買う哲学者
私の名前はバックルだ。見た目は半透明の白骨で、一般的なゴーストだと思われる。
そして前を歩くのが私が憑く人物。名前はウエンディと言う。旅に必須である、丈夫な革製の靴とズボン、その上からドゥブレ(胴衣)を着け、さらに袖のないシュルコ(外衣)を纏っている。彼女の故郷では一般的な女性の服装だ。しかし今は屋外の為、さらにフード付きのマントを着けている。腰のベルトには三種類の鉄扇が差し込まれていた。
「もう少しで次の町。……国ではないから入るのは楽」
ウエンディがフードを脱ぎ私に語り掛ける。この辺りでは珍しい緑色の髪が私の前に姿を現す。肩あたりで切り揃えているのは女性としてどうかと思うが、旅では邪魔にならないので実用的ではある。
ウエンディから私は見えないが、私の特性として彼女の顔は私からよく見える。相も変わらず疲れた顔をしている……。元は綺麗なのだが薄汚れている為、誰もそうは感じないだろう。歳も17と女盛りが何をしているのやら。
私は彼女の肩を2回叩く、【分かった】と言う合図だ。
「……日が落ちる前には着く」
私はもう一度肩をトントンと叩いた。
「うわぁ! スケルトン?!」
「まて新入り、ただのゴーストだ心配ない」
「な、なんだゴーストですか。うちの村にはゴースト憑きはいなかったもので……」
「騒がしくて申し訳ない」
町に到着したと思ったらこれだ。2人の衛兵だが片方はゴーストを見たことがないらしい。随分と田舎者も居たものだ。
「……はい」
ウエンディがバックパックからプレートを取り出し、衛兵に渡す。彼女の身分証だ。紐でもつけて首にでも掛ければいいものを……バックパックに入れていたら失くしそうで怖いだろう。とは言え、私は話せないのだから伝えることは出来ないのだが。
「ランクBの冒険者! 女性でこんなに高いのは初めて見た。凄いな君は、まだ若いだろうに」
「俺は女性の冒険者自体初めて見ましたよ」
冒険者など只の傭兵だからな、女性は少ないだろうさ。
ウエンディは衛兵に適当な挨拶をして町へと入る。至って普通の町だ。市場はある程度活気はあるだろうがそれだけだろう。とりあえずは旅の疲れを取るために宿へと行くべきだな。
ん?
ウエンディが向かう先は宿屋ではない。宿屋の場所は衛兵に聞いたはずだ。私も覚えている。この方角は……ギルドに向かうのだな。確かに場所は同じく衛兵に聞いている。しかし、まずは休むべきだろう。金銭に余裕がないのは私も分かっているが、それでもだ。
私はウエンディの肩を3回叩く【反対する】と言う合図だ。
「……どんな仕事があるか見るだけ。……いい仕事が取られたら大変」
なるほど。一理ある。私はウエンディの肩を2回叩く。
ウエンディがギルドに入ろうとしたその時だ。
「冒険者さん。今来たところですかな? 良ければお話を聞いていただけないでしょうか?」
ウエンディに話しかけたのは白衣の中年だ。医者か科学者だな。この辺りでは白衣自体が珍しい。白衣を着る人間が居る国は、ここより文明のレベルが1つ、2つは上の筈だ。なぜこんなところに? ……怪しすぎる。私はもちろん肩を叩いて反対した。
「……はい。いいですよ」
……はぁ、これだ。溜息など吐けないが吐きたくもなる。ウエンディの悪いところだ。人を疑わないのだ。それでどれだけ苦労したと思っているんだか……。
そのまま2人はギルドの隣、酒場へと入っていく、もちろん私もだ。自動的にだがな。
2人分のエールが届いたところで白衣が話し始めた。
「実は私、哲学を買っていまして」
「……?」
私も何のことやらサッパリだ。
「まず、良いですか? 人それぞれ、何かしらの哲学を持っているものです」
「……それは分かる」
ウエンディがコクリと頷く。それは私にも分かることだ。哲学などと大層な言い方をしなければ信条だったり約束だったり、そういうことが言いたいのだろう。
