魔女と魔術師とロボットとメイド3
発狂した? いえ、狂喜乱舞と言うのでしょうか? 辞書を引けば分かりそうなものではありますが、ここはニュアンスで感じ取ってください。
何が? と言われれば、「魔女が」と答えます。ニトロが魔女のラブレターを読んだ。ただそれだけです。が、魔女の変わりようはニトロをして目を見張るものがありました。ニトロが読んだラブレター。魔女は魔女でも初代魔女が書いたラブレターでした。送り先は魔術師です。もちろん魔術師も初代が付くでしょう。
とにかく魔女の喜びようは、言葉で表すよりも酷い有様です。ニトロに縋り付き、残りの初代が遺した文書を解読してほしいと頼む。要約すればこれだけですが、泣き喚き、頭を下げ、と思えば脅そうとまでしてきました。それはもう、気が狂ったと思える顔と動きでです。
当然それをニトロは素気無く断ります。
「今日は休んだ方が良いのでは? 服は明日でいいですよ。ニトロ達もホテルに帰りますので」
あまりにも魔女が騒ぐので、ニトロは魔女を頭から踏みつけて、そう言ってやります。するとどうでしょう。少しは頭が冷えたのか、魔女はトボトボと帰っていきます。仕方ないのでニトロとアリスも帰ります。
服屋には行けなかったですし、観光も大してできなかったですが、ホテルに着いてからは、美味しいご飯をゆっくり食べることが出来たので良しとします。滞在章様流石です。
滞在章は小さな模様の入った青い宝石です。これを見せるだけでサービスがグレードアップするのです。世の中金ですね。
翌朝、ニトロとアリスの泊まる部屋を初めに訪ねてきたのは魔女ではありませんでした。
「俺は魔術師だ。名前くらいは魔女から聞いていると思う。あなたに頼みがある」
紫のローブを着た痩せた青年です。目の下には隈がクッキリとでています。正に研究者といった風ですね。素材はいいんでしょうが、見るからに不摂生です。彼が噂の魔術師です。もちろんニトロの好みではありません。
「初代魔女の文書を解読できると聞いた。ならば初代魔術師の文書も解読できるはず。お願いしたい」
「声が小さいです。聞こえません。後、頼みがあるなら目を見て話しましょう。アリスさんじゃないんだから……アリスさん?」
リビングの豪華なソファー。そこに悪の親玉も唸るほど、どっぷりと座るニトロは後ろを振り返ります。アリスは相も変わらず見た目完璧に佇んでいます。
「あぁ、寝てますか。まだ朝早いですしね。それはともかく魔術師さん。もう一度どうぞ」
と言う訳で、やり直しさせます。すると内容は魔女と同じ様なことを言っています。もちろんニトロは断ります。ところで何故、魔術師はニトロが文書を読めることを知っているのでしょう? 魔女と魔術師は仲が悪いはずです。情報の共有が出来ているとは思いませんよね。
「昨日、魔女が騒いだだろう? あそこには俺の部下もいた」
「カップルの中にですね……」
「いや、今一度魔女の石碑を研究する為に立ち寄ったそうだ」
ニトロ達が石碑を見ているときそんな人はいませんでした。と言いますか、石碑に興味を持っている人がいませんでした。みんな相手に夢中でしたものね。魔術師さんは言葉を鵜呑みにするタイプなのでしょうか? 多分、研究以外頭にないタイプですね。
「とにかくお断りします。私たちは観光に来ただけなので」
「分かった。今日は帰ろう」
案外あっさりと魔術師は帰っていきます。また来そうですけどね。
次に訪ねてきたのはダンディーなおじ様です。
「魔術師と魔女はどうにかして文書を解読してもらおうとするだろうが、どうか! 断り続けてくれお願いだ。そしてどうか我々の持つ文書の解読を!」
ちょっと熱血気味なおじ様はこの国の将軍だそうです。要するに軍部の最高責任者ですね。彼も他と同じくローブを着た魔術師スタイルですが風格が違います。真黒で艶のある皺ひとつないローブはニトロの知るスーツを思わせます。ビシッとしてます。また体もしっかりと鍛えているようで腕やら首やら太過ぎです。惜しいです。もう少し若ければニトロのストライクゾーンですね。
「哀しいことに今のところ、この国の軍部と魔術師、魔女は単純な戦力で言えば互角なのだ。初代の2人が遺した文書は、今だ解明されていなかった初代の戦闘用術式が記載されている可能がある。どうしてもそれをあの2人に手に入れさせるわけにはいかんのだ。個人にこれ以上の力を与えるのは国として良くない。我々もいくつか初代が遺した文書は手に入れている。力を手に入れるべきは個人ではなく国なのだ。こちらの我ががままだということは分かっているが、どうかこの国の為と思ってお願いする」
