魔女と魔術師とロボットとメイド2
なんだこれは? と言われるものを目指しております。
「とりあえずは宿かな?」
「そうですね。まずはシャワーかお風呂に入りたいです。あと服を買いましょう。その後観光で」
魔女の提案にニトロは答えます。当然の回答です。テントなし、寝袋なしな女の子2人が、ここに辿り着くまで野宿していたのです。普通は汚れます。まず体を綺麗にするのは最優先事項です。ちなみにニトロは埃ひとつなく綺麗です。新品同様ですので返品が出来るレベルですね。あとアリスも綺麗です。そうです。ニトロが持つ、いくつかのナノマシンを使えばこのくらい楽勝です。ちなみにこれ、無限に増殖させると数時間のうちに、この星はGrey goo(ナノマシンに浸食された世界)に変化し、生物は死滅します。生物兵器なんかよりもとっても危険ですね。
「シャワーは分からないけど雰囲気からして水浴びかな? お風呂はあるわ。一番いいホテル連れてくから大体はどうにかなるはずよ」
「おぉ!」
ニトロは魔女の言葉につい声を荒げてしまいます。世界観的に【宿】に泊まると思っていたところに【ホテル】です。いえ、言葉的には違いはないのですが、ニュアンス的には期待できそうというものです。
「アリスさん的にはホテルと聞いてどんな想像します?」
「そうですね。宿泊施設と言うことですよね?」
「あぁ、初めて聞いたんですね」
これではニュアンスの違いを共有出来そうにありませんね。
「いえ、知ってましたよ?」
アリスの言葉にニトロを首を傾げます。問題はホテルとは関係ありません。なぜ意味のない嘘をついたかということです。
「あぁ、でも本当に知っているパターンもありますね。さっきの会話からだと」
ニトロはポンッと両手を合わせて1人納得します。アリスに厳しすぎましたね。少しメガネに色が付いてきたようです。澄んだ心で人を見るようにしないといけません。たとえそれが仲の良い相手でもです。勉強になりますね?
「まぁ、今さっき初めて耳にしたので知っているわけないですね」
「まぁ、今さっき初めて話した仲でもないので知っていましたけどね」
勉強になりますね?
「で、もう行く?」
魔女がこれまた気まずそうに話に入ってきます。そうでした。彼女はガールズトークが苦手でしたね。これからはニトロも気を使って魔女に話しかけることにします。
早速実行しましょう。
「……」
いざ話しかけようとするとニトロは言葉が出てきません。意識するのは駄目です。
「行かないの?」
「ほら、行きますよニトロ様」
「え? あぁ、そうですね行きましょう」
ニトロとしては意識した途端、会話するのも面倒になってきます。不思議です。心のない、ただの機械人形ならこうはいきません。ニトロだからですね。
ところでニトロの姉妹に、心のない機械人形が居ましたが、感情豊かでした。これも不思議です。
魔女の後に付いてニトロとアリスは入国します。するとそこは今までと別世界です。この国はレンガや石造りの建物で構成されているにも関わらず、どの建物も5階を超える高さでした。魔女みたいだったり、魔術師みたいだったりする人たちが、箒に乗ったり、乗らなかったりしながら空を飛び、上層の階から建物へと入っていきます。成程ですね。高い理由が分かります。建物の上では空の交通規制をしている風な人まで見かけます。国の中へ入った途端、一気に文明が進んだようです。
そんな中、ホテルは歩いて10分もかからない場所にありました。北か南か、とにかく入国した場所から10分です。これもレンガ造りでしたが、他とは一味違います。言葉で表すなら他は【レンガつくりの建物】に対し、ホテルは正に【城館】と言っていい程の威風と雰囲気を持っていました。もちろん防衛機能などないのですが、豪邸と言う意味での城館です。ニトロ達が一歩足を踏み入れればアリスよりも仕事が出来そうになく、アリスよりも仕事の出来るメイドが大勢迎えてくれました。しかも只のメイドではありません。ホテルのメイドでした。
「メイドの格好をしたドアマンですね」
これはホテルに入る際のニトロの言葉ですね。他にもメイドの格好したベルガールにフロントセプション係などなどです。確かにどれもメイドの仕事の内に見えますが、驚いたことに分業がしっかりと行われていました。完璧にホテルです。
案内された部屋はもちろんスイートルームです。というか高級ホテルらしいので全室スイートルームです。完全にニトロからお金を毟り取ろうとしています。実に滑稽です。
そこは2つのベッドルームに1つのリビングルームがある客室です。ニトロとアリス2人で使うには十分ですね。
「じゃあ私はロビーで待たせてもらうから、ゆっくりしたら降りてきてね」
魔女を待たせているニトロとアリスは早々にお風呂に入ることにします。コンシェルジュにサクッと使い方を説明させて入ります。もちろん2人で入ります。なぜか? 理由は簡単で、とてもお風呂が広かったからです。お風呂は魔道具で、なんたらかんたらでした。大して凄くも面白みもなかったので割愛です。
「魔女さんお待たせしました。浴室、ボタン押すと部屋が水でブワッ! ってなってお湯でジュワッてなって浴槽がフワフワしてて気に入りました」
ね? 大して凄くも面白味もないでしょう?
