魔女と魔術師とメイドとロボット5
「えっと……ん? あ~……冗談? では?」
なんか魔女が滅茶苦茶動揺しています。さっきまでの【勢い】はどこに行ったのでしょうね。手の平でパタパタと顔を煽いでいます。熱いんですね。なんで熱いんでしょう? こんなにも、この会議室は温度管理がバッチリなのにです。
「……冗談では……ない」
立体映像の方の魔術師は動きが止まっているので、魔女へと返事をしたのは座ってる方の魔術師です。ちょっと気持ち悪いくらいモジモジしてます。映像の【男らしさ】はどこに行ったんでしょうか。
「お前達! 好き合っていたのか! いがみ合っているものとばかり思ってたら! 目出度い! しかし力関係という点で我が軍は大変困った!」
魔女がプロポーズの返事もしてないのに、ガハハと笑いながら勢いよく将軍が言い放ちます。ガハハと笑う人、ニトロは初めて聞きました。思ったより男らしいですね。格好良くはないですが。
「おじ様は【勢い】と【男らしさ】を返してちょっと静かに、魔女さん。返事はするんですか?」
「……後で……いい?」
1人の紫乙女がそこにはいます。
「……あぁ」
魔術師に直接ボリューム機能取り付けるのはどうでしょう? 魔導国家ですよね? きっとなんとかなりますよ。
それよりもニトロがニコニコです。プローポーズが見られたことの嬉しさと、なんだかよく分からない悔しさと、不愉快さと、祝福の気持ちと、少しの心配で、です。ニトロも多感なお年頃なんです。
「さぁ! じゃあ気持ち切り替えて! 私の術式いってみようかな!」
もう術式って言ってます。全くもって魔女は気持ち切り替えが出来ていないです。とにもかくにも、次は魔女の番です。術式に貪欲な魔女は何をしでかすのでしょうか? 期待大です。解読したニトロは術式の内容を知っていますので、問題はそれをどう発表するかですからね。
「ほぉ、術式か、みな当たりで良かったのか悪かったのか……」
将軍がぼやきますがニトロの知ったことではありません。たまたま解読した文書が術式だっただけです。何にも悪くないです。
「私の術式はこれよ!」
ブンッっと大昔のSF映画に出てきそうな光の剣を手の平から生やします。しかも両手です。簡単に、これまた古代のサブカルチックに言い直せば、ビームソードとかビームサーベルとかそんな感じです。見た目は悪くないですね。
「おぉ!」
「……これは」
魔術師も将軍もビックリだったようです。こういうの術式にはなかったようですね。
「これの凄いところはね! ふふ――」
尊大に両手ビームで立つ魔女が笑います。ニコニコです。
「こんなことが出来ることと――」
――魔女の両手が横薙ぎに振られます。
光を凝縮した兵器がその長さを変えながらです。
その二つの動作は一瞬です。
すべてが術式での動作です。剣など持ったことがなくとも決められた動作を神速で行うことが出来ます。長さも魔女なら最大5キロくらいには出来るでしょう。完全成る戦闘用の術式です。しかも只のではありません。これには開発した魔女のロマンが見えます。これだけの高エネルギーを態々(わざわざ)剣状に整える為に、また高エネルギーを使う。といった、大変効率の悪い仕様です。霊子操作なので、ある程度の物理現象はもちろん無視していますが、これはやり過ぎです。このレベルでは【物理現象との隔離】は操作性と安定性を著しく損なわせます。実用的ではないですね。単純な指向性エネルギー兵器再現の方が良いです。簡単に言えばレーザーでもピューっととばした方が強いってことです。
何はともあれ、後に残ったのは魔術師みたいな首なし人形と下半身のみの将軍でした――
「――あんた達や私の命綱、防御術式がクソの役にも立たないってところよ! 凄いでしょ! 聞こえないか? 聞こえないよね!!!!!」
魔女が凶悪に笑ってます。
「……うわぁ、これは酷いですね」
素直な感想をニトロは口にします。口にしてからそういえば、という具合にアリスを見てみれば案の定吐いています。散々この国を訪れるまでにも死体は見たはずなのですが、まだ慣れないようです。それについては悪いことではないのでニトロは無視します。
ところで、です。ニトロには気になることがあります。
「プロポーズの返事は?」
気になりますよね?
