魔女と魔術師とロボットとメイド
「「ようこそ魔導国家ウルヘイムへ、我が国は訪れる全ての人を歓迎します。どうか我が国を好きになって下さい」」
手元に杖を持ち、胸元に国の象徴であろう竜の紋章をかたどったローブ纏う、大柄で強面の男と、とんがり帽に箒、そしてこれまた紋章入りのローブを纏った妙齢の女性が門を出入りする人々に聞こえるよう、声を揃えます。
「アリスさん見えます? あれで門番だと言うんですから正に魔導国家ですね。絵に描いたような魔法使いです。ちょっと男性の方はごつ過ぎですけど」
「魔術師ではないですか? 魔法使いと言うのは聞いたことないです」
「どうなんでしょ? 入国するときに聞いてみましょう」
入国待ちの列に並びながらニトロとアリスはそう会話します。
召喚されて、お城を飛び出し、着の身着のままで早数日。2人はようやく文明のある暮らしが出来る場所へと到達しました。とても長かったですね。お風呂も着替えもない生活など女の子に耐えられるわけありません。2人ともよく頑張ったというものです。とは言え見た目は綺麗です。ニトロの力です。【ニトロの力】便利ですね。いろんな意味で
「もうすぐですかね」
この国は人の出入りが激しいようです。出て行く人も、入る人も列をなしています。わざわざ数えるのも面倒な程です。そうなると当然ニトロ達の待ち時間も長いです。しかしそこはニトロです。時間を有効活用しようと、待っている間、前や後ろに並んでいる人に話しかけてみました。するとどうでしょう。みなさんすごく丁寧で親切です。どうやらニトロは良いところのお嬢様とでも思われているようです。これは、見た目完璧メイドなアリスのお陰でしょう。ニトロは大変気分が良くなります。ちなみに何を話したかは覚えてません。テキトウに話し過ぎたようです。主に靴下の話題だった事だけニトロはなんとなく覚えています。
「でも、みなさんアリスさんを見た瞬間、息を飲んで照れた様に目を逸らすのは気に食わないですけどね」
どうやら直視できない美しさのようです。アリスなので仕方ありません。ここは我慢です。僅差で負けているだけです。メイド補正です。きっとそうです。
ニトロは極力アリスと自分の外見の相違については考えないようにしながら、門の前に幾つか設けられている建物。そのひとつへと入っていきます。
「はい、初入国の方ですね。滞在は何日の予定でしょう? それとも永住ですか?」
「そうですね。永住ではないですが何日とかは決めてません。その場合はどうすれば?」
部屋に入ってすぐに設置されたカウンター。そこに陣取る、これまたローブを纏った女性の質問にニトロは答えます。受付嬢ですね。多分そうです。
「滞在章の購入をするかしないかで変わります。通常の入国では冒険者、商人以外の方は1週間以上滞在する場合は滞在章の購入が求められます」
要するに1週間以上はお金を払えと言うことですね。実に分かりやすいです。ニトロは冒険者。という単語に少し興味を惹かれましたが今は入国です。
「では購入しましょう。その方が面倒がなさそうです」
「はい、それでは滞在章にはランクがございます。説明してよろしいでしょうか?」
(面倒ですね。身分証明などの確認がないのに、なぜこんなところは細かいのでしょう? 不思議です)
しかしそれも異世界だからとニトロは納得しておきます。これまたテキトウです。人間味に溢れています。
「説明はいらないので一番高いので、どうせ一番高いのが一番融通が利くのでしょうし」
「え……」
アリスがお金持ってるのですか? と視線でニトロに聞いて来ます。が、無視します。早く入国したい。それが現在のニトロのトレンドです。
「はい。では料金は――」
と、受付嬢が料金を言おうとしたところで
「すいませんがこの国の貨幣は持ち合わせがないのでこんな物でもいいですか?」
ニトロがカウンターに金の延棒を置きます。すると
「! えっと……」
どこから出したのか? などよりも金、その物のインパクトが強いようです。受付嬢の視線は金に釘付けです。あとアリスの視線も金に釘付けです。
覚えていますか? そうです。ニトロはこれくらいならばポンと創ってしまえます。どこから? なんて質問は野暮ですね。
「足りませんか?」
ニトロのこの言葉で受付嬢の心は現実に戻ってきたようです。
「いえ、貨幣に換算すれば十分すぎます。ただ私では確かな価値が分かりかねるので少々お待ちいただけますか? 換金しなければならないので、よろしければこちらでやりますが。信用できないようでしたら、こちらの方に商人を連れて来ましょう」
「信用しますから早い方法でお願いします。あとアリスさんは早く現実に戻ってきてください」
「……なにか?」
アリスは何事もなかったような顔でそう言います。流石ですね。イラッとします。
「ではお先に滞在章をお渡ししますので差額の現金の方は後で届けます」
「連絡方法はあるんですか?」
「案内が付きますので安心してください」
「国のことは案内に聞けばいいですか?」
「はい、是非御聞きください」
そんなやり取りをした後です。ニトロとアリスは豪華な部屋に連れていかれました。貴賓室とでも言うのでしょうか? 無駄に豪華でフカフカなソファーに豪奢で立派なテーブル。紅茶もデフォルトで付いてきました。現金なものです。
「私が案内をする魔女よ。よろしくね」