「……」
アリスはその美貌を俯むかせ、無言です。金髪がユラユラしてます。
「えっと、アリスさんはどうしたの?」
ロビーのソファーでニトロとアリスを待っていた魔女が疑問を口にします。ところで魔女がアリスを、さん付けすることにニトロは不満を持っています。なぜならニトロはちゃん付けだからです。ニトロは子供っぽくはないですよ?
「なかなかにお風呂が怖かったようです。浮いた状態で体を洗うなんてことは初めてでしたので」
「あー、そっか初めは怖いもんなのね。普通過ぎて気付かなかったわ。ごめんね」
流石魔導国家。普通のお風呂ですね。
「ニトロちゃんは大丈夫だった?」
「まぁ成層圏に比べれば多少浮いたくらいどこも変わらないですよ」
「成層圏?」
「すごく高いところを体験したことがあるってことです」
「へぇ。やっぱお嬢様なんだね」
「ん? まぁそうですね」
魔女の納得の仕方がニトロにはよく分かりませんでしたが、とりあえずお嬢様呼びされたので肯定しておきます。どんどん呼んでくれてもいいですね。
「じゃあ行こうか、服屋だけど途中にちょっとした観光スポットもあるから寄っちゃおうか」
「いいですね。そこまで順番気にしなくていいですよ。今日中に服が買えればいいですから」
そしてホテルを出て歩きます。また徒歩です。乗り物はないのでしょうか? ニトロは不思議に思います。上を見上げればいろんな人が飛んでいます。どうやらあれが普通なようで、地上を走る乗り物はないのかもしれません。とは言え歩いている人もいます。
とそこでニトロは気付きます。
「地上を歩くのは学生さんですね」
理由は見るからに統一された服装の男女が目立っていたからです。これまでの魔女と魔術師は、同じような格好はしていましたが、それぞれ色や形などそれなりの個性がありました。しかし学生と思われる人は統一されたサイズ違いの服を着ています。男女の違いもあまりないようです。
「商人や冒険者なんかもいるけどやっぱり学生が多いかな、あんまり長く飛べないからね。どうしても歩くことになっちゃうのよ」
「なるほどです」
ニトロは足を止め、学生の集団を眺めます。
と、復活したアリスがいつもの澄まし顔で口を開きます。流石に慣れたのでイラッとはしなさそうです。
「ニトロ様は飛べないので?」
アリスはニトロを何だと思っているのでしょう。普通の女の子は飛べません。当たり前です。仮に飛べても飛ばないのが女の子です。ニトロの世界の常識です。
「飛べますよ」
まぁニトロは飛べますけどね。優雅じゃないので飛びませんが。
「え? ニトロちゃん術式使えるの?」
紫ピカピカの魔女が食い付いてきます。あなたの言う【術式】って何? とニトロは思いましたが、空を飛んでいる人たちが行っている方法。それが【術式】なのならばニトロは簡単に真似できます。
「使えますよ。使いたくはありませんが」
ニトロはすごく嫌そうな顔でそういいます。ニトロからしたら空を飛んでいる人達が使う方法は、純粋なエネルギーを一回ゴミ箱にぶち込んで、そこに泥水を加え、さらに汚くなった何かを垂れ流して飛んでいるようなものです。吐き気がします。
「そうなの……ごめんね」
何か魔女が勝手にニトロの過去を想像しています。きっと何かニトロには哀しい思いでがあるのでしょう。もちろんニトロの知ったことではないので、とりあえず無視することにします。