「気になっちゃう? 魔術師は好きよ! 幼馴染だったしね! 結婚してもいいわ! でもね、魔術師は魔術師だから駄目なのよ×××のままだったら良かったけど、魔術師になったらダメでしょ? 術式使いの頂点は私だけでいいのよ!!」
すごく分かりやすかったのでニトロはなるほど、と、相槌を打ちます。友達だろうが役職が敵ならば、それは敵ということですね。
「おじ様は何でですか? 結構好きだったので殺されて少しばかりイラッとしたんですが?」
「ごめんねニトロちゃん。将軍がいなくなれば軍で厄介なのってそんないないのよ。要するに、この国で一番強いのは私ってことになるの。この術式があればこの国自体が相手でも勝てるしね」
あぁ、これは権力争いに巻き込まれたということになるんでしょうか? それとも犯罪に巻き込まれた? どっちにしろ最悪ですね。ニトロは魔女を殴り飛ばしたくなりましたが止めておきます。そんなことすれば魔女は粉々になってしまいます。観光でいろいろとお世話になったのでそれはいけません。
「まぁ、何もしなければいいですよ。ところでこの状況、私とアリスさんの立場はどうなるのでしょう?」
そうニトロが聞くと魔女が申し訳なさそうに言います。
「出来れば直ぐに出国してくれないかな、外聞もあるから私が権力握るまで、しばらくはこの惨状がニトロちゃん達がやったことにしたいのよ。もちろん国外まで追いかけたりはしないから安心して。国内だけで大混乱だしね」
「はぁ」
まぁいいですけどね。観光も大体終わったことですし、次へ行くのにいい機会です。
「術式のお礼はちゃんと下さいよ。アリスさん。出国の準備しますよ?」
「もう出来てますよ?」
「なんでですか?」
「何時でも動けるようにするのは旅の基本では?」
「……正論ですね。と、言う訳です魔女さん」
青白い顔になったメイドのお陰で出国はスムーズに行きそうです。
出国は入国とは真逆の門でした。馬車で半日掛かりです。掛かった時間よりも馬車があったことにニトロは驚きましたが、ほぼ地上を走る乗り物がいない為、我がもの顔で馬車は走っていました。なかなかに早いですね。アリスなどは震えてました。相変わらず物理的なショックに弱いメイドです。
「門が空いてるのに誰もいないんですが?」
「ニトロ様、これは一応、不法出国? みたいなのになるのでは?」
「さぁ? その辺はさっぱりです」
あと数歩で国外に出ることが出来る位置で、ニトロとアリスは言葉を交わします。ニトロはワンピース、アリスはメイド服といつも通りの出で立ちですが、その背には違いがありました。2人とも大きなバックパックを背負っているのです。中身は当然、旅道具です。今までの手ぶらが異常ですからね。まぁ、ニトロは着の身着のままでもいいんですけど雰囲気的にですね。あとソファーは無理でした。
「じゃあねニトロちゃん! アリスさん! ホント色々ゴメンね」
狂気の魔女が何か言ってます。絶対反省してないですね。
「アリスさん。誰もいないのは明らかに魔女さんが何かしたんでしょう。考えるだけ無駄ですよ。魔女さんは……まぁニトロも散々観光案内してもらったので良いですよ」
「ところでニトロちゃん?」
「はい」
「残りの文書解読してくれたりしない?」
「なぜそんな話になるんですか? 嫌ですよ」
「ニトロ様。さっさと行きましょう」
なんだか雲行きが怪しくなってきました。流石は狂気の魔女です。狂気の、と付けるとちょっとカッコいいのが癪ですね。
魔女が何だかニトロ達を前に悩んでいます。うん、うん言って、とんがり帽を揺らしています。何だというのでしょうか。
「ホントはね。ニトロちゃんを国外に逃がせば他に文書を解析できる人がいないし、私の天下だと思ったのよ。でもね。よくよく考えればそれって誰かに見つかると凄く危ないし、残りの文書の解読出来ないじゃない? それを考えるとどうしようかと……」
「はぁ、もう魔女さんの天下ですよ? それでいいじゃないですか それとも私を捕まえますか? そう簡単にはいかないですよ?」
「それは分かってるわ。文書を解読できるくらい術式、魔女や魔術師に精通してるんですもの。魔術師と同等くらいの力があっても驚かないわよ」
「ニトロ様。早く行きませんか?」
あぁ、魔女はもうダメですね。何でも出来る気にでもなっているのでしょう。人間、元はこんなものです。悪いことではないんですけどね。今はちょっと駄目です。考えているようで考えていないんです。
今の魔女を見てみましょう。悩んだフリですよこれ。きっと。そして結局は実力行使ですね。
「とりあえず出来るかどうかだけでも試しておくわ! 足の1本、2本くらいは許してね!」
光剣を瞬時に取り出した魔女がニトロを斬りつけます。
足を狙ったものでした。
ニトロは目を細めます。
魔女の動きは術式の力を最大限に使った神速です。
なので、そのエネルギーが魔女に返るのも神速でした。
純粋なエネルギーは返すのが簡単ですね。
ボンっと子気味のいい音を立てて紫が爆発しました。ひらひらとボロボロになった紫のとんがり帽が地面に落ちます。どうやら防御術式はクソの役にも立たなかったようです。高エネルギー過ぎて血も残りませんでしたね。帽子は運が良かったようです。
「とりあえずもなにも、何もしなければって言いましたよ?」
「……もう行きますよ」
アリスが一歩踏み出します。半日前に吐いたばかりですし今回は大丈夫そうです。
「そうですね。魔女さんのことは魔術師さんに任せて行くとしましょう」
「はい?」
アリスが踏み出したまま振り返りました。
「……あぁ、任された」
今まで、どこにいたのか、目の下にクッキリと隈を携えた紫ローブの魔術師です。ニトロとアリスから10歩も離れていない場所に立っています。
「死んだのでは?」
アリスが疑問の声を上げました。まぁ気持ちは分かりますが誰も魔術師が死んだなんて言ってないですよ?
