


 「マツリちゃん、大丈夫?」


 「おう、もう終わっちまったよ」

 

 「攻城兵器もそのままとは、余程慌てていたのでしょうね」

 

 グロイスが見つめる先には、城壁の前に整列したまま打ち捨てられた兵器の群れがあった。


 「どうやら、私達が出るまでも無かったようですね」


 「なんちゃら部隊がいなりゃ、帝国兵なんて大したこたぁ――」


 呆気なさすぎる結末に、マツリが拍子抜けした様子で吐き捨てた、そのとき。


 地面が不意に脈動し、不気味な音を立てて振動を始める。


 「じ、地震……!?」


 「いえ、これは」


 次の瞬間、唸りを挙げて大地が隆起した。

 驚く間もなく、マツリ達の周りで地面が次々と突出していく。

 

 「人……間……?」


 突起した土砂は、おぼろげに人の姿を取っていた。

 例えるなら、土で出来た無骨な人形だろうか。

 その大きさはゆうに10mを越えており、人形と呼ぶにはあまりに大きかったが。


 「あれは、あれは……!」


 「ネローヌちゃん!?」


 と、自分達を取り囲む土人形達を目にしたネローヌが、錯乱したように叫んでいた。

 体は小刻みに震えており、一気に血の気の引いた顔は悲愴な程蒼白である。

 驚くリルカの目の魔で、ネローヌはふっと意識を手放していた。


 「もしや、私達を狙っている……?」


 数十体以上現れた土人形達は、マツリ達を完全に包囲している。

 偶然や自然現象では無く、この現象には何者かの明らかな悪意が感じられた。


 「リルカはネローヌを! グレイスは一緒に基地へ行け!」


 と、不意に走り始めたマツリが、ネローヌを抱き替えたままのリルカ達へ指示した。


 「マツリちゃんは!?」


 「決まってるだろ!」


 リルカの問いにきっぱりと答え、マツリは異形の怪物へ向け勢いよく飛び掛かった。

 

 「こっ、のおぉ!」


 繰り出された拳が、土塊の体を砕いて貫通する。

 しかし、体全部が土で構成された人形は、すぐさま損傷を回復していた。


 「そのように小さな体で、ワタクシ自慢のお人形に適うとでも!」


 と、マツリの上方から、甲高い誰かの声が響いた。

 見上げたマツリの目に映ったのは、一際大きな土人形の肩に乗る、見慣れない一人の少女。


 「お前もっ、なんとか部隊かっ!?」

 

 「その醜い言動、知性の欠片も感じられませんわね。こんな相手にネロが負けただなんて」


 薄桃色の日傘をかざした少女は、マツリの姿を見て眉をひそめる。

 纏った服は大仰なドレス姿、幾重にも造られた金髪縦巻の髪型も含め、その姿は絵に画いたようなお嬢様然としている。


 「これがお前の仕業なら!」


 術者である少女を倒せば、この人形達は動きを停止するはずだ。

 瞬時に判断を下したマツリは、少女に狙いを定めて飛び蹴りを繰り出す。


 「そのような単純極まる攻撃で!」


 手をかざした少女に呼応するように、土人形達がマツリの前へ立ち塞がる。

 厚みのある土砂の壁に阻まれ、マツリの体は空中で停止していた。  


 「まだまだいますわよ」


 動きの止まったマツリへ向け、土人形達が小さな体を押しつぶさんと殺到する。


 「こっちは一人だってのに……!」


 迫り来る巨人達に圧倒され、少女に近づくことすら叶わない。


 「大事な家族の敵討ち、例え正道から外れようとも構いません。やっておしまいなさい、ワタクシの可愛いお人形さん達!」


 「くっ……そぉ!」


 人形の拳をまともに喰らい、マツリは大きく吹き飛ばされる。

 マツリの体はそのまま城壁に衝突し、石壁に大きな跡を残して静止する。

 そのままマツリは剥がれ落ちるように落下し、地面に頭から着地していた。


 「こいつは」


 と、横たわったマツリの視界で、黒い何かが煌めいた。

 陽光を反射して輝いたのは、長い鎖に括り付けられた巨大な鉄塊。

 直系5mは軽く超える棘の生えた鉄球が、マツリの目の前に転がっていた。

 城壁を破砕する為に使われていたそれは、先程マツリが起こした衝撃で本体から切り離されていたのだ。


 「……やってみるか」

 

 鎖の端を持ち、マツリは再び走り出す。

 常人であれば持ち上げることすら不可能な重量も、マツリにとっては箸を持ち上げるのと変わらない。

 

 「性懲りも無く…… 止めを刺してあげなさい!」


 少女の合図を受け、人形達が再びマツリへと迫る。

 だが、マツリの顔に恐れは無い。


 「同じ手を二度喰らうかよ!」


 咆哮を挙げたマツリが、鎖を思い切りぶん回す。

 遠心力で加速の付いた鉄球が直撃し、人形の巨体が揺らぐ。

 

 「な、何ですのあれは!?」


 少女が驚いている間に、鉄球は数体の人形を悠々と葬っていた。 


 「マツリちゃんを見てると、何だか自分の常識が疑わしくなってくるよ」


 「……同意ですね」


 その姿を見て、避難を追えたリルカ達が呆れた様に呟いていた。


 「そらそらそらぁ!」


 竜巻のように唸りをあげる鉄球が、岩人形達を根こそぎ吹き飛ばしていく。


 「そんな、ワタクシのお人形達が!?」


 あっという間に、人形の数は少女が乗る一つだけとなっていた。


 「これで、終わりだ!」


 鎖を大きく振り上げ、マツリは鉄球を渾身の力で振り下ろす。

 その姿は、鉄槌を振り下ろす裁神の如く

 

 「み、認めませんわぁぁ!」


 体の数倍はある鉄球が、少女の体へ一直線に落下する。 

 断末魔の叫びを挙げ、その姿は巻き上がる土煙の中へと消えていた。

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