「飛んだらいいんじゃないですか? 便利そうですし」
これはアリスです。アリスはもう少しニトロの表情から、何かしら想像した方が良いですね。これも当然無視します。アリスも慣れたもので、無視しても文句の一つも言いません。それはそれでどうかと思いますけど。
ニトロは無言で先を促します。それに答え、空気の読める魔女は歩き出します。
暫く無言で歩くと公園に辿り付きました。これまで石畳みだったのが、その空間を境に整備された土へと変わります。計画的に植えられたであろう木々が、一種の結界の様に通りとの雰囲気を区別させます。木と土だけの公園です。自然公園と言うやつでしょうか? しかし、そんなには広くないですね。町中に作るならばこんな物でしょう。あとカップルが目立ちます。今は昼過ぎです。よって有罪が決定します。ギルティです。
「魔女さん、魔女さん、どこが観光地なのですか? カップル過多の植林地ではないですか、間引きします?」
ニトロはいたって笑顔で尋ねます。単純な疑問をぶつけただけです。案内人ならば答えてもらわなければ困ります。答えがなければアリスを使って間引きます。9割は間引くことができるでしょう。残りの一割は真実の愛を確かめることが出来て幸せになります。それらの過程でニトロも幸せになります。めでたし、めでたし。
「え、えーと、あれなんだけど……」
魔女は公園の中央付近を指差します。ニトロの身長ほどの石碑です。もしかしたら記念碑だったり、お墓だったりするかもしれませんが、語感がカッコいいので石碑にします。
「石碑ですか?」
「えぇそうよ。初代の魔女が遺した物ね。魔女ならやっぱり連れてこなきゃでしょ?」
「魔女さんですしね」
石碑であってましたね。ニトロ達はカップルの森を抜けて、石碑へと近づきます。流石に歴史的な物です。石碑の周りには一定以上、接近できないようロープが張ってあります。しかし、警備が誰もいないところを見るに、その程度ではあるようです。
「……ニトロ様、全く読めません」
アリスが石碑を見て呟きます。石碑には文字らしきものが彫ってあります。それはただの文字ではありません。小細工が満載でした。いわゆる暗号です。
「読めない? そうでしょう。これはね――」
と、魔女が何故か自慢げに話そうとして
「なんで暗号で教訓なんか残すんですか? 日々の努力を大切に、とか。わざわざ遺すような言葉じゃないでしょう」
今度はニトロが石碑を見て呟きます。
「――読めるの!? ニトロちゃん!」
また魔女が食い付いてきました。どうやら普通は石碑の文字は読めないみたいですね。暗号と言っても悪戯レベルだったので、ニトロはまったく気にしていませんでした。仕方ないですね。
「じゃ、こ、これは読める?」
魔女が紫ローブの内側から1枚の紙を取り出しました。これは簡単です。読んだら面倒なことになります。きっとそうです。
なのでニトロは仮に読めたとしても、読めないふりをすることにします。そう決心して紙を魔女から受け取り、目を通します。
「……おぉ……」
「読めるの? どうなの」
ニトロはビックリです。衝撃です。もう夢中です。
「ちょっと黙ってて下さい。続きが読めません」
「あ、はい」
もう読めないふりとかどうでもいいですね。
「ニトロ様、中身は何と書いてあるんですか?」
ニトロは読み終わって答えます。
「超恥ずかしいラブレターです」
女の子ならついつい読んじゃいます。当然ですね。