「完全隠蔽と幻覚、身代わり。でしたっけ?」
「そうだ」
魔術師が持ってきた文書に書かれていた術式です。1つの文書でこれだけの術式です。使い用によっては色々出来る組み合わせです。本当の大当たりは魔術師だったということですね。
「通信とか言い出すから何言ってんだと思いましたよ」
そりゃ訝しげな視線を魔術師に送るというものです。
「魔女だからな……きっと何かやるとは思ってたんだ。念の為だったんだが……まさか、こんなことになるとはな、将軍は不運だった」
「プロポーズは本当なので?」
「……もちろんだ」
魔術師が淡々と述べます。
「ニトロ様行きましょう」
「そうですね」
数歩、足を進めると簡単に国境を越えました。そこでニトロは振り返ります。目の下に隈のある青年が門のあちら側で佇んでいました。ニトロは最後に一応聞いておきます。
「私の所為にはしないんですか?」
それに対して魔術師は淡々と返します。
「いや、これで俺が……この国の全てが思いのままだ。気にするな。私はこれから混乱を鎮めるのが忙しくて憂鬱だよ――」
そこで一度言葉を区切ります。
「――あぁ、1つだけお願いしたい」
「何ですか?」
「2度とこの国には来ないでくれ」
「分かりました」
魔術師とはそれまでと、ニトロとアリスは歩きだします。
「……ニトロ様」
「まぁ、こんなものですよ。なんたって異世界ですしね」
「はぁ、凄く後味が悪いので嫌なんですけど……」
「私は学生服、手に入れられたからまぁいいですけどね」
「それが報酬だったんですか?」
「学生の群れを見てて思ったんですよ。あれが一番可愛いなと」
「わざわざ貰わないで仕立てれば良かったのでは? 私のみたいに」
アリスはメイド服をオーダーメイドしていましたからね。
「それじゃあコスプレみたいじゃないですか。ちゃんと学校から貰わないと」
「そんなものですか……どうでもいいですね」
《私は魔女ではない。しかしもっともそれに近い見習いではある。私の憧れは魔女だ。特に今代の魔女は凄まじい。いつも明るい少女だ。私よりも若い。嫉妬も、もちろん、かつてはあった。だが、そんなものは彼女の本性を見てしまえば、どうでもよくなる。彼女は貪欲だ。狂気すら持つ。力を求める為なら、なんだってする。私は恐れなかった。深く納得するだけだった。こうでなければ魔女には成れない、のだと。
そんな魔女が亡くなった。誰が殺したのかは分からない。遺体すらないらしい。訳が分からない。同時期に、この国の将軍まで亡くなった。結果、否応にも魔術師の名前が見習いや学生の間で飛び交った。彼がやったと。私もそう思ったが魔術師が魔女に勝てるとも思わなかった。彼と彼女は幼馴染だったはずだ。きっと不意を突かれたのだろう。
誰も魔術師に聞こえるよう、声を上げることはしなかった。何故なら誰も彼に勝てはしないからだ。この国の法など大きすぎる力の前には意味を成さない。実力主義の弊害だ。
私は魔女ではない。しかし今や次の魔女を期待される立場にある。だけど不安だ。魔女に追いつける気がしない。魔術師に勝てる気がしない。だけど地位は欲しい。力も欲しい。不安だ。
まず学園では最高位の立場を得た。魔女が所有していた研究室を使えるようになった。これで少しは力が手に入れられると思う。
私は見つけた。厳重に封印されていた文書を見つけた。封印術式は得意だった。好きではないがなぜか得意だった。それが今回役立ったのだ。それでも封印を解くのはギリギリだった。流石は魔女だ。
初代魔女が遺した術式。それの写しだった。しかも私でも読めるよう訳してある。初代の遺産のような、認識妨害は皆無だった。魔女は密かに初代の文書解読に成功していたのだ。驚いた。今まで誰も出来なかった偉業だ。魔術師も当然無理だろう。
この術式は素晴らしい! 私は力を手に入れた! もう魔術師すら只の人だ!
私は魔女ではない。しかし新しい魔女となった。数日後には魔術師との顔合わせがある。私は色々と理由を付けて2人きりでの会談とした。【先代魔女の死について】を言葉に含ませると案外簡単にいった。
私は憧れと成ったのだ。魔女ならばどうするべきだ? 邪魔な魔術師はいらない。術式使いの頂点は1人でいいのだ。
魔術師は魔女に成りたての私を格下に見ていることだろう。今度は魔女が不意を付く番だ》
なんだこれは