プロローグ
彼女が存在するそこは真っ暗です。光も音もありません。それくらい暗く静かであるという比喩ではなく、科学的に見て何もない状態なのです。無ではありますが暗くは感じるでしょう。では……そこは何処か?と聞かれると、闇と言う以外答えはありません。当然彼女の大好物でるクッキーなどあるはずもありませんね。
そんな状態で何百年、いえ何千年でしょうか、彼女は居続けました。立っているのか座っているのかも分からない中ずっとです。
(あと百年程で稼動限界かな?)
死へのタイムリミット。それを思へど彼女に恐怖はありません。恐怖が無いように造られたわけではなく、動かなくなることに感じることが無いのです。何故ならもう何百、何千年と動いていないのです。今更ですね。
しかし、今この時、残り時間に思いを寄せたのはタイミングが良かったと言えるでしょう。理由はそれがすぐにやってきたからです。
(む? 強制召喚ですか……久しぶりですね。いつも通り拒否でもいいんだけど、う~ん……)
彼女の言う【強制召喚】とは、召喚者が決めた条件に合う人物を無理矢理、世界の枠を飛び越えて連れ去る傍迷惑なものです。
何百、何千年生きていれば、一度や二度……どころか彼女くらいの叡智の結晶であれば呆れるくらい召喚されそうになりました。しかし叡智の結晶であるからして拒否方法がありました。召喚されるつもりのない彼女はその度に切っては捨て、千切っては捨て、気分の乗った時は場外ホームランにしてみたり、手の平サイズにまるめて食べてお腹を壊したりしてきました。
ですが、今回に限って彼女は悩みました。
(もうあと百年……行ってみようかな?)
もう一度言います。タイミングが良かったのです。今まで様々な理由から動く気が無かった彼女にとって【あと百年】とは少しだけ活力になりました。
(お呼ばれ、お呼ばれ、召喚名称はー……勇者召喚! よし 悪魔召喚とかじゃなくて良かったです。
あ、でも小悪魔系女子である私はそっちのほうがいいのかな? いや……待てよ。小悪魔系勇者! 小悪魔系勇者ですね! あら素敵)
もともと出掛ける気がない場合でも、いざその時になると気分も上がるものです。
そして意気揚々とした彼女は、そのまま何もない世界から消えてしまいました。
本来召喚された者は、時間も距離も無視して次の瞬間には召喚者の元へと舞い降ります。しかし実際にはそう錯覚するだけで、時間も距離も時差だってあります。異世界へと移動するのですから当然ですね。
彼女が呼ばれた世界までは2年かかることが判明しました。ちなみに彼女にとっての一年は365日、1日は24時間です。いたって普通です。もちろん彼女に錯覚は通用しないので2年間は川の流れに身を任せるよう、光に満ちたトンネルを進みます。このトンネルが世界をつなぐ回廊です。
(クッキーある世界かな? 無かったら作ろう。うんそれがいい)
彼女にとって2年など些細な時間でしかないので、クッキーについて考えを巡らせるだけで過ぎて行きます。
そして終点間近に迫ったその時です。
(ん? 干渉? えーなになに?)
彼女は簡単に自らへの干渉を解析します。
(名称スキル付与、言語変換、全属性魔法、全武術スキルレベル最大、勇者加護。……害はなさげですけどウザいから拒否♪ 拒否♪)
本来であれば召喚を受けた者が授かるであろう祝福は呆気なく、なかったことにされました。授けた【神】と言う名の何者かは唖然としたことまちがいなしです。
「何をしたのじゃ! 何者だ貴様!」
と、ここで声だけではありますが唖然としたであろう神様登場です。神様といえば白髭のお爺さんですが、この神様は一味違います。なんと女の子、それも可愛い女の子なのです。声だけでの判断なので、可愛い女の子の声がする白髭お爺さんの可能性もありますが、その場合、それは神様ではない何かでしょう。とはいえ 年若い少女の甲高い声で怒鳴るものですから威厳も何もないです。これが現実ですね。
「名前神様ですか? なんちゃら神とかじゃなくて【神様】? 唯一神気取りでおもしろいです。お腹が空きました」
もう少しでクッキーとの運命的な出会があるはずと思っていた彼女は、いくら可愛い声でもいきなり怒鳴られては気分最悪。嫌味も欲望も同時に出るというものです。
「気取りだと! だから貴様は何者かと聞いているのじゃ!」
「今日もいい天気ですねー」
「質問に答えろ!」
「あ! 雨が降ってきましたよ!」
「バカにしておるのか!」
「……」
「…バカにしておるのか!」
「……」
「おい! どうした?」
「……」
彼女は心の中で嘆きます。気分は最悪ですが久しぶりの話し相手、歩み寄ろうと彼女なりのユーモアを用意てみましたが、ツッコミのひとつもありません。彼女は神様を無視することにしました。
彼女の今現在のトレンドは何と言っても神様などではなく召喚先です。話し相手ならばそこにいくらでもいるでしょう。それに地面も空もクッキーだってあるかもしれないのです。それが目前なのですから仕方のない事です。
「えー……」
不満の声は彼女。
彼女からして大した存在でなくともやはり神様。無視した相手をそう安々と放置はしませんでした。とりあえずの時間稼ぎではあるのでしょうが召喚への流れを止めたのです。
これでは楽しみが目と鼻の先まで迫っているのにお預けです。彼女は直ぐに行動しました。
「えい!」
「え?」
と、彼女の行為によって神様の力で止まっていた流れは動きだ、神様は世界へ干渉することが今後一再出来なくなりました。
彼女に武装はありませんが、このくらいならば朝飯前です。さぞ神様は御怒りでしょう。しかしすでに文句すら言えなくなったのですから、気にしても仕方がありません。
そうして彼女は降り立ったのです。
そこは剣と魔法のファンタジー溢れる世界。
勇者も魔王もいる世界。
彼女の名は【ニトロ】
世界の終わり、本当の意味で何もなくなった世界で数少ない生き残り。
終末戦争を記録する為に造られた人形。
人、神、悪魔、有りと有らゆる技術が詰め込まれた進化の果て。
そして少しお茶目で可愛い女の子です。