召喚勇者4
【イケメンと王様と愉快な仲間達】改め敵達はニトロとアリスが見える位置まで来ると様子を見るようにしてにじり寄ってきます。不気味なことこの上ないです。
「アリスさん。もしかして戦うと強いメイドだったりしますか?」
ニトロは一縷の望みをアリスにかけます。もちろん自分が戦いたくないからです。
「余裕です」
アリスが澄まし顔で答えました。流石は出来るメイドです。この返答ならば出来る子のニトロも満足のはずですが……
「……何故座り込みながら言うんですか?」
「疲れたので」
「すごく震えているように見えますけど?」
アリスのそれは、目前の恐怖に怯える女性そのものでした。ただ表情だけは澄まし顔です。表情と状態のギャップが新鮮です。イラッときます。
「はぁ……仕方ないです。私が喧嘩しますよ。でも一つだけ。あの1人だけ斗出した黒服イケメンは誰ですか? 気になります。主に1人だけ目立っているという点で、ですね。重要人物ですか?」
「ニトロ様の前に呼ばれた勇者様ということになっている人? でしょうか?」
「あー分かりずらいですよね。設定はアリスさん以外は合ってると思いますよ。なのであのイケメンは勇者ですね。あと一人で来るってことは様子見要員?」
そうこう話している間にもイケメン勇者は1人だけ団体を離れてニトロに近づきます。その途中で脇に刺した剣を抜き放ちます。細身の長剣です。装飾などはなく実用的に見えました。
「げっ、聖剣相当の物ですね。材料はなんでしょう?」
と、勇者が5歩の間合いを一瞬で詰めてニトロに斬りかかります。普通の目しか持たないアリス等には、目で追うことも不可能なスピードです。ですがニトロは違います。もちろん見えています。
(とりあえず避けまっ!)
「イタッ!」
勇者の剣がニトロの頭を直撃しました。髪のセットが崩れます。大変残念です。しかしこの程度ではニトロは傷一つ付きません。そうです。セットが崩れたくらいでは傷つきません。あと刃物でも傷つきません。ですが問題は避けられなかったことです。
「思考速度下げ過ぎました。……うーん余り高いと会話の時スムーズにいかないですし、とりあえずもう少し上げときます?」
と言っている間にも勇者の斬撃は容赦なく人間の急所を狙って飛んできます。連撃です。技名とかありそうな連撃です。本当に技名とかあったら恥ずかしいですね。
「となると力加減はどうしましょう? うーん悩みどころ――」
ニトロはその場から動かず連撃を腕一本ですべて止めます。勇者が剣を振るいニトロが受ける度に、固い金属をハンマーで叩いたような音が盛大に響きます。ニトロの細腕と細身の剣。どちらの見た目にも全く合ってない轟音です。勇者の剣はこの世界では分かりませんが、ニトロのいた世界では聖剣相当です。鋼鉄位ならバターの様に切り落とせる筈です。しかしニトロにとってはチクッとするくらいです。なので
「――ってさっきからチクチク邪魔です! 考えが纏まらないじゃないですか!」
すごくウザかったのでついついニトロは防御していた腕で振り払います。
するとどうでしょう?
ニトロの振り払った腕はアリスには当然見えない速度であり、勇者の剣速をも遥かに凌駕します。即ちこの場ではニトロ以外反応できない速度で勇者の剣を粉砕しつつ進みます。
「え?」
そして勇者が霧になりました。
声を発したのはアリスです。彼女には一瞬の出来事です。勇者が真っ赤な霧になったのです。比喩表現ではありません。勇者が霧状に粉々となりました。結果だけ見たアリスが声を上げるのも当然というものです。ちなみにニトロは咄嗟に力を調整して、勇者が霧になるだけの現象に留めました。力のベクトルを変化させたりバリアと結界を使って地面を守ったりと、とにかく色々頑張った結果お城ごと粉砕という事故だけは防げました。お城はもったいないですからね。
「危なかったです。もう少しでお城に傷を付けるところでした。やはり力加減難しいですね」
ニトロはそう呟きつつアリスの様子を確認してみます。
「うぇ……」
吐いていました。霧になった勇者の状況が多少なりとも結果と血の匂いで理解できたアリスはゲロゲロしています。ニトロは見なったことにしました。ニトロも女の子です。見られたくない状況は分別できるのです。
「あのですね。ニトロはこのシステム自体に恨みがある訳ではないのでここを壊すつもりはないんですよ。食事を食べさせてもらったことですし」
寧ろゲテモノだろうが食事がなければ壊していたかも? とニトロは思います。
そうやって誰にともなく問いかけてみるものの反応はありません。いえ実際には王様達を使って反応しているのかもしれません。なにせ全員が抜剣して突っ込んできたからです。
「全員とか卑怯ですよ! 数の暴力です! か弱い女の子になんてことを」
憤慨です。可愛い女の子にしてよい仕打ちでしょうか? そんなはずはありません。なので団体様ご一行を囲むように【一方通行霊子素材】を生成していきます。これにより団体様の司会は塞がれ身動きが取れなくなる上に、相手側からの攻撃は一切通らず、こちらからは可視光線からミサイル、霊子力ビームまで打ち放題になるのです。
要するにバリアで敵を覆いました。一言で説明できましたね。ちなみにニトロには可視光線もミサイルも霊視力ビームもないので一方通行である意味はありません。
「ニトロはあまり殺めるのは好きじゃないんですよ? 楽しくはありませんからね。でも勇者さんはしょうがないですね」