「私はそんな様々な哲学を金銭で買い取っているんです」
……分からん。ただ教えてもらえばいいだけだだろう? 態々金を払うことか? だがそういう奴もこの広い世の中いるのだろうな。
「……? 分かった」
ウエンディ……分かってないだろう? まぁ気持ちは分かるがな。
「……それで?」
そう、そこだ。この白衣、そんなことをウエンディに話して何をさせるつもりだ? ウエンディの哲学を買うのか? そうだとしたら私は反対だ。怪しいことこの上ないからな。
「ゴースト憑きの女性、しかも若い冒険者さんと、興味は惹かれるので哲学を買うのも捨てがたいのですが、冒険者相手は既に沢山買い取っていますので、今は置いておきましょう。私の今の目的は盗賊の持つ哲学です。そしてこの町の近くに盗賊のアジトがあります。アジトの情報を手に入れるのには苦労しましたが、やっとここまで来ました。後は買取の交渉に赴くだけなのですが……相手が盗賊となるとさすがに」
ウエンディが成程と相槌を打つ。私も同じくだ。
「……護衛が必要」
「その通り!!」
何がその通りだ。態々ギルドに入る前の冒険者に声を掛けたのだ。どうせギルドで依頼を断られたからだろう。盗賊との交渉などギルドが認めるわけがないからな。あれでも一応は正義を表に掲げているのだから
それに盗賊のアジトへと赴くのでは戦力が足りない。危険すぎる。ウエンディは確かに腕は立つ、だがそれでも私は反対の意を伝える。
「お願いだ! 冒険者さんだけが頼りなんです!」
白衣が必死の形相で頼み込む。なにがお前をそこまでさせるのだ?
「……しょうがない。危険だけど手伝う」
……これで今までの旅路を生き延びられたのだから、凄いとしか言いようがないなぁ……
盗賊のアジト。その近くまであっさりと行くことが出来た。町からさほど離れていない……森の中に堂々と小さいが砦がある。そこがアジトだ。何故討伐されない?
「私達が出てきた町の人間を彼らは襲わないんですよ。被害がない盗賊は盗賊じゃあありません。態々町の少ない戦力は動かさないでしょう?」
「……それこそギルドの仕事」
もっともだな。
「ギルドは依頼がないと基本的には動きません。それこそ魔物や魔族が出てこない限りは……」
「……そう」
そんなものか。正義が聞いて呆れるな。
話しているうちにウエンディと白衣は砦の正門へと辿り着く。
訝しげに出てきた盗賊の下っ端と思われる数人に白衣が何かを伝えた。それだけで私たちは彼らを素通りして盗賊の頭の元まで歩みを進めることが出来た。盗賊達、50人程だろう。に、遠巻きに囲まれた状態で頭との面談だ。
頭は屈強な大男だった。襤褸の鎧に襤褸の服、腰に下げた剣だけは立派に見えた。頭は私達を見て下卑た笑いを浮かべている。髭面の絵に描いたような【盗賊の頭】だ。……が、私には分かる。こいつはヤバいということがだ。堕ちた騎士か、もと冒険者か、とにかく強いだろう。只の盗賊ならいくらいようがウエンディは生き残れるだろうが、頭1人いるだけでその可能性は消え去るだろう。しかし、それよりも私が注目するのは眼だ。普通の人間など、みな死んだような眼で生きている。王様だろうが浮浪者だろうと、みなだ。もちろんウエンディもそのうちの1人だろう。しかし、こいつは違う、意志のある眼をしている。そんな眼をしている奴は愚か者か本者しかいない。
ウエンディの隣に立つ白衣が愚か者のいい例だ。近い内に死ぬだろう。だが頭は違う。本者だ。実力だけで言えばウエンディと同等だろう。だが、それだけでは決して本者には勝てん。争えば頭1人にウエンディは殺されるだろう。何があっても戦いだけは避けねばならん。
「話は聞いている。俺もよく分からんが哲学とやらを教えるだけで金がもらえるんなら、いい商売だ……まぁ、テメェがしっかりした伝手で来なけりゃ怪しすぎて殺していたとこだがなぁ!」