現れたのは、大きな杖を持った紫の魔女です。とんがり帽もローブも紫です。暗い紫じゃありません。明るい紫です。長時間見てると目に悪そうですね。全部剥ぎ取ればちょっと活発なお姉さんといった感じです。容姿もニトロから見て普通です。全部剥ぎ取ればの話ですが
「よろしくお願いします。ニトロはニトロです。こっちのメイドがアリスさんです。魔女さんの名前は魔女さんなんですか?」
ニトロは気になったので聞いてみます。ニトロから見て案内の【魔女】はニトロが知っている【魔女】の格好を大体しています。となれば【魔女】とは職業名なようなもので個人名ではない筈です。
「名前が魔女よ。こう言ったら自慢かもしれないけれど、この国の事を魔導国家なんて言ってるけど他に魔女と魔術師の国なんて言うのよ。それでね。この国で【魔女】を名乗っていいのは1人だけ。そう私ね! だから私は【魔女】なのよ」
それは称号みたいなものでは? とニトロは思いましたが、実際に名前を変えたのかもしれないですし、細かいルールなど知るはずも有りません。そういうものだと理解しておきます。
「そのような偉い方がお金を払ったとはいえ案内だというのはどうなんでしょうか?」
これはアリスです当然の疑問ですね。
これに魔女はウインクひとつを放ってから答えます。同性相手にその仕草はウザいですね。
「まぁ魔女学園の長ってだけよ。政治的な力はもちろんない訳だし、知名度でもまぁ高レベル冒険者と同等って位ね。VIP相手にはちょうど良いんじゃない? 知識はあるし案内なら完璧よ?」
魔女はなかなかに軽い感じでぶっちゃけます。この態度が案内として適正かはともかく、ニトロとしては好感がもてます。あと容姿が平凡なこともニトロの好感度的にプラスです。
「案内に関してはよろしくお願いします。とりあえずはこの国の魔法使いっぽい方々は魔法使いなのですか? 魔術師なのですか?」
入国待ちの時アリスと話した疑問です。ニトロはちゃんと覚えていました。偉いですね。有限実行です。ちなみに機能的に忘れることはないですが、気分で忘れることはあります。
「ん?」
魔女は困惑顔です。言葉は正しく伝えなければいけませんね。
「呼び名のことです。魔女は魔女さんだけとして他はどう呼ぶのかと」
魔女は成程顔です。
「まぁ魔女って呼ばれるのは私だけなんだけどね。分類として魔女はあるのよややこしいことにね。で、その分類が魔女と魔術師。で呼び方は魔女が私1人で魔術師も1人、後は全部【見習い】か【学生】。でもってその中でまた色別で別れてるわね。そこも説明する?」
ニトロとしては細かいところまで把握しようと思ってないので十分な情報です。あんまり説明がないのも嫌ですが説明が長いのもメンドウです。何事も適度がいいのです。とは言え、この魔女の説明で新たな疑問も出てきます。これは説明してもらわないとモヤモヤするというものです。
「魔女と魔術師の違いは何ですか?」
気になりますよね?
「男なのか女なのか、ではないですか? 今のところ見た感じでは」
アリスが予想を口にしました。ニトロも多分そうじゃないかなーと思っていて、あえて言わなかったのにアリスは言ってしまいます。
「アリスさん、今から答え聞くのに予想は無意味ですよ?」
「え?」
アリスが驚いた顔をします。すごくワザとらしいです。
「なんですか? その顔は?」
ニトロはそのワザとらしい表情からアリスの考えを推察します。
【こんなことも予想できなかったんですか?】
推察が終わりました。腹が立っただけでしたね。
「ニトロ様、答えを聞くのに予想は無意味ですよ?」
「……言う気だったんですね」
「で、……答え言っていいのかな?」
と、ここで魔女が気まずそうに会話に再戦してきます。なぜ気まずそうなのでしょう? きっと魔女はガールズトークが苦手なのですね。どうやら乙女度はニトロの勝利のようです。
「どうぞ。お願いします」
ニトロが促します。実はもう然程魔女と魔術師の違いについて気にはならなかったのですが、とりあえず答えは聞いておきます。
「はっきり言っちゃうとね、違いなんてほぼ、格好だけね。確かに魔女と魔術師で男女比に差はあるんだけど、それだけ。起源が同じなら、教えてる事も同じ。出身校が違うだけ」
おっと、また新しい情報がでてきました。魔女は説明下手ですね。
「その話からして魔術師さんも魔術師学園的な所の長で、教えてることは同じ、魔女さんか魔術師さん、どちらかの学園に通ったかで派閥がかわると」
派閥と言うと、途端にドロドロした争いをしていそうになりますね。
「そう聞くと対立とかしてそうですね。どちらが優秀か、とか言いながら」
アリスもニトロと同じ様な事を考えたみたいです。
「それなら大丈夫よ。仲良いものよ。確かに一部はいがみ合ってるけど全体的に見れば少数。両学園の生徒でカップルだっていっぱいいるわよ」
どうやら予想より平和なようです。あとカップルはいらない情報でしたね。ニトロもアリスも微妙な表情です。せっかくゆっくり出来そうな国に来たのに周りでイチャイチャでもされようものなら最悪です。こればかりはこの国のモラルに期待するしかないですね。
何はともあれニトロ的に楽しみなことには変わりありません。この国を満喫するつもりです。話はこのくらいにして早速動き出そうと思ったその時です。魔女が胸を張って言葉を発します。
「ただ魔術師と私! 学園長同士は死ぬほどいがみ合ってるけどね!」
「全然大丈夫そうじゃありませんね」
「案内を変えてもらいましょう」
嫌な予感しかしませんね。
少し短いです。今度こそ月曜更新予定