本当、只の我儘でした。まぁ相手は国家です。【お願い】なだけ、まだましなのかもしれませんね。それより将軍の話で分かったことがあります。それは、魔女が自分で語ったよりもその存在がこの国にとって大きいということです。あと、情報源は、たまたま公園を警邏していた部下だそうです。
「なんなんですかね? 嘘付くってことはみなさん仕事サボってデートしてるんですか?」
「なんのことだ?」
「いえ、おじ様には何もありませんよ」
とりあえずその気はないのでニトロは断ります。
満を持してやって来たのは発狂魔法少女。略して魔女です。略せてないですね。
「昨日はごめんなさい。でも「とりあえず魔女さんのせいで魔術師さんやらおじさまが訪ねてきて迷惑してるのでお詫びとして服屋に案内してくださいな」……はい」
何か話したいことがあろうとまずはそれからですね。どうせ解読してくれ。でしょうが。
「では参りましょうか」
アリスがメイドの様にリビングの扉を開けてくれます。すごく様になっています。
「あれ? もう起きてたんですか?」
「寝てませんよ?」
「あの体勢で寝ている方がすごいので、その言い分は一見正しそうですがニトロは誤魔化されませんよ?」
そう言うことです。ニトロの目は、詳しく説明すると、大変時間がかかるほど色々見抜けてしまうのです。
「寝ることの何が悪いというのですか」
すごく自信ありげにアリスが開き直ります。
「流石ですアリスさん」
「お褒めに預かり光栄です」
「では行きましょう」
「はい」
ニトロとアリスは部屋を後にします。魔女を残したままです。案内がいないと場所が分からないですね。さっさと魔女も連れて行きましょう。
「……うーん……ん?」
ニトロは唸ります。場所は魔女お勧めの服屋です。地上に看板も入り口もないお店です。それらは屋上にしかありません。要するに本来ならこの国の人間しか入れない、さらに魔女の話によれば、それなりに偉い方々ご用達のお店で、この国のファションの最先端だそうです。それをニトロとアリスは魔女が連れてきた。と言うだけで納品用の地上の隠し扉から入れてもらいました。魔女は、なかなかに顔が利きます。
「……気に入ったのなかったらオーダー出来るわよ? 出来るまで数日待たなきゃだけど……」
「うーん……いえ、これが欲しいという決まったものがある訳ではないんですよね」
やはりニトロは唸ります。こう琴線に触れる服がないのです。と言うか服自体があまりないです。店内が狭いと言う訳ではありません。全体的に見て種類が少ないと言う訳でもありません。多い方です。
どこを見てもローブ、ローブ、ローブです。
大小のローブ。
色とりどりのローブ。
時代の最先端を行くローブ。
ローブの上から羽織るローブ。
馬鹿には見えないローブ。
「アリスさんは何かありました?」
とりあえずニトロは聞いてみます。
「メイド服がなかったので注文しました」
「……別にメイドじゃなくてもいいんじゃないですか?」
メイドらしいことは何もしていないのだし。とは流石にニトロも言いません。たまに言いますけど。
「選ぶの面倒なので」
「アリスさん流石です! その調子です。アリスさんのマイナス要素が外見のプラス要素を上回るといいですね」
「あ、申し訳ありません。つい、美し過ぎました」
「そんなの聞いたことなーい、ねぇ、魔女さん?」
ニトロは失敗を繰り返しません。魔女にも話を振ります。魔女は「えぇ、そうね」とだけ返事します。ノリが悪いですね。
ニトロは服選びに戻ります。しかし服は選びようがないです。もうこうなったらローブを選ぶしかありません。それもまぁいいでしょう。
「みんなどんなの着てたかな?」
ニトロは窓際に移動して外を眺めます。隣の建物の屋上が丁度目の前でした。男女の学生が、展示されているのであろう透明ケースに入った等身大人形を囲んでいます。
「あ、あのゴーレム私が作ったのよ。本物の女の子みたいでしょう?」
ニトロは一度振り返り、もう一度窓へと視線を移し、そのまま隣の屋上から目を離さずに答えます。
「ゴーレムですか。動くので?」
「私か、癪だけど魔術師くらいならね」
「感情は何かつけているのですか?」
「つける? まぁ、簡単な命令をこなすことくらいなら自動でできるかな? 感情と言われると微妙だけど」
「ふむ、よく見ると可愛いですね」
ニトロは目を離さずに呟きます。
「そうでしょ?」
魔女も自慢話で少しは元気が出たでしょうが、どうでもいいですね。問題はニトロの服なのですから。
「魔女さん、魔女さん」
「?」
「解読。条件付ならやってもいいですよ」