第九話 少し大きくなりました
わたしがオカーサンの家に拾われてきて一週間が経った。
ほとんど毎朝オトーサンはカイシャ、少年はコーコーへと向かう。オカーサンは留守の間巣を守っているようだ。
同居猫のちょことは仲が良くないものの、初めて会ったときよりはマシになった。最近はたまに一階に降りてくるようになり、ときどきりびんぐで鉢合わせたりする。
あと多くの言葉も学んだ。動く絵の箱はてれび、人間が食事をするときに使うテーブルなどなど。
今日はビョーインに会いに行く日だとオカーサンが言っていた。わたしはどうもビョーインが苦手だ。先ほどもべっどの下に隠れていたのに、ものの見事に見つかりビョーインのところに連れて行かれてしまった。オカーサンは「ちょこと同じとこに隠れとるわ」と笑っていた。わたしとあの同居猫とが同じ思考を持っていたのにはショックを隠しきれない。
そのようなわけでわたしは今ビョーインのところにいる。ビョーインはまたもやわたしを台の上に乗せている。こんなもので何が分かるというのやら。
「五百グラム! きっちり倍になりましたね、体も前よりだいぶ大きくなってますし」
当たり前だ。少年がわたしの食事を担当しているのだが、毎回凄い量が出る。残すのはわたしのプライドが許さないので全部食べているのだが……
あの同居猫がでっぷり太っているのは少年のせいでほぼ間違いない、わたしはそう確信している。
「持ってきていただいたふんの検査も終わりました。虫はいないみたいですね、ノミもいなくなったしよかったねむぎちゃん」
ビョーインがわたしの頭を撫でる。て、手慣れておる! ものすごく上手だ。耳の後ろをかきかきするあたりも熟練の手さばきを感じる。悔しいがオカーサンよりも気持ちいい。ごめんなさいオカーサン体は正直なんです。
「先生、この子まだ鳴かないんです。前の子は小さいときからにゃあにゃあ鳴いてたのに……わたしこの子が一生鳴けないんじゃないかって心配で」
「大丈夫ですよ、同じような悩みを相談しに来はる飼い主さん多いんです。みんな鳴けましたって報告してくれはりますよ」
そう、未だにわたしは鳴けていない。がんばって練習したりはするのだが一向に鳴ける気配がない。ビョーインは笑って励ましているが、オカーサンはうかない顔をしている。オカーサンそんな顔しないで悲しくなるから……
「むぎちゃんはいたって健康ですよ。そうだ、三種混合の件なんですが」
「はい、今日やってもらってよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ、むぎちゃんちょっと我慢してね」
ビョーインはにこにこ笑いながら手に例の尖った棒を持つ。
いやだあ、やっぱりビョーインは嫌いだあああ
結局ビョーインにサンシュコンゴーとやらを刺され、巣へと戻った。
巣へと帰るとわたしはりびんぐに向かった。最近高いところが気になってしょうがない、登りたくて登りたくてしょうがないのだ。ある程度の高さはジャンプできるようになってはきたが、まだそふぁなどが限界だ。衣服を閉まっている箱の上などには登れない。
とうっ! 本日もそふぁに上る。ここは一番のお気に入りだ。
おや? なにか視線を感じるような気がする。顔を上げると窓際に同居猫が座っていた。窓は半分開いている、何をしていたのだろうか。
「ああ、お前か。病院に行ってきたんだな、ご苦労なこった。あそこに行くとろくなことがないからね、あたしなんか腹をさばかれたよ。疑ってるのかい? まあそのうちあんたも分かるよ。
おっと、あんたに構ってる暇はなかった。あたしはこの窓から見張りをしなければならないからね、隣のうちの猫がたまにやって来るんだ。それを追い返すのがあたしの仕事さ」
そういうと同居猫は再び窓の外を向いてしまった。腹を切られたというのはおそらく冗談だろうが、見張りをしているというのは本当のようだ。並々ならぬ真剣さを感じる。
やがて太陽さんが山の向こうに消え、外には夜の気配が漂い始めた。
しばらくすると少年からご飯のお誘いを受けた。丁重にお受けしてショクドーへ向かう。ちなみに階段はなんとか上り下りができるようになった。今度あたり二階の階段も試してみよう。
ショクドーに下りると後ろから同居猫もついてきた。彼女もご飯のお誘いを受けたらしい。そういえば二匹揃ってご飯をいただくのは初めてだな。
目の前に二つの皿が並べられる。一つはやわらかいフニャフニャのご飯、もう一つは堅そうな固形物のご飯。前者はわたしで後者は同居猫のものだ。
かりかりかり
隣で同居猫が小気味良い音をたててご飯を食べている。わたしの視線に気づいたのか、ふと顔を上げこちらを見つめる。
「これか? これは成猫用のご飯だ。あんたにはまだ早いよ」
そう言うと再び皿に没頭し始めた。どんな味がするのだろうか、成猫になれば分かるのかなあ。
食事を終えると同居猫は上へと消えていった。とりあえずわたしはオカーサンたちがご飯を食べ終えるのを待つことにした。テーブルの下をちょこまか動いては皆にちょっかいをかける。少年の足にパンチをしてみたり、オカーサンの足に乗っかってみたり、少しやりすぎて怒られてしまった、とほほ。
夕食後オカーサンたちとりびんぐに上がり、てれびを見る。
このてれびというものなかなか面白い。少年がてれびを愛用していて、この時間はヤキューとやらを見る。てれびの中では人が棒で球を打ったり、転がった球に飛びついたりしている。きっとこの人たちは前世が猫か何かなのだろう。そうでもないとあそこまで熱狂的に球を追いかけたりはしない。
うずうず、うずうず、今回もやはり来たか! 毎回ヤキューを見るとこの衝動にかられる。ええいままよ!
ぴょーん、そふぁから飛び降りてれびにじゃれ付く。球、球、球!
「ああ、もう! 見えへんやろ、ほらボール! とって来い」
少年の手からボールが放たれる。わーい!
ボールをけりけり、かみかみ。再び邪魔をしてボールを投げてもらう、これの繰り返し。
毎晩の楽しみの一つでもある。
オトーサンは毎晩遅くに帰ってくる。開閉式壁――どあと言ったか――が開く音を聞きつけ、お出迎えをするのも日課の一つ。オトーサンが認めてくれたおかげでこの巣にいられるのだ。誠意を尽くすのは猫として当然です。
毎回入り口の前にやってきたわたしを抱っこしてくれる。オトーサンは顔は怖いが根は優しいのだ。きっとそのギャップにオカーサンも引かれたのであろう。
無事にお出迎えを済ますとわたしは決まって眠くなってしまう。まだ幼いから活動時間に限界があるのだろう、一人逸れたときは不安でほとんど寝ていなかったからその反動が来ているのかもしれない。まあどのみち眠ることは良いことだ。大きくなれるしね、それに自分寝子ですから。
こうして今日もわたしの一日は終わる。
残すはあと一話となりました。
明日も20:00投稿になります。
最後までお付き合いいただけると光栄です




