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第八話 ありがとう

「ふええああ!?」


 間抜けな声をだしたのは少年。わたしが鼻を舐めてやったのだ。

 おばあちゃんのヘヤに戻ったわたしは、降りるときに使用したふわふわ布を伝って寝床によじ登った。そして今に至る。


 「うわ、俺寝とったんか! 今何時やろ……もうすぐ六時か、そろそろご飯の時間やな。よしむぎ、下に降りよっか」


 少年の手がわたしに伸びてくる。ふ、甘いぞ! 

 少年の体から降りることでそれをかわす。


 少年よ君が爆睡しているあいだにわたしは少し成長したのだ。それをその目にしかと焼き付けるがいい、とりゃあああ


「むぎ! すごいなあ、こんな高いベッドから一人で降りれんのか。さすが猫やな」


 ああ、怖かった。着地の衝撃はなんともなかったけど、落ちるときひゅーってなりました、ひゅーって、ん? ああ、さすがだろう少年よ。いくら小さくても自分猫ですから、もっと褒めてくれてもいいぞ。


「もしかしたら、階段も下りれんのかな? よしちょっとやってみよか」


 あ、あのちょっとおまちください少年、あの段差――階段?――はまだ少し敷居が高いというかその……一つ一つの高さはなんともないのですよ? ただ、全部あわせたときの高さがとんでもなく高いじゃないですか。はるか下に見える地面を見ると足がすくむというかなんというか。


「よっしゃ、行こか」


 お願いです連れて行ってください! はい怖いです階段、めっちゃ怖くてガクブルですよ! ま、待ってえ!




 結局少年に手で運んでもらいショクドーに向かった。わたしがご飯を食べていると上からオカーサンが降りてきた。彼女らも食事の時間らしい、なにやら鉄の入れ物を火でぐつぐつと煮込んでいる。

 人間の食べ物には興味があまりないが、手つきを見るのは楽しい。とんとんとん、と刃物で野菜を刻む音が心地よい。とんとんとん、じゃきじゃきじゃき。は! いつの間にかオカーサンの足元に来てしまっていた。


 そんなわたしをオカーサンはすくい上げ、片腕で抱く。おお近くで見れる、ぐつぐつと野菜たちが悲鳴を上げている。あの中には絶対に入りたくないな。

 とんとん、じゃきじゃき、オカーサンは器用にも片手で調理を済ませていく。とんとん、じゃきじゃき、ああ、すごく落ち着く。耳に流れるリズム、オカーサンの腕のあたたかさ、この上なく幸せを感じる。とん……とん、じゃ……き、じゃ……き、あれ? なんだかオカーサン、テンポが悪くなってきてますよ……そうじゃない? ああ……わたしが眠くなってる……だけか……な。


 



 「それ、むぎとって来い!」


 うおおお、キャッチ! けりけりけり


 食事後、目を覚ましたわたしは少年に細長い通路で遊んでもら――遊んでやっている。少年がボールを投げるのでそれを取ってきてやっているのだ。

 少年は自分で投げるくせに自分で取りに行こうとしない、まったくしょうがない奴だ。仕方がないのでわたしが嫌々取りに行く、嫌々だぞ? 決して自ら喜んで取りに行くような真似はしていないぞ。


 ガチャ


 「ただいまー」


 あ、オトーサンが帰ってきた。オトーサーン! 

 ボール遊びは中止してオトーサンの足元に駆け寄る。少年も後からついて来た。


「お帰りなさい、今日は早かってんな」

「ああ、むぎちゃんに会いたかったからね」


 なんとオトーサンまでもがわたしに会いたがっていたとは! ふふふ、わたしは罪なメス猫だ。この歳にして多くのオスをたぶらかしてしまうとは、行く末が楽しみでしょうがない。

 

 あ、オトーサンが抱っこしてくれた。わーい、ぺろぺろ。


「あはは、ありがとうなむぎちゃん。元気でなによりやわ」


 オトーサンはわたしを下に下ろすと、ショクドーへと向かった。

 ふむ、では引き続き少年と遊んでやるとするか。まだまだ足らんぞ少年よ、お前の本気をわたしに見せてみろ! うおおおお。



 


 つ、疲れた……

 

 しばらくボールを追いかけた後、わたしはりびんぐに戻った。そふぁに爪をあてがえよじ登ることに成功し、今はその上にいる。隣で少年が箱の中の動く絵を見ている。


 そのまま何もすることなくゴロゴロしているとショクドーからオトーサンとオカーサンがやって来た。

 どうもりびんぐは皆が集まって団欒をする場所のようだ。ゆっくりとした時間が流れている。


「なあ、むぎの誕生日っていつにする?」

「うーんと拾ってきたときが生後六週間やって言ってたから逆算すると……六月十三日! わたしと同じ誕生日や」

「そしたら、お母さんとむぎちゃんをいっぺんにお祝いすることができるね」


 人間には誕生日という習慣があるらしい、家族の誰かが生まれた日をみんなで祝うというものらしい。

 わたしはオカーサンと同じ日にしてもらったようだ。なんだかとても嬉しい。段々とわたしも家族の一員として迎えられつつあるようだ。


 人間はへんな生き物だと改めて思う。自分とは種族がまったく違う生き物を自らの巣に迎えいれ、しっかりと面倒を見てくれる。自然界ではそんなことはめったにない、皆自分のことだけで精一杯だからな。中にはわたしのように捨てられるものもいるというのに……


 人間には誰も逆らえない、だから近づいてはならない。ママにはそう教わった。しかし、この人たちを見ているとそうは思えなくなる。思いやりがあり、優しく、誠実で、勿論全ての人間がそうであるとは限らないだろうが。

 

 だからわたしは運がよかったのだ。

 

 ママに捨てられなければ、三日間生き延びられなければ、公園で少年におもちゃにされていなければ、オカーサンに見つけてもらえなければ……多くの偶然がなりたった上でわたしは今ここで生きている。

 




 あらためて言わせてほしい、拾ってくれてありがとう。




「あれむぎちゃん寝ちゃったみたいね」

「見て、お父さんお母さん! むぎ笑ってるように見えへん?」

「きっと野良猫の時には浮かべることの出来なかった寝顔だろうね、とっても幸せそうだ」

「むぎ、拾われてよかったと思ってるかな? それとも帰りたいと思ってるかな?」


「さあ、それは分からない。けど、僕たちは拾ってよかったと思っていることは確かだろうね」

「そうね……」 「うん……」


「ゆっくりお休み、むぎちゃん。ここは君の家だからね……」

すごい最終話感がでておりますが

まだ終わりじゃないですw


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