とりあえずニトロは誰にともなく言い訳しておきます。気持ちの問題です。人間味があります。
「何をするのですか? と言いますか何をしているのですか?」
「ん?」
少しだけ立ち直ったアリスが澄まし顔でニトロに問います。
「その表情は不自然すぎるので止めてください」
「なんのことでしょう?」
「自覚はあるんですか? ないんですか? ……まぁいいです。え~と、何をしているかですよね? ニトロには武装がないので閉じ込めただけなんですよ。なんだかんだで喧嘩する気だったので、このままバリアを縮めてプチッ、としようかとも思ったのですが」
「プチッ、ですか?」
「そうそれです。ですけどよく考えれば閉じ込めたのならこのまま出て行けばいいんですよね。というか初めからこれでよかったです。勇者さんは死に損ですね。まぁ生き返りはするでしょうけど」
あれは記憶の実体化です。バックアップはきっと万全でしょう。
「では今度こそ、おさらばしましょう。王様はもう少し仲良くなれた気もしますがいずれまた。ところでアリスさん立てますか?」
ニトロの言葉を受けてアリスはなんとか立ち上がります。震えは収まっているようですが、体調は良さそうではありません。
「大丈夫ですか?」
「もちろんです」
「そう言うと思いました。後でゆっくり休憩しましょう。紅茶とクッキーがあれば最高なんですが」
「クッキーがお好きなので?」
「? えぇそうですがなにか?」
「いえ、なんでもないです。ところでどう出て行くのですか?」
ニトロは突き当りまで進み、壁に手の平を置きます。そしてそのまま指を掛けてバリっと剥がしていきます。壁紙を剥がしているようで、其の実よく見れば、【見えている壁】そのものが消えてるのが分かります。これが、なかなかに重労働です。その作業風景はニトロの後ろにいるアリスにはきっと理解不可能でしょう。しかし逆に理解が出来ないからこそ驚きも少ないのかもしれませんね。
「通れるだけの穴を作るのは大変です。この作業は全然優雅じゃありません。私のイメージが崩れます」
ニトロは1人だった時期が長いので独り言が多いです。でも決して頭の寂しい子ではありません。
「……壁紙を剥がす悪戯っ子?」
「アリスさん! そこは壁紙を優雅に剥がすお嬢様にしておいてください」
「分かりました」
「分かられても困ります!」
アリスの口から出た感想にニトロは反応します。腕をパタパタ、壁をバリバリ、床をペタペタしながらです。まれにピョンピョンもします。
「力を入れ過ぎるとバリッ、が、グニョーンとなったりして大変なんですよ? もっちりとした何かが食べたくなります」
空間は伸び縮するものです。関係ないですね。
「はいっと、出来ました。では通りましょう」
剥がしたそこは何にもない黒です。
「真っ暗ですね」
「空間の境なんて黒か白ですよ」
そんなものです。あまり考えたところで頭が痛くなるだけです。
「分かりました」
これはアリスです。彼女はもう少し考えた方が良いかもしれませんね。
ニトロはそんなアリスをもう一声促し通れる黒いそれを通り抜けます。
そこは青空です。
土のままではありますがしっかりと固められた道のど真ん中です。
そして青空です。
遠くには森が見えます。振り返れば草原が見えます。大冒険の予感がヒシヒシと伝わってきます。残念ながら町や村らしきものは見当たりません。お城を監視するという意味でも、何かしら近くにあると思っていたニトロの予想は大外れです。
あとやっぱり青空です。
ニトロは困りました。
「……夕食を食べた後にこの青空です。次は昼食? 夕食?」
食事は生きる糧です。生物というのはどうしてもエネルギーを摂取しなければいけません。その為に食べる。という行為は避けて通れない道なのです。人生の試練と言ってもよいでしょう。そう、とても大事なことでした。ニトロは食べなくても動きますけどね。
「食料もない状態で何を言っているのですか?」
いつの間にか傍にはアリスがいます。
「まぁ、そうですね。それよりここ何処だかわかりますか?」
「いえ、よく考えればあの城以外のことは覚えていないようです」
「あぁ、やっぱりそうですか。仕方ないですね」
「そうですね」
「う~ん……アリスさん。もう少し悩んだ方が良いのでは?」
流石にニトロも気を使います。ニトロはアリス基準の人間から見れば一般的でない自覚はあります。しかしそれを踏まえてもアリスの考えなさに危なっかしさを覚えるというものです。というよりニトロとしては何か不気味なので、普通の反応をしてもらいたいところです。
「……なんか面倒なのでいいです。テキトウに生きていたい……」
超絶美女なメイドが澄まし顔で答えました。
「美人が台無しですね。いいと思います」
超絶美少女? な”ロボット”が笑顔で答えます。
色々ありますが話し相手がいるというのは良いことです。何故なら永い独り身のなかでニトロは、稀に話し相手が欲しくなる時がありました。その時のことを思えば相手がるということは素晴らしいことですね。これからは自分自身と話す。などという特技を創る必要もなくなります。
「ところで今更ですがニトロ様は何者ですか? 人間なのですか?」
「今更ですね。……勇者です!」
「それは横に置いてください」
ニトロは左端に置くことにします。
「勇者でロボットな女の子ですね」
両手を腰に当てて見せつけるようにニトロは宣言します。
バトル? 月曜更新です。