ふむ、どうやら白衣は根回しはしっかりていたようだな、どういう伝手があれば盗賊の頭と話をつけれるのか気になるところではあるがウエンディが聞くことではないな。
「護衛は1人だけか?」
「もちろんですよ! 商談であって、争いに来たのではないですからね」
「まぁ、いいか……ゴースト憑きの……女か?」
ウエンディは外ではフードを被っている。服装もこのへんの人間では女物と分からないだろう。だが、僅かに分かる体つきから判断は出来る。
女と聞いて周りの盗賊たちが歓声を上げた。……あぁ、頭を見て驚いたが、こんな様子を見ると盗賊だと実感できるな。
「盗賊のアジトに女連れて来ってことは土産だよなぁ?」
頭は相変わらず下卑た笑いを浮かべている。しかしこいつは言葉に滲ませるような、そんな下卑たことはしないだろうと私には確信があった。そして他の盗賊達もそれに従うだろう。
「……私はBランク。私に手を出せばそれなりの犠牲はでる」
ウエンディが頭に向けて言葉を発した。リスクを示したつもりだろうが私から見ると滑稽だ。戦えばお前は頭1人に殺されるのだから。それに頭はそんなことをする様な奴ではない。そんなことも分からないからウエンディなのだ。
「そうか、じゃあ手は出さねぇよ」
「……」
「ではいいですか?」
「詳しい話が聞きたい。具体的には何をすればいいんだ?」
「あなた方全員分、買い取らせていただければいいんですよ」
……相も変わらず分からん。
白衣が手を宙に動かす。絵を描いている様にも見えるし、発達した国で見た、端末を指で操作する人の様にも見える。それが何かしらの儀式の様に見えて私は不安になる。
「はい、金です」
私に瞼はないが、正にそれは瞬きする間の出来事だ。白衣の足元、そこに人一人分にもなる金塊が積まれていた。私をもってしても見切れない。と言うことは本当に何もないところから一瞬で金塊が現れたことを意味する。ウエンディと供に私は驚く。だがゆっくり驚いている暇はなかった。
「ク゚っ……貴様! なにを!」
頭が急に剣を抜いたのだ。しかし何故か苦しそうな表情にであり、剣を持たない手は頭部に添えられている。その状態で剣を振るも、もちろん本来の剣速とは程遠い。しかし人を斬るには十分な刃が白衣に迫る。
「おっと、危ない!」
意外にも身が軽い。白衣は余裕を持って頭の攻撃を避ける。何が起きているのだ? ウエンディなど全く状況に付いていけてない。棒立ちだ。頭と戦闘になるのはマズイ、それに今は囲まれているのだ。私は状況確認の為周囲を見回す。
本当に……何が起きているんだ?
周囲の盗賊たちはみな頭を押さえて蹲っている。立っているのは頭1人だけだ。
そしてこの状況を引き起こしたであろう白衣が口を開く。物を教える先生の様にしっかりとした口調でだ。
「哲学とは学問です。と言うのは置いておくとして……哲学とは判断です。人はみな考え、己が得て来た経験知識を元に一瞬、一瞬を判断しているのです。その全てが個人の哲学であり。私の欲するものです。私が買ったのはそういう物です」
……どうやったかは考えないにしてもだ。判断力を奪ったということか?
「判断に至る、知識と考え、そして決断。その全てを私は買ったのです。とは言え本当に全てではありません。すべて買えば只の廃人になります。深く買えば買うほどみな同じような哲学となるので、それはいりません。私が欲しいのは多様性!あなた方が生きて来た末の多様性! なので表面部分だけ全て買わせていただきました」
「……すると、どうなる?」
やっとウエンディが状況に追いついたようだ。
「まぁ……本能に忠実になりますね。頭では分かっていても本能に逆らえないといった感じでしょうか?」
「ぐっ」
頭が崩れ落ちた。
書